166話(神サイド) 神魔決戦⑩
「──黒夜か。生きていて良かった」
「ですよね。私が死ねば多大な戦力低下です」
旧『Gottmord』本部にて、凪は無事黒夜との再会を果たした。
三日前に宏人の状況が危うくなった際に勝手に飛び出してどこか行っていた以来だ。
宏人の話ではどうやら代わりにエラメスとサシで戦っていてくれたらしい──それで何で生きてるんだよと強く思った。
「見当はついているでしょう。『パペット・フラット』ですよ。……もう使えませんがね」
「そうだよな。どうやらとっくの昔にアスファスが『呪い』の存在を抹消していたらしいが、ソウマトウがどうやったか延命をしていた。だが、そのソウマトウが亡くなった今、もう『呪い』は『呪術者』しか使えない」
「その『呪術者』もおそらく残り数人と言ったところでしょう──そんな事より」
そこまで言って、急に黒夜の表情が厳しくなる。
「凪こそ何をやっているのですか?この重苦しい能力の圧からして付近でアスファスたちとどんぱちやってる最中でしょう。今、どんな状況です?」
「アリウスクラウン・カシャ・ミラーには太刀花創也。エラメスには七録カナメ。アスファスには──向井宏人」
「ッ……!まさか一対一ですか」
「そういう事だな」
「何をしているんです……!確かに宏人様なら上手く戦えると思いますがそれはアスファスの式神を考慮しない話です。私の目から見ても宏人様の『変化自在』はまだまだ未熟。それは式神を扱えるあなた本人が一番分かっている事でしょう。どうして宏人様を一人で行かせました新野凪!!」
黒夜は興奮しながら息継ぎもせず叫んだためか、言い終わった後に肩で息をする。
凪はそんな黒夜を静かに見つめ、黒夜の息が整ったのを見計らって口を開いた。
エラメスにカナメをぶつける事についての言及はないため、やはり宏人の件になると前しか見えなくなるのは悪い癖だ。
「確かに、今回の戦いで一番良い戦法は俺が宏人と共にアスファスを倒し、その後二人でエラメスを抑えていたカナメに合流して三人でエラメスを倒した方が良かった。だが……事はそう単純じゃない」
瞬間──遠くの方で音が爆ぜた。
「ッ──!?な、なんですこれはッ」
鼓膜を叩きつける轟音。
その後、偶然ではないタイミングで地震が起こる。
震度7では表現し切れない、あらゆる建物が崩壊していく。
黒夜は即席で飛行能力を付与した『魔弾』を己に打ち飛行する。
凪もニーラグラの神の力で浮遊していた。
「これは自然災害ではなく先程の何者かによる爆音が原因ですよね……。にしてもこれまで」
「いや、これは自然災害だ」
「そんな馬鹿な、これは──ッ!」
「──神人の暴走は自然災害みたいなものだ」
「……ッ!」
凪の言葉に、黒夜はゴクリと唾を飲む。
ダクネスの『旧世界』で地盤を弱くしたためか、はたまた吐夢狂弥の『時空支配』でダクネスと同じようにしたか。
いやだがこの気配は二人の様でなく──!
「この世に『神人』は何人いる?」
「まさか……奴も日本に来たと言うのですか!──ライザー・エルバックが!」
*
──アスファスとソウマトウが戦う数時間前。
「ねぇソウマトウちゃん、私は何をすればいいの?」
海木璃子は、これから戦うというのに、なぜかアスファスと会合するソウマトウに言った。
「……何って?別に着いてっていいよ」
「いやそうじゃなく。着いていくけど」
璃子は身支度を始めながらソウマトウに問う。
フィヨルドは目を閉じながら瞑想していた。
「アスファスとの戦い。なんか勝手にソウマトウちゃんとフィヨルドじいさんで話が進んでるけどさ。私も一応超能力者だから役に立つでしょ?」
「……ああ、そう言えば璃子には話してなかったね」
「……」
ソウマトウは優しく微笑むなか、フィヨルドの顔は険しい。
「……璃子には戦ってもらわないよ。私は璃子には別の事を頼みたくてね」
「……別の事?」
ソウマトウは正座して璃子に向き直る。
璃子もつられて正座してソウマトウに向き直る。
「……璃子には海外に行ってもらってある男にこう言って欲しいんだ──『神の一柱が死んだ。時代が動く』ってね」
「……ある男?」
「──ライザー・エルバックっていう、原初の神人」
*
「──なるほど、大体状況を理解してきました」
黒夜は頭を痛くしたながらも無理やりこの状況を理解する事にした。
しかし気になる事はまだある。
「凪。あなたは尚更ここで何をしているんですか。あなた一人では神人に対処出来ない事は理解しているはずです。……まあ、仮に複数人いたとしても不可能でしょうが。ですがあなたがここにいる理由はそれとこれでは別でしょう。──私はあなたとこれから何をするべきなのですか?」
「……理解が早くて助かる」
凪は頷くと、昨日の保育所での取引の内容を話す。
「──と、言うわけだ」
「……はぁ。ですがそれは今関係のある事でしょうか?確かにライザーが暴れれば……というかこの地震だけで多大な犠牲者が出てると思うのですが」
「ああ。確かにその通りだ。それについてはもう対策を打ってある。」
「……さすがと言っておきましょうか」
「ここからが本題だ。今までこの国の神人はダクネス一人だった。一応狂弥の存在は秘匿されていたからな。だがたった今明らかに神人レベルの気配を放った奴が大地震を起こした……つまり新たな神人がこの地に来たと察知するだろう。秩序を管理する神人に対する神人からの敵対行為、ダクネスも放っておくわけにはいかない。だから、動くぞ」
「まさか……」
刹那、凪の頭があった部分を鉛玉が通り抜けていった。
凪はしっかりと回避しており弾が飛んできた方向を睨む。
その先では、卑しい笑みを浮かべる男が。
「──『生成』ィィ!」
「──ダクネスに怯えていたこいつみたいな超級能力者が、動くぞ」
男は『生成』で再度銃や弓を作り出しオート発射。
黒夜はそれを『魔弾』で対処しながら口を開く。
「なるほど。私たちはそれに対処するのですね。凪がアスファスたちではなくここを対処する理由はこの者達がどこで何をやるか頭に入っていると」
「そう言う事になるな」
凪と黒夜の能力が炸裂、『生成』の男は呆気なく殺された。
だが能力は強い。
こんな奴が今からごろごろと暴れ出すのだと考えると、黒夜は血の気が引いた。
「……ところで地震による被害への対処は誰に任せたのですか?」
「人手がないんだぞ。エラメスに連れ去られたコットを除くとあいつしかいないだろ──『死神』セバス・ブレスレット」
*
──とある少女は足に怪我をしていた。
突如始まった神々の戦争に巻き込まれていたが、終わったと思い外に出たらこの大地震だ。
打撲か捻挫か骨折か。
それは少女本人もわからないが、他人の目からしても歩けないのは明白。
そんな中、地震は止まらず建物を崩壊し続ける。
母親ともはぐれ心細い中で、目の前のアパートがどんどんとこちら側にずれていき──やがて降ってきた。
「──ッ!」
悲鳴をあげる暇もなく、少女は瓦礫の下敷きに──!
──刹那。
その瓦礫が真っ二つに切断され、少女への命中は人為的に外された。
「……?」
呆然とする中、瓦礫を切断した、鎌を肩にかけた少年が少女ひ微笑む。
「ふぅ。きみ、大丈夫?」
差し出された手を取り、少女は立ち上がった。
少女が口を開こうとした瞬間、少年の背後からピエロの様な、悪魔の様な化け物が姿を現す。
その手元には──少女の母親が。
「ありがとう、カール」
「あ、あの……!」
少女はそこで口を開いた。
「お名前は……?」
少女は自分と母親を救ってくれた少年の名前だけでもと、聞いてみる。
その少年は、再度優しい笑みを浮かべ、穏やかに応えた。
「僕の名前はセバス。セバス・ブレスレットだよ」