193話(神サイド) 生存戦争①③
「──ッ!」
ザックゲインは、背後のアスファスに気付いた時には斬られていた。
さすがのザックゲインも苦い顔をする。
これが本物の『凪』。
ザックゲインの上半身は、斜めに綺麗に切断された。
生きていられるのは、せいぜい30秒といったところ。
そんなの──。
十分過ぎる。
「──シェリカッ!」
「!」
ザックゲインがそう叫ぶと、次の瞬間には上半身が治っていた。
アスファスは驚きに目を見張りながらも、冷静に対処に努める。
アスファスの不意打ちが成功したのは、アスファスがアリウスクラウンから出てきたためである。
『器』を解除し、生身を晒した。
その直前に式神を展開したのは、あの時は胸を貫かれていたため『血花乱舞』を展開し一瞬で回復する必要があったのだ。
そうしなければアスファスが『器』を解除すると同時にアリウスクラウンが死んでしまう。
ともかく、本来のアスファスならしない、リスクある行為。
だが、そんな着実な戦い方の末路が、向井宏人との戦いの結果に出た。
アスファスは、もう迷わない。
「アリウスクラウン。シェリカという女を探して殺せ。こいつは私が対処する」
「でも、アスファス様お一人だけでは……」
「構わない。それよりお前は早くシェリカを探せ。奴は確か上位七人の聖女だ。よくもまあ、見事に純粋な面を被って向井宏人らを騙していたな」
アリウスクラウンが去っていくのを見ながら、アスファスは内心でため息を吐く。
──まずいことになった、と。
ザックゲインにもう不意打ちは通用しない。
ならば正攻法である真っ向勝負をするしかないわけだが、いかんせん火力が足りない。
シェリカを味方に付けているザックゲインは、一撃で殺さない限り何度も瞬時に全回復してしまう。
『マーレ・サイズミック』ならなんとかなりそうだが、式神を展開できない以上まず発動出来ない。
「いっやー、参ったよ。落ち込むなぁ、ここ最近ギリギリの戦い多くて」
「それはキサマが過去の遺物だからであろう。過去の者が現代に侵食するのがいけない」
「あはは。言えてるね。まあでも、そんな事知った上でやってるんだけど──『サンドライトニング』」
「『凪』」
ザックゲインとアスファスは同時に『能力』を発動。
しかし能力上ザックゲインの方が早く、アスファスの首に向かって剣を横に薙ぐ。
だがアスファスはそれを見越していた様に手で受け止め防ぐ。
アスファスの右手が飛ぶが、アスファスたち八柱の純神にとっては自然回復でどうにかなる程度。
一拍遅れて、分散型の『凪』がザックゲインの至るところを斬りつける。
だがやはりシェリカの異能によって瞬時に回復される。
(クソ……やはり一撃で殺すか、アリウスクラウンがシェリカ・バーネットを殺すまで耐えるかのどちらかだな)
今のやりとりをしてもなお、両者とも無傷。
シェリカの『能力』残量がどれくらいかなど知る由もないが、神の『能力』量に人が匹敵するのはあり得ない。
向井宏人がアスファスと長期戦で戦えたのはあくまで体内に封印したアルドノイズの『能力』を引き出しているからであって、このまま長期戦に持ち込めばザックゲインに勝ち目はない。
だがそれは、ザックゲインが奥の手を持っていないと仮定したものであって、何も確実性などない。
アスファスが思考を巡らせていると、ふいにザックゲインはぽつりと呟いた。
「……やめにしようか」
「……なんだと?」
アスファスが怪訝そうに聞き返すと、ザックゲインは笑いながらわざとらしくため息を吐く。
「だってさ、ぶっちゃけ僕らが戦う理由なくない?別にきみは僕を殺せなんて命令されてないわけだしさ、このまま解散してもカナメがきみを殺すなんてことはないと思うけど」
……アスファスは、ハッとなった。
「加えてこの生存戦争中は神人は見張りに徹しているからいくらでも逃げ放題だし、生存戦争が終わると同時にカナメはライザーと戦う。まあ死ぬだろうね。で?最初の話に戻すけど──僕らが戦う理由、ある?」
のどかな森に、静かな風が吹く。
ザックゲインは、優しい笑顔でアスファスを見つめていた。
おそらく見抜かれている、アスファスの内心。
まるでアスファスが提案を受け入れることを確信したような、憎たらしいほど理に叶っている言葉。
それをアスファスは──。
「そうかも……しれないな。いや、そうだ。その通りだ。ハハ、我ながらひどく滑稽に踊っていたものだ」
「あはははは。だね。でもまあ引き際としてはちょうどいいんじゃないかな。カナメとの約束も果たしたって言えるわけだし、宏人だって今もう一度きみと戦って勝って聞かせるなんてこと出来ないだろうし」
「そうだな──」
それは、思い返すだけでも腹だたしい、宏人と同じ戦法。
相手が絶対に自分を納得させられると確信している場合のみに使える、裏切り行為。
向井宏人と戦っている最中、アルドノイズに、宏人と似ているな、と言われたことを思い出す。
(まったく──その通りらしいな)
「──『凪』」
会話に続けて呟いたその一言に、ザックゲインは対応できるはずもなく。
「──!」
今回の『凪』も分散型。
ザックゲインの体中から血飛沫が舞う。
未だになにが起こったのか理解し切れていない、完全に無防備なザックゲイン。
そんなザックゲインに、アスファスは完全な『凪』を──!
──分散しない、ありのままの『凪』をザックゲインに浴びせれば、今度こそ間違いなく殺せたであろう。
だが、それをザックゲインの『能力』と、ニカイキのタイミングの悪さが許さなかった。
突然、生存戦争の地の『重力』が、元に戻った。
──ザックゲインの口角が、愉快そうに吊り上がる。
「『適応』」
ザックゲインは瞬時に『適応』の効果を『重力』から『凪』に切り替え、アスファスの『凪』のダメージを0に抑えた。
一瞬の中、驚くアスファスに向けて駆け出し、宏人と同じように胸にとんっと手を置き。
「『サンドライトニング』ッ!」
「──!」
とつてもない電流がアスファスの体を駆け巡る。
意識が途切れそうになるなか、アスファスはなんとか『カオスリヴィエール』を──!
「させないよー」
ザックゲインはアスファスの体を斜めに切り裂いた。
アスファスが声にならない悲鳴をあげるなか、ザックゲインは今度は首を狙う。
だがアスファスは必至の形相で剣を抑える。
アスファスの手から血がどくどくと垂れる。
「アスファス様!」
突然、ザックゲインの背に炎が。
ザックゲインは鈍い顔をして背後に一太刀。
アリウスクラウンは浅く腹を切られ、苦痛に顔を歪める。
「さすがだアリウスクラウン……。もうシェリカを殺してきたか」
「いいえ。まず見つかりませんでした」
「……使えんな」
「……申し訳ないです」
「よかったー。アリウスクラウンが来たからシェリカ死んだと思ったよ。彼女が死んだら僕の回復手段無くなっちゃうからね」
ザックゲインは微笑み、ゆっくりとアスファスたちの方へ歩く。
「……」
……アスファスは、万策尽きたわけではない。
『闇』で剣を破壊するか?
使い切れているとは到底言えない以上、『サンドライトニング』を持っているザックゲインの剣に浴びせるのは不可能に近い。
『カオスリヴィエール』でどうにか一撃で仕留めれるか?
……いいや、圧倒的に『カオスリヴィエール』より威力が高い『凪』で仕留め損なったのだ、無理がある。
「はぁ……」
「……アスファス様?」
アスファスにしては珍しい、ため息。
だがそれは諦めたからではない──アスファスは、覚悟を決めた。
かつてソウマトウがアスファスの式神内で『奥義』である『ダークナイトメア』が使えたのか。
それは『ダークナイトメア』が『奥義』であるのにもかかわらず、いつでもどこでも発動が可能だからだ。
しかしそれには欠点があり──理性の崩壊。
アスファスの『ダークナイトメア』は、宏人に壊されなかった唯一のソウマトウの『カミノミワザ』。
アスファスは、『ダークナイトメア』を──!
「──アスファス!」
「!?」
突如、空よりアスファスを呼ぶ声が。
聞き慣れた、憎たらしくもあるその声のする方に目を向けると。
「宏人か」
「逃げるぞ!」
宏人はものすごい速度で落下し──地に直撃する寸前に、なぜか速度が緩まった。
「!」
「へぇ……」
アスファスが驚き、ザックゲインが面白そうにする。
宏人はアスファスの目を見やり、話を促す。
「……なぜだ。キサマと私とアリウスクラウンがいればザックゲインなど余裕だろう」
「傷付くなー。それで、宏人──誰から逃げるの?」
ザックゲインの察しているような口調に宏人は苛つきながら、大声で言った。
「花哉が──」
宏人が言う前に、アスファスも察せた。
空間が、おかしい。
何がどうおかしいのかはっきり説明は出来ないが、ただただ、何かおかしいというのは分かる。
これは人間ではない、もちろん花哉という上位七人でもない。
これは──神人の気配。
「花哉が、ルール5を破った……!」
生存戦争のルール5つ目より抜粋。
設定されている区画外に故意に出た場合──その者は神人との戦闘命令が下される。
生存戦争編──完