253話(神サイド) 責任
「……はぁ。まったく、宏人様たちは人使いが荒いですねぇ」
宏人たちが生存戦争跡地に突撃した頃。
藍津は目の前に聳える森林を見ながらはぁとため息を吐いた。
藍津と莉子は今、とある任務のため『メンバーズ』とは別行動中だ。
とある任務──それは、七録カナメ救出作戦。
敵は藍津の支えていた七録菜緒とアルベスト。
菜緒との連絡が途絶えた今、藍津には『世界真理』の恩恵がないが……それでも宏人たちではこの二人を倒し切るのは不可能だというのは分かる。
確かに宏人は神人クラスだが、相手は神人クラスが二人だ。
正直、勝負にすらならないだろう。
だからこそのカナメなのだ。
「というかまず成功すんの?カナメの封印解くの」
「それは問題ありませんよぉ。俺、カナメ様が封印される直前に『世界真理』から弾かれましたがぁそれまで繋がっていたのは事実。だから菜緒様がカナメ様を封印しようとしていたことも知っていたわけで……こういうこともあろうかとぉきちんと封印の解き方を盗み見ていたのでぇ」
そう、藍津はカナメの封印の解き方を知っている……だからこそこの任務を任されたのだ。
莉子がいるのは藍津の監視と問題があった場合の瑠璃への連絡、それと莉子の『瞬足車』なら如何なる場合でも柔軟な対応が可能という観点からである。
……戦闘能力がないためまず戦いに参加できないというのもあったが。
万全を期すため、宏人たちが凪、菜緒、アルベストと遭遇した後突撃する手筈となっているのだ。
「まあ確かに、アルベストはともかく凪と七録菜緒は慎重そうだからねー」
「凪様とはお知り合いで?」
「昔ね」
雑談していると、瑠璃から莉子へ連絡がくる。
『七録菜緒との交戦が開始されたわ。凪はとりあえず撃破、アルベストは……ともかく、突撃しなさい』
「なんか気になること山盛りだけど……。はい」
そうして藍津と莉子は『通信機』からカナメの指示の元封印された現場に赴き──封印の解析を行うのだった。
* * *
「あん?俺と姉貴の関係ぃ?」
それはとある日のこと。
宏人、凪、創也、アリウスクラウン、セバス、瑠璃、カナメの七人で食事を摂っていた時、カナメのそんな嫌そうな声が上がった。
なんでも、アリウスクラウンがカナメとその姉である七録菜緒の関係について問うたのだ。
それには凪と創也を除く他の皆も興味があったらしく、身を乗り出してカナメを見つめた。
「なんでそんなこと気になんだよ。俺はおまえのかーちゃんの方が気になるよ」
「私のことはどうでもいいじゃない」
「俺の姉貴のことだってどうでもいいだろ……」
アリウスクラウンの言葉に皆もうんうんと頷く。
アリウスクラウンが小声で「やっぱちょっと興味持ってもらえないかしら……?」と呟いたが、自分で言い出したことなのでスルーされる。
「まあいいけどさ。つまんねぇ女だよあいつは。全て知れるからこそ、会話のかの字も成立しないからな」
「『世界真理』ってそんななんでも解るカミノミワザなんですか?」
「ふふふ。分かってないなセバスよ、それはもう激ヤバだよー。殴ろうとしても拳の到達地点演算とオートモード機能でありえない回避するし、僕のカミノミワザで時歪ませてもどこの時間軸をどのように改変してどんな結果が生まれたのか、だけじゃなくてその対策まで一瞬でやっちゃうからね。菜緒ちゃんに攻撃手段持たせたらこの世界滅ぶんじゃない?」
「創也の言う通り、世界線の中では七録菜緒が最も強大な敵になることが多々あった。大体俺たちはアルベストの策謀によって返り討ちにあっていたのだが……そのアルベストすら超える知略を持つ七録菜緒が敵に回ったらどうにも出来ない」
「創也と凪はそう言うけど、俺にはとてもそんな風に見えないんだよな。初めて会った時なんか気軽に俺たちの話してくれていたし。……最後知らない間に気絶させられたけど」
「宏人と同じで私もとても菜緒が強いとは思えないわね……。まあ敵になったらなったでどうにかするだけだけれど。私の『読心』なら緻密な戦略練られても対応が可能だからね」
皆が皆それぞれ意見を述べていると、カナメは深くため息を吐いた。
そして隣の宏人の頭をわしゃわしゃと掻きむしりながら笑って言う。
「安心しろよ。確かにあいつは性格クソ悪いが、お前らに手を出すほどバカじゃねぇよ」
* * *
「……って、思ってたんだけどな」
藍津がカナメの封印を解こうとしている間、カナメはモニターの映像を見ながらそう一人呟く。
ちょうど、宏人が吹き飛ばされた直後のことだった。
ついに出てしまった犠牲者。
直前まで、正直カナメはこの状況を楽観視している節があった。
菜緒は敵といっても、なんだかんだ言ってアルベストを倒すのに協力してくれるだろうと。
だが現実は違った。
アルベストは既に菜緒に取り込まれており、その力で以って菜緒は宏人たちに襲い掛かっている。
そして、宏人は死んだ。
「……」
『カナメ様、もう少しで解放できますよぉ』
『通信機』の向こうから藍津の声が聞こえる。
カナメは思わずため息が出た。
今、目の前でセバスとアリウスクラウンが危機的状況に陥っているというのに、もう少し。
そんなの、待てるカナメではない。
「──ねえ、ちょっとこの状況やばくない?セバスさんとアリウスクラウンさんも頑張ってくれてるけど、とても勝てそうにないっていうかなんて言うか……」
カナメが封印された洞窟──また、ニカイキやセリウスブラウンたちが拠点にしていた洞窟にて。
そこで藍津がカナメの封印を解こうと『神の間』の『門』を解析していると、莉子がポツリとそう呟く。
それに対し、藍津は呆れるように笑った。
「安心してくださいぃ。宏人様たちは別に自分たちで勝とうとなんざ微塵も思っていませんよぉ」
「はぁ?じゃあ何、あの人たち死にに行ったってわけ?」
「そんなわけないじゃありませんか。なんのための俺たちだと思ってるんですぅ?宏人様たちが時間稼ぎをして、その間見張りがガラ空きになった洞窟でカナメ様の封印を解き──自由になったカナメ様で勝負をつける。これが今回の作戦の内容ですよぉ」
藍津の馬鹿にしたような口調に莉子は腹が立つも……気合いで平常心を保つ。
実際本気で宏人たちが藍津の言うような作戦を行っていたとしても、現状がかなりピンチなことに変わりないのだ。
藍津が言うには、カナメの封印はあともう少し。
……今すぐ解かなければ、セバスやアリウスクラウンたちの命が危ういというのに……!
「ねえ藍津!早くしないとアリウスクラウンさんたちが──」
──瞬間。
藍津と莉子がいた洞窟が、吹き飛んだ。
「は……はああああああああああ!?」
普段ならありえない藍津の絶叫が児玉する。
なぜなら──藍津が封印を解き切る前に、カナメが姿を現したからだ。
夕暮れ時の、嫌味なくらい快晴の下で。
見下ろすように浮遊する、無表情のカナメからは尋常ではないほど強大なオーラが流れており。
そんなカナメの吸い込むような瞳に、真下の藍津と莉子が映る。
「藍津。おまえ、遅すぎ」
「カナメ様は、早すぎますねぇ……」
「カナメさん!アリウスクラウンさんたちがっ!」
「分かってる。待ってろ、すぐ片付けてくる」
そしてカナメは菜緒のもとへ急ぐ。
菜緒を──実の姉を、殺すために。
「責任は、俺が取る」
この状況は、姉だからと神人の警戒を怠っていたせいだから。
カナメはそう決意しながら、菜緒の前に姿を現したのだった。