221話(神サイド) 『支配者』
「おい、なんの冗談だよニーラグラ」
俺は自分の顔が酷いことになっているのを知らながら、言葉を紡ぐ。
「お前、探しても全然いないから心配したんだぞ。なんだ?この森で迷ってたのか?」
どうでもいい言葉が、頭を駆け巡る。
既に瑠璃とセバスから話は聞いている。
凪は、凪だったと。
おそらく、無理やりか騙すなりしてニーラグラから体の主導権を奪い返したのだと。
もう、分かっている……。
凪は目を細める。
「なぁニーラグラ。一回、一回凪と話をさせてくれないか?なんか、みんなおかしな事言ってるんだよ。凪が裏切っ」
「──そうだ。その通りだ」
「──ッ!」
俺の言葉を遮って、凪は言い切った。
息が荒くなる。
だって、凪は誰よりも俺たちのことを考えてくれていて……。
「……はは。そうかよ。なんでだ」
「俺は今まで狂弥と凌駕と共に何度もこの『世界』をループした。だがダメだった。どうしたって、世界は滅ぶ」
「……意味わかんねぇよ。初めて聞いたぞ、世界が滅ぶとか」
「まったく。狂弥も呆れたものだな。いつのループからあんか性格になったんだっけな。……しかしそんなことはどうでもいい」
凪はコツコツと靴を鳴らして俺の元へ来る。
そう、凪は裏切ったのだ。
なら、敵──!
殺さなきゃ、殺される……!
──でも。
凪は、俺の相棒で。
「……なあ凪。俺はどうすればいい?」
「……宏人。お前は強くなった。俺よりもな。だけどな──俺はお前には負けない」
凪の拳が、俺の頬に炸裂する。
……痛い。
だが何故か、反撃する気は起きない。
防御の姿勢を取る気力もない。
凪は糸の切れた人形のようにされるがままにされる俺を一瞥し……踵を返した。
「いいのか?向井宏人を殺さなくて。お前がやらないのなら私がやるが……」
「帰るぞ。あいつは放っておけ。時期に奴らが来る」
生神が宏人を見ながら凪に問うが、凪は見向きもせず突き進む。
生神は凪と俺を交互に見つめ……やがては凪の方へ走っていった。
……俺は、何をやっているんだろうか。
凪の姿が、段々と小さくなっていく。
まだ、まったく話せていないのに。
まだ、なんで裏切ったのか聞いてないのに。
「クソ!」
俺は自分の顔をぶん殴り、無理やり意識を整える。
今からでも『バースホーシャ』で飛べばなんとか間に合う──!
「『バースホ──」
「はぁーい。久しぶりだねぇ。宏人くん」
──刹那。
そんな声が耳に入った時には、俺の体は無数に切り刻まれていた。
「──!?」
まただ。
また、知っている気配。
俺は顔を怒りに染めながら、そいつの名を叫ぶ。
「なんで生きてる──ザックゲイン!」
「──それは僕のお陰だよー。宏人くんー?」
すると、ザックゲインの背後から更に六人が姿を現す。
「あはぁ。上位七人だって。ダサくてウケる」
「おい貴様ァ!チャン・ナンってふざけた奴の仲間だな!?殺し返す!」
「ね、ねぇ……なんで、なんできみ生きてるの?ねぇなんでなんでなんで!?き、きききききみは神人に殺されたはずだろぉ!?なんで僕は死んできみは生きてるんだよぉぉぉぉぉ!」
「あの、私には一体どういう状況なのか検討も付かず……って、あなたでしたか。なら演技は必要ありませんね。お久しぶりです宏人さん」
「……」
カルマ、マルフィット、花哉、シェリカの順に。
言葉を発さなかったが……ニカイキも。
上位七人の面々が、俺の前に現れる。
そして、最後には。
「僕のこと覚えてるー?」
「ああ、もちろんだ──城坂」
城坂。
城坂墓。
羅角こと城坂を通すように、上位七人たちが道を空ける。
よくよく見てみると、上位七人たちの顔は虚だ。
そういえば、城坂の『能力』は……。
「……『支配』か」
「そうだよー。僕にちょうどな死体があったからね。──『支配者』に成ったことだし、もうひと暴れしようと思って」
城坂が手を薙ぐと、上位七人は一斉に跪いた。
まるで城坂は王の様に、上位七人たちの真ん中に君臨する。
その中にはもちろん、ザックゲインも、ニカイキも。
死者を思いのままに操るネクロマンサーは、正面から俺に向かって叫ぶ。
楽しそうに、おもしろそうに。
「宏人くんッ!さぁ、僕と遊ぼう!」
城坂がそう大手を広げて言った頃には、既にザックゲインは俺の真横に。
相変わらず早い──だが。
俺には、未来を見通す『眼』がある。
「──へぇ。成長したね」
ザックゲインの剣の一撃を、神剣『暗黒龍』で受け止める。
先程ライオという少年と戦った際に暗黒龍を顕現させてしまったこともあり、しばらく暗黒龍の完全権限は不可能。
俺一人で、上位七人と城坂の相手をしなくてはならない──。
「──問題ない、な」
ダクネスと戦う前の俺だったら、ザックゲイン一人にすら勝つことは難しかっただろう。
だけど、今の俺なら。
今の、上位七人になら。
生きて成長を続けた俺と、死んで城坂如きに操られている上位七人とじゃ、明確な差がある!
「──!」
ザックゲインの目が黄色に輝くと同時に、雷が吹き荒れる。
俺も対抗して『バースホーシャ』を乱射。
カミノミワザ同士が衝突し、辺りに凄まじい衝撃波が駆け巡る。
だがそれでも、俺とザックゲインは無傷。
俺は『変化』で、ザックゲインはシェリカの『全快』で完全回復する。
「──『天使』」
そんな中、天より光の柱が降り注ぐ。
的確に俺を狙ったそれは、手を掲げて『変化』を使用することで防いだ。
「……カルマ」
「なに?さっきからチラッチラこっち見ないでくれる?うざったらしい」
俺が口を開きかけると同時に、左方向からとんでもない量の銃撃が浴びせられる。
「──式神顕現『機械砲台』ッ!」
「──ッ!お前がマルフィットか……!」
俺は銃撃をまたもや『バースホーシャ』で掻き乱す。
そして、右方より迫る──手。
「『壊魂』ッ!」
「『変化』」
花哉の手に、俺も手で対抗する。
一撃必殺の『変化』と、スリーアウト性の『壊魂』。
だがその効力は分散され、俺と花哉の手は弾かれた。
俺はバックステップで後方に退がり、上位七人たちと一旦距離を取る。
上位七人たちの背後では、未だに城坂が俺を見て微笑んでいる。
「──ッ!?」
そして、ハッと気付く。
まだあと一人──ニカイキはどこに──!?
「──『重力』」
俺は、瞬時に能力結晶を『変化』から『重力』に変換──!
「えー……?」
変換する前に発動された『重力』は、俺に向けられたものではなく、餌食になったのは、城坂。
困惑する城坂に、ニカイキが歩み寄る。
「ど、どういうつもりー?ニカイキ。僕が主人で、お前は奴隷のは」
「──調子乗んなよクソガキ」
ニカイキは、俯向きで倒れる城坂の頭をガンッ!と踏む。
城坂は凄まじまい威力で地面が顎にぶつかり、脳震盪を起こしながらも必死に言葉を紡ぐ。
「ぼ、ぼくは、宏人くんを、倒すために、お、お前たちを、お前たちの、力を──」
「舐めんな。テメェ如きにゃ死んでも操られてたまるか」
そして──段々と城坂の体が小さくなっていく。
高圧力で、『重力』に握りつぶされているのだ。
城坂は涙目になりながら叫ぶ。
「や、やめろー!ぼ、僕はまだ宏人くんと決着をつけられていない!」
「そうかよ。だがテメェじゃ勝てねーよ。なにせ俺も負けたんだからな」
「そうじゃないー!お前と僕は違う!なんで、なんで邪魔されるんだ!なんでいつもいつもいつもいつも僕は邪魔されるんだ!なんで──宏人くんと決着をつけられ──ァァァァァァァァァァァァ!」
そして──城坂は完全に『重力』に潰された。
思わず固まる俺と上位七人たち──そんな中、ニカイキだけは爽やかな笑みを浮かべながら。
「俺はもうこんな茶番には付き合わねぇぞ──じゃあな」
ニカイキはそう言うと──己すらも『重力』で握り潰し、消え去った。
そんな状況の中でも、ザックゲインはペースを崩さない。
「んー。なんか一悶着あったみたいだけど。どうでもいいよね?さぁ、今度こそ本気でやろう向井宏人」
「……お前たちは、死体を『支配』で操られていたんじゃないのか?」
「いやぁ?仮にも僕らは上位七人なわけで。──あんなクソガキの『支配』なんぞ簡単に、逆に蘇りの手段として利用してやったのさ」
ザックゲインたち上位七人は、『支配』を発動していた城坂が死しても尚、堂々と二本足で立っている。
そういえば、かつて戦った七音時も、『支配』が切れた状態で戦っていたらしいしな。
ザックゲインの鋭い瞳が、俺を射抜く。
当時の俺なら、どうだろうか。
萎縮していただろうか。
不思議と、今となっては余裕すらある。
「あっそう。どうでもいいね。城坂が死んで、神魔大戦の影響で死んだ奴らが『支配』によってニセモノの参加者と化していた事も分かったし──もうここには用ねぇんだよ。さっさと終わらすぞ」
「そうだね。そうするとしよう」
俺は手に『変化』を宿す。
それと同時に、ザックゲインの両手が合わさる。
さぁ──再戦といこうか、上位七人。
さっさとお前らをぶっ飛ばして、俺は凪の元へ向かう。
「式神展開──『雷撃豪雨』」