219話(神サイド) 生者の行進⑦
モルルにとってライオは全てであり、ライオにとってもまた然りである。
そんなモルルが、目の前でぐちゃぐちゃになる。
ライオは、唖然としながら宏人を見る。
とても申し訳なさそうな、苦しい表情をしている宏人を。
──お前が、そんな顔をするな。
ライオの煮え滾る怒りと共に、『千里眼』は覚醒する──!
「『変化』」
ライオがモルルに触れそう呟くと、みるみるとモルルは回復した。
死んだ様に目を瞑っているが、息はある。
助かるだろう。
──ここでライオが、向井宏人に勝てば。
「さっきまではただの目標として倒そうとしてたけど……今は違う。殺したいから殺す」
ライオは虚な瞳で、宏人を睨む。
それに宏人は答えず──『式神』を起動する。
「テンポよくいこう。時間がない」
宏人の蒼い瞳が、更に色味を増す。
これがこの『世界』の常時発動異能──『時空放射』の制限解除。
『変化』による半永久の回復能力。
『バースホーシャ』と『時空放射』というカミノミワザ。
この『世界』でなら宏人は、神人に匹敵する。
本来なら、引き摺り込んだ者を瞬殺出来る空間。
だが、ライオという異端者には、そうはいかない。
「「『時空放射』」」
宏人が唱えると同時、ライオも発動する。
「!?」
「──殺す」
ライオのノータイムコピーに、宏人は驚愕する。
『時間』という概念同士がぶつかり、収束──そして起こる大爆発。
ライオは宏人と同じ様に、手に『変化』を宿し爆発の衝撃を殺す。
(……これでモルルの『破壊光線』を無効化したのか)
ライオはかつてない程冷静に思考を整理しながら、戦う手を止めない。
そして『千里眼』が捉えた、宏人の弱点。
「──『重力』」
「……クソ」
能力結晶を『変化』にしていた宏人は、迫り来る超重力に対抗出来ず地に叩きつけられる。
だが瞬時に『重力』に変換し、立ち上がる──そこをライオは襲撃。
「──それはッ!?」
宏人は目を見開きながらライオの手を回避。
そう──ライオの手に宿るのは、『変化』。
(向井宏人はどうやら『変化』と『重力』を同時に使うことは出来ない。なぜか切り替えには少しのインターバルが必要。だけど俺の『千里眼』は、千の『能力』を一度に使える)
ライオは己の異能の利点を生かし、宏人に畳み掛ける。
宏人が『バースホーシャ』を放てば、ライオも同時に『バースホーシャ』。
初見の『能力』でも、『千里眼』は一瞬で対応する。
──宏人の右腕に、ライオの手が掠る。
「──ッ」
すると同時に、宏人の右腕が爆発四散。
だが宏人は何ともない様子で回避を続ける。
常時ライオは『重力』を展開しているため、宏人は『変化』を使うことは出来ない。
(痛みを感じていない……?あ、そうか。『変化』で神経も操作してるんだ)
それをライオも実行。
これで遂に、宏人の全てをコピーするに至る。
ライオは翠と蒼色の瞳を輝かせながら、宏人に迫る──!
「……お前、強いな」
『千里眼』によって視力が強化されているライオは、宏人よりも命中精度が高く……遂には宏人の横腹を抉った。
ライオは腹を抑えて座り込む宏人を見下す。
「俺の勝ちだ。ズルいとか言わないな?」
「もちろんだ。俺だって、ほぼ借り物の力だしな」
宏人の破れた腹から血がどくどくと垂れる。
『変化』で直さなくては、ライオが手を下さずとも死に至る、完全な致命傷。
とはいえ『変化』をしたとしても、その時にはライオの『重力』の餌食になる。
──ライオは、宏人に手を伸ばす。
差し出すのではなく、引き摺り込む手。
その手が迫る中、宏人はポツリと呟いた。
「来い。極犬・ケルベロス」
この『世界』に響き渡る、三匹の犬の遠吠え。
しかし三つなのは顔だけであり、体は一つ。
アルドノイズの使役する『極犬』全てを一つにまとめた、地獄の番犬。
もといケルベロスは、横からライオの腕を食いちぎった。
「──!?」
ライオは突然の事態に驚き、自分も『ケルベロス』を召喚しようとするが──『千里眼』でコピー出来ない……!
「……やっぱ、どんなコピー系の『能力』でも『式神』の権能はコピー出来ないみたいだな。これじゃあ、エラメスの『式神』はアスファスと『契約』したものだったんだな」
「……どういうことだ……!」
「いや、お前には関係のない話だ。お前は何でもコピー出来るみたいだけど、この『世界』の主人は俺だからな。たとえお前が俺の『式神』すらも真似しようが、もう手遅れだ」
宏人は地に落としていた神剣『黒龍』と『暗龍』を拾いあげ── 一つに併せた。
眩い輝きと共にそれらは一体化する。
神剣『暗黒龍』
宏人は、アルドノイズとソウマトウの権能の合成に成功していた。
「権限しろ──暗黒龍」
──鼓膜が震える、大音量で鳴き叫ぶのは、召喚された暗黒龍。
その姿はただでさえ巨大な黒龍と暗龍よりも一回り大きい。
龍としての完成体。
かつて純神の三柱目であるマトモテリオが四柱目のダストルを使い、完全なる龍の完成を夢見た──その答え。
暗黒龍は、血の様に真っ赤な瞳でライオを捉えた。
ケルベロスと暗黒龍が、ライオの前に立ちはだかる。
「ケルベロス、暗黒龍。耐えろ。俺は腕を修復する」
宏人のその言葉と同時に動き出す、二体の化物。
だが、この状況でもライオの顔に絶望はない。
「来いよ。俺は今、負ける気がしないんだ」
ケルベロスがライオを切り裂き、暗黒龍のブレスで灼かれる。
しかし、『変化』を発動すれば瞬時に元の姿に戻る。
(笑っちゃうね。こんな反則級の『能力』、持ってるだけで最強じゃないか)
ライオの瞳の翠が、輝きを増す──!
本来なら宏人の他対象の『変化』は真似することは出来ない。
なぜなら『変化』は自己対象の異能であり、他対象は宏人の技術でしかないからだ。
それは神人であるダクネスの『旧世界』でも不可だったことである。
だが、『千里眼』はそれを成し遂げた。
圧倒的に高性能なその『目』は、神人ですら見抜けなかった隙を見抜く。
ライオは、思わず笑う。
──ケルベロスと暗黒龍は、ライオが手で触れるだけで息の根が止まった。
二つの巨体が倒れる事で発生した煙が晴れた先には、視線を鋭くしている向井宏人が。
次の瞬間、二人は激突する。
そこに言葉などなく、ライオは一挙手一投足に宏人を殺すことだけ考える。
ライオが一瞬でモルルから奪った『生神の鎌』と、同じく一瞬で拾ったのであろう宏人の神剣『暗黒龍』での鍔迫り合い。
ここで、ライオは今の今まで隠していた奥の手を解禁する──!
「『破壊光線』」
「──!?」
その圧倒的な力の塊は、『能力』史上一火力が高く、その威力はカミノミワザを超える。
『変化』を発動出来ない宏人にとってそれは必死の一撃であり──!
「えげつないな」
宏人は『破壊光線』を神剣『暗黒龍』でガード。
神の遣いである完成体の龍を宿すその剣は、見事最高威力の『破壊光線』を凌いで魅せた。
「マジかよ……!」
王手を決めたと油断していたライオの腹部に、宏人の『重力』を載せた拳がめり込む──!
「──ハッ……」
白目を剥きながら吹っ飛ぶライオであったが、『変化』をフル回転で使用し完全回復。
ズキズキと痛む頭を抑えながら、再度宏人の元に駆け出す──その前に、ライオの足は止まった。
本能が叫ぶ。
これはまずいと──!
ライオの視界いっぱいに広がるのは、紫色の紋様が施された魔法陣。
その中央に依然と佇むのは、当然向井宏人。
(これは……モルルが負けた一撃──!)
魔法陣は五つに割れ、その標準がライオに向く。
奥歯を噛み締めるライオに、宏人は告げる。
モルルの時と同じ様に、憐れみながら。
「『奥義』──ヴォルケーノ・マキシマム」
『世界』の権能を、コピーする事は出来ない。
ライオを光の奔流が呑み込んだ。