127話(神サイド) 『随伴者』
「チィィ!まじか!」
宏人が、自分だけの──宏人の『世界』、『変化自在』を展開する。
狙ったのはアスファス、だが──
「甘いな向井宏人。私は常にアスファス様の周りを警戒している。特に──『式神』待ちにはな」
「……ッ!」
凪との特訓の賜物である『式神』──『変化自在』。
その中でなら宏人は──無制限に『変化』が可能!
「さあ、アスファス様に反逆した罪、死で以て償ってもらおうか」
「アンタこそここがどこだか分かってンのか?潰してやるぜ、アスファスの側近」
宏人は手をクイクイとしながら挑発する。
だがエラメスは逆に嬉しそうに、顔をうっとりさせ──戦闘態勢を取った。
「そう、私はアスファス様の側近、僕──『随伴者』!」
途端、エラメスの『能力』が爆発的に増幅する。
宏人の顔から冷や汗が垂れる。
怖いのではない、分からないのだ。
エラメスの能力は秘匿されていたのに加え、この能力増幅の意味も分からない。
──『随伴者』。
それはアスファスの側近という意味か、それとも──
「──いくぞ」
「こいよ──『変化』」
宏人は一瞬でアルドノイズと融合した姿である『鬼』に身体を戻し、その上で『変化』する。
想像するは最悪、創造するは──
「黒龍!」
「ッ!?」
最初っから全力も全力。
宏人はかつてアルドノイズと戦った際に出現した神々しく、そして禍々しい黒龍に。
それにはさすがのエラメスも驚く。
当たり前だ、いくら宏人が、人間が『変化』して黒龍になったとしても、その形大きさはもちろんそのまま。
圧倒的な死の権化が、エラメスを殺さんと襲いかかる。
「まさかこれほどとは──」
黒龍が──宏人がエラメスに噛み付く。
エラメスはバックステップで回避するが、一歩遅く右腕を持っていかれる。
大量の血飛沫が舞う。
それはもちろん、エラメスのと──宏人の。
「……は?」
気付くと下顎がなくなっていた。
エラメスが左手で剣を払ったのだ。
それが宏人の下顎を切断した。
いや──それはただの剣ではなく。
「神剣『白龍』──顕現」
エラメスが後ろに剣を投げてそう言うと、背後に『白龍』が出現。
皇后しく、煌びやかな装飾を見に纏うその白き龍は、見る全ての存在を魅了する。
いや、だがしかし──
「──あ?」
宏人は気付くと宙を一回転。
自分でも気付かぬ内に『変化』も解け、訳の分からないまま自分の『世界』に転がった。
エラメスを見る、なぜか右腕が再生している。
その背後にはやはり今宏人を吹き飛ばした白い龍が──ッ!
「お前は、なんなんだ!」
宏人は考えるより先に行動を取った。
考えたところで何かが分かったり変わったりする事などないとアルドノイズ戦で教えてもらったからだ。
自分の両手をアルドノイズの成分込み込みで『悪魔の手』にし、右手は更に銃へ。
銃を連射しながら再度エラメスへ近づく。
この際龍は無視だ、敵うわけがない。
だからと言ってそのままほっとくわけにもいかない、死ぬからだ。
──全力回避。
これに尽きるッ!
「うおおおおおおおおおお!」
宏人はエラメスへ突っ込み、拳を突き出し──瞬間、宏人は何かが光ったのを見た。
いや、これは──!
「剣筋ッ!?」
咄嗟に回避、しかし全て避け切れるわけがない。
というか何処から出てきた、今度の剣は何だという疑問を全て無視、それどころじゃないからだ。
宏人の体から血飛沫が舞う。
だが致命傷ではない、だがそれでも問題ではある、もちろん動きが鈍るためだ。
宏人は奥歯を噛み締め痛みを堪え、そのまま再度エラメスの懐へ!
だがやはり。
──首。
宏人は、自分の首に剣が突き刺さる数瞬前だと察知。
ここが瀬戸際、宏人は自分の右手をすぐに首を守るように持ってきた。
そう──他対象の『変化』。
宏人が死ぬ間際の際に高確率て発動する、最強の奥義──
「……え?」
宏人の右手が飛んだ。
それもアルドノイズと融合した姿の、悪魔としての肉体の強度を保つ体を、切り裂かれた。
『変化』は、発動しなかった。
「──ッ!」
激痛。
だが痛いなんて言ってられない、すぐに次の対処を──
「グギャアアアアアアアアアア!」
「──がァッ!?」
白龍が、その長く鋭利なツメで宏人を引き裂く。
宏人は吹っ飛び、そのまま頭から地へ落ちた。
──何だこれは……ッ!
あり得ない、いくらなんでも強すぎる。
これが『神人』ならまだ分かる、だが相手はエラメス、『超能力者』だ。
神を超える人間である『神人』とは違い、『超能力者』とは己の『超能力』を極限まで鍛え上げた者のみに与えられる称号──つまりどんな人でもなれる可能性がある、人間の極地。
だが、エラメスはそんなレベルではない。
一体、どんな能力……。
「私の能力はな、アスファス様を守るためにある」
エラメスはそう言いながら、白龍の頭を撫でる。
白龍は気持ちよさそうに唸った。
やはり、本物らしい。
「だから、逆賊は殺さなければならん」
エラメスは、宏人に近づいてきた。
無言で歩き、ついに宏人まで後一歩のところへ。
そして、倒れている宏人の髪を掴み、無理やり立ち上げた。
宏人とエラメスの目が合う。
エラメスの目は──怒りに染まっていた。
「この『世界』の吐夢狂弥の場所を教えろ」
エラメスはもう片方の手で宏人の首に剣を添えた。
「答えなければ殺す」
宏人の首の皮から血が垂れる。
宏人の目も自分の血で真っ赤だ。
視界が全て紅い。
──だから、この光景も嘘なのだろう。
「……お前、さっきから何処を見て──ッ!?」
エラメスは宏人を投げ捨て、背後を警戒。
そこで目を丸くした。
「本当に、まさかこれほどとはな……」
エラメスはそう言い、宏人を見て、叫ぶ。
「お前、アルドノイズを食らったな!」
そう──この『世界』で、白龍と黒龍が激突していた。
宏人自身にそんな力はない、まず神剣『黒龍』すら出せない。
そんな宏人の前に、今黒龍がいる──これが意味する事は。
エラメスがこんなに慌てている事から、多分──いや、絶対。
夢じゃないんだろう。
「……サンキューな、アルドノイズ」
宏人はそうボソッと呟き、ヨロヨロと立ち上がる。
だがその目は爛々と輝き、今にもエラメスを食い尽くさんと語っているよう。
宏人は目を手で乱暴に拭き、視界を無理やりクリアにさせる。
「──そうだ!俺がアルドノイズを喰らった!」
「……お前への警戒が最大限に上がったよ、宏人。ここで殺す」
宏人とエラメスは、再度対峙する。
未だエラメスの能力は不明、今までの攻撃だって手段がアスファスに似ている事から力を借りているだけかもしれない。
それでも。
「ここは、俺の『世界』だ!」
想像するは地獄、創造するは──業火!
「『エンブレム』!」
「!?」
宏人の左手より地獄の業火が吹き荒れる。
アルドノイズより精度は雑で荒い、だがそれでも『カミノミワザ』に違いない。
コット・スフォッファムを見つけ出す、その事を条件にアルドノイズは宏人にこの力を教えてくれた。
しかしまだ完全に行使する事は出来ず、『バースホーシャ』は出来そうにもない。
だが、これでも十分だ。
この力を持っているだけで、宏人は人間を超えられる!
エラメスはそれに対し──
「──『流水群』」
「──うそ、だろ?」
宏人の『エンブレム』に対し、エラメスが放ったのは『流水群』。
今までの展開から、何となく察しはついていたアスファスの業。
そう、別に『竜水群』ならいい、来るのは想像ついていたから。
だが──これは。
「がはッ……」
宏人の『エンブレム』はいとも容易く消し飛ばされ、エラメスの『流水群』はそのまま宏人に直撃した。
宏人は再度地面に仰向けになる。
これは──『流水群』の威力じゃねぇ……ッ!
明らかに別物だ。
『バースホーシャ』ほどではない、だが『エンブレム』なんて軽々超えている。
「ガギャアアアアアアアアアアァァァァァ」
黒龍が、白龍に吹っ飛ばされ、力尽きた。
──おかしい。
おかしいおかしいおかしいおかしい!!!
なぜ──こんなにもエラメスは強い!?
「ではな、向井宏人」
エラメスが宏人の真上に。
エラメスは宏人を今にも殺さんと、手を掲げた。
──今しか、ない!
宏人の『眼』が、時計を刻む!
「──なッ!?それは吐夢狂弥の──!」
「……くたばれ──ッ!」
「──待って」
「いっ!?」
宏人は背後から眼球を直で触られて、不発。
エラメスではない、目の前にいるからだ。
では誰──!?
「黒夜です、宏人様。凪たちがお呼びです」
「……は?」
すると、いつの間にか宏人は背後に引っ張られ、この『世界』から追い出された。
頭の中を疑問符が支配する。
どうやら『世界』には穴が開いていたらしい──そんなバカな、まさか黒夜が破って──黒夜?
「黒夜!」
穴の空いた『世界』の向こう側にいる黒夜に向かって、左手を伸ばす。
だがその手は空を切り──黒夜はあははと微笑を浮かべた。
今までの黒夜からは想像出来ない、なんというか、大人びたその顔は、宏人の脳に深く刻まれた。
「この前この『世界』に入らせてもらった時色々調べさせてもらったから入れました、では──ここはお任せを」
──そして、『世界』は消えた。
いや、この『世界』から消えただけで、今でもあの『世界』には黒夜とエラメスがいるだろう。
いやそんな事はともかく──
「……クソッ」
目の前には──アスファスが。
「宏人。すごいね、まさかあのエラメスから逃げてくるなんて」
アスファスは拍手しながら、宏人の元へ。
宏人はふらふらしながら戦闘態勢をとるが──
「かっ!?」
「やめなよ、今じゃもっと相手にならない」
アスファスは一瞬で間合いを詰め、宏人の腹に拳を入れる。
宏人はその場で崩れ落ち、血を流しすぎたのか一瞬意識が飛び、倒れる。
立ち上がろうとするも手に力が入らず震えるだけ。
右手もない今、立ち上がるなんて不可能に近いと察する。
──死んだな。
そう確信した。
「──殺すわけがないだろう、向井宏人。いや──『器』の完成形」
「……は?」
「お前は私と来い。お前は──私といるべきだ」
アスファスはそう言い、宏人に手を差し出す。
宏人がそれを受け取らずにいると、アスファス自ら宏人の右腕を掴み──右手を再生させた。
「……何のつもりだ?」
「いや、私たちは仲間だからな。これは当然の処置だ」
宏人が睨むと、アスファスは「冗談だ」と言い、もう一度宏人に向き直った。
「今まで仲間だったが、どうやら今は違うようだ。まあ、それもいい。だから──協力関係を築こうじゃないか、宏人」
「……協力関係?」
「ああ。宏人は私サイドに武力で以って貢献してくれればいい」
「……お前は?」
「私はねぇ──何にしようか?」
「……は?」
「いや、では逆に聞こう、宏人は何を叶えたい?何を望む?」
アスファスのその問いに、宏人は一瞬である事を思い浮かべた。
それは荒唐無稽でありながら、理想、いや目標である──
「死んだ者を生き返らせる、とかはどうだ?」
「……え?」
宏人が思わず出てしまったその小さな声を、アスファスは聞き逃さなかった。
「じゃあそれにしよう。では、宏人。──きみは誰を蘇らせたい?」