171話(神サイド) 猶予
コツコツと歩き続け、ドアを開けた先は円卓の間。
その円卓に並べられた椅子は五席。
呼ばれたのはいいが自分の席がどこなのかは知らない。
そのため勝手に適当に座る事にした。
「いい度胸だね──カナメくん」
カナメが振り向くとそこにはダクネスが微笑んでいた。
どうやらここはダクネスの席だった様で、背もたれを掴む手には力が入っている。
「そうか?席なんかどこでもいいだろ。ちなみに姉貴の席はどこだ?出来れば離れたいんだけど。ウザいから」
するとカナメの席の右隣に気配が。
その人物を見てカナメははぁとため息を吐く。
ウザいのが来た。
「ウザいのはカナメが反抗期だからよ」
「久しぶりだねー菜緒。弟くんを神人に出来て良かったねー覚えてろよ?」
「ダクネスちゃんは落ち着きがないね。もっと時代の流れにノリよく乗ろうよ」
「──それはオレも同意だぞ。ダクネス」
今度は左側にライザーが座ってきた。
カナメはめんどくさい二人にサンドイッチされ深くため息を吐き、ダクネスは苛つきながらも菜緒の左隣に座る。
三人の神人たちに、カナメも追加して四人。
しかし、残る席は──もう一つ。
「ごめんごめん。遅れちゃった」
その言葉を発し、席に着いた人物の名は──。
「……アルベスト、か」
八柱の神の一人──アルベスト。
アルベストはカナメに気付き、「おぉ」と声を上げる。
「きみが噂の新しい神人だね。よろしくな」
「ああ、よろしく」
差し出された手を掴み、カナメは察する。
──強い。
おそらく、神人レベルか、それ以上。
神は時間の経過と共に力を増していくとは知っていたが、まさかこれ程とは。
ニーラグラやアルドノイズがまだまだ発展途上という事が思い知らされた。
「さて、じゃあさっそくゲームを開始するとしよう」
ゲーム。
それは神ノーズが『者』級、または超級『能力』者たち30人に強制参加を命じた──殺し合い。
「我らが神はどうやらこの世界の存続を危惧しているらしいね。だから僕たちが、審査員となった」
アルベストは立ち上がり──指を鳴らした。
それを合図に、始まる。
「さあ、殺しあえ。そして生存権を獲得し、この世界に革命を築け」
そのゲームの名は──『生存戦争』。
これは、『生存戦争』が始まる一ヶ月前の物語。
*
神ノーズに会った時、言われたのはたった一言。
『一ヶ月後のゲームで、生存者をお前たちサイドのみにしろ。それが成功すれば──能力による争いを、終わらせてやる』
ゲーム期間も一ヶ月、するとすぐにカナメとライザーのタイマンだ。
神ノーズが言っていた全員生き残れは、この事も含まれているのだろうか──?
「……あ」
宏人が目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
任務のたびに気絶し凪に運ばれてハッと目を覚ますとそこにある──いつもの。
見慣れた天井、そう、見慣れた天井だ。
ここは──『Gottmord』の本拠地。
アスファスとの戦いは、終わったんだ。
ホッと安堵すると、これもまた寝慣れたベッドが軋む。
「起きたか」
「ああ……ってうおぉ、アスファス!?」
宏人の隣のベッドにはアスファスが寝ていた。
えっ、まだ始まってすらなかったりすんの……とヒクヒクと顔が引き攣るが、アスファスは特に殺気を放っているわけではなく。
アスファスは仰向けになりながら目だけ宏人に寄越し、話しかけてくる。
「七録カナメに脅されているため大人しくしているだけだ。勘違いするなよ?私は貴様らに協力してやるつもりは毛頭ない」
アスファスは宏人の胸ぐらを掴み睨みつける。
そんなアスファスに一瞬気圧されるも、宏人も睨み返し言い返す。
「今どんな状況が分からねぇが関係ない。アスファス──俺が少しでもお前の行動を怪しいと感じたら、すぐ殺す。覚えとけよ?」
「ハッ。笑わせてくれる。もう貴様の中の──いや、なんでもない。精々足掻き、ダクネスを止める事だな」
「……あ?どういう──」
刹那、アスファスは己の額に威力を最小限にした『カオスリヴィエール』を放った。
器用なアスファスは見事己を気絶させる程の威力の『カオスリヴィエール』に成功。
それ以上は話さないという拒絶。
唖然とする宏人を置いといて、アスファスは昏睡した。
*
気を取り直して。
──やるべき事はたくさんある。
カナメに担がれている間にいつの間にか意識を失いここにいる状態だ。
アスファスと戦っていた頃に何があったのか、そして現状の問題は何なのか、凪もいる事だし聞かなければならない。
宏人は寝室を出て広間へと向かう。
パッと見とても綺麗だ。
何日眠っていたのか気になるところ。
広間に着くと、そこには──。
「やあ、宏人くん」
神人、吐夢狂弥が寛いでいた。
時を操る、神人の内の一人。
だがこの『世界』の神人ではなく、べつの世界線より己の異能で時を渡ってきた、この『世界』のバグの一つ。
そんな狂弥はソファで肩肘をついて寝転んでいる。
宏人はため息を吐き、後頭部を掻いた。
「やあ……じゃねえよ。今までどこで何してたんだよ。俺にこんな変な『眼』預けてどっか行ったっきりで」
「あはは。変とは失礼な。『眼』はすごく助かっているんじゃない?エラメスに隙を作れたり、ダクネスを牽制出来たり。一年きみの『変化』と同調していたその『時空支配』はもはや別物。相当な威力だと思うよ」
「だとしてもだろ。神人の存在が欠ける対価には見合わない」
宏人は対面のソファに座り、狂弥と向き合った。
「で?これから俺たちはどうすればいいんだ?」
「おー。もう凪から聞いていたんだね。僕たちが何回も、何十回もこの『世界』をループしてるってこと」
狂弥はあははと笑う。
それを宏人は、淡々と見つめることしか出来ない。
この前、凪から聞いた。
吐夢狂弥はループで失敗を繰り返すたび、どんどん心が壊れていったんだと。
元の性格を知らないが、今の狂弥にはどこかが欠けているというのは分かる。
「でもね、ここで残念なお知らせなんだけど……今回のループは、今までになくてね」
「……つまり、これから先何が起こるか分からないと?」
「まあそうなんだけどね。でも、ひとつだけ言える事があるんだけど──今回のループは、必ず失敗する」
宏人は何でそんな事が分かると言いそうになったが、ハッと気付く。
そんな事を言えるのは、万里を見通し、物語の作者の様にこの世界を俯瞰できるあの性悪神人しかいない。
「七録菜緒は、それだけしか言っていないのか?」
「察しがいいね。そうだね、今回は今までにない最悪のループだって言ってた」
狂弥はまたもやあははと笑う。
だが、ことはそんな軽い問題ではないことを、これも凪から聞き及んでいる。
「……今回が、失敗してもいい最後のループなんだろ?」
宏人のその一言に、笑っていた狂弥が静かになる。
数秒、静寂がこの場を支配した。
気づくと、狂弥の顔が腑抜けた顔ではなく、真剣な表情そのものになっていた。
「だから、僕はきみを育てた」
狂弥の視線が、宏人を射抜く。
「協力してほしい。向井宏人くん。今回の『世界』を生き抜き、果ての敗北をこの目で見届け、最後のループで神を──アルベストを止めるんだ」
*
神ノーズ、又の名を闇裏菱花と邂逅した時のこと。
「きみたちに、そして守龍街に協力出来ない理由は政治的な観点以外にも更にある」
宏人、カナメ、瑠璃、創也に見つめられる中、菱花は淡々と語る。
「それは、単に私に時間がないからだ」
「あ?何でだよ。お前が神ノーズならちゃちゃっとアスファスやエラメスを殺せるくらいの力があるはずだろ」
カナメが突っかかるが、特に視線を合わせず続ける。
カナメは小さく舌打ちするが、それで止まった。
過去の因縁があるだろうに、しっかりと話を聞いている。
「ああ、もちろんあるとも。だがしかし、それで世界が回ると思うか?個人の力一つ程度で崩れる世界なら、今私たちはこの場にいない」
「どういうこと?神ノーズには力がないってこと?」
菜緒が訝しむが、それを菱花は首を横に振って否定する。
「我々神ノーズと呼ばれている種は想像通りの絶大な力を持っている。世界を滅ぼすのなんて容易い。だがしかし、そうならない様に出来ている。何故か?それは──」
「──神ノーズは、複数体いる……?」
宏人のその一言で、神ノーズも含める全ての視線が宏人に集中する。
「えっ、いやそうかなって思ったまでで」
「いや、きみの言う通りだ。我々神ノーズは三人いる。個人個人の力は互角であるが、それつまり2対1では絶対に勝てない三角関係状態にある。そのため一人が反抗しようと、その他の二人が殺しにくる」
「だからなんだよ。アスファスの行動を止めるのは反抗じゃねえだろ」
「いや、これは反抗だ。我々の目的は人間の監視と繁栄、そして種としての進化だ。今回のアスファスとお前たちの戦いは、人間が神と戦い、種として進化する可能性が含まれている大事なものだ。それを邪魔することは反抗に該当する」
その言葉に皆が気圧される中、神ノーズは続けて口を開く。
いや、これは神ノーズとしてではなく、闇裏菱花という一人の人間としての、優しさであり、慈悲でもある。
それは宏人たちにとって朗報か訃報か、この『世界』の最上位能力者たちの選別が出来るゲーム。
「だからと言ってはなんだが、この戦いを乗り越えた後の戦いについて教えてやる──『生存戦争』、のな」