153話(神サイド)『器』
「ここだ、智也!」
「おう!」
智也はありったけの力を込めてアスファスの式神が展開されているであろう部分をパンチ!
だが──
「イッ……!」
壊さず、手を抑えながら疼くまる。
試しに傀羅も『スラッシュ』を放ってみるが、ぴくともしない。
「……クソ、お前の能力はどうだ?」
「無理無理。お前の呪いで無理なら俺のも無理だろうよ」
智也はそう言い、その場に胡座をかいて座り、考え込む。
式神とは新しく『世界』を創る力。
だが意外と容量はなく、中の異能を強くし過ぎると、外側がめっぽう弱くなる。
まあそれは別に何のデメリットもなく、ただ人が入りやすくなるだけなのだが。
だからこそ、さすがは神の式神、そう簡単に入れさせてもらえない。
「中の能力も強いだろうに……」
智也は結界をガンッ!と蹴り付ける。
当たり前だが、何も反応はない。
「クソッ……おそらく突破出来るのは宏人の『変化』や凌駕の『自由者』みたいな応用が利く能力か、カミノミワザレベルの威力」
「……俺たちにはムリだな。大人しく待つしかないか」
「いや待て……」
「?」
智也は突然ハッと顔を上げ、傀羅を見つめる。
当然傀羅は意味が分からず、取り敢えず首を傾げて場を逃れるが……。
智也はバッと立ち上がり、己の両手を見つめた。
「……俺、そういやアルドノイズと契約してたんだよな」
「……というと?」
「こういう事──『エンブレム』」
フィヨルドがソウマトウと契約して式神展開『幻想幻魔』を使用したのと同じ様に、智也は命を消費し──『龍宮城』の結界を一部破壊した!
「行くぞ、傀羅」
「お、おう!」
*
「──貴様如き亡霊に、構っている暇はないッ!」
「ッ!?」
エラメスは最大出力の『凪』を発動!
それも対『酪底門』用に構成した、無数に散らばる『凪』を二つに収縮し、その二つをそれぞれの『酪底門』にぶつけるという離業。
だがエラメスがそうこうしている間に──!
「あはぁ!」
遂に『移動』へ引き摺り込まれ──!
「──あ?」
二体の『白龍』が、左右よりミリィの頭を食い違った。
「──はぁ、はぁ、はぁー」
エラメスは柄にも無く危機一髪であったために、途端に肩で呼吸する。
死んでいた、確実に死んでいた。
ミリィ・澤田・マタタークの『移動』と『酪底門』による自爆コンボは、どんな存在にも対抗しうる、一発限りの一撃必殺。
「ふん……それは一番最初に吐夢狂弥に使うべきものだな」
そこでエラメスはハッとし、急いでアスファスの元へ。
するとその時には、アスファスの下で──既にソウマトウが気絶していた。
「アスファス様、ご無事で何よりです」
「ああ。そういうお前は随分苦戦していた様な顔付きだな。そんなミリィは強かったか」
「ええ……あの娘は、紛れもなく強者でしたよ」
「そうか。ならば、死神如きに不意打ちで殺されたのは、残念だったな」
アスファスはソウマトウの頭をガンッ!と踏みつけると、静かに目を閉じ、瞑想する。
「アスファス様……?」
「私は、長年『器』の研究をしてきた。何故か分かるか?」
「まあ……ご自身を守る盾の役割を果たせるからでは?そもそも神々は『器』に入らなければ長時間現世に滞在は難しいですし、何より適合した『器』を使用すればその者の『能力』も手に入る。向井宏人に関しては正に逸材ですな」
「ああ、そうだ。私の目標は完璧な『器』を作る事──だったはずなのだが」
アスファスはそこまで言うと、ソウマトウから足を退け、頭を撫で──髪を引き抜いた。
「ッ」
ソウマトウの寝顔が苦痛に歪むが、それも一瞬だけ、起きる気配もない。
そして、そんな事をしている間に──抜いたはずの髪が再生した。
「まさに、私たち神の本質は適合だ。『器』と言えど所詮人間。適合には時間がかかる。その神の適合に耐えられるのが、『器』適性が高い者たち。精々85%からのだ。そして私が作り上げた最高傑作、向井宏人の『器』適性が、96.1%。そう、3.9%足りない、いや、欠陥しているのだ」
「……」
エラメスは知っている、本来の向井宏人の『器』適性は74%。
まあまあ高いが、それでもアスファスが作り出した『器』の中では圏外。
たが、宏人の『能力』がその理を壊した──『変化』。
自己対象の『変化』は、使用者の解釈次第で、どんなものも変化させる事が出来た。
アスファスはそれを利用し──遂には90%代まで到達。
100%、つまりは完全適性への光明が見えた。
だが──その後どんなに『変化』しようが、それ以上パーセンテージが上昇する事は、なかった。
「だから私はその状態の宏人を『器』とし、自由が利く様になってから『変化』を使用し、どうにか完全体にしようとした──が、それは未だ何が起こるか分からない。ここまで高い適合率の『器』は初めてだ。もう、その『器』から抜け出す事は不可能かもしれない」
「……それは良い事なのでは?」
「ああ、神の寿命が数百年、数千年だったならまだいいだろう。だが、私たち神は幾千年を生きる、所謂不死の身。もし、不完全な、しかも抜け出せない『器』に綻びが生じ、いつか壊れたら、中の私はどうなる?」
「……分かりませんな」
「ああ、これは誰にも分からない。試された事のないブラックボックス。やるか、やらないべきか。仮にやるとして、いつやるか。仮にやらないとして、どうするか。そんな思考の渦が私の頭を支配する中──私は閃いたのだ」
そこでアスファスはニヤリと笑う。
まるで子供がいい事を考えたと自慢する様に、アスファスはクククと笑いながら口を開く。
「今までの中で、純粋な『器』の最大適合率が87%、向井宏人の『変化』で96%、どうしても100%には届かない。でもそれは──人間だからではないか?」
「ッ。まさか……!」
そこでエラメスはアスファスが何が言いたいのか理解した。
人間には無理、当たり前だ、人間と神には隔絶された隔りがある。
強力な異能が与えられた今、神は以前ほど絶対的な存在では無くなったが、それでも種族としての差は歴然。
蟻と人間でも例える差が足りないほどの格の違いが、神と人間にはある。
そんな人間の身体に、神が入るのは、やはり人間の身体が持たない。
なら、どんな存在なら神は完璧な『器』にする事が出来るのか?
決まっている──それ以上ではなくていい、同等の格で十分なのだ。
「さあソウマトウ──私の物と成れ」
*
「──は?」
智也が式神に侵入した時には、この『世界』は静寂に支配されていた。
よくよく見ると、段々と結界が綻びているのが分かる、つい先程までアスファスたちはここにいたのだろう。
「クソッ、間に合わなかったッ……!」
「諦めるのは早計だぞ、ソウマトウとフィヨルドを探す」
「……ああ」
傀羅は陸を、智也は暗くなった海の中を、泳いで探し回る。
すると、暗いながらも若干色がおかしい所へ辿り着き、舐めてみる。
「鉄の味……血か」
智也は息を吸って深く潜る、もちろんゴーグルなどない、海水が容赦なく目を襲ってきて、ロクに見えない。
だがそれでも手は探るよう動かし、やがて、何かを掴んだ──手だ。
引っ張り上げ、智也は目を開けると──
「ッ……!」
手、のみだった。
フィヨルドの、左腕だった。
「そうか……式神の中じゃ、どんなものも『存在』する事になるのか。だから霊体のフィヨルドも」
智也が悔しそうに唇を噛んでいると──
「智也、来い!」
突如、智也を呼ぶ声が。
もちろん傀羅だ、傀羅は続けて、叫ぶ。
「フィヨルドを見つけた!僅かながら──息がある!」
第九章 神魔大戦・中編──完