125話(神サイド) 火蓋
「ニーラグラ、出番だな」
「えっ……?もしかしなくても、私も戦──」
「お前も戦う」
「いやーーーーーーーーーーー!」
『Gottmord』が襲撃されると連絡を受けてから早三十分。
ニーラグラとカナメはその旨をいち早く凪に知らせ、凪が開口一番に放った言葉にニーラグラが絶叫した。
カナメは首を傾げる。
「なんで神のお前が人間相手にビビってんだよ。お前アルドノイズの姉貴でもあるんだろ?楽勝だろ」
「いやそういう問題じゃないのカナメえぇ……。私バトル向きじゃないのぉぉ……!」
「いやお前この前この建物吹っ飛ばしてたじゃん」
ニーラグラが半泣きでカナメに抱きついてくる中、カナメは鬱陶しそうにしながら、「どの口が」と共にそう言った。
「いやそれとこれとは全く違うんだよぉぉ!確かに私は強いよ!そこら辺の人間なんか一瞬でぐちゃぐちゃに出来るくらい!でもアスファスの部下なんて絶対戦闘狂ばっかじゃん!というか私宏人くんにも負けるからね!?」
「いや宏人は関係ないだろ……。というか、問題はダクネスだ」
そう言い、カナメは凪に向き合う。
凪の顔は先程とは一変し──苦しそうだった。
「そろそろ、計画をシフトした方がいいかもな……」
「え、それって……?」
「ああ、今回は逃げる」
「逃げてどうすんだよ」
「逃げて……狂弥を探す。この世界の」
この『世界』の狂弥──そう、もちろんこの世界にも狂弥はいる。
去年別の世界軸から来た狂弥は死んでしまったが、まだこの世界の狂弥は現在なのだ。
だが── 一つ、問題がある。
「狂弥の場所、まだ分かんねぇんだろ!」
カナメは凪の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「なんか昨日から様子が変だぞ!お前そんな奴じゃなかっただろ!」
「あのー……」
「……お前に言われなくても分かってる。じゃあどうすればいいんだよ」
「え、女の子。どうしたの?」
「お前はもう戦えないかも知れねぇがな!まだ俺がいる!祐雅もいる!宏人とニーラグラも!」
「アタシ、向井宏人にここに来いって言われたんやけど……」
「人数が圧倒的に足りん。頼みの綱のお前の姉の協力の可能性も潰えた。正直、八方塞がりだ……」
「あ、きみね!そうだ!確か流音ちゃんだっけ?」
「あー、流音はこない。だからアタシたちが来た」
「……アタシたち?」
「つーかそっちうるせぇな!なに、が、あっ……た?オイ、凪。あの女、確か宏人の部下の……」
「……ああ、革緑茅だな──最悪だ。タイムオーバーらしい」
──瞬間、茅の後ろから大量の人影が。
「じゃあ、五番隊。行けや」
*
「先程、まず宏人の部隊が『Gottmord』に向かった」
「ッ……!」
「どうした宏人、顔色が悪いぞ」
そう言い、アスファスは宏人の顔を覗き込んだ。
アスファスは、いやらしい笑みで宏人を見る。
楽しんでいるような、様子を伺っているような。
──だが、宏人は間違えない。
今は攻めどきではない。
向こうには凪がいる。
それにカナメも祐雅も、神のニーラグラも。
ここで宏人が暴れても馬鹿みたいに強い奴らアスファスも含め八人も相手にするなんて無謀だ。
それに──ダクネスも、こちらを楽しそうに見ている。
「どうやら、新野凪はソウマトウに襲われ回復不可の重症らしい。先日私は会ったが、あれではもう戦えん。出来て後方支援だろう」
「……凪が?」
宏人は初耳だった。
いや、これが嘘である可能性も捨てきれない。
だが今絶対的に有利であるアスファスが嘘をつくとも思えない。
考えろ。
まず、なぜアスファスは『Gottmord』を襲うのか。
アルドノイズと協力関係にあるからである。
では、どうすれば襲われないか。
それは──簡単。
アスファスを、殺せばいい。
別にダクネスや他の幹部たちだって、『Gottmord』を滅ぼしたいと思っている奴なんていない。
だから──俺は。
凪を、『Gottmord』を助ける!
「──式神展開」
「──アスファス様ッ!」
宏人が手を合わせる。
エラメスがアスファスを押す。
「『変化自在』」
「あはは!」
ダクネスは、おもしろそうに笑う。
──宏人の『式神』が、エラメスを飲み込んだ。
*
宏人が『睡魔』の少女と別れてからすぐの事。
「いや、地図渡されたからって分かんねぇっすよ……」
少女──羽和流音は、地図を片手に道を彷徨っていた。
先程、向井宏人というアスファス親衛隊の幹部の男に殴られて負けた。
流音の戦闘スタイルは『身体能力・特大』で運動神経を抜群にキメてからお得意の調合で作った皮膚浸透性の睡眠薬を付与したバターナイフで眠らせ、勝つというものだ。
だがどうやらアスファス親衛隊には『睡魔』の能力者として結構警戒されていたらしく、死刑又は勧誘の命を課せられた幹部──向井宏人と、その部下の昌斬星哉が来たってところ。
そして今、宏人に『Gottmord』本部への地図を託された流音は──迷っていた。
「えぇ……ここどこっすか……」
「教えてあげようかっ?」
「うわっ」
流音が顎に手を当てながら地図と睨めっこしていると、可愛らしい金髪の少女が声をかけてきた。
なんというか、不思議、奇妙?
そんな感じの雰囲気を纏う少女だ。
「大丈夫?あなたお名前は?」
「え……流音っす。あなたは……?──じゃなかった、それよりここへの行き方、教えてもらえるっすか?」
流音はすぐに意識を切り替えて少女に地図を見せた。
色々聞きたい事はあるが、取り敢えず今は地図だ。
向井宏人曰くここに行けばアスファスから助ける以上に敵対出来るという意味不明や事を言われたが、まあアスファスの元さえ行かなければ大丈夫だろう。
罠じゃなければいいのだが、それだったら向井宏人がそのまま流音を連行した方が早い。
……正確がクッソ悪く、罠に嵌めた上で死刑!とかじゃなければいいのだが……まあ、そんな事考えたらキリがないだろう。
「ふーん……」
少女は地図を見た後、興味深そうに流音を見つめる。
「な、なんすか……?」
「いーや、別にィ〜。それじゃ行こっか」
「わ、分かったんすか!?一目見ただけで!」
「うん、私頭良いんだー。ちょいと地図貸してね。流石に見ながらじゃないと分からないので」
少女はウインクをしながら、テヘッと小さく舌を出した。
流音はぶん殴りてぇ(っす)……という内心を必死に押し殺し、少女のあざとい仕草に「あはは……」と笑いながら地図を渡す。
すると少女は迷わず歩き出した。
それも流音が今まで来た道を変える方向にだ。
まさかここまで間違っていたとはと思うと共に、この少女に完全に頼るのもなんだが不安でしか無いのだが……。
「ねえ、流音ちゃんはさ、何でここに行こうと思ったの?」
「え……。まあ、何というか、その、知人の?ススメ?……的な?ものっす」
「へー!流音ちゃんと宏人くんって知人だったんだ」
「……はい?」
「どこで知り合ったの?」
道すがら、少女は振り返ってそう聞いてきた。
その目は、少女のそれではなく──怪物。
「ッ!」
向井宏人を知っていた事も相まり完全に敵だと判断した流音は一瞬で少女の喉元にナイフを──
「──だめだよ。そーゆーのは」
「──ッ!」
突き刺す瞬間、少女は流音の顎を指で弾いた。
やはり完全に少女が出せる威力じゃない力で、流音はぶっ飛び、気絶した。
「──さて、これでやっと場所が分かったわけで。もー宏人くん甘すぎるよー。アスファスから緊急収集がかかっただけで、向こうの組織に連絡、流音ちゃんに地図を渡して親衛隊に急行。んー、0点!」
少女はそう言い、スキップする。
華麗に、美麗に、そして流麗に。
見る者を魅了する、いや──畏怖させる、人間味のない雰囲気。
そんな少女の名は──やはりというか何というか。
「万物も──この、ダクネスちゃんには敵わないよ!」
『神人』ダクネス・シェス。