145話(神サイド) 神魔幻戦①
「……さて。これからどうするか」
智也が話し合えた後、皆が黙り込む中、カナメはそう言い手を叩いた。
皆の視線がカナメに集中する中、アルドノイズは頭を掻きながら口を開く。
「オレが思うに、今は特に何もしなくていい」
「なんでだよ」
「ソウマトウがいただろ。アスファスはどうやらオレとの戦いを望んでいるらしい。おそらくアスファスらは今から徹底的にソウマトウを潰しにいく。だからお前らは暇だ。せいぜい休暇を楽しめ」
アルドノイズは言い終わると、背を向けて歩き出した。
「……アルドノイズ。信じていいのよね?あと宏人に体の主導権を返しなさい」
「ああ、信じていいとも。だが体は返さん、オレはピンチの時に活用出来る便利機能ではないからな。オレもせいぜい束の間を楽しむとする」
アルドノイズはそう言い残すと、本当にどこかへ行ってしまった。
それに瑠璃はため息を吐き、まあいいわと呟く。
そしてアルドノイズと同じくらい面倒な存在の方へ、改めて向き直る。
「それで、智也くんはこれからどうするの?てっきりアルドノイズについていくのかと」
「そうしたいのはやまやまなんだが、いかんせん信頼築けてないっぽいし。しばらくはアンタらと同行するよ」
「そう、こちらとしてもそれは嬉しいわ。あとは……」
瑠璃は顎に手を置き思考に耽る。
ぶっちゃけ、今のところ順調……に見える。
だが最大の難関──ダクネスの件はもちろん片付いていない。
ソウマトウとの戦いで消耗してくれればいいが、望み薄だろう、というかあんま意味なさそうである。
「というか、ほんとにニーラグラは大丈夫でしょうね……?」
そうだ、未だニーラグラは帰ってきていない。
瑠璃が心配する中、カナメが口を開いた。
「まあアトミックは特殊だからな……対応出来ていない可能性は十分あるが、負けてはねぇだろ。いちおアイツ強えぇし」
カナメは後頭部をガリガリ掻き、ニヤッと笑う。
「だから今、暇ってわけじゃん──神ノーズのところ行こうぜ」
「それもそうね、行きましょうか」
「!?そんなコンビニ行こうかってノリで行くものなのか???」
カナメと瑠璃の会話にクンネルがドン引きする中、創也が小さく手をあげた。
「ねぇ、さっきから思ってたけど……俺って何すればいいの?」
「そうね……思い切って仲間にしようと頑張ったら見事成功したって感じだし、何よりまだロクな作戦立てれてないのよね。当たり前だけれど、イレギュラーが多すぎる」
「まあ、今のところは創也は智也の見張り、智也は創也の見張りって事で」
カナメは続けて、こう言った。
「んじゃ、神ノーズのとこ行くか!」
「……」
クンネルはとても帰りたかった。
*
アルドノイズはゆっくりと歩きながら、守龍街の景観を眺めていた。
至る所に血飛沫が撒かれていて、地は死体で溢れている。
まったく、世も末である。
「……ああ、まったくな」
道中、アルドノイズは立ち止まり、正面を見た。
そこには──全身に火傷を負い、なぜ立っていられるのか不思議なくらいの瀕死の少年がいた。
──七音字幸太郎だ。
「……向井宏人?」
幸太郎は、どうやら今し方人を殺していたのか、男の頭を地に投げ、笑いながらアルドノイズを見た。
どうやら宏人の中にアルドノイズが入っている事についての情報はまだ出回っていないらしい。
カナメがアリウスクラウンに口止めしたのも大きな要因だろう。
アルドノイズは瞬時に手を幸太郎へ向け──
「『バースホーシャ』」
「ッ!?」
幸太郎は『身体者』の恐るべき動体視力でそれを避けた。
だがさすがに驚いたのか、幸太郎は油断なく構える。
「……お前、向井宏人じゃないな。『バースホーシャ』……まさかアルドノイズか?」
「ご名答」
アルドノイズは容赦なく『バースホーシャ』を連発。
幸太郎は必死に避けつつ、アルドノイズへとどんどん間合いを詰めていく。
「ッ。やりにくいな」
アルドノイズは幸太郎の脅威の機動力に顔を顰めながらも、『バースホーシャ』を放ち続ける。
だがそれでも幸太郎は止まらない。
いつになく真剣な表情で『バースホーシャ』を避け、アルドノイズの元へ迫り続ける。
「おもしろい」
アルドノイズは『バースホーシャ』を止め、『焔』を作る。
そう──アルドノイズが司る『火』の塊。
かつて向井宏人と戦った際、周囲の酸素を一切合切殺し尽くした神の真技。
「ッ!?」
幸太郎はかつてない熱度の炎に血の気が引き、高い跳躍で後退するが──
「──遅い」
アルドノイズの、名も無き真なる『焔』が辺り一面を燃やし尽くした。
──地獄絵図。
宏人との戦いでは、式神内だったためそれほどの被害は出なかったが……ここは街。
建物から建物へ、死体から死体へ広がってゆき、やがては炎の海が完成した。
もちろん、幸太郎は無事ではすまない──両足を持っていかれた。
だが、今の幸太郎は。
「──カナメと同じ『火』系統でさぁ、わくわくさせんなよ」
「ッ!?」
アルドノイズは背後からの殺気に瞬時に対応──アルドノイズは振り向き構えを取ろうと──
それが裏目に出た。
「なッ……!?」
アルドノイズの顎に、幸太郎の全力の拳が炸裂。
『身体者』により強化された拳は、人間を昏倒させるには容易い。
そう──アルドノイズは、向井宏人である事を失念していた。
アルドノイズの意識は、そのまま闇に沈んでいった……。
「あーりゃりゃ。人間って上手く顎殴ると昏倒する事知らなかったのかな?まあ助かったー、正直死ぬかと」
幸太郎は頭をポリポリ掻き、アルドノイズ──向井宏人に馬乗りになった。
今は人間でも、中身は神だ。
幸太郎は意識の覚醒なんて1分で容易いとかなったら困ると考え、完全に殺そうと──
しようとした時、宏人の目が開いた。
「ッ!?嘘だろ、まだ数秒しか経ってねぇぞ!」
幸太郎は驚きながら背後に跳んだ。
そんな中、宏人はのそっと起き上がり、背伸びをした。
「……七音字幸太郎」
宏人は目の前を見て、ぽつりと呟く。
宏人がアスファス親衛隊にいた頃にも特に交流はなく、ロクに話した事もないカナメの昔の友人……これが宏人の知る七音字幸太郎であった。
「ったくアルドノイズの奴。いくら俺の身体だからって一対一で負けたんじゃねぇよ……」
宏人ははぁとため息を吐き──拳を握った。
「……その変わり様、さては向井宏人に戻ったのか?」
「ああ、そうだな」
「アルドノイズが中に入ってる人間……ここで潰さなきゃ後々めんどくさそうだな」
幸太郎は手をゴキゴキ鳴らしながら宏人と目を合わせる。
そこで……宏人はここら一帯が炎の海と化し、幸太郎の両足が焼き尽くされている事に気付いた。
「アルドノイズお前……暴れ過ぎな。というかお前、ロクに戦えないだろ。足ないぞ」
「いや十分だよ向井宏人。お前なら、な」
宏人は静かに怒りながら、幸太郎へ一歩踏み出した。
幸太郎は楽しそうに指をクイクイする。
実のところ、幸太郎は現在『支配』のバグの作用があるから動けているのであり、実際には死んでいるところだろう。
だがそんな事宏人は知るよしも無いし、知ったところでだ。
「──『変化』」
宏人はやりたいようにやり、成りたいように成る。
それだけだ。