124話(神サイド) 急転
「いた───!?」
宏人の拳を鳩尾に受け、少女は悲鳴と共に吹っ飛んだ。
そのまま少女は口から魂でも出てるんじゃないかと疑うような表情で地面に倒れた。
少女のポケットから例のナイフがどぼどぼと溢れる。
試しに自分に刺してみた。
「!?」
少女の顔が驚きに染まり、一瞬でいやらしい笑みとなった。
目でバカかこいつと言ってくる、ような気がした。
というかこいつまだ結構元気だな。
──瞬間、案の定意識がクラッとした。
「つぅ……。『変化』」
そして宏人はすぐに身体の中の多量の睡眠薬を『変化』し、血と化した。
今更だが、やはり自分自身に『変化』を施すのは手を動かすのと同じくらい簡単だ。
だがそれが他対象となれば話は別。
先程もナイフを石ころに『変化』する事が出来たが、これはぶっちゃけ奇跡だ。
宏人は今回も合わせて死に際に2回、『変化』を自分以外に施す事に成功した。
「……あれ?」
少女は倒れる気のない宏人に目をぱちくりさせ、そう呟く。
「……効かんぞ」
「えええええええええええ!?」
宏人はそのままナイフをズバッとテキトーに抜き、大量出血したところも再度『変化』して治す。
少女が座りながら少しずつ後ずさるのを、宏人は見逃さなかった。
「イッ!?」
宏人は少女に向けてナイフを投擲、命中。
少女の肩にナイフが突き刺さり、少女の目は虚になるが──少女は目を見開き、ナイフとは反対の方にあったポケットに手を突っ込みまたもやナイフを取り出し、自分に刺した。
「な……」
さすがに宏人は驚いて応急処置をしようとするが、少女はフラフラと立ち上がった。
「……そのナイフは解毒用か?」
「そっすね……。というか予定外っす。あなたアスファス神の組織ンとこの幹部クラスっしょ?」
「ああ、よく分かったな。そう言うお前は随分ここで『睡魔』に見せかけて頑張っていたそうじゃないか」
「あはは……。この方法、まさか神も騙せたとは……光栄っす」
少女はあはは……と笑い、肩と手のナイフを抜いた。
当然、血が多量に溢れる。
だが『特大』のおかげもあるのか、手に力を込めると止まったようだ。
「便利だな」
「そっすね。まあ、あなたほどじゃないっすけど。あなたの能力は……『適応』?とかっすか?」
「……まあ、言えてるな。それより、お前ってどこかしらの組織の所属だったりする?それともただの金稼ぎか」
「後者っす。あ!……これってどっちかで罪状変わったりしますか?」
「変わんねぇよ。というかそれなら尚更後者でいいじゃねえか」
宏人はそこで少し笑い、咳払いを挟んで続ける。
「お前、俺の仲間になれ」
「え……?それってアスファス親衛隊に入れってことっすか?」
「いや違う──『Gottmord』に入れ」
*
「アングル……いい加減にしてほしいのだが」
「あぁん?テメーらがいい加減にしねぇから俺もしてねぇんだろおが」
『Gottmord』の地下室にて、祐雅がアングルの首に『魔王剣』を突き立てていた。
アングルはこないだまで大反響だったコロシアムのNo.1だ。
どうやらあのコロシアムは賭けを行なっていたらしく、アングルはそれにて生計を立てていたらしい。
「まず何より、俺がテメーらを助けてやったのによぉ、この仕打ちはあんまりだぜ」
アングルはそう言い、唾を吐いた。
そう、先日のアトミックとの戦いでは、アングルの『破壊』によって脱出する事に成功。
祐雅は今回で二度、アトミックの絶対不落の『式神』から逃げ切る事が出来た。
いや──逃げ切るのが目的ではない、倒す事が目的なのだ。
「それはすまねぇって言ってるだろ……ただ、あのアトミックという男を殺してくれればいいだけ、楽勝だろ」
「じゃあ尚更テメーでやれや。俺にメリットがねぇ」
「解放してやる」
「テメーが折れるのが先だろうが」
今の構図はアングルの手を椅子に縛り付けながら座らせ、その首に祐雅が『魔王剣』を当てている。
アングルがその気になればあらゆる物を何でも破壊出来るため、こうすぐ殺せるような状況にしなければならないのである。
「あ?じゃあ我慢比べといこうじゃねぇか」
「おうよぉ!飲まず食わずで耐えてやらぁ!」
*
「では、緊急会議を始めようと思う」
宏人たちアスファス親衛隊は、アスファスの『式神』内に戻るなら収集をかけられた。
そこには珍しくダクネスの姿もあり、宏人が会議室に入るとひらひらと手を振ってきた。
宏人は無視し、自分の席に座る。
ダクネスの顔がムクれるが、すぐに飽きたのかまた別の幹部たちに手を振る。
「では、そろそろ始めようか」
七番隊隊長であるアリウスクラウン・カシャ・ミラーを除く全八名の幹部が収集すると、アスファスは立ち上がり、そう言った。
もちろん、その中には城坂もいる。
アリウスクラウン──アリスは、何というか、唯一のアスファス親衛隊の非常勤幹部らしい。
謎である。
「今回の議題は、二つある」
アスファスはそう言い、エラメスに資料を配らせる。
その資料に書かれてあるのは──黒夜の死刑執行が決定。
「……」
まあ、分かりきっていた事でもある。
資料を配り終えたエラメスが、アスファスと顔を合わせた後、声を大きくし言う。
「まずは黒夜の死刑が決まった。今日で黒夜が組織からいなくなって三日。このアスファス様親衛隊入会時に定められた『如何なる事があろうとも二日以上の行方知らずは組織への反逆』とみなした為だ。異論のある者は?」
エラメスが程々に辺りを見渡すが、やはり批判者はいない。
宏人も然程気に留めなかった。
何せ自分も近い将来ここの組織と戦う予定なのだ。
黒夜だって、そんな弱くない。
「では決まりだ。死刑執行人には──創也を採用したいと思う。どうだ?」
「おう!さっさとぶっ殺してやろう!──本当に異論はないのかい、宏人」
「……なんで俺だよ」
「いや。仲良さそうだったし、部下みたいなもんだったからな。案外白状だな」
「……何とでも言えや」
「まあともかく、まずは一つ目の議題が滞りなく完了した。それでいいよね、創也、宏人」
アスファスは、そう言い創也と宏人を見た。
特に宏人の方を見、「本当に良いのかい?」とでも言っているような視線を向る。
創也と宏人はお互い首を小さく振り、エラメスが咳払いを挟む。
「では次の議題に移ろう。それは──」
「『Gottmord』襲撃作戦が今夜決行でーす!」
「!?」
エラメスの言葉を遮り、ダクネスが大きくかん高い声でそう言った。
──は?
宏人は頭の中が真っ白になった。
そんな宏人の動揺をおもしろそうにしながら、アスファスが宏人の元へ近づき──肩にポンッと手を置いた。
「じゃあ、宏人には先陣を切ってもらおうか」
「……は?」
「だから──今回の襲撃作戦のリーダーはお前だ、宏人」
アスファスの笑みは、とても愉快そうだった。
*
「ちょっ!?マジで!!??」
『Gottmord』の管理室にて、ニーラグラはモニターを見ながら叫んだ。
モニターには無機質な電磁波が並んでいるだけで特に面白味はない。
だが、モニターから聞こえてくる──宏人の骨髄イヤホンから発せられた音が、問題だった。
「やばいやばいやばいやばい!な、凪くーん!祐雅くーん!アングルくーん!……。やばーい!ッ痛!?」
「なんで俺がいないんじゃい」
ニーラグラは頭をチャップされ、半泣きで上を見上げた。
そこにいたのは──
「カナメー!そう言えば居たんだったー!出番無さすぎて忘れてたー!」
「ふざけんな。で?今そんな状況じゃないんだろ?……何があった」
カナメの質問に、ニーラグラはゴクンッと唾を飲んだ後、答えた。
「アスファス親衛隊がここに乗り込んでくる!」