242話(神サイド) 頂上決戦③
『──ねえ、宏人くん』
そこは暗闇の中。
ダクネスが背後から俺に抱きつく。
これはダクネスを殺してから何度も夢に見る現象。
ダクネスの強い意志というのもあるのだろうが、それでも大元は──『変化』にある。
『変化』が、ダクネスの力を俺に与えようとダクネスを解析しているのだ。
俺に足りないのは圧倒的な身体能力。
ダクネス戦でそれをかなり実感したのは記憶に新しいが、俺は今も菜緒との戦いでそれを欲している。
だから『変化』がダクネスを解析し──そのダクネスが、俺に語りかけてくる。
『私と一つになれば、菜緒なんかあっという間に殺せるよ?』
そんなはずはない。
いくら菜緒が神人最弱とはいえ、神人であることに変わりはない。
加えて今の菜緒はアルベストの力も保有している。
それでも──俺たちなら殺せる。
俺はダクネスを振り解き走り出す。
そして暗闇を抜け──目の前に現れた菜緒に向かって放つ。
「『黒焔』ッ!」
俺の手より漆黒の焔が顕現する。
それはこの世の全てを呑み込む破壊の焔。
『黒焔』を見て、菜緒は悔しそうに目を細めた。
「──『世界真理』」
*
『世界真理』の能力は三つある。
一つ目は事象の『検索』。
過去のみならず進行形の現在、ひいては一部の未来までも検索することができる権能である。
これにより、菜緒は常時戦闘においての最適解を検索、実行し、相手の裏をかく戦いを得意としていたのだ。
例としては初めて宏人に会った際に、一瞬で意識を刈り取ったことがあがる。
あれは宏人の警戒率と油断率、そして視覚情報を検索することによる死角の発見。
これらの要素を検索した上で宏人の一番油断している部分を、神人らしく力任せに攻撃して意識を絶ったのだ。
現在、これは瑠璃によって封じられている。
というのも、『世界真理』は情報を得る異能であって、実際に思考するのは菜緒なのだ。
つまり瑠璃の『読心』の範囲対象。
菜緒が何をしようとするか考えると、それも瑠璃に伝わり、マルフィットの『創造』が付与されたイヤホンを伝って宏人たちに伝わる。
これにより、実行に移す頃には対策をされているという間抜けな構図が出来上がってしまうのだ。
とはいえカミノミワザの権能であることに変わりはないため、瑠璃は苦戦している。
だが実際菜緒はこれを封じられていることにより『世界真理』の圧倒的な有利性というアドバンテージを生かせないため、宏人たち同様菜緒も決定的なダメージを与えられていないのだ。
二つ目は擬似人格によるフルオート戦闘。
これは『検索』によって得た知識をもとに、『世界真理』が菜緒の体を操作して戦闘を行う権能である。
世界最高峰なんて生ぬるいものでなく、それは生物が行える完璧な戦闘動作。
しかし身体能力はさすがに弄れないため実際のそれとは程遠いが、それでも菜緒は常時菜緒が行える完璧な戦闘を維持することができるのだ。
事実、菜緒は常時この異能を発動させている。
もともと普通の人間であったのに加えて、戦闘センスが致命的になかった菜緒からすれば当然のことである。
『式神構築』の完全展開もこの異能が導き出した演算結果によるものだ。
しかしこの場合も菜緒の頭の中にその情報が入ってきてしまう以上、瑠璃によって防がれていたのである。
三つある内の二つの権能の大半が瑠璃によって防がれている現状。
三つ目の権能を使えば素早く型がつくが、これは自分も巻き込まれるため論外だ。
この『検索』と『オート』の一部しか使用できない現在、菜緒に使えるのはアルベストのカミノミワザのみ。
──だというのなら、『世界真理』はその中での最適解を実行するのみ。
宏人の『黒焔』に対し、『世界真理』が菜緒を守る最適解を発動する──!
菜緒は『世界真理』の演算結果を見て、はぁとため息を吐く。
どうやら『世界真理』は瑠璃に監視されることを前提に事を運ぶことにしたようである。
(対策されるのなら、対策できないレベルのものを一瞬でぶつければいい……なんとも合理的で無慈悲な私の権能様ね)
『──宏人ッ!』
宏人のイヤホンからかすかに瑠璃の焦った声が聞こえてくる。
思わず菜緒は笑う──この、圧倒的な自らの異能に酔って。
「『奥義』──『雷楽滅堕』」
現存する『奥義』の中でも最高峰の威力を持つそれが、『世界』を無しに宏人たちに襲いかかる。
*
それは、一瞬の出来事。
菜緒が『世界真理』を発動すると同時に、アルベストの『奥義』──『雷楽滅堕』が発動した。
「──ッ!」
背筋を悪寒が走る。
これはザックゲインの時に体験した、己以外の全てに雷を堕とす神の怒り。
追尾機能のついた、一つ一つがカミノミワザレベルの威力を誇る無数の雷。
イヤホンから瑠璃の叫び声が聞こえると同時、俺は咄嗟にケルベロスを虚空に仕舞い、アリウスクラウンを回収──する頃には、無数の雷が降り注いだ。
『黒焔』が消滅し、残りの雷が俺たちへと向かってくる。
俺が決死の覚悟で手に『変化』を込めた瞬間、突然暗黒龍が俺を蹴飛ばした。
俺はわけもわからず高台から落下する。
着地する余裕などなく、大地の衝撃を全身で受け止める形となった。
骨が砕け、臓物が破裂し、神経が遮断される。
そして体を修復させるため発動した『変化』。
……そうか、今『変化』が俺のもとにあるということは──。
血の雨が降る。
これは、暗黒龍のか。
ちらりと隣りを見てみると、ちゃんとアリウスクラウンもいた。
どうやら、俺たちはなんとか『雷楽滅堕』を耐え抜いたらしい。
とはいえまったく安心はできない。
『世界真理』は、『世界』を抜きで『奥義』を発動できる──つまり、『雷楽滅堕』はこれで終わりじゃないのだ。
俺がふらふらと立ち上がる頃に、龍の血を浴びながら菜緒が歩んできた。
「『黒焔』に雷結構使われちゃったのが痛手だね。まあ何度も撃てばいい話なんだけど」
「……」
血の雨が止むと同時、今度は土砂降りの雨が降ってきた。
それも当然だろう。
なにせ本来なら隔離された『世界』でのみ発動可能な『雷楽滅堕』がこの『世界』で発動されたのだ。
異常気象が起きるのも当たり前のカミノミワザなのだ。
立っているのすら億劫な雨が体を痛めつけてくる。
そんな中、アリウスクラウンもおぼつかない足取りで俺の背後にきた。
それを合図に、俺とアリウスクラウンは駆け出す。
菜緒は待ってましたと言わんばかりに両手を広げる──そこから繰り出されるは『サンドライトニング』。
俺は咄嗟に『変化』で、アリウスクラウンは力任せに振り払う。
アリウスクラウンの全身から炎が湧き出て──その身で守って菜緒に殴りかかった。
菜緒は再度電撃バリアをその身に纏うが、アリウスクラウンは動じない。
智也もそうだったが、慣れさえすれば、回復手段があるのなら特攻しても何も問題ないのだ。
アリウスクラウンの場合は炎も纏っているため電撃をものともせず菜緒の顔面に拳を叩き込む。
俺は菜緒の背後から『バースホーシャ』。
だが菜緒は瞬時に『サンドライトニング』を複数展開。
ついさっき俺がやったのをまただ。
電撃が俺とアリウスクラウンに直撃。
俺とアリウスクラウンは後方に飛ばされる。
その次の瞬間、菜緒の頭上から黒い塊が落ちてきた。
「──ッ。そういえばいたね、きみ」
「俺を忘れてんじゃねぇよ……!」
先程菜緒に軽くあしなわれたこともあってか、怒りの形相の悪魔──智也が姿を現した。
再度『悪魔』を発動することに成功したようだ。
──今警戒すべきは言わずもがな『雷楽滅堕』。
それを発動する隙を作らず、三人で畳み掛ける!
「智也!分かってるな?」
「安心しろ。瑠璃から聞いてる」
「……雨で視界が悪いわね。宏人、『バースホーシャ』を撃つ時気をつけてね?死ぬから」
「さあ──さあさあさあさあ!盛り上がってきたね!」
俺、智也、アリウスクラウン、菜緒の順で、それぞれが声を張ってそう言った。