149話(神サイド) 神魔幻戦⑤
──私は、何を見ているのだろうか。
「グキャアアアァァァァァァァァァァァ!」
この世の理から逸脱した最強の生物の咆哮が、『呪術者』たちの鼓膜を叩いた。
──栗樹那種は、耳を手で塞ぎながら現状を整理する。
目の前にいる男に『呪術者』全員で襲い掛かったのだが──なぜか、それからの記憶がない。
次に目を覚めたのは、一分後か、一秒後か、それとも一瞬後か。
定かではないが、とにかく皆が気絶した──1人を除いて。
「──『スラッシュ』」
火絶傀羅の『呪い』──『スラッシュ』は、傀羅が横に手を振ると斬撃が飛ぶという異能。
傀羅はそれを駆使し、己に迫る脅威を乗り越えた。
脅威──それは龍、『白龍』!
「ふん。なかなかやるな、少年」
「あんたこそほんと何者だよ。強すぎるだろ」
エラメスは容赦なく『流水群』で四方八方を穿つ。
「ッ!」
エラメスはそのまま傀羅に肉薄し、拳を喰らわせる。
傀羅は小さく呻き、姿勢が崩れる。
エラメスは止まらず傀羅に向かって直で『流水群』を──
「ッ!傀羅!」
春片雅という少年が、背後よりエラメスに己の異能で以って。
「『クリエイト』!」
『クリエイト』にて作成したオリジナルの刀でエラメスの首に横一閃。
だがエラメスは後ろに反って回避、そしてエラメスも同じ様にその太い腕を横一閃に振り払う。
「がっ……」
雅の顎に見事腕が激突し、意識を刈り取る。
だがエラメスは甘くない、そのまま息の根を止めようと雅の元へ走り出す。
「させるか!」
背後より持ち直した傀羅が、真正面より夜村創世がエラメスに向かって異能を──!
「つまらん」
「ッ!?」
エラメスは創世が異能を使うより早く『流水群』を発動し、創世の頭を打ち砕く。
そして傀羅の『スラッシュ』を最低限の動作でかわし、背から多少の血飛沫が舞うが気にせず雅に肉薄し──命を刈り取った。
「……」
那種は、頭の中が真っ白になる。
今まで、『呪い』所有者みんなで、一生懸命生きて、人権を勝ち取ろうと頑張ってきたのに。
それを一人の男が全て破壊しようとしてくる。
思わず、頭を抱えて疼くまる。
目から涙が止まらない、これは恐怖か、悲しみか、否──絶望だ。
今、那種がこうしている間にも仲間は死んでいく。
誰かが那種を呼んでいる様な気がする、いや、罵声か。
そうしている間に──音が止んだ。
「……?」
恐る恐る顔を上げ──思考が止まった。
今、ここにいるのは、那種と傀羅と……エラメスと『白龍』のみだった。
「──ッ!」
那種は絶句した。
11人もいた『呪術者』は、たった1人の男によって、ほぼ殺し尽くされたのだ。
いや、エラメスだけではない、殺したのはほぼ白龍だ。
「那種、立て」
もう既に瀕死の傀羅が、無理やり立ちながら那種を見る。
その目には何の感情もない、那種が隅で怯えていたなんて知らない様な、ただ戦力を求める目。
傀羅の『スラッシュ』の速度では致命傷を与えられないエラメスに、威力が足りない白龍。
勝てっこない、だが、まだ戦おうとしている。
「……なんで?」
「なんでも、だ。やるぞ」
エラメスは待っている、それは余裕か、はたまた那種たちへの敬意か。
知り得ないが……那種は、好機だと思い乱暴に目を擦った。
目が充血して赤色に染まる。
そして唱える、那種の、己の『呪い』を。
「──『サタノファニ』」
「……?」
エラメスは首を傾げる、何も起こらないからだ。
不発という線が頭をよぎるが──途端、那種の気配が変わった。
刹那──白龍がぶっ飛んだ。
「なに!?」
エラメスは瞬時に那種に見る──いない。
白竜はやがて地面を転がり、低い唸り声と共に体制を立て直す。
そして口より球体が出現し──光線を発射。
傀羅は必死に回避、エラメスも舌打ちをしながらその場から退く。
双方がそうしている間に──あの少女はほくそ笑む。
「ハーァ!」
那種は白龍の頭の上に乗ると、踵蹴りで頭を地面に叩きつけた。
那種は続けてエラメスに肉薄、エラメスは苦い顔をしながらも冷静に那種の猛攻を食い止める。
急な殺気にエラメスは己の胸に手を──そこに白龍のツノがぐさりと刺さる。
「ッ!?」
そして、那種は高笑いしがらエラメスを蹴り飛ばした。
「やーっぱ、式神が問題だよな。能力は避ければどうとでもなるけど式神はそうはいかない」
那種はぶつくさ言いながらニヒルな笑みを浮かべる。
それを見て──エラメスはため息を吐いた。
「……ふん、完全に七音字のそれだな。『サタノファニ』。降霊、憑依の類か」
エラメスが思考を巡らしている間にも那種は白龍に迫る。
白龍は怒り狂った様に光線を発射しまくるが、どれも那種には当たらない。
超人的な動体視力に、超人的な身体能力が追い付く事で可能となる奇跡の回避を、幾度も繰り返す。
やがて白龍の喉元へ迫り──
「終いだ、デカブツ」
貫いた──!
白龍はうめき声と共に地に伏せ、粒子の粒と成って霧散した。
「ハッ!」
那種は不適な笑みを浮かべながら傀羅を回収し、この場を離脱していった。
エラメスは追おうと足を一歩踏み出すが……。
「……さすが、と言ったところか、クソ亡霊」
那種は既に、エラメスを撒いていた。
*
「こっちこっちー!」
智也が空に向かって大声でそう言うと、人が二人落ちてきた。
「ヒッ……!」
敵襲かと思ったのか、急に飛鳥が気絶した。
クンネルは飛鳥を介護すると共に目の前の2人を見る。
一人は満身創痍で今にも倒れそうなくらいボロボロの男、もう一人は──
「……ッ!」
クンネルはゴクリッと息を呑む。
なにせ、もう一人の少女は、不自然の塊だったからだ。
大人しそうな雰囲気で、暴力的な気配を身に纏っている……と言ったところか。
クンネルは飛鳥を抱えながら身を引く。
だが、智也は警戒もゼロで気さくに話しかける。
「傀羅、那種すげーな!あのエラメスから逃げられたのか!」
「俺は何もしていない……やったのは全て那種だ。那種の、『サタノファニ』のお陰だ」
傀羅はそう言い隣りの那種を見る。
すると、那種は痙攣している己の手を見つめて、微動だにしていない。
「……那種、どうしたんだ?」
智也は不思議そうに首を傾げる。
そんな智也に、ふっ、と那種は笑い、静かに言う。
その様は、いつかの七──
「カナメを、頼んだ」
──那種は、糸が切れた様に倒れた。