228話(神サイド) 勝者
「俺、傀羅なんだ」
開口一番、那種はそう言った。
確か那種の『呪い』は『サタノファニ』。
死人の魂を自分の体に卸す能力だ。
凪たちが襲撃してきた際、確か傀羅も亡くなっていたから、まあ不思議ではない。
「へー」
「いや、へーじゃなくてだな」
傀羅は困ったように冷や汗をかいている。
まあ本人からしたら大事だろうが……いかんせん俺らの関わりは薄い。
正直那種に関してもあんま知らん。
すまん。
「まあ、強く生きろよ」
「おう……」
俺はそれだけ言って立ち去ろうとすると、最後に傀羅はまた会話する機会を頼んできた。
別に今言えばいいのにとは思ったが、本人がそう言うため別に何も問わず、取り敢えず頷いた。
そんなこんなで、俺はセバスとアリウスクラウン、瑠璃の四人で集まった。
お馴染みになりつつあるこのメンバーが揃うのは思わず頰が緩むが……まだ、カナメが足りない。
「……多分だけれど。今回が最後の大きな戦いよ」
瑠璃の言葉に、俺たちは耳を傾ける。
瑠璃は、訥々と言葉を紡ぐ。
「残る敵の神はアルベストと七録菜緒だけ。神ノーズに至っては干渉出来ないときた……まあ、これは菱花さんの話が正しければ、だけれど。だから、これで、終わり。これさえ終われば、『世界』は変わる」
今のこの『世界』には、神がいない。
本来なら純神から選ばれるはずなのだが、いかんせん上位四神が死に過ぎたのだ。
上位神はアルベストのみで、それ以外の純神は若者ばかりという状態。
神選びがみるみる延期になっていき──今のこの『世界』だ。
だから俺たちは、神を殺して数を減らし、ニーラグラを新たな神として顕現させる。
彼女なら、俺たちは王に相応しいと思ったのだ。
「問題は、七録菜緒の力が未知数なことです。だから彼女は僕とカールで対処するので、残りのみんなでアルベストを倒す、というのはどうです?」
「んー。確かにそれが一番無難そうわね。でもアルベスト相手にセバスがいないっていうのもかなりキツイわ……」
『ねー俺はー?』
「あ、そうだよ。今のうちにカナメの封印どうにかなんないか試そうぜ」
「そうね……確かにカナメがいると私たちの勝ちでほぼ確定でしょうね」
瑠璃の言う通り、カナメがいるだけで俺たちの勝ちは約束されたものだと言っても過言ではない。
カナメの強さは異常だ。
かつて神人最強と謳われていたライザー・エルバックを撃ち倒し、ダクネスも死んだ今、カナメは間違いなく人類最強と言えるだろう。
だから何としてでも、明日明後日以内にカナメの封印を解かなければ……。
「俺の『変化』ならなんでも出来るから、あとは封印されたって言う転移門の位置さえ分かれば解決なんだが……」
「それは私の『読心』で七録菜緒を……って、カナメ!」
『ハイ!?え、俺?』
瑠璃が突然大声でカナメを読んだからか、通信機から裏返ったカナメの声が聞こえてきた。
「カナメ。確か神の間ってモニターで生存戦争の森全て確認できたわよね!?そこから過去の映像出力出来る?試して!」
『お、おう!えーっとちょっと待てよ……出来るぞ!んで、何見る?』
「じゃあこの一日かけて昨日の映像全部見返して!全部!絶対!いいわね!?」
『は、はぁ!?んなの無理に決まってんだろ!なんでだよ!?』
「そんなの決まってるでしょあなたを解放するためよ!私たちが今困ってるのは七録菜緒がどうやってあなたを封印したかってこと!場所さえ分かれば宏人の『変化』でなんとでもなるの!いいわね!?」
……そうだ。
確かにそうすれば少しでも早くカナメを解放することができる。
神の間のモニターに映っていなかったとしても、映っていなかったところを捜索すればどうとでもなる。
希望は見えた……だが。
逆に、そのことを凪が見逃すはずがない。
「決戦の地、決まりましたね」
セバスの言葉に、アリウスクラウンはため息を吐く。
「まぁた、あんなところにとんぼ返りなのね……。私、これを機にもう絶対行かないわ」
アリウスクラウンの言葉に、瑠璃は笑う。
「でも、私は楽しかったわよ?私だけ戦わずに隠れてのんびりしていたからね。まあ?今回は私も微力ながらも戦うわ」
そして──俺も決意を固める。
「ああ、行くぞ──生存戦争跡地に」
俺たちの、最後の戦いが始まる。
*
「──やっぱ、こうなるよね」
アルベストは、菜緒を見下ろしながらそう呟く。
結果は、当然というべきか、アルベストの勝利に終わった。
菜緒は強い。
だが神人としては全然であり、それも当然、菜緒の『世界真理』は戦闘に向いていないからだ。
「その力、他の異能と合わせればめちゃくちゃ強いと思うんだよね。菜緒、お前はどう思う?」
「……確かに、あんたの『カミノミワザ』と合わせたらめちゃくちゃ強いだろうねぇ……」
「だろ?僕もそう思うよ」
アルベストは菜緒に手を向ける。
その手から凄まじい電流が駆け巡り、バチバチと音を立てて光り輝く。
そして次の瞬間、音速の『サンドライトニング』が菜緒を貫く──直前、菜緒は転がって回避。
神人の身体能力を駆使し、なんとかアルベストから距離を取る。
「忘れた?ここは私の『世界』──『全知全能』よ?」
「異能の特性上お前の『世界』が構築されただけってのも、忘れてもらったら困るよ」
『全知全能』は、『世界真理』の力が最大限強化された菜緒の『世界』。
他の『世界』よりもずば抜けた構築強度と精巧さ、そして解析能力により、全ての式神をくらい尽くす、絶対構築の式神。
ライザーの『空間支配』すら通用しないことから、アルベストの『世界』に打ち勝ったのも当然のことなのだ。
「──だから、なに?」
アルベストの笑みが、深まる。
「きみがいくら僕の殺し方を知ろうと。きみがいくら僕の攻撃進路を把握しようと。きみがいくら『世界』を構築しようと──だからなに?」
「……ッ」
アルベストは『サンドライトニング』を応用し、一瞬で菜緒の目の前に。
菜緒の目が、大きく見開かれる。
アルベストの光速の突きが、菜緒の腹部を貫通した。
「……けほっ」
「さよならだ、七録菜緒。お前と悪知恵を働かせて色々行ってきたことは、今となっては良い思い出だよ」
菜緒は虚な瞳で、されど口元に笑みを浮かべる。
──違和感が、する。
アルベストはふと、そう思った。
というのも、今の今まで菜緒からはそこまで殺意が感じられなかったのである。
そもそも、勝つ三段がなければまずこの状況が存在していなかったはず。
『世界真理』を駆使すれば、アルベストからなどいくらでも逃げ続ける。
逆に、アルベストの寝首をかくことだって出来るはずなのだ。
だが──。
(まあ、いい)
アルベストは、不敵な笑みを浮かべる。
今更何をされようが、どんな攻撃がこようが対処できるからである。
これが、神人をも越える純神が二柱目の、強者ゆえの油断。
菜緒──『世界真理』は、その油断さえ、見逃したらなど、しない。
「──『模倣』ッ!」
「な、凪!?」
突如凪が現れ、背後より、アルベストに触れた。
アルベストは突然の凪に驚き……穏やかに笑う。
「どうしたんだ凪。緊急の用事かい?ちょっと待ってて、菜緒を殺してから行くよ」
「その必要はない。なんせ死ぬのは──お前だからだ」
「ん?何を言って──はぁ?」
次の瞬間、アルベストの体が、溶けた。
ここにきてやっと、アルベストは自分の体に何が起きたのか理解した。
触れる、『模倣』、それは──『変化』!
「な──凪ィィィィィィィィィ!」
アルベストの目が血走り、辺り一面に電気が駆け巡る!
「──ッ!七録菜緒!」
「おーけい!任せなぁ!」
菜緒は『全知全能』の異能を発動し、電気をかき消す──が。
アルベストの文字通り死ぬ気の電流は止まることを知らず大地を穿つ。
『サンドライトニング』がばら撒かれ──ついに『全知全能』の『世界』に段々とヒビが入る!
「ちょ、これマジやばいやばいやばい!」
「七録菜緒。あとは俺に任せろ」
『世界』が崩壊し、破片がパラパラと降る。
そんな中、凪とアルベストは対峙した。
「なぜ……なぜ僕を裏切った!凪……!」
「俺は……いや。俺たちは、最初からこの女についてたよ」
「俺たち……ははっ。なるほどね。まあ、もうなんでもいいや。どうにでもなれ。死ぬその時まで──殺し尽くしてやる」
アルベストの体は、依然溶けつつある。
だが凪の『変化』の精度の荒さとアルベストのレジストがあいまって、なかなか死んでくれない様子。
アルベストの電撃が、凪に降り注ぐ。
その威力は絶大。
だが凪もそれを『模倣』し、電撃は霧散する。
しかし、『模倣』は模倣。
本物にはあと一歩及ばない。
凪の身に、威力を殺しきれなかった電撃が迫る。
凪はそれに手を向け──他対象の『変化』で打ち消す。
本来他対象の『変化』はコピー出来ないが、凪の『模倣者』はコピーではなく、真似のため発動可能なのだ。
ダクネスすら完全に『変化』をモノにできなかったのだからこそ、凪の異常さが際立つ。
そんな凪に向けてか──アルベストの手に凄まじいエネルギーが集中する。
「はは……もう、死ぬな僕。なら、最後に一発。でかいのぶち込むよ。覚悟しろよ、新野凪」
「……いいだろう。撃ち返してやる」
そして、アルベストから放たれるは『輝』。
『焔』や『凪』、『闇』と同列の、最強のカミノミワザ。
純神が隠し持つ、切り札にして一撃必殺。
それに対し、凪が放つは。
「目には目を。歯には歯を──カミノミワザには、カミノミワザを。『旋』」
『旋』──それは、ニーラグラのカミノミワザ。
全てを吹き飛ばす瞬足の旋風は、立ち塞がる全てを無に帰す。
『輝』と『旋』が衝突する──!
「──はっ。最後の最後に借り物の力とか。向井宏人に似てるな、お前」
「そうか──光栄だな」
直後──凪とアルベストを、眩い光が包み込んだ。
*
「最後の戦い、ねぇ……」
俺はベッドに仰向けで寝っ転がりながら、一人呟く。
正直、未だ実感がない。
アルドノイズと戦って。
アスファスと戦って。
ダクネスと戦って……。
細かく言えばもちろん他にも色んな奴と戦ってきたが、やはり大きな戦いの象徴と言えばこの三人だ。
今となっては懐かしくあるのが怖い。
仲間の死に、慣れつつある自分が、怖い。
俺が今の今まで命を紡いでこれたのは、俺なんかの力じゃない。
まったく目の覚めない奴に、ため息を吐く。
「アルドノイズ。お前は何してんだよ」
俺は俺の中にいるアルドノイズに問う。
だがやはり、返事はない。