190話(神サイド) 生存戦争⑩
──時は2月15日。
生存戦争が始まり、およそ2週間。
だと言うのに特にルールを破る者はいないため、監督者たる神人は暇なわけで。
「……上位七人。やっぱ過去の遺物ってことかな。まあ今ニカイキがエグいことやってるけど。でも現代人の方が強い」
「いやいや。これ絶対クソ狂弥が関係してるよー。マジでいつか殺す☆」
「クク。だがザックゲインだけは突出しているぞ。オイ菜緒、おそらくお前はこいつに勝てんぞ。七録カナメ、お前はどう思った。実際に戦ったんだろう?」
「んー。何といういうか、俺の時は『サンドライトニング』隠してたからよく分からなかったんだよね。ザックゲイン自体飄々としてるし。でもあの電撃、多分だけど最大出力で俺のガードを突破してた。やばい強くね?なあ、アルベストさんよ」
「はは。僕は彼と『契約』しただけだから何とも言えないぞ?というか、僕自身が純粋な戦闘能力ならこの『世界』で一番強いからね。そんな僕の『能力』を持っているんだ。ザックゲインは強くて当たり前だよ」
菜緒、ダクネス、ライザー、カナメ、アルベストの順で話を交わす。
生存戦争がもう半月が経っているが、『神の間』は時空が歪んでいるため苦痛ではない。
他の神人がほぼ全ての戦場を見ている中、カナメだけは宏人たちを注視していた。
だからだろうか──結果、視野が狭くなったからか、菜緒の怪しい動きに気付かなかった。
加えて二日目にしてナンが死んだのも大きい。
薄情に聞こえるかもしれないが、カナメは正直ナンなどどうでもいい。
問題は宏人たちの精神状態だ。
これからもっと大きな作戦が控えているなか、カナメとしても宏人たちに頑張ってもらわないと困る。
「みんなは誰がこの中で一番強いと思う?」
ダクネスのそんな呑気な間伸びした声が響く。
カナメは思わず苦笑する。
生存戦争は今かなり荒立っているというのに、監督者たる神人と神の二柱目は高みの見物でおしゃべり中だ。
「オレは無論ザックゲインだな。『眼』の事も考えると向井宏人だろうが」
「私は向井宏人かな。彼すごく強くなったよ?昔私一瞬で気絶させた事あるけど、今はもう本気でやってギリギリ負けるくらいかな」
「俺も宏人だ。『変化』とかチートだろ。宏人に少しでも触れられたら一発即死。おまけにアルドトイズとニーラグラの『カミノミワザ』だ。しかもアルドノイズに至っては『契約』経緯じゃないから威力そのままだし」
「私はライザーと同じでザックゲインくんかなー?確かに宏人くんの『変化』は強いけど、ネタが割れている以上ザックゲインくんは絶対阻止する。戦闘経験豊富だし、光速だし、私たち神人相手にも十分通用するからねー」
「僕は──」
最後にアルベストがそう呟き、カナメ以外が怪訝な顔をする。
だがそれは当然だった。
なにせ、その人物は既に死んでいるのだから。
*
──俺は息を切らしながら走る。
ニカイキの居場所なんて知らないが、より『重力』が重い方向へ走れば辿り着けるだろうという、浅はかな考え。
でもそれはむやみやたらに走り回るよりよっぽど効率的で、効果的だ。
先程までは立っていることさえ辛かったニカイキによる全方位『重力』。
だが今は不恰好ながらも走れて、着々とニカイキがいると思われる方向へ歩みを進められている。
これは──!
程なくして、俺は『重力』の中心部に到着した。
そこはこの森のなかでも一際豊かなきのみが生い茂っており、心なしか他の場所より空気が澄んでいるように感じる。
俺は確信と共に不自然な洞窟へ足を向け──。
「……よお。俺から会いにきてやったぞ」
「ハッ、そりゃあ俺が誘ってやったからだろうが」
ニカイキは俺に背中を向けたままそう大声で言い、よっこらせと立ち上がる。
ニカイキは堂々と真正面からこちらへ歩いてき、俺と目と鼻の先までくると立ち止まった。
「正直、俺はお前が何をしたいのか分からない。全方位『重力』で参加者全員の動きを止めるのは分かる。だがなんでお前はここから動かなかった?」
「決まってンだろ──テメェと真っ正面から潰し合うためだ。外野はいないに越したことはない」
ニカイキは数歩下り、構える。
俺もニカイキがすると同時に戦闘態勢に入り、手に『変化』を込める。
……少し、嫌な予感がする。
ニカイキの大範囲『重力』の理由が全くその通りなら、他にいくらでもやりようがある。
俺はそれを念頭に置いた上で──両手を合わせる。
「──式神展開」
『獄廻界』。
俺を中心に、地獄が広がる。
元いた『世界』が断絶され、ニカイキを新たな『世界』へと連れ込む。
「いいねぇ……!本気ってわけだ」
「当たり前だろ。自然現象を操れる系ってのは大体理不尽だからな」
俺は淡々とそう言い、影から獄犬を生み出す。
神特有の、無限に湧き出る式神。
獄犬はみるみる数を増やし、その鋭利な牙でニカイキに襲い掛かる。
「舐めんなよなぁ!」
ニカイキは俺に向かって駆け出し、獄犬をものともせず──!
「『重力』ッ!」
「──ッ」
直後、恐ろしい重量が体にのしかかる。
完全に先程より重く、とても動けそうにない。
「ッ!獄犬!」
俺は地に這いつくばりながら獄犬を収集し── 一つに纏める。
「ウオォォォォォォォォン!」
獄犬は一匹の大きな狼に。
これはカナメ特訓で教えてもらった、エラメスの水妖をサカナにする技。
「的がデカくなったなあオイ」
ニカイキは大狼に最大出力の『重力』ッ!
大狼は悲鳴をあげ消滅し、ニカイキは不敵に微笑みながら宏人を──いない。
「ッ!?」
次の瞬間、ニカイキは後頭部を蹴り飛ばされた。
「やっぱお前の『重力』、範囲によって威力変わるだろ」
俺はそのまま淡々と『変化』をニカイキに──!
「──ざけんなァァァァァ!」
ニカイキはまたもや最大出力の『重力』!
俺は途端に地面にめり込まされるが──そんなことは想定済みなわけで。
「ッ!」
俺が地面に落ちると同時、ニカイキを灼熱の炎が焼く。
俺は『重力』を受ける直前、『変化』を込めてない方の手で『エンブレム』を発動していた。
『バースホーシャ』なら既に決着が付いていただろうが、いかんせん大技のためタメがいる。
『バースホーシャ』は威力こそそこまでないが、タメが一切なく、発動までノータイムというのが強みだ。
「……チ。いってえな」
「……ほんとにな」
俺はズキズキと痛む顔を持ち上げると、額から血が垂れる。
最大出力の『重力』は想定より相当強く、打ちどころが悪かった。
俺は『変化』で治し、完全回復した状態でニカイキを見下ろす。
「……つえぇな。お前」
「……ああ。もっとも、これは俺だけの力じゃないんだけどな」
自分で言っといてなんだが、本当にそうだなと思う。
これは俺一人の力じゃない。
アルドノイズ、ニーラグラ、狂弥。
そして鍛えてくれた、凪とカナメ。
「終わりだ」
俺はニカイキに向かって手を伸ばす。
これでニカイキを殺すのは2回目だ。
申し訳ないが、俺はもう引き下がれ──。
「──『壊魂』」
俺がニカイキに触れる瞬間、背を誰かに触られ──体の内をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような感覚に襲われた。
「ッ!?」
俺は振り向くと共に、背後の誰かに『バースホーシャ』を撃つ。
命中する様に、なるべく広範囲に広がる。
「アアッ!」
すると見事命中し、そいつは燃えながらのたうち回る。
だがニカイキがそいつに『重力』をかけると、炎は鎮火された。
火が無くなったことで、この人物の正体が露わとなる。
「……お前は確か、上位七人の」
確か先日の襲撃の際にもいた。
顔の半分が痛々しいほどに焼けているが……『バースホーシャ』を食らってそれだけで済んでいるのは、『能力』絡みか。
「は、花哉です」
花哉と名乗った少年は、見たところ十代前半……つまり子供だ。
だが俺は知っている──こんなガキが上位七人なんかに選ばれている時点で、普通じゃない。
早急に、殺すべきだ。
俺の思考と同じ様に、その花哉とやらは殺気を露わにする。
「こ、殺します。絶対に殺します。ち、地の果てに逃げようと、し、式神の中に逃げようと逃しはしません」
「……だそうだぜ?どうするよ向井宏人」
ニカイキはクククと面白そうに笑う。
──だが。
正直、俺は思う。
「お前らじゃ俺の相手にならない」
俺のその言葉に、ニカイキと花哉がピシッと固まる。
確かに、ニカイキの『重力』は理不尽で強く、花哉の体を弄るような得体の知れない『能力』は不気味で警戒している。
だが、俺は知ってしまった。
この『世界』のトップたちの力を。
「証明してやるよ──かかってこい」
俺の言葉を皮切りに、ニカイキと花哉が動いた。