179話(神サイド) 情報屋
──生存戦争まで、残り二日。
溜まり場であるロビーにて、凪は俺と創也、瑠璃、カナメの前で頭を下げた。
「今回から完全にお前ら頼りになる。すまないな」
「いやいや、それこの前もやったでしょ。顔あげなさいって。……今回私何もしないし」
瑠璃は凪の顎をクイッと人差し指と親指で上げ、顔を近づけてそう言った。
なかなかカッコいいではないか。
「ともかく、明日からは俺の体はニーラグラが使うことになる。よろしくと伝えておいてくれ」
「了解だ。……あとさ、一応だけど。別にニーラグラは凪の体使わなくてもいいんだからな?」
「ああ。でもせっかく狂弥から休日をもらったんだ。カナメ、あとは任せた。必ずライザーに勝ってくれ」
「当たり前だ。もう負ける気がしないよ。例え相手が神人最強でもな」
凪は今度は創也に向き直った。
「狂弥。俺の役目はこれでよかったんだよな」
「当たり前だよ。ありがとう凪。お陰で最終ループで勝ち目が見えた。今回の目的である宏人とカナメも十分に育ったし、大丈夫さ。……凌駕には、謝らないといけないけどね」
「あいつなら何も気にしてないさ。俺もな。願わくば、ぜひ最終ループで声をかけてほしい。そして生意気な俺をぶっ飛ばせ」
「あはは。当たり前だよ。時空放射ってあげる」
凪は最後に俺を見た。
数秒無言で視線を交わし、凪は力強く言い放った。
「必ずダクネスを殺せ。あの作戦なら絶対に奴を殺せる」
「ああ。もちろんだ」
「七録菜緒の言葉なんか気にするな。ともかく勝つんだ。なんだったら殺した瞬間最終ループに突入したっていい。ダクネスを殺せたという前例さえ作れるだけで全く違う」
「分かってるさ。つーかさっきから思ってたけど、まるで上位七人なんて気にしてない様子だな」
「──当然だ」
凪は最後の最後に、初めて満面の笑みを見せた。
「俺たちからしたら、上位七人なんて敵じゃない」
*
「えぇーっと、じゃあこれからは私もマジで戦わなきゃなの?」
「そういうことになるわね」
凪が体の主導権をニーラグラに渡した後、俺たちはニーラグラに現状を説明した。
生存戦争やら上位七人やらダクネス滅殺作戦etc……。
最後まで説明した頃には、ニーラグラは涙目になっていた。
「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁあ!なに上位七人て!なに『適応』て!なにダクネスぶっころそーって!いや最後に関してはほんとなんで!?」
ニーラグラの悲痛な叫びが木霊する。
まあ分かる。
かなり勝機のある作戦を立てたとはいえ、俺も神人であるダクネスを倒せる確証はあまりない。
それに失敗なんかしたら絶対に生きては帰れない。
カナメはその頃ライザーと戦うのだ、俺らの最高戦力に頼ることは出来ない。
「カナメくんもいつの間にか私より強くなっちゃって……アスくんの反抗期が終わったり、私が寝ている間に随分状況が変わったね」
ニーラグラは感心するようにほへーっと口を開ける。
そんなニーラグラに、俺は頭を下げた。
「ありがとうな、ニーラグラ。お前と凪のお陰でアスファスに勝てたよ」
「うん。気にしな、いで………?うん?なんのこと?」
ニーラグラは頭にはてなマークを浮かべて首を傾げる。
俺も思わず首を傾げた。
「いや、『ホリズンブレイク』」
「ん?『ホリズンブレイク』がどうしたの」
「くれてありがとうってわけで」
「……あげた覚えないよ?」
「ん?」
「え?」
なんか食い違っている様なので、俺は一からニーラグラに何があったか説明した。
アスファスとの戦闘中に『ホリズンブレイク』が出せるようになったやら凪の声が聞こえたやら。
「うーんと、まさかまさか。凪くんは神の一回限りの『契約』を、勝手に宏人くんとしちゃったってこと……なのかな?」
「そういうことになる……んじゃね?」
両者無言になる中、ニーラグラは顔を伏せた。
「いいけどね?いいけどさぁ。よくないけどさぁ!」
「……どっちだよ」
「いや『契約』とか別に後生大事に取っておこうなんて考えたことないけどさぁ!勝手に人の体使って権力行使されるのはムカつくの!」
「はあ……」
俺は後頭部を掻きながら頷く。
ぶっちゃけ何もしていない身からすると何でもいいのだが。
そんな俺の思考を想像もしていないであろうニーラグラは、今度はビシッと指で俺を指した。
「じゃあ約束!私自身もちゃんと『契約』を認めるから、その力で何が何でも私を守ること!いい?」
「まあ、それはもとよりそうだし問題ない。何が何でも守ってやるよ」
「ありがとう宏人!……マジ凪許せねェ……」
俺はニーラグラが最後に呟いたおどろおどろしい声を気合いで無視し、はぁとため息を吐いた。
*
──生存戦争を明日に控えた今日。
俺はカナメの特訓を一時中断し、神地街に来ていた。
神地街はアスファスと戦った場所だ。
アスファス親衛隊の頃黒夜と楽しく回ったこの街は、今はゴーストタウンと化してしまった。
アスファス親衛隊の福リーダーたちによる民間人の虐殺、それてその死体を操り更に殺しを尽くした城坂墓による二次被害。
「……酷いものだな」
俺はただただため息を吐いた。
城坂墓。
真魔大戦にて死亡とされたが、その死体は発見されていない。
生きていたとしても、会いたくない限りだ。
「あーたが向井宏人ですかい?」
路地裏を抜けた先の開けた広間にて、黒ハットの男が鎮座し俺を待っていた。
「ああ。あんたが情報屋の垣胤藍津か。先日は世話になったよ」
「先日?俺らに面識なんてありましたっけ?」
「言ってくれるな。目の前でカミルドを殺してくれたくせに」
自分で言ったからか、脳裏にカミルドの顔が浮かぶ。
俺は俺が怒るかと思ったが、実際は意外と冷静で淡々と言葉にしていた。
こう言っては悪いが、俺の中でカミルドはそこまで大切ではなかった様だ。
それか、度重なる仲間の死で俺の中の『死』という現象に対する感情が希薄になっているのか。
「ああ、ありましたありました。よぉく分かりましたねー。あの時の俺は完全に気配を消していたはずですが」
「あまり舐めるなよ。俺とお前じゃ踏んだ修羅場が違うんだよ。それで?なんでこんな文よこしてきた」
俺はそう言いつつ懐から一枚の紙を取り出した。
『上位七人について教えてやるから協力しろ』
その紙にはこんな文字が。
確かに上位七人の情報は気になるが、俺が一番興味があるのはこの情報屋。
いつの日かカミルドも口にしていた、『なんでも』知ってる情報屋。
それはまるで、彼の神人の面影があり──
「もう察してますねぇ?」
「……七録菜緒は何を企んでいる?」
「彼女は何も企んでありゃあせん。強いて言わせてもらうなら、この『世界』の方向性をより悪くするため……ですかねぇ。どうやら今回の『世界』はやばいらしいですよ?」
藍津は立ち上がり、銃口を俺に向けた。
「勝負といきましょう」
「……あ?」
俺は銃口から目を離さず感覚で辺りを見通す。
藍津の仲間と思しき人物が2、3人、こちらを見ているのが分かった。
「ルールは簡単簡単。俺が今から宏人さんを撃つんでぇ、それを避けたらあーたの勝ちです」
「……いやに簡単だな。俺は仮にも『者』級。身体能力向上の中にはもちろん動体視力も入っている。避けられないはずがない」
俺は片手を振り背を向け歩き出した。
「……。勝負しないのですかい?」
「ああ。別にお前らの情報なくたっていいさ。癪だしな」
「おおう。そいつはつまらないですねぇ。……後悔しますぜぃ?」
後悔。
藍津のその言葉がやけに頭に響く。
だが……俺は頭を手で押さえ、気を落ち着かせながら口を開いた。
「もし後悔することになったら、今ここで俺を止められなかったお前を恨むことにするよ」
俺は「理不尽ですねぇ」と笑う声を聞き流し、カナメの特訓に参加するため帰った。