220話(神サイド) 生者の行進⑧
ライオとモルルは、親から捨てられた者同士だからなのか、幼い頃から仲が良かった。
ある日、モルルは森の中で神様と出会う。
神様は言った、私の力は秘密にするんだぞと。
モルルは強く頷いた。
絶対に、この力を公開しないと。
仮に晒してしまった場合には、何がなんでも目撃者を全員殺す、と。
後日、モルルはライオに神様の力がバレてしまう。
神様は言った。
「奴を殺せ」
モルルは言った。
「やだ」
「……」
それから、神様はなぜ自分の力を隠すのか教えてくれた。
自分は今、とある神から追われている身であるということ。
その神に見つからない様に、力を隠さなければならないのだという。
モルルは神様の目をまっすぐに見つめて、ニッコリと笑う。
「大丈夫。ライオとわたしが、絶対にあなたを守る」
*
「──生神!?」
ライオに『ヴォルケーノ・マキシマム』が着弾する直前に、生神がその間に割って入った。
生神の体は無惨に弾け飛ぶが、生神は神の再生能力をフルに活用し、なんとか原型を止めることに成功する。
「ライオ・セット。よくやった。だがもう潮時だ。撤退しろ」
「はぁ?逃げれるならとっくに逃げてるから。どこに出口があるんだよ」
「私の『生神』たる所以を忘れたか?私の異能は生きるために逃げることに特化している。問題ない」
「お、おお!そうか。どうすればいい?」
「今から全力で走りあの化物から距離を取れ。そこで私の『能力』を発動する」
「了解だ。じゃあお前はモルルを連れて」
「──何を言っている?あの娘は諦めろ」
ライオの言葉を遮り生神はそう言った。
何を言っているのか分からず、ライオは固まる。
「私はこれよりライオ・セットに憑依することにする。だからお前は私と」
「──俺が時間を稼ぐから、お前はモルルを連れて逃げろ」
今度は、ライオが生神の言葉を遮った。
「……何を言っている。死ぬぞ?」
「死なない。死ぬとしても、モルルだけは絶対に助ける」
「……私はお前に来いと言っている」
「俺はお前と二人じゃ行かないって言っている」
──粉塵が晴れ、向井宏人と目が合う。
宏人は驚いた様子で目を見開いたが、ライオの隣の生神を見ると事を納得していた。
もう、時間がない。
「生神。モルルを助けてくれたら、俺の全部をやる」
「……なんだと?」
「俺自身をくれてやる。俺の体を、全てをくれてやる。……だから、モルルを助けてくれないか?」
ゴツゴツした地面に横たわる、すやすやと眠るモルル。
ライオは愛おしそうにモルルを眺め……生神の顔に視線を戻す。
生神は──気色の悪い笑みで頷いた。
「良いだろう。良いだろう!その言葉、決して忘れるなよ?」
生神はそう言った次の瞬間には、モルルを抱えて走り出していた。
宏人の目が細まる。
「──」
刹那、駆け出す宏人をライオの拳が捉える。
宏人とライオの目の『蒼』が輝きを増した。
ライオも『時空放射』の副効果である未来視を、完全に使いこなしていたのだ。
だがそれは宏人も同様で、ライオの拳を軽く受け流す。
そして、ライオは放つ。
再度、至近距離での『破壊光線』を──!
「お前は強いよ」
エネルギーが収束するライオの瞳を見ながら、宏人は呟く。
凝縮された時間の中は、やけに時の流れがゆっくりに感じた。
これは、向井宏人が戦っている最中何度も呟いていた言葉。
まるで向井宏人自身は強くないとでも言っている様な、とても納得のできない単語。
「お前も強いだろ。だから俺は強くなってる。見せかけだけ」
ライオのコピーは、コピーする対象が強くなければ強くなれない。
だが宏人は、自嘲気味に笑う。
「これも言ったが、俺の強さはほぼ全て借り物の力だ。仕立て上げられた力、でもあるな。要するに、俺は強くさせられたんだ」
「……自慢か?」
ライオが拗ねながらそう言うと、宏人は吹き出して笑った。
しかし、そんか笑顔も束の間。
宏人は、影のある顔で、ライオを見つめる。
「ははっ。確かに、自慢かもな」
「……」
「だから、申し訳ないんだよ」
「……謝るぐらいなら、すんなよ」
「するから謝るんだ。すまない。いや、ごめんな──『焔』」
ライオよりワンテンポ早く繰り出された、宏人の『能力』。
『破壊光線』を繰り出すことに夢中でコピーすることを逃したその『能力』は、初めて耳にするもので。
ライオの中の『破壊光線』が、突然消失する。
「……あれ」
気付いた頃には既に──下半身がなかった。
「ごふ……」
口から血が漏れる。
視界が暗転し、思考が渦を巻く。
ああ、モルル──!
「ごめん」
宏人はライオの瞳を閉じた。
*
モルルはいつの間にか生神に連れられて向井宏人の『世界』から脱出していたが、目が覚めるや否や生神の顔面をパンチ。
悶絶する生神を他所に、モルルはライオの元に駆け出す。
(大丈夫……きっとライオは大丈夫。だってライオは、わたしの宝物で、ライオだって、わたしの事を宝物だと思っていて──)
思考が不安で満たされ、意味を持たない言葉が渦巻く。
モルルからは向井宏人の『世界』に侵入出来ない。
その焦ったさが、余計にモルルを苛立たせる。
そして、その時は訪れる。
『世界』の崩壊。
それは、向井宏人か、ライオ・セットのどちらかが敗れた証。
モルルは信じる。
勝ったのは、向井宏人ではなく、ライオだと──!
「次はお前だ」
「──」
モルルの目に映るのは、向井宏人。
モルルの思考が、暴走する──!
「ムカイ──」
この時、モルルは初めて本気で叫んだ。
本気で、怒ったのだ。
「宏人ォォォォォォォォ!」
モルルは鎌を乱暴に振り、宏人に襲い掛かる。
視界がぐしゃぐしゃで、ろくに前も見えない。
それでも、モルルは宏人を殺そうとする。
そんなモルルを、宏人は静かに見つめる。
「──このガキッ!」
宏人がモルルに手をかざすと同時、横から生神がスライディングの形でモルルを掻っ攫った。
喚くモルルの頭を押さえつけ宏人を振り向き──顔を青ざめる。
だが生神は必死に去勢を張って笑顔を作りながら立ち止まり、背後の人物にコンタクトを取った。
それと言うのも、今生神の背後には心強い味方がいるのだ。
宏人もその存在には気付いている。
……違和感。
宏人は──俺は、思わず困惑する。
生神の背後にいる奴に。
黒いコートの、フードを目深に被った男。
生神に味方している時点で、宏人の敵。
──だから、これは、違う。
だって、あいつは味方だから。
だからこれは、間違ってて。
だって、あいつはやさしいから。
でも、確信がある。
これは、このオーラは──!
静かな雰囲気を纏う、無気力な少年。
何を考えているのか分からないが、優しい少年。
海の凪の様な性格をしている──凪。
生神の前に出て、凪はフードを払い口を開く。
「久しいな、宏人」
── 一陣の風が吹き、俺の前髪を激しく揺らした。
凪の気怠げな瞳が俺を射抜く。
「凪……!」
夕暮れ時の森の中、俺と凪は邂逅する。