267話(神サイド) 頂上決戦⑲
カナメの力の残滓が注がれるその一瞬。
セバスはその間に出来うる限り思考する。
どうすれば、凪に勝てるか。
無論、その内容は凪についてだ。
カナメの死を慰る時間などない……この状況を脱してやっと悲しめるのだ。
そのためには凪を倒さなければならない。
セバスはカナメと凪の戦いを終始目を離さず見守っていたため、凪の異能については把握している。
だからこそ分かる。
──今の僕では、凪には勝てない。
カナメから力の一部をもらっても尚、セバスと凪の力の差は歴然だった。
だからこそ、もうなりふり構ってなどいられない。
実はセバスには最終手段がある。
カールとの同化。
つまりそれは死神の力を取り戻すというわけで──またセバスの人格が変わる可能性もあるのだ。
その新たなセバスがアリウスクラウンたちに協力的であればいいのだが、凪の味方についたら最悪だ。
その可能性を否定することはできない。
でも……カナメから力を分けてもらった今なら。
「──もう、後には引けませんからね。あとは愚直に突き進みます」
セバスは迷わずカールとの同化を果たした。
それは一瞬のこと。
分割していたものを、本来の形に戻しただけなのだから。
「……ほう。自我を保ったままか。賞賛に値する行為だが、どうせカナメの力も絡んでいるんだろう」
「正解ですよ。さすが、元・僕たちの参謀ですね」
「御宅はいい。始めようか」
「そうですね──セバス・ブレスレットではなく、『死神』として相手しましょう。凪」
「それなら俺も、新野凪としてではなく──最後の神人として相手してやろう。セバス」
カールがいなくなった代わりに、セバスはその権能をも己のものにしている。
セバスはカナメと凪の戦いを見ていた──だから、凪がどうやってカミノキョクチを作り出したか知っている。
(それでも、僕にはカミノキョクチは作れない……だけど。カナメくんだってカミノミワザで凪を追い詰めたんだ──僕だって、負けてられない)
セバスはそう固く決意し己の全ての異能を一つにする。
『アンデット』と『アンダーテイカー』、『随伴』を結合し──!
カミノミワザ──『デッド・ブレッシング』。
セバスには『資格』がなかったため神人へと至ることは出来なかったが、それでも種族は死神。
十分に神人と対抗できる力を持った、死を司る神の一柱と成ったのだ。
「『デッドブレッシング』」
「──!なるほどな。土俵には立っているということか」
セバスの口角が、ニヤリと吊り上がる。
それはどこか、カナメに似ていて──
そんなセバスを見た凪は、少なからず同様した。
「……ふん。名前の通り、悪趣味な異能だな」
セバスの姿が、七録カナメと化した。
『デッドブレッシング』──それは、死せる者からの祝福。
死を操る神の力を意のままにするセバスだからこそ可能なカミノミワザ。
とはいえ完全にカナメと成ったわけではなく、所々セバスの要素は残っている。
今の今まで凪を追い詰めていた、最強の男。
だがしかし──否。
だからこそ、セバスは分かっている。
この力でも、凪を倒すことは出来ない、と。
なぜなら本物のカナメでさえ、あと一歩といえど凪を倒すことが出来なかったのだ。
そのため借り物の力を行使するだけの存在でしかないセバスなど、凪に決定打を与えることは出来ないだろう。
それでも。
それは、セバスが完全にカナメを模倣しようとした時の話で。
「不本意ですが!今の僕に出来る最大限がこれなんですよ──『世界破滅』」
それは巨大で、幻想的な花火。
カナメと全く同じ、完璧な模倣の破壊。
その威力は本家同様凄まじく、ありとあらゆるもの──この『世界』すらにもヒビを入れるほど。
しかしセバスの予想通り、凪はそれらを冷静に対処する。
『絶対防御』でダメージをゼロにしたのだ。
セバスの攻撃がひと段落すると、凪は一つ息を吐いた。
「正直言って、見せかけにも程があるな。確かに最初は驚いたが蓋を開けてみるとカナメの下位互換……セバス、お前はもっと自分を磨くべきだったな。他人の模倣ばかりしてるから、大事な場面で自分を出しきれない」
「あはは。凪くんだけには言われたくないですよ」
「そうだろうな」
凪は淡々と、されど警戒は一切怠らずに発動する。
凪のカミノキョクチ──『天照大神』の、その本領を。
「命の源による死──死を司るお前に相応しい終わりを届けよう。命で以って、命を制す。『真なる太陽』」
凪の絶望的な威力の理不尽が、今度はセバスに牙を剥く。
この場合、本物のカナメはノータイムで『ブラックホール』を創り出し相殺していた。
だが、セバスにはそんな技術はない。
もちろんカナメの完璧な模倣体であるため『ブラックホール』の使用は可能なのだが、セバスにはノータイムで発動する技術がないのだ。
このことから、『真なる太陽』を『ブラックホール』で相殺することは不可能。
かと言って、他に対抗できる手段を持ち合わせているわけではない。
誰がどう見ても詰み──カナメの異能だけでなら。
「それでも。僕は、僕なんだ」
セバスは──躊躇なく生身で『真なる太陽』に突っ込んだ!
「……なにを、やっている」
これにはさすがの凪も唖然とするしかない。
凪は実際にカナメ自身と戦ったことにより、カナメがかなり無理をして『ブラックホール』を早撃ちしていることを知っていた。
そもそも凪とカナメは異能の格が違うのだ。
カナメは、その驚異的な技術で以って凪を圧倒していた。
いくら模倣したところで、そんな技術面までは模倣できない──それはセバスと同じ他人の異能を模倣してきた凪だからこその確信だった。
この二人は案外似た者同士なのだ──だから、凪は失念してしまっていた。
セバス自身の、異能を──『適応』を!
「出力最大──『万華鏡』」
『真なる太陽』から飛び出してくるは、無傷のカナメ──の姿をしたセバス。
セバスは、『絶対攻撃』に『適応』したのだ。
あとはセバスの身体が勝手に発動する『神風領域』に全て任せてしまえば、セバスには攻撃は一切届かない。
そして『絶対攻撃』を発動した直後は、凪は『絶対防御』を発動できない──!
これが、カナメがセバスに後を託した理由。
カナメとセバスの力が合わされば、その身一つで最強の盾と矛が完成するためだ。
「バカな──!」
驚愕する凪に、超高威力の破壊が降りかかる!
──これが、セバスが見出した勝機。
もう既に瀕死といえど、『絶対防御』と『絶対攻撃』という理不尽の塊のような権能をもつ凪を倒すための、最高に有効的な手段。
セバスの作戦通り──煙が晴れた向こうには、見るに堪えない程ボロボロの凪が。
その口から血が垂れ落ち、今にも死にそうな……敵が。
「滑稽ですね、凪」
「……」
勝負は、決した──それなのに。
次の瞬間、尋常じゃないエネルギーが吹き荒れる。
輝かしい黒。
暴力的なエネルギーの渦。
その中心は──もちろん、凪。
「──な、なんだこれ……!」
セバスはただただ困惑するが──本能が、訴えてくる。
──このままでは、凪が手をつけられない存在になる、と!
「『万華鏡』──!」
セバスは再度超破壊力を秘めたエネルギー光線を凪に向けて放つ。
しかし荒れ狂う暴風がそれを阻む。
何人たりとも邪魔することは許さないと言うかのように。
この、奇跡を。
* * *
「向井宏人が生き返ることは分かりました……ですが、それでもです。ワタクシたちが今何を危険視しているか分かっていますよね?」
現状の神ノーズたちが抱えている問題は向井宏人が全て解決してくれる──そう断言した菱花に、ハーヴェストは胡散臭い目を向けながらそう言った。
しかしそれも無理のない話なのだ。
なにせ事が事なのだ。
本当なら、ハーヴェストもダガルガンドも、神ノーズに課せられた『掟』──『世界』の運命に直接的な影響を与えてはならない──を破ってでも、最大の問題である新野凪を止めに向かいたいのだ。
「オイ菱花。我は決めたぞ。お前を信用することにして、新野凪がこれ以上どうなろうが我は何も言わんことにする──だが。それはこの戦いの中で、だ。向井宏人陣営が全滅した際に、新野凪が未だ生存していた場合──我とハーヴェストで貴様を殺す。それで引き続き新野凪も対処するとしよう。それで、いいな?」
有無を言わせないダガルガンドの圧が菱花に向けられる。
しかしそんな状況でも菱花は顔色一つ変えずに、淡々と言葉を返した。
「もちろん構わない。その時がきたら、私も大人しく首を差し出すとしよう」
「菱花ァ……。テメェの首なんていらねぇんだよ。新野凪さえ──新たな神ノーズさえどうにかなれば、我らは何も言わねぇんだよ!」
今、菱花たち神ノーズが集まっている理由。
それは急速な神人の減少と──新たに生まれると予想される、神ノーズについて。
三人の神ノーズが固唾を飲んで見守る中、その災厄は目を覚ます──!
* * *
セバスの目の前には──暴力的なオーラを纏う凪の姿が。
ただしそれは先程までの……神人の凪とはまるで違う。
セバスが今まで見てきたどの神人よりも、圧倒的。
神人よりも上──そんな凪に、セバスは否が応でも理解させられる。
「神、ノーズ……」
セバスは意図せず、その言葉を口にした。
するとそれに呼応するように──災厄が目を覚ます。
「……つくづく。俺は運に助けられてばかりだな」
次の瞬間──セバスの腕が吹っ飛んだ。
「──!?」
『絶対攻撃』に『適応』し、『神風領域』でありとあらゆる全ての攻撃を防ぐ防御膜を展開しているはずが──セバスの左手から血が噴出する。
凪はそんなセバスと自分自身をどこか他人事のように眺め、ため息を一つ吐いた。
「ふん。ここまでくると、今までの戦いがくだらなく思えてくるな。これが──神ノーズの景色か」
凪の指先が、再度セバスに添えられる。
襲いかかってくるは、死。
──だが、正直セバスはそんなことなどどうでもよかった。
仮とはいえ、セバスは既に何度も死を経験している。
もうセバスにとって死とは終わりではなく、一つの手段と化していたのだ。
そのためセバスが悔やむのは──死者への冒涜。
セバスでなく、カナメ自身が戦っていたら、もっと上手い具合に戦えていただろう。
そんなありもしない幻想に、セバスは悔やむ。
己の死すら忘れて。
左腕が、ズキズキと痛む。
どうやら『絶対攻撃』が付与されていたらしく、神人の再生能力や、いかなる回復能力でも絶対に回復できない権能が蝕んでいた。
セバスはそれを自重気味に眺め──ただただ、己の死を待った。
「カナメくん……すみません。やっぱり、僕はきみみたいには、成れないみたいです」
泣きそうな声で、セバスは弱々しくそう言う。
誰に向けた言葉でもない、独り言。
──それなのに。
「何言ってんだよ。まだまだこれからだろ」
そんな声が聞こえるとともに──誰かの手がセバスの肩に添えられる。
すると、セバスの左腕が再生された。
回復不能の権能が施されたのにも、かかわらず。
こんなことできるのは、この世の遍く変化を操る彼しか──
「よく持ち堪えてくれたな──セバス」
「な……那種さん!?」
しかし目の前にいるのはセバスの期待していた人物ではなく、まさかの非戦闘員の那種。
セバスが驚くと那種は「はぁ?」と訝しむが……ハッとしたように苦笑した。
「そうか。俺、今美少女なのか」
「えぇ……?」
セバスは本格的に困惑してくる。
そんなセバスを見て──那種は、おかしそうに笑った。
「お前だってカナメの姿してんだ。人を見かけで判断すんなよ」
那種はそう言って──凪と対峙した。
「まったく、倒しても倒しても湧いてくるのはなんなんだ──有象無象が集まったところで俺は倒せないぞ」
凪がそう言った次の瞬間──先程セバスの左腕を破壊したものと同じ、不可色の砲弾が放たれた。
それは神ノーズのみが行使することを許される必滅の力──カミノキョクチ『神ノーズ』の権能の一つ。
そのはずが。
那種は平然とそれを受け止め──消し去った。
「な、なんだと!?」
凪の顔が驚愕に染まる。
なにせこれは神人でもない、神ノーズの力なのだ。
カミノキョクチの最上位という、カミノミワザでさえも足元にも及ばない究極の力なのだ。
それを、ただただ掴んだだけで消し去るなんて──まるで、それ自体が最初から無かったことにするかのように。
「お前は、何者だ?」
凪の鋭い眼光が那種に注がれる。
それを真正面から彼女は受け止め──不敵に笑って言い放った。
「凪。お前の相棒──向井宏人だ。能力は──カミノキョクチ『森羅万象』」
向井宏人が、ついに戦場に舞い戻る。