129話(神サイド) プレリュード
「──さあ、戦争の開始を、ここに宣言しよう!」
「「「うおおおおおおおおおおお!」」」
アスファスのその一言で、およそ一千人の能力者たちが湧いた。
もちろんここはアスファス親衛隊の全体集会、つまり──アルドノイズとの戦争が開始する。
だがアスファスには不安な事がいくつかある、その内の一つ、ここ最近、アルドノイズの姿が見えない。
死んでない事は分かる、だが……生きている事が怪しいくらい、音沙汰がない。
だから取り敢えずは凪たち──『Gottmord』を壊滅させ、戦力を削ぐ。
アルドノイズの勢力といえば、それくらいしかないからだ。
「……」
アスファスはそのまま舞台裏へ下がった。
先程不安な事がいくつかあるといった、もちろんアルドノイズの件も筆頭だ。
だが、それ以外にもある。
神仰教もそうだし、何より──エラメスが戻らない。
宏人との戦闘で宏人の式神に連れ込まれたエラメスだが、宏人には勝利した──だが戻って来ない。
宏人曰く、突然黒夜が助けてくれたとかなんとか──まあ、エラメスなら大丈夫だろう。
護衛なら、もっと頼もしい人間がアスファスにはいる。
「あー、アスファスー!演説かっこよかったよー」
そう言って、ダクネスが手を振ってきた。
──ダクネス・シェス。
アスファスにとって一番頼もしいパートナーの、神人だ。
「ありがとう、ダクネス。ところで、宏──」
「お呼びですか」
アスファスが周りを気にしながらそんな言葉を口にした瞬間、宏人が来た。
「おお、早いな。では──拷問の始まりだ」
アスファスはそう言い、地下へ宏人とダクネスを案内する。
それなりに深い階段を降りた先に、程よく広く、薄暗い一本道に出た。
その一本道は、両側に牢屋がある、つまり──ここは監獄だ。
だがあまり人はいない。
ちらほら中にいるのはネズミや虫、骸骨なんかも。
全然清掃出来てないと見える。
「あそこだ」
アスファスは奥の方を指差し、逆の手の人差し指を口に添え、小さな声で言う。
ダクネスは小さく笑い、宏人はコクッと頷いた。
そのまま、宏人だけそこへ歩いていく。
「……心は殺せ」
宏人はボソッとそう呟き──着いた。
「やあ祐雅、助けにきたぜ」
「よお宏人、いいね、お前演技の才能ねぇよ」
「…‥何のことだか」
「じゃあはっきり言った方がいいか──裏切り者さん」
そう──宏人の目の前にいるのは、祐雅。
海野維祐雅。
元勇者にして、元魔王、今は──無能力者。
「俺はただ勇者の才能があった一般人だからな、今は何も出来んよ」
祐雅は冷めた笑いをして、両手をあげ降参のポーズを取った。
そんな祐雅に、宏人は──
「……やっぱ」
アスファスとダクネスの方を向いた。
「無理らしいです、アスファス様」
「そうか、残念だ。私も手荒な真似はしたくなかった」
アスファスは小さく笑いながら、ダクネスと共にここまで来た。
それに対し、祐雅は大きく笑う。
「裏切り者が板に付いてんじゃねぇのか?宏人」
「…‥言ってろ」
そのまま宏人は一人で来た道を戻った。
振り返りはしない。
だって、振り返ってしまったら──
もう、後には戻れない。
──二日前。
「……死んだ人間を生き返らせるなんてお前じゃ出来ねぇだろ」
「ああ。もちろん私にはできない。だが、私の人脈を舐めてもらっては困る」
アスファスはそう言い、ニヤリと笑う。
「私には──『蘇生者』がいる」
──ここで、以前七録菜緒との会話を思い出した。
『『者』級を殺して殺しまくれば──いつか『蘇生者』と巡り合う』
……なるほど、こういう事ね。
宏人はあははと小さく笑う。
自分でも意味がわからない、何故ここまで河合凌駕という人間に固執しているか。
凪から言われたいくつかある含みのある言葉から考えると、この『世界線』以外で、何か関係があるのだろう。
宏人には預かり知らぬ事だが。
突然笑い出した宏人を不思議に思いながらアスファスが覗き込んでくる。
そして、宏人は──
「俺は──アンタについていくよ。アスファス、様?そして、河合凌駕を生き返らせてくれ」
──後ろは振り返らず、一本道を進む。
ただの一本道だが、宏人にとっては地獄への渡橋だ。
ここから、宏人はみんなを裏切る。
そして、裏切った先で──みんなに謝る。
凪に、謝る。
「ああ、始めようぜ──戦争」
荒唐無稽な話だ。
アスファスが戦争する目的であるアルドノイズを体内に含んだ宏人が、アスファスサイドの幹部なんて。
どうしたもんか。
*
「宏人、お前正気か?」
次の日──カナメと再会した。
どうやら凪らは無事脱出出来たらしい。
よかった。
本当に──
「よかった」
「……よかったじゃねぇよ。祐雅はどうした?」
「……」
「答えろよ!向井宏人!」
カナメが胸ぐらを掴み、大声でそう叫んだ。
だが──宏人の心には響かない。
「……」
宏人は無言でカナメの手を振り払い、背中を見せて去っていった。
カナメは、何も言わなかった──何も、しなかった。
「『爆──なんて、出来ねぇよなぁ……」
カナメの声は、虚しく響いた。
*
「よぉ、宏人」
「……今度はお前か──創也」
宏人が本部にて寛いでいた時、創也が話しかけてきた。
宏人はぶっきらぼうな態度を取るが──ある約束を思い出して、態度を改めた。
「……ん?どうした」
「とぼけんな、約束」
「……ああ、あったな」
宏人が少し怒ると、創也は「落ち着け」と言いながら広間のソファに座った。
両膝に腕を置き、真面目な顔を作る。
普段はうるさくて脳筋にしか見えない創也だが、その実は違う──暗躍好きのクソ野郎だ。
「じゃあ、何から話そうかな」
「もちろん全てだ。全て話せ。昔俺に何があったのか、何故俺の記憶に欠損があるのか、全部だ」
「そうだな。でも、今はもっと知りたい事があるんじゃないか?」
「…‥知りたい事?」
宏人は本気で分からず首を傾げる。
そんな宏人を見て、創也は少し笑った。
「アスファスにつかず、河合凌駕を蘇生させる事」
「──ッ!?」
宏人は何故その事を知っているのか、お前は本当に何者なんだという質問を呑み込み──
「可能なのか?」
「ああ。じゃあ、それを教えてやるよ。まずは──」
*
「──何で宏人くんが神ノーズの居場所を知りたいのかな?」
アスファスの式神内にある、ダクネスの部屋にて。
宏人はダクネスの後頭部に手を『変化』して創り出した銃を突きつける。
そんな宏人に対し、ダクネスは怯えずに振り向き、自ら額に銃口を突きつける形にした。
「……撃ってみなよ」
「……じゃあ、遠慮なく」
一発の銃声が響く。
撃たれたのは少女、こんな近距離で、しかも銃なんてまともに受けるなど、たとえ超能力者でも不可能だろう。
だが、やはり、目の前の化け物は。
「いったー!腫れちゃうよー、まさか本当に撃つなんて酷いよ宏人くーん」
ダクネスは、ただ仰け反っただけだった。
宏人は思わず苦笑いしてしまう。
──勝てるわけない。
今まで何度もそう思う事はあったが、まさかここまでとは。
「そうだよ、私は強い。……そんな私に、何の用かな?宏人くん。殺しちゃうよ?」
「……さっきお前が言っていた、俺が無策で突っ込んでくるような性格じゃないは正解だ。ちゃんと策はある」
「ッ」
宏人は、『眼』の『変化』を解いた。
まるで時計のような両眼の針が、チクタクと時を刻む。
ダクネスの顔が──歪む。
「お前、狂弥の力継いでんの?」
いきなり口調が変わり、目のハイライトが消えたダクネスに、一瞬宏人は冷や汗が垂れるが──眼を光らせる。
「一発。あと一発だけ、俺は吐夢狂弥と同じ出力を出せる」
「……あ?」
「神をも殺せる最強の業だ。──お前も受けたら無事じゃ済まないだろ?」
「お前分かってんの?これから戦争、もちろんお前も駆り出される。何度も死にそうな機会があるでしょう。そんな中、それ使っちゃったら──私、すぐに宏人くんを殺しちゃうね」
「……ああ、上等だ」
ダクネスがニヤリと笑い、宏人も頑張って笑う。
……側から見ると引き攣っているだけだろうが。
「じゃあ早速教えちゃうね。神ノーズたちは──神地町にいる」
ともかく、これで着々とピースがはまっていく。
上手くいっても、転んだとしても、死なない限り──絶対に凌駕を生き返らせれる。
──だが、ピースがいくらはまったところで、パズルは完成しなければ意味がない。
それは、ただのガラクタにすぎない。
ガラクタを、一つの絵にする。
それをするのに、あと足りないものは。
──創也曰く。
『アスファスに支えても蘇生は出来る、死なない限りな』
『ダクネスを脅して、神ノーズの居場所を吐かせる。相当勇気がいるだろうがな。神ノーズは人間の管理者だ、ここ数年の間に死んだ人間なら生き返らせる事が出来るだろう。確証はないが、神ノーズの居場所を知り、繋がりを作っておくと後々楽になると思うぞ』
『コット・スフォッファムを探せ。そうすればどう転んでも凪たちの繋がりを作っておけるだろう。あと、お前の中にいるアルドノイズの強化、つまりお前自身を強化する事も出来るだろうしな』
『あとは、そうだな。──死神を、手懐けろ。そうすれば、お前は死なない』
この絵を完成させるのにはまだまだかかりそうだ、だが──そんな弱気な事も言ってられないのも事実。
「──宏人くん」
「……ん?」
宏人が思考していると、ダクネスが楽しそうにこちらを見てきた。
つい先程までとは大違いだ、余計怖くなる。
そんな宏人の内心など梅雨知らず、いやそうとも言い切れないのが怖いところだが、ダクネスはニッコリと笑いながら言う。
「きみは、きっと死ぬだろうね」
「……はは。俺も今生きている事が奇跡のように思えてしょうがない。──だけどな」
宏人はダクネスを指差して。
「お前を殺すのは俺だ」
「あはは、いいねぇ」
そして、宏人はダクネスの部屋を出た。
ダクネスは、最後まで、笑っていた。
第七章『開戦前の朝ぼらけ編』──完