277話(神サイド) 反省会③
「神人の、選定……」
アリウスクラウンが顔色真っ青でそう呟いた。
他の皆んなは静まり返っている。
そんな中ダクネスだけは呑気に「私はもう神人じゃなくなっちゃったけどねー」とか言っている。
「本格的に困ったことになりましたね……。なるほど、じゃあナギが『ガブリエル』でしたことって」
「ええ。その時その瞬間に──神人の選定をしたんでしょうね。はぁ……じゃあまだ敵があと一人残ってるってことかしら」
セバスの言葉を瑠璃が続け、深いため息を吐いた。
俺は一応ダクネスに聞いてみる。
「『ガブリエル』を神人の選定するために使ったってことだが……。神ノーズが直接言わないといけない決まりでもあるのか?」
「そうだね〜。私もダガルガンドから直接言われたからそうだと思うよ」
ダクネスも選定された神人だったのか。
そういえば俺って神ノーズは菱花しか知らないな……てか今はそんなことどうでもよくて。
「じゃあナギが新しく神人を選定したのはほぼ確定ということで。……凪と親しい奴ってまだいたか?」
「凪側だったフィヨルド、セリウスブラウン、祐雅、菜緒はもう死にましたし……智也くんも違いますね。仮に智也くんだったら能力を結合する必要なくカミノミワザを持っていたはずです」
「そうなると逆に智也じゃなくて良かったってなるわね。カミノミワザとカミノミワザを結合させると最悪カミノキョクチになりそうだから」
俺、セバス、瑠璃と思考を巡らせるが、どうにもナギが神人に選定しそうな人物が見当たらない。
もしかすると『ループ』で出会った奴かもと思い那種の記憶を覗くが……大半が傀羅とともにいるせいで凪の情報があまりない。
唸る俺たちに、アリウスクラウンが呑気に言う。
「でもぶっちゃけあんまり問題じゃなくないかしら。だってここには同じ神人でしかもカミノキョクチ持ちの宏人と、神人じゃないにしろカミノキョクチ持ってるダクネスとニーラグラ。そしてそして、カミノミワザを持っている私とセバス。……負ける要素、あるかしら?」
「ですがそれでも──あれ確かに。これ、確かに全然問題じゃありませんね」
アリウスクラウンに反論しようとしたセバスだが、話を咀嚼してみたのかすぐに納得した。
ニーラグラに至っては純神だ。
このメンツで負けるなら、誰がどうしたってどうにもならないというもの。
「でも問題は神人に成った奴だ。そいつの強さ次第では神人に成った時の脅威度は計り知れない」
「そうね。でもこのメンツ以外に強者ってまだ残ってたかしら?」
瑠璃の言葉に、皆んなで首を傾げる。
神人三人組は既に死に(ダクネスはなんか復活したが)、カナメも死んでしまい……強者と呼ばれる者の大半が死に至った。
だから今やトップレベルの実力者は俺たちくらいしか──
「あ!そういえばなんかアルくんがなんか強くなってたよ」
突然、今までずっと暇そうにしていたニーラグラがそんなことをのたまった。
……アルくん。
まさか。
「アルくんって、アルドノイズ……だよな?」
「うん。そっか、宏人くん死んじゃったからアルくんも自由になったんだよね。もしかしたらアルくんも仲間になってくれるかもよ!」
ニーラグラがそんな能天気なことを言う。
……アルドノイズ、か。
俺が未だ那種の身体を使って現世に留まっている理由。
那種からもらったこの身体だが、事が終われば彼女に返却するつもりなのだ。
それは、アルドノイズの始末。
俺はかつてアルドノイズを倒すことに成功したが、結局殺さずに封印することになった。
俺の身体の中に。
今回の戦いで俺は死んだ。
だから、アルドノイズが解き放たれた。
もう一度アルドノイズを倒して、今度こそ殺す。
これは俺のやり残した仕事──俺の使命だ。
アルドノイズを殺すまで、俺の戦いは終わらない。
カミノキョクチを手に入れた今、アルドノイズなんか敵じゃないと思っていたが……とてつもなく嫌な予感がする。
「なあダクネス。……純神も、選定されたら神人に成ったり……する?」
「前例がないから分っかんないけど出来るんじゃなーい?多分その場合は位は純神のままで神人の力が上乗せされるってカンジだと思うよ。大変だね〜」
ダクネスは完全に他人事で面白そうに笑う。
こいつ、俺が死んだら自分も死ぬくせになんでこんなに興味なさそうなんだ。
……それよりも。
アルドノイズ関連だと、ここにもう一人厄介な奴がいたのだった。
俺とセバスの視線が交差する。
先に口を開いたのは、セバスだった。
「……宏人くん。覚えていますか?戦いが終わったら、殺し合う約束」
「は、はぁ!?ちょっ、セバスと宏人そんな約束してたの!?」
静かに俺を見つめながら言うセバスの言葉を聞いて、アリウスクラウンが訳がわからなそうに叫ぶ。
「?アリスさん知ってましたよね。僕が宏人くんを憎んでいるの」
「いや知ってたけれど!でも、なんかこう、一緒に戦っていくうちに?なんか?どうでもよくなったりしなかったの!?」
アリウスクラウンが勢いに身を任せて叫ぶ。
俺はそんなアリウスクラウンの肩に手を置いて黙らせ、俺もセバスの目を真っ直ぐに見て。
「もちろん覚えてるさ──どうする?セバス・ブレスレット」
俺は手中に『万里一空』を生み出しながらそう問うた。
アリウスクラウンと瑠璃と星哉がなんとか止めようとしてくるが、本気になった俺とセバスの間合いにはアリウスクラウンと言えど本気を出さなければ入れない。
ダクネスは相変わらずどこ吹く風だが、ニーラグラも剣呑な雰囲気になってきたと理解したのかあわあわし出す。
数秒の沈黙。
長いようで、短い時間。
そして──セバスは、笑った。
「……へ?」
予想外の反応過ぎて思わず間抜けな声が出る。
「いやぁ、なんか『随伴』使ったら宏人くん裏切らなくなってしまいまして」
セバスが後頭部を掻きながら軽くそう言う。
……なんというか、結末が呆気なさ過ぎて言葉が出ない。
呆然とする俺に、セバスは「それよりも」と続ける。
「僕自身、宏人くんを裏切りたくないですからね。ぶっちゃけ、アルドノイズ様が大切なのは昔の僕なので。根本的に性格が変わった今、特別守りたいとは思っていません」
「……そうか。正直助かるよ」
「いえいえ。ですが、それでも大切なのは事実なわけでして……。アルドノイズ様と戦う時だけは僕はどちらにも味方も敵対もしない形でいきたいと思っています」
「いいんじゃないかしら?どっちかって限定してしまうと突然気が変わってしまう可能性があるけれど、どちらにも味方しないと決めつけてしまえばその心配もないわけだし」
セバスの考えに瑠璃も賛成する。
俺としてもそっちの方が都合がいいな。
「じゃあ、なんというか……これからもよろしくな、セバス」
「あっはは。やっぱり那種さんの姿で言われると変な感じしますね」
俺とセバスはこうして和解したのだった。
「……で、なんか良い雰囲気になってるけどこれからどうするの?アルドノイズを倒すにしろ見逃すにしろ」
ダクネスは良い雰囲気だと知っておきながら横から議題を掘り返す。
……別にいいけどさ、もうちょっとあまりないこの和やかな空気を楽しみたかった。
「そうですね。とはいえ、アルドノイズ様……アルドノイズが何もしていない以上今のところは放置でよくないですか?あ、別に庇ってるわけではないんですけど」
「そうね。……やること、特にないわね」
瑠璃にしては珍しく、今後の計画はないとのこと。
まあ考えうる限り最後の戦いが終わったんだ。
アルドノイズがイレギュラーだっただけで、もう敵は全て倒している。
あとはニーラグラを神に仕立て上げれば、全て丸く収まるってわけだ。
……だが、気にならないことがないわけじゃない。
ダクネスが言っていた、神ノーズの『誓約』。
──神ノーズは如何なる場合も世界に影響を及ぼしてはならない。
「それは多分、世界が崩壊しそうな時でも……」
「宏人?どうかしたの?」
アリウスクラウンが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
……まあ、大丈夫か。
心配事の九割は起こらないって言うしな。
「いや、なんでもない」
まだ皆んなには言っていない……というか言うつもりもないが、俺は一人でアルドノイズを倒しにいく。
とはいえまだアルドノイズの居場所は掴めていない……だから。
それまでは、ぬるま湯に浸かるのもいいかもしれない。
まだ、皆んなといても、いいかもしれない。
「ひとまず、これで一件落着だな!」
俺は思ってもないことを笑顔で皆んなにそう言った。