266話(神サイド) 魂②
「あはは。宏人まったく『時空支配』使いこなせてないねー」
狂弥は開口一番に手痛い所を突いてくる。
那種に席を外してもらい、俺は今狂弥と二人で話していた。
「だろうなぁ。それは俺が一番理解してるよ」
「やっぱ少なからず抵抗されてる感じ?」
「そう!なんか拒否されてるっていうか、『時空支配』が俺を拒んでるっていうか……」
そう、俺はいつになっても『時空支配』を使いこなすことが出来ないでいたのだ。
本来『能力』は一人につき一つ。
俺はアルドノイズをこの身に取り込んだため『バースホーシャ』や『焔』といった異能も使えていたが、俺自身の異能は『変化』だけなのだ。
「多分、昔の……もとの僕が関係しているんだと思う。ごめんね」
「もとのお前……それって」
「言ったことあると思うけど、自覚あるんだ。僕は『ループ』繰り返す毎に性格に変化が起きてるって。元々の僕は、なんというかその……尖ってたから」
「想像出来ないな」
「だろうねー。とはいえ僕自身もまったく覚えてないんだけどね……ってそれはともかく。時間がない。本題に入ろうか」
狂弥の目つきが変わる。
それはダクネスとの戦いの時と同じで……創也から、狂弥と成る時の瞳。
「落ち着いて聞いてほしい──現在の状況を」
狂弥は語った。
俺がいなくなった後の出来事を。
セバスとアリウスクラウンによる猛攻。
しかし敵わず敗北──その直前にカナメが復活。
カナメと菜緒の姉弟の一騎討ち。
そこで隙を狙っていた凪の不意打ちで菜緒が死亡……その力が凪に受け継がれる。
そして──凪が、カナメを殺した。
「──!」
頭の中が真っ白になる。
怒り、不安、困惑といった感情がない混ぜになり吐き気を催す。
あのカナメが、死んだ……?
「いや、あり得ないだろ……。だって、カナメだぞ?実際に菜緒とタイマンで戦った俺だから分かる。あいつの力でカナメに勝つなんて出来ない……。だから、そんなはずは」
「違うよ宏人。その認識は間違っている。七録菜緒のポテンシャルは凄まじいものだよ。なにせ彼女は単独で、神ノーズの異能である『カミノキョクチ』を獲得したからね。そんな彼女の力が凪に渡ったんだ。……カミノミワザでは、カミノキョクチには太刀打ちできない」
「……」
「そんな中カナメは凄かったよ。カミノキョクチに、カミノミワザで対抗してた。あと、一歩のところまで」
カミノキョクチには、カミノキョクチでしか対抗できないのだと。
狂弥の言う通りなのだとしたら、俺は──
「それなら、俺が行ったところで意味ないだろ……」
「それは違うよ。きみなら、カミノキョクチを獲得できる」
「それはカナメだってそうだろ。俺なんかより、カナメを復活させた方がいい。違うか?」
「それも違うよ。カナメの魂はセバスに宿った。カナメは『これから』を、宏人に託したんだ。だから、その繋ぎの役割としてセバスに力を与えた。だけどそんなセバスが一人でどうにかできるほど、凪は甘くない──僕の言いたいこと、分かるよね?」
「……でも、俺じゃ──」
「──でもじゃないだろ。向井宏人」
一瞬、狂弥の雰囲気が変わる。
それは俺の知らない狂弥で……けれどすぐにもとの狂弥の調子に戻った。
もしかすると、これが本来の吐夢狂弥……って、そんなのどうでもいいか。
「きみには、まだやるべきことが残っている──そうだろう?」
「ああ……。そうだったな」
それは傀羅にも言われたこと。
俺には、まだ仕事が残っている。
俺の、俺だけの、絶対に片付けなくてはならない仕事が。
「狂弥。俺は、どうしたらいい?どうしたら──凪を、ぶっ飛ばせる?」
狂弥の顔の笑みが深まる。
* * *
「──話は終わりましたか?宏人さん」
「ああ。待たせて悪いな」
俺は再度、那種と向かい合う。
覚悟は決めた。
この少女の身体を使い、現世に再度降り立つ覚悟を。
そして、その代償を背負う覚悟を。
「那種──お前、死ぬんだぞ?」
「はい」
那種は表情を一切変えず、清々しくそう答える。
「……いいのか?」
「はい」
「なんでかは、知っているな?」
「はい。宏人さんが万全の状態で戦うには、私に身体を借りているという状態じゃダメなんですよね?私から、私を、完全に奪わないと、ダメなんですよね?」
「……お前はそれでいいのか?」
「いいのか……ですか?」
「ああ。俺は傀羅と狂弥としか話し合えてない──肝心なお前の、気持ちについて、聞けてない」
「それは──私には、力がないから。私だって全力で戦いたいのに、力がないから。だから、あなたのような、英雄のお手伝いをしたい」
「……自己犠牲的だな」
「いいえ。私は前の『世界』で宏人さんに救われているんです。英雄なら誰でもいいわけじゃありません。宏人さんだから、いいんです。私にとって英雄とは、あなただけなんです」
「……」
「だからあなたの力になりたい。私の『サタノファニ』は死者の人格をこの身に憑依させるもの──でもそれは『魂』の情報をダウンロードするだけであって、実際にその人本人を卸しているわけではありません。情報は情報、要は偽物です。ですが、宏人さんは違います。傀羅が、あなたの『魂』そのものを、死にゆくあなたから保護しました」
「……なるほど、な。ようやく合点がいったよ。じゃあお前は──お前たちは、『サタノファニ』の効果が生み出した現象なんだな」
ここに狂弥がいた理由。
それは、今、ここが那種の身体の中だから。
『サタノファニ』で、狂弥の『魂』をコピーしたから。
那種曰く、俺はコピーではなく、俺そのものなのだと。
それが意味することとは。
「もう、既に俺はお前の身体を乗っ取ってたんだな」
「すみません。傀羅が既に」
「ッ……。やっぱりそうだったのか。本当にすまな──いや、違うな」
俺は吐き出そうとしていた言葉を飲み込む。
飲み込んだのは、謝罪の言葉。
勝手に身体を奪ってすまないという、ただ自分だけが一人で気持ちよくなろうとする言葉。
だから俺は謝らない。
この業は、一生背負う。
そのために、その代わりに。
俺はただただ那種に言う。
「お前の身体、使うぞ」
「はい──存分に」
俺は那種の横を通り過ぎそのまま突き進む。
振り返りはしない。
だが……最後に、一言だけ。
「狂弥はともかく、お前はまだ本物だろ」
「……だとしたら?」
「──絶対に、殺さないようにするよ。俺のやるべきことが終わった時に、今度はお前を、復活させるために」
俺はそう言うだけ言って突き進む。
背後で那種が何か言っているが、聞きはしない。
俺は那種の身体を勝手に奪うクソ野郎だ。
そのため那種の言うことなんて聞かない──殺したりなんか、しない。
そうして俺は、目覚める。
再び現世に。
* * *
「宏人。カナメみたいに、『超能力』を『カミノミワザ』にするのはどうしたらいいと思う?」
俺が覚悟を決めると、狂弥はそう問うてきた。
どうしたら……か。
単純にポテンシャルとか、自分の限界を超える……とかそんなことじゃないだろう。
カナメにあって、俺にないもの。
「分からないな。ありふれたものしか出てこない」
「まあそりゃあそうだろうね。でも宏人が考えてる部類のもので大体合ってるんだ。だけど」
「……だけど?」
「『資格』。資格が必要なんだ。強さとか一切関係なく、ただただ神人に成れる資格──『資格』がなきゃ、いくら努力したって人のままなんだ」
狂弥によると、俺が復活する際の肉体の主である那種は神人の資格を持っているのだそうだ。
それが意味することとは。
「──きみは、これで神人と成れる」
「……俺が、神人」
神人。
それは純神をも超えるこの世界の頂点。
『世界』の管理者たる神ノーズの代わりに『世界』を調停する役割を持つ、生物の極致。
そんな頂上の存在に、俺が……。
「宏人はとっくに、神人に成れる力を秘めていたんだ。それは宏人自身が一番理解していると思う。なんたって、人間なのに、神人を単独で相手出来るんだからね。きみに足りてなかったのは、どうしようもない『資格』だけだったんだ」
「……そうは言うが、狂弥。俺は、自分がそこまで強いとは思えないんだ」
「なんで?」
「ライザーみたいな圧倒的な力。ダクネスみたいな凶悪的な力。菜緒みたいな絶対的な力。そして、カナメみたいな、最強の力……。そのどれもが、俺にはないんだ」
「あはは」
「……ん?」
「あっははははははは!宏人、今きみ煽ってる?ちょっ、本気で言ってるなら割とムカつくくらい面白いんだけど」
「は、はぁ?だって俺の『変化』は触れなきゃ──」
「だからなに?触れたら勝ち。最強じゃん!それに今一度、自分自身の異能を確認するべきだ。僕は言ったはずだよ──きみに足りてなかったのは、『資格』だけだって」
「──!」
狂弥に言われて、ハッとする。
俺は那種の身体に乗り移り、『資格』を有したんだ。
それなら、俺はもう『神人』と成っているはずで。
『変化』が、進化しているはずで──!
「……『千変万化』」
『千変万化』──これが、『変化』が進化した姿。
『超能力』から、『カミノミワザ』へと進化した姿……!
だがしかし。
「──でも、それだけじゃ足りない」
ああ、狂弥の言う通りだ。
これだけじゃ足りない。
『カミノミワザ』じゃ、足りない。
「これからきみと僕の全力で以って、『千変万化』をカミノキョクチへ進化させる──異論はないね?」
「ああ──なんてったって、俺は変化が好きだからな」
俺と狂弥は、不敵に笑った。
そうして、俺は那種のもとへ向かったのだ。
狂弥と別れて。
決意を固めて。
覚悟を決めて。
神の領域へと、踏み出して。




