264話(神サイド) 神ノーズ
──神の間にて。
本来なら集結する団結力など持ち合わせていない、この『世界』の文字通りの頂点──三人の神ノーズが揃っていた。
各々それぞれの管理する領域があり、本来であればここ日本は神ノーズの一柱、闇裏菱花の支配地だ。
だというのに三人の神ノーズの集結。
それは、大幅に数が減った純神と神人について議論するためにあった。
「そもそもよぉ菱花!ここはお前の支配領域だろうが!なにこんな大問題起こしてくれてんだよ!」
そう叫ぶ男は神ノーズの一柱、ダガルガンド・ダーバーホイル。
ダガルガンドの言葉に、隣の女も同意するように首を縦に振る。
「ええ。確かにワタクシも支配領域からライザーが消えたことを不審に思っていました……ですが我々神ノーズの掟ではそれぞれの自治に干渉しないというものがあるはずです。だからこそ──今回の問題はあなたに全責任があるはずです。違いませんか?闇裏菱花さん」
その女──ハーヴェスト・エンプティは目を細めて菱花を見た。
神ノーズとはこの『世界』の頂点の称号である。
またの名を『世界』の管理者。
古にかつて存在した本物の神ノーズは、破壊と再生を全て個人で成し遂げてしまうことのできる己の力を呪った。
いつか予期せぬ事態になった時、自分を止められる者がいないのでは、この美しい『世界』を護ることができない──そのため、自身の力を三つに分割し、三人の人間にそれぞれ力が宿ったのだ。
それが、現存する三人の神ノーズ。
神にして、管理者。
調停する者にして、頂上に立つ存在。
そんな神ノーズが生み出した存在──それが神人なのだ。
これは、初期メンバーは神ノーズと親しい者で構成されていた。
ダガルガンドはダクネス・シェスを。
ハーヴェストはライザー・エルバックを。
そして菱花は──選ばなかった。
否、正確に言うと、この『世界』について綿密に記されたカミノミワザをその身に宿せる人間を選択したのだが……いつになっても、そんな人物が誕生することはなかった。
そして時は流れ──七録菜緒という少女が『世界』について記されたカミノミワザ──『世界真理』に、選ばれたのだ。
だから菱花は、カナメが幼少期の頃に幼き菜緒を連れ去った。
菱花が知りたかったのは、この『世界』の未来──
だから菱花は菜緒の『世界真理』の未来を奪ったのだった。
とはいえ菜緒の『世界真理』から未来予知が完全に無くなったというわけではなく、見づらくなったとはいえ特定の条件下でのみ発動可能というものになっていた。
特定の条件──それは付近にカミノミワザ所持者や世界改変系異能力所持者のいない地点。
そのため菜緒は宏人やカナメとの戦いで未来を見ることが叶わず……結果的に敗北することとなったのだった。
「あなたの推薦した、七録菜緒も死んで……これは取り返しのつかない損害ですよ」
ハーヴェストがそう言って菱花に目を細める。
ダガルガンドの厳しい視線を浴びながら、菱花は深くため息を吐いて言った。
「ダガルガンド、ハーヴェスト。そもそもの話だが、なぜ私が七録菜緒を──『世界真理』を望んだか覚えているか?この『世界』の未来を見るためだ」
「だからテメェに特異地点を一任していたんだろうがッ!なのに今回の失態はなんだと言っているんだ。アレか?この結果が最終的には良い方向に転がるとでもいいたいのか?我らに継ぐ実力者である神人の大半が死んだというのに」
「ダガルガンドの意見にワタクシも賛成です。いくら結末が明るかろうと、今回の件はあまりにも痛手過ぎます。ライザーとダクネスと立て続けに死んだ時は、彼らを倒した向井宏人と七録カナメが今後重大なキーパーソンとなるかと思っていましたが……。はぁ。この短時間で、向井宏人はともかく七録カナメすら死んだじゃないですか。話になりません」
「七録カナメは言ってしまえば主要人物であり、中心人物ではない。……私としては一度話し合いの席を設けたかったのだが、ままならんものだな」
「テメェの私情なんざどうでもいい。じゃあ、向井宏人がその中心人物──この『世界』の未来に必要な人材ってことか?」
「話が早くて助かる。そうだ、向井宏人が、将来的に我々神ノーズが目指す未来と目的が合致、かつそれを成し遂げる力がある人物だ。これは推測ではなく未来予知、絶対だ。申し訳ないが異論は認めない」
「異論だらけですよ。仮にも神ノーズの一人たるワタクシが断言します──向井宏人は、ついさきほど完全に死に至りました。すぐに蘇生系統の異能を使ったのならともかく、それもされていない……悪魔が混じってるとはいえ彼は人間。この『世界』のルールからは逃れられません」
「向井宏人は世界改変系統の異能である『変化』を持っているんだぞ──と言いたいところだが、今回は生憎と向井宏人の力は関与していない。お前たちも認知しているだろうが、この『世界』は過去に何度も『ループ』している。それは別世界軸の神人の吐夢狂弥の『時空支配』が絡んでいる」
「はい。もちろん把握しています。過去に九十九回……いくらワタクシたちが管理していない別世界軸の神人とはいえ凄まじい精神力を有していますね」
「ああ。吐夢狂弥の『時空支配』の権能の一つ、『時空間移動』は吐夢狂弥一人を過去、または限られた未来に飛ばせるカミノミワザだ。またその際に、二名にのみ『ループ』前の記憶を固定できる。今回の場合は河合凌駕と新野凪……今暴れている神人だな」
「おい菱花。今はンなどうでもいい話していないだろうが。さっさと本題を言え」
ダガルガンドが円卓を叩く。
ここにいる三人の神ノーズの連携異能『創造』によって構築された円卓が見るも無惨に粉々と化す。
それにハーヴェストと菱花はまるでいつものことのように動じず、ただただダガルガンドに視線を向けるのみ。
そんな菱花の眼前に、ダガルガンドが顔を近づける。
「いい加減今のテメェの立場を分かったらどうなんだ菱花。今この女と共にテメェを滅してもいいんだからな?」
「落ち着けダガルガンド。私の話の途中だぞ」
「オイテメェいい加減にしろっつってんだろ」
「やめてくださいダガルガンド。ワタクシも今は動くつもりはないですよ。──それとも、ワタクシと菱花であなたを沈めましょうか?」
「……チッ。話を続けろ」
「無論そのつもりだ。それで『ループ』の話だが──」
「クソどうでもいい話はやめろ。先に結論を言え。結局、我々の使命であるこの『世界』の平穏──つまり数名の神人による相互監視上の支配は、回復するのか?」
「……ここ数千年君臨し続けた神人は全滅。残った、というより新たに誕生した神人は今暴走状態──ここから、一体、どうするのです?」
ダガルガンドとハーヴェストの視線が菱花に集中する。
そんな中、菱花は静かに目を閉じる。
頭の中で想像するは、菜緒の『世界真理』で見た光景──菱花の頬が、微かに上がった。
そして目を開けて言い放つ。
この『世界』の、未来を形作る者の名を。
「安心して引き続きこの戦いを見ろ──向井宏人が、復活するぞ」