150話(神サイド) 神魔幻戦⑥
「──ッ!正気か?フィヨルド・ナイト・オーパッツ。他者の式神操作は命に関わるぞ」
「ふん、承知の上だ。使わねば死にかねんからな、同じ事よ」
──アスファスの式神『龍宮城』を、ソウマトウとフィヨルドの『幻想幻魔』が押し返す。
フィヨルドだけならアスファスは楽勝だった、しかし、そこにフィヨルドが加勢するとなると話は別。
「チッ──!」
アスファスの『龍宮城』が、押し返されていく──!
「……フィル、このまま行くよ……!」
「もちろんですとも、ソウマトウ様!」
そして遂に、『幻想幻魔』が『龍宮城』を──!
「──『神化』」
「「ッ!?」」
刹那、『龍宮城』が、『幻想幻魔』を飲み込んだ。
そして完成する──透き通る様な蒼い海の上に鎮座する、黄金の宮殿の『世界』が。
──式神展開『龍宮城』が──!
「さあ、殺すぞ、妹よ」
「……じゃあ私も、『神化』」
アスファスと同じ様に、ソウマトウも『神化』し──己の力を全て解放する。
既にアスファスの式神は固定されている、もうフィヨルドと協力しても満に一つも押し合いで勝ち目はない。
ソウマトウの頬に、汗が垂れる。
それをフィヨルドは見逃さない、フィヨルドも緊張で手が濡れる。
目の前にいるのは、神アスファス。
しかし──
「今貴様の目の前にいる御方も、神、ソウマトウ様なのだ!」
フィヨルドは体中に隠していた大量の死体の『一部』をばら撒く。
以前、『支配』は『ネクロマンサー』より圧倒的に有能と供述したが、もちろん『ネクロマンサー』が勝っている部分はある。
それは、死体が一部さえあれば発動出来る、利便性。
「──霊体と成って甦れ、死者ども」
フィヨルドの呼び掛けに応える様に、死体より霊体が飛び出す。
霊体らはアスファスを囲む様に広がり、包囲する。
「……先程から漂っていた死臭の原因はこのためか、くだらん──」
「──『幻想と夢幻の世界』」
「ふん、単純だな」
ソウマトウは先手必勝とばかりにアスファスに己の奥義を打つ。
『幻想と夢幻の世界』はかつて凪が罹った様に、対象の命中した部分に絶対不治の呪いをかかるソウマトウのカミノミワザ。
だが、強力ゆえにもちろん欠点はある。
それは命中率の低さ、言い換えれば大してスピードがない。
だから──後出しでアスファスが業を放っても、全然問題はないのだ。
「──『清き明き魔水の波動」
アスファスの手より、アスファス専用のカミノミワザが出ずる。
万物を癒す聖水と対となる、万物を呑み込み魔水。
アスファスはそれを津波の様に顕現し──圧縮した波動を打ち込む。
アスファスのカミノミワザが、ソウマトウのカミノミワザを飲み込んだ。
「……ッ」
「やはりな、お前のソレは強すぎる。だからスピードがないのに加え、それ自体の威力も然程ないのか。ただの欠陥じゃないか」
アスファスは不敵に笑い、式神を起動させる。
そして発動する、この『世界』の異能が──!
「万物を呑み込み殺せ、水妖!」
アスファスがそう命じると共に、足元の浅海より女の形をした水が大量に形作られる。
それらはまるで意志を持っているかの様に流麗に舞い、数体はアスファスを守る様に立ち塞がる。
水妖らは目の無い顔でソウマトウを睨むと、一斉に飛びかかってくる──が。
「──あなたのその異能は把握している!行け、霊体たちよ!」
水妖がソウマトウに達する前に、フィヨルドが顕現させた霊体たちが水妖に突っ込む。
さすがに神の異能と人間の異能には差があり、霊体が押し負けていくが──それをフィヨルドがカバーする。
──フィヨルドは現在も未だ成仏しきれていない哀れな魂の中で、もっとも強者を思い浮かべる。
「さあ、顕現しなさい──ミリィ・澤田・マタターク!」
「──あはぁ。式神顕現『酪底門』」
刹那、全ての水妖が消失した。
「……ッ!?」
さすがにアスファスの頬が引き攣る。
そう、何せミリィ・澤田・マタタークといえば、元アスファスの部下であり、幹部。
さすがのアスファスですら管理しきれない存在であり、かつて『死神』により殺された少女。
そんな少女が──霊体と化して蘇った──!
「……なるほど、お前の男は使いようによっては化けるわけか」
「……うちのフィルを舐めたアスファス兄さんの負け……!」
今度はソウマトウが不敵に笑い、アスファスの周りに『闇』を顕現させる。
アルファブルームの『焔』と同じ格の、神の御業。
ソウマトウの『闇』は、いくつもの球体を顕現し、そこからレーザーを繰り出す異能。
そのレーザーは全てを腐食させる猛毒、それがアスファスに襲い掛かる──が。
アスファスを守る様に構えていた水妖が代わりにそれを受け、アスファスを自由にする。
「ッ!」
「『流水群』!」
無数の彗星の様に美しい水の隕石が降り注ぐ。
それはソウマトウだけでなく、容赦なくフィヨルドとミリィも巻き込んでいく。
だがそれすらもミリィの『玉』の式神、『酪底門』が呑み込み、喰らい尽くす。
『酪底門』は小さな二対の玉で、ミリィはそれを両手で掴みながら付近にある物を消滅させる。
まさにそれはブラックホール。
だがアスファスにとって『流水群』はただの目眩しで──!
「『凪』」
そしてアスファスもまた、『焔』や『闇』といった能力と同等の格の神の御業を放つ。
それはまるで海の凪、静かに、かつ不気味に、生物を包み込む──!
「ッ!?」
刹那、視界で一筋の線が走る。
すると次の瞬間、その線がまるで波の様に静かに、分たれた。
「──ッ!」
ソウマトウの左目が、フィヨルドの左腕が、切り刻まれる。
能力を知っていたソウマトウですら回避しきれない、刹那の攻撃、これがアスファスの『凪』。
カミノミワザはどんな存在に対しても効果はある、それはもちろんフィヨルドも例外ではない。
ソウマトウの左目から血が噴き出し、フィヨルドの左腕は消滅する。
だが──1人の少女は。
「あははぁ!『移動』!」
「ッ!?」
ミリィは『移動』によって生じる異空間の中に逃げ込み『凪』を回避、そのままアスファスの頭上へ。
その手にはやはり『酪底門』が。
アスファスは舌打ちをしながらも冷静に真上に『流水群』。
それすらもミリィは『移動』で回避、回避、回避!
アスファスに王手をかける手前、遂にアスファスは唱える──この『世界』の奥義を!
「──『マーレ・サイズミック』」
刹那、足元の浅海が渦巻き──幾本もの柱と成る。
その水柱はアスファス以外の存在を呑み込む様に生成され、それはミリィも例外ではなく呑み込まれていった。
「……ッ!」
それに対しフィヨルドはなす術が無く──ソウマトウが『ファントムファンタジー』を撒き散らしてどうにか凌ぐ。
『ファントムファンタジー』は全てを『無』にする異能、それは物質だって、現象だって関係ない。
「……式神展開の奥義ですか」
フィヨルドは冷や汗をかきながら小さく呟く。
水柱はもちろん、フィヨルドが『ネクロマンサー』で以って顕現させた死者たちを喰らい尽くしていた。
この力の正体は、己の『能力』を存分に引き出せる異能、式神展開の奥義。
それは式神展開を扱う者の中でも限られた者にしか扱えない、まさに必殺技。
「さて──水妖、活動再開といこう」
アスファスの呼び掛けに答えるように、水妖は気色の悪い奇声を発しながらソウマトウたちに向かう。
その数は計り知れなく──フィヨルドは今更ながらに必死でこの『世界』の弱点を探す。
だが、やはりというべきか見つからない。
しかし、この様な危機的状況の中、ソウマトウは至って冷静で──
「そろそろ起きたら?ミリィ」
「あははぁ!やっぱ神ってすごいねぇ!」
ミリィを呑み込んだ水柱が、なんとミリィの手元の『玉』に呑み込まれた。
そして一気にソウマトウに迫る水妖たちをも呑み込み尽くし、アスファスに向き直る。
ミリィの顔が笑みの形に歪む。
「あははぁ……!アスファス、また会えたねぇ!」
「そのまま死んでろよ……!ミリィ……!」