273話(神サイド) 世界崩壊
ナギが残していった膨大な破壊のエネルギー──『崩壊』。
菱花がこの宇宙そのものである『繁栄世界』を維持している間。
俺とアリウスクラウンは文字通り死ぬ気でそれを抑える!
破滅の一筋の光線と、俺の『森羅万象』とアリウスクラウンの『炎舞魔神』が激突する。
「クソ……!さすがにこれはヤバい……!」
「……宏人の『森羅万象』でも消し切れないなんてヤバいなんてもんじゃないでしょ……!」
アリウスクラウンは己の全てを『炎舞魔神』に注ぎ込んで『崩壊』に立ち向かっているが……いかんせん力の『格』が違いすぎて話になってない。
この名前のない『崩壊』は、カミノキョクチでも最上位……!
俺の『森羅万象』でギリギリ対応できるくらいだ。
つまり、これをどうにかすることができるのは俺しかいないわけで。
「……ったく。俺だってどんどんどんどん強くなっていってるはずなんだけどなぁ。なんでいつも格上とばかり戦ってんだよ」
変わらず『崩壊』を受け止めながら、俺は愚痴を溢す。
愚痴を溢せる余裕があるというわけではない。
だが、なんでだろうか。
──今回も、大丈夫な気がするのは、なんでだろうか……!?
「そう、だからあなたは大丈夫よ。宏人ほどのジャイアントキラーなんてそうそういないもの」
アリウスクラウンも変わらず『炎舞魔神』に全力を注ぎながらも、そんな気を見せずウインクする。
……本当に、彼女には助けられてばかりだ。
「──向井宏人ォ!俺を忘れてんじゃねぇだろうな?」
突然怒号が響き、禍々しい翼が横から『崩壊』を攻撃する。
智也だ。
「私たちも頑張ってるんですからね!?何度も死にそうになったけど!何度も死にそうになったけど!!」
「宏人様さすがです!凪を倒したんですね!で次はこれですか!大変ですね!!」
流音と星哉も『崩壊』の迎撃に加わる。
そうだな、アリウスクラウンだけじゃない。
俺が助けられてきたのは。
「──僕のことだって忘れないでくださいよッ!」
そう言って飛び出したきたのはカナメ──の姿を模したセバス。
再度『デッドブラッシング』を使ったのだろう。
六人で一斉に異能を発動するが──効果は薄い……。
『崩壊』は変わらず、なんなら更に威力を増して俺たちに襲い掛かる。
「智也流音星哉!悪いけどお前らにこいつは荷が重い!はっきり言って戦力外だ。戻って瑠璃の指示を待て!」
「ふざけるなよ!世界滅んだら俺だって死ぬだろうが!俺の夢はアルドノイズと好き勝手して自由気ままに生きることでな……こんなところで終わらせるわけにはいかねぇんだよ!」
俺の言葉に流音と星哉は一目散で瑠璃のもとへ向かったが……智也だけは食いついてきた。
二人に関しては聞き分けがいいというよりよくぞ言ってくれた感が否めないが。
流音は実際「よっしゃやりぃ!サボれる」とかほざいてたし。
それはともかく智也だ。
こいつ味方になった途端全く役に立たないなとは思っていたが、まさかここで邪魔と化すとは。
「お前の事情なんぞ知ったこっちゃねぇんだよ!ここからは最低カミノミワザの領域だ。もうここまでくると『者』級もそれ以下も大して変わんないんだよ!」
「あぁ!?最低カミノミワザだぁ?──やってやるよ」
「……ん?」
俺が疑問の声を投げかける暇もなく。
智也は突如──カミノミワザに目覚めた。
「……は?いや、は?えっ……は?」
俺の頭の中が困惑に支配される。
アリウスクラウンとセバスだって同じように智也を凝視している。
……いやお前らもこんな感じだったけどね!?
「なに間抜け面してんだよ。俺だって凪のを真似ただけだ。異能の結合ってやつだな」
智也曰く、『悪魔』とアルドノイズの異能、ライン・カーゴイスの『吸収』の残滓を結合したのだという。
というかこいつ、アルドノイズと『契約』していたんだな。
今更だが……って今はそんな説明を聞いている場合じゃない!
「じゃあ智也も手伝ってくれ!ぶっちゃけ戦力増えるのマジで嬉しい!」
「ハッ。貸し一つだからな──!」
俺が菱花に言ったこととそっくりそのままのことを言いながら──智也はその力を解放する。
智也の、カミノミワザを。
「『天魔波旬』ッ!」
智也がそう叫んだと同時──最凶の悪魔が顕現する。
背に二対の暗黒の翼を生やし、全身を漆黒で塗り潰した異形。
だけれどどこかダクネスと同じような雰囲気──神々しいオーラを撒き散らしながら、智也は悪魔と化した。
「「これは……」」
ほぼ色違いのダクネスみを感じ俺とアリウスクラウンが頬を引き攣らせる。
そんな俺たちを知ってか知らずか、智也は愉快そうに呵呵大笑した。
「さあて──最後に俺の力を見せてやらぁ!」
智也はそう叫び、三体の巨大なゴーレムを形成──ダクネスの『守護天使』と対を為す、智也の『殺戮悪魔』だ。
それだけではなく『光柱』……ではなく『闇柱』を無数に構成──一気に放つ。
俺のカミノキョクチ『森羅万象』とアリウスクラウンのカミノミワザ『炎舞魔神』、セバスのカミノミワザ『デッドブラッシング』、智也のカミノミワザ『天魔波旬』──四人の全力で以って『崩壊』を受け止める!
だが、まだまだ『崩壊』は止まるところをしらない……!
「クソ……!あと一歩。あと一歩、足りない……!」
俺は必死に『崩壊』を受け止めながら呻く。
智也もカミノミワザに目覚め、ここには神に対抗できるレベルの人間が四人もいるのだ。
それでも、『崩壊』を相殺するのにさ、まだあと一歩及ばない。
その一歩が、果てしなく遠い……!
「宏人くんのもう一つのカミノキョクチ、『万里一空』は使わないんですか!?」
「あ、そうよ!そうじゃない!なんで使わないの!?」
「あぁ!?お前この状況で切り札出すの渋ってんのかよ!?」
セバス、アリウスクラウン、智也の順で俺に問うてくる。
俺が、『万里一空』を使わない理由。
それは……。
「『万里一空』は、攻撃を跳ね返すカミノキョクチなんだ……!仮にこれを発動して──この『崩壊』は、一体どこにいく?」
「ッ……!確かに、それは危険ですね」
セバスが苦々しげにそう呟く。
アリウスクラウンと智也も、納得したようで押し黙った。
「確かに全てを消滅させる『森羅万象』が効かない以上、『万里一空』の効果もないかもしれない。だけど……万が一。万が一『万里一空』で跳ね返した先がこの地球だったら──」
『──ふーん。まぁだそんなことで悩んでたの?』
──気付くと、俺はいつの間にかダクネスと向き合っていた。
……いや、こいつはダクネスの人格をコピーした俺の『変化』だ。
「……『万里一空』を創ってくれたのには感謝している。でも今は使わない。それだけだ」
「でも、私ならなんとかできるよ?」
ダクネスが、ニッコリと微笑む。
その笑顔に、何度苦しめられてきたことか。
何度悪魔に出てきただろうか。
その笑顔の裏には、黒夜や狂弥といった犠牲が──!
……それでも。
こいつはダクネスじゃなくて、『変化』なんだ。
「……なんとか、できるのか?」
「うん。二言はないよ」
「頼んでも、いいのか?」
「うん。まあ?私のオネガイは聞いてもらうけどネ?」
ダクネスは盛大なウインクをキメる。
……本当に、心の底から虫唾の走るほど可愛いウインクだ。
俺は若干引き攣りつつも、力強く頷いた。
「……ははっ。いいぜ。やってやるよ──お前に、なんでもくれてやんよ」
「そう言ってくれると思ってたよ。じゃあ──さっそく」
そして俺はダクネスの願いを聞いて──ダクネスとともに再び『崩壊』の前に舞い戻る!
「ん?……えっ。え、ええええええええええ!?!?」
アリウスクラウンが目をまん丸に見開いて突如出現したダクネスを凝視した。
セバスも智也も例外じゃない。
「安心しろ!こいつは本物のダクネスじゃなくて、俺の『変化』だ!」
「いや余計訳わかんないんですけれど!」
そりゃそうだよな。
アリウスクラウンの悲鳴に近い絶叫を聞いてそう思った。
しかし今は生憎と説明をしている時間などない。
『変化』が人格を手に入れるためにダクネスの人格をコピーしたとか、ダクネスがなんとかできるって言うから『森羅万象』の『変化』で俺の『森羅万象』自体をダクネスに『変化』させて顕現させた……なんて長過ぎるからな。
アリウスクラウンたちには笑いが──だから俺は、ダクネスを信じて行動するだけだ。
「宏人くん。準備はいい?」
「ああ、覚悟はできた──『万里一空』」
俺はダクネスに言われるがまま、全てを跳ね返すカミノキョクチ──『万里一空』を発動させた。
それは見事ナギの神ノーズの力が全て注ぎ込まれた『崩壊』を跳ね返し──だがしかし、その向かった先は。
「──太陽……!」
セバスが苦渋に満ちた声でそう言った。
生命の源、太陽。
『崩壊』がそんな太陽に向かったのは、どこか天照大神の名を冠した異能を持っていた凪による意志か。
けれど、俺は動じない。
なにせ──太陽の前には人影が。
その可愛らしい顔にニヤケ面を貼り付けて、「ようやく私の出番だね!」と嬉しそうに笑っていた。
それは紛れもなく。
純神が六柱目──ニーラグラ。
満面の笑みをするニーラグラに、俺は盛大にウインクをキメる。
俺だって、なんだかんだ言って今は美少女なんだ。
ダクネスよりも、可愛かろう。
「ニーラグラ──ぶちかませ──!」
「もちろん!そのつもりだよ──『須佐之女』──!」
ニーラグラのカミノキョクチが、真正面から『崩壊』と激突した。
* * *
『変化』──ダクネスは、考えていた。
どうすれば独立した存在に成れるのか、と。
本来異能とは意志を持たない力だ。
『世界真理』や『神話掌握』といった例外もあるが、基本的に自我はおろか思考することさえしない──できない。
だからこれは単なるイレギュラー。
世界はいつだって、どこかしらでバグが起きてる──ただ、今回はそれが『変化』だっただけ。
ある日突然、『変化』に自我が芽生えた。
しかしそれだけでは意味がない。
花や植物にだって自我はある。
だが、そこに意志も思考もない。
だから『変化』は探した──自分に足りないものを補う材料を。
それは案外早く見つかった。
『変化』の所有者である向井宏人が、彼の最大の怨敵──ダクネス・シェスを殺した時だ。
ダクネスの人智を超えた力と、宏人の中にくっきりとあるダクネスという人物の人柄。
『変化』は、死にゆくダクネスの『魂』を絡め取り──今のダクネスが誕生した。
あとは──肉体。
だから。
「──やぁニーラグラちゃん。お久しぶりだね」
「んぇ……ダクネスちゃん!?」
宏人と凪が死闘を繰り広げている間。
ダクネスは宏人が『変化』を使用したタイミングで己の意志のみを凪の中にいるニーラグラに飛ばした。
ニーラグラが驚愕したまま固まるが、ダクネスは構わず続ける。
「さっそくだけど。協力してほしいんだ。あ、ちなみに私『変化』ね。純神のニーラグラちゃんなら分かるでしょー?」
「えっ、あっ……ああ!『変化』ね!宏人くんの。そりゃ分かりますとも!だって私、カミサマなので!」
「マジかよ」
あまりにもチョロいニーラグラに逆にダクネスが「おおぅ」と後ずさる。
ニーラグラはなんのこっちゃと首を傾げる始末。
こほん、と咳払いをしてダクネスは告げた。
「時間がないからちゃちゃっと言うね。凪が神ノーズに成ったのは知ってるよね?」
「えっ、そうなの?ヤバくない!?それ」
「……」
ダクネスはもういちいち反応しないと決め、なんとか話を続ける。
「そう、成っちゃったんだ。神ノーズに。で、仮に凪が負けるとなるとえげつない神ノーズのエネルギーが放出するんだよ。これ、何が起こるか分かる?」
「うぅんと、新しい凪くんが生まれる!」
「違うね。世界……いや多分宇宙が崩壊するほどの大爆発が起こるんだよ。神ノーズって、それくらいヤバい存在だからね」
そうしてダクネスは語った──今後の作戦を。
宏人に借りを作る演出をするための舞台を作るために。
ダクネスの狙い。
それは宏人に肉体を生成してもらい、自由の身となること。
だがそうするとダクネスを形成する『変化』のもと──『森羅万象』が宏人から消えてしまう。
それすなわち、宏人の能力は『重力』のみになってしまうのだ。
そんな大幅な弱体化に賛成してもらえる可能性は少ない──だから、ダクネスは頑張って『重力』を『万里一空』にまで進化させた。
「これで、舞台は整った──あはは」
ダクネスは嗤う。
宏人に聞いてもらったオネガイ──それは。
ダクネス──『森羅万象』に、自由の身を与えること。
宏人は、迷いもなく了承した。
* * *
ニーラグラのカミノキョクチ──『須佐之女』が、『崩壊』のエネルギーを五つに分解する!
風を操るニーラグラは、その圧倒的な風で以って最強最悪の威力を誇る『崩壊』の力を分散化させることに成功したのだ。
そしてそれを全て──跳ね返返す!
「いっけーーーーー!みんな!」
ニーラグラの声に皆が不敵に笑う。
五つの流星群が、俺、アリウスクラウン、セバス、智也、ダクネスへと降り注ぐ。
俺らはそれに──己の全てを放出する!
「全力火力──『炎舞魔神』!」
「出力最大──『万華鏡』!」
「滅し尽くせ──『天魔波旬』!」
「バイバイ──『森羅万象』!」
アリウスクラウンの爆炎が、セバスの極太エネルギー砲が、智也の無数の鋭利な翼が、ダクネスの手中から生じる絶対破壊が──『崩壊』を消し去った。
残りの一つは──俺。
……がやりたかったんだけど。
「最後はお前が決めろ、ニーラグラ──『万里一空』」
俺は、再度ニーラグラに投げ返す。
生憎と、俺にはもう『万里一空』しか残ってないのでな。
ニーラグラもカミノキョクチを持っているのは、多分……というか絶対ダクネスが絡んでいると思うが……まあ、深くは考えまい。
「ふっふー。やっぱ、私がいないと皆んなダメだなぁ──『須佐之女』ぅ!」
ニーラグラの爆風が最後の『崩壊』を包み込む──!
それは、まるでオーロラのようで。
幻想的な虹色のベールが空に刻まれた。
そうして──『崩壊』は、消えた。
それと同時に菱花が天に伸ばした手をグッと握る。
「人間たちよ。素晴らしい活躍に感謝する──式神構築『繁栄世界』」
世界が、完全に元通りになる。
それはまさしく神の奇跡。
カミノキセキ──それが、世界を完全に修復させたのだ。
凪の『ラファエル』とはまた違う自然、そしてニーラグラの『須佐之女』とも違う風を浴びながら、俺は一息する。
やはり異能で作られたものより、完全な自然の空気の方が……いや、この世界そのものが菱花の式神なんだっけか。
まあ、野暮な考えはよそう。
ひとまず。
これで、ついに。
「終わった……ゴホッ」
「えっ、ちょ、宏人!?」
満開に咲く花々にかこまれて。
俺の意識は、途絶えた。