119話(神サイド) 5.5章⑥
「……んぁ?」
気付くと、またもやベッドにいた。
「……」
何だか最近気絶が多い。
自分の弱さが自覚出来てしまうのが嫌に加え、単に頭が弱い子の可能性が膨らみつつあるのが恐ろしい。
まあ、世紀末的な今の世の中、頭の良さなどあまり価値にならないが……それでもバカよりはいいだろう。
「──はっ」
宏人はとっさにベッドから跳ね起き、首に手をやった。
そんな事考えてる場合ではない、あまりにも何ともなく忘れていたが、宏人は首を斬られそうになったのだ。
なんなら食い込まされた。
首は、傷一つなかった。
「はぁ……」
思わず安堵のため息が出る。
華が間に合ったと確信し、後でなんか礼を言おうと思いながら再度ベッドに横になった。
で、本題について考える。
──なぜ、自分は助かったのか?
あの時──祐雅に首を斬られそうになった時、何となく剣を触った覚えがある。
自分の手を見つめてみる。
集中し、手短かにあった時計に触った。
「──『変化』」
自分の身体を『変化』させる時と同じように、それを時計にやってみる。
しかし──何も起こらない。
「だよなぁ……」
もしかしたら自分以外にも『変化』させる事が出来るなんてという淡い期待の元やってみたが、やはり無理だ。
では、なぜ宏人は祐雅の剣から逃れる事が出来たのか……は、まあ、後で凪に聞こう。
「んじゃあ、まずは──」
*
「また突然だな……」
凪は開口一番に「アスファス親衛隊入るわ」と言った宏人を見てそう呟いた。
だがまあ、色々と察しはついている。
──太刀花創也。
宏人と共にアルファブルームと戦った時、宏人はアルファブルームの影の中へ入った。
その時そこにいたと宏人が言っているのが──太刀花創也。
奴の能力は 基本的に『眼』。
そして宏人が常日頃から懐に隠していた奇妙な気配が消えた事。
そこから思うに、宏人は創也の『眼』の媒体か何かを持っており、それにより先程邂逅したのでは。
そして──
「太刀花創也に入れとでも言われたのか?」
「え!?まあ、いや……おう」
宏人は歯切れ悪くも必死に誤魔化そうとするが、凪のジト目と目が合い正直に答えた。
凪はため息を吐きながら頭を掻く。
「お前にとって、太刀花創也は信用に足る人物なのか?そうでもなければ顔の割れてる敵の組織に入るなんてバカな事言わないぞ」
「──ああ」
「……?」
凪の質問に間髪入れず答えた宏人を見て、凪は少し驚いた。
宏人は、真面目な顔で続ける。
「信用出来る。多分」
「よくそんな顔で多分なんて言えるな……。正直、俺は怖い」
「……凪が?」
今度は宏人が驚く。
まさかの凪の怖い発言である。
アスファスの手により宏人が敵になるのが?
──いや。
「俺がアスファスに取られるのが嫌なの?」
「……は?」
「いやーまあ分かるよ。俺ら相棒だもんなー。凪にとって俺はそーとー大切なんだなー。愛が伝わってくるなー」
「……はぁ」
「え……ガチのため息?」
凪は今一度宏人を見る。
……一人で勘違いし、一人で笑っている阿呆だ。
割と真面目に、心配でしかない……。
「結論、駄目だ。死ぬかアスファスに『器』にされる未来しか見えん」
「……な、俺の身体はもうアルドノイズを──」
宏人が何か言う前に、凪は部屋を出た。
*
凪は自分の部屋の前まで来……ため息を吐いた。
そしてドアを開けながら言う。
「黒夜」
「何?」
するとすぐに返事は返ってきた。
凪は再度ため息を吐きながら部屋を見渡す──いない。
どうやら自分自身に『不可視』の能力を付随した『魔弾』を撃ったらしい。
「話は聞いてたろ」
「私もついて行っていい?」
「──ああ。ついて行け」
「……え?」
凪がすぐにそう答えると、黒夜は驚いたのか、不可視が解けた。
凪の目の前に、黒髪の少女が現れる。
──黒夜。
苗字はない、当たり前だ、凪が捨て子を拾ってきただけだからだ。
「い、今、いいって言ったの?」
「ああ、しかも命令形だ。早く支度しろ」
「わ、分かったわ。すぐに支度する」
「それと、『能力』はバレない様にな」
凪の言葉に、黒夜は顔を歪ませる。
「どうして?」
「宏人はお前の事を知らない、それはアスファスもだ。お前は俺らの切り札的な存在だ。出来るだけ秘匿したい」
「あなたと宏人様は相棒ではないの?」
そこで凪はハッとする。
──自分と宏人は、相棒なのか?
自分に、そう問いてみる。
「……」
「?」
黙りこくる凪を見て、黒夜は不思議そうに凪の顔を覗き込む。
「……ッ!」
思わず黒夜は息を呑み込み、後ずさった。
別に凪がなんかしたわけではない。
ただ、何故かとても不気味だったのだ。
「俺と宏人は……相棒ではない」
凪は、ぽつりとそう答えた。
*
夜。
薄暗い闇が、辺りを支配している。
そんな中、宏人は『Gottmord』のベランダへ出た。
はぁ、と息を吐いてみると、息が白くなった。
昔の日付でいう四月。
なのにまだ、肌寒いと言えない寒さ。
世界の歯車は、どこか狂い始めている。
「アスファスのところに行きたいんだろ?」
すると、七録カナメもベランダにやって来た。
カナメは慣れた手つきで煙草を取り出し、指先で叩いて着火させる。
確かこの男の能力は『爆破』だ。
最小限の力を使い、『爆破』をただの弱い火にする──これが『超能力』を操るという事なのだろう。
「なら行けばいいじゃん。凪のペットじゃあるまいし」
カナメは吸いながら、先程の言葉を続けた。
「……そんな訳にもいかないだろ。仮にも組織を一緒に作ったんだ。なら──」
「──なら?てかさ、この組織──お前って必要?」
「──は?」
そこで宏人はハッとする。
今まで自分がこの組織でやってきた事──それは、全部凪一人でこなせたのではないか、と。
それに加え、空いた時間には凪に戦いの訓練をしてもらってきた。
気絶した時には起きるまで側に居てもらっていた。
これは──俺は。
相棒と言えるのだろうか?
「──すまんすまん。言い過ぎたわ。俺言葉キチーんだわ」
「……いや、気付かせてくれてありがとな。確かに俺は……無力だ」
そう言い、宏人はベランダを出て行った。
カナメはすぅーと息を吸う。
そして吐きながら。
「俺も、人の事言えねぇよなぁ……」
なにせ相棒に殺されかけたんだし、と付け加えながら、カナメもベランダを出て行った。
*
「凪、俺行くよ」
次の日、宏人は朝一番に凪にそう言った。
それに対し、凪は驚きもせずに「そうか」と言い、台所へ向かう。
「朝ごはん食ってくか?」
「ああ、じゃあパンで」
「食パンと堅パンがあるぞ」
「んじゃー堅パンで」
「うまいか?賞費期限3ヶ月過ぎてるが」
「おー、賞味期限なんてただの味の質……って消費期限!?もっと早く言えよ……じゃねーよ!」
そこで宏人はいつの間にか座っていた椅子から立ち上がった。
勢いだってしまったため食べかけの堅パンが落ちそうになるのを、凪が素早くキャッチしてお皿に置き直す。
「危ないぞ」
「いやそうじゃなくて!……そうでもあるが。ちょっと公園行くとかそういう類じゃねーぞ!?──アスファス親衛隊に入りに行くって話だよ」
そこで宏人は真剣な顔つきになった。
そう、凪が今までおちゃらけていたのはおそらく「行く」の意味を履き違えていたためだ。
そう確信し、宏人は息を呑むが──
「俺は、その上でそうかと言った。頑張ってこい」
凪は片手を軽く上げ、もう一枚パンを取り出しながらそう言った。
そして頬張る、真剣な雰囲気が咀嚼音に支配される。
宏人が一周回って緊張し、オロオロしてると、凪が座れと促した。
「……?」
「今から持っていく物を相談しよう。まず発信機と連絡用のイヤホンは確定な」
「……」
「それから最低限の食料だ。向こうも然り、道中何があるか分からない。それと身体能力上昇の薬、あと──」
「──凪」
そこで宏人は凪の言葉を遮り。
「ありがとな」
「……ああ。というか、何をするにもお前の自由だからな。なにより、これは俺にとっても悪い話じゃない」
「それでも、だ」
「……」
そこで凪は少し照れたのを隠すように、パンを頬張った。
*
次の日、宏人は凪と共に組織の建物から出ると、祐雅、カナメ、ニーラグラの三人が待っていた。
「え、お前ら……」
「勘違いするなよ、アスファスに寝返り、将来首を斬る奴の見苦しい生き様を眺めに来ただけだ、それに──グホッ」
「祐雅くんのバカー!今から敵地に赴く勇敢な勇者にそんな事言わないのー!」
宏人に嫌味を言いまくる祐雅にニーラグラの神パンチ炸裂、祐雅をいい感じに吹っ飛ばした。
祐雅はボロボロになりながら立ち上がり、ギラギラとした目でニーラグラを見るが、特に何もせずに黙った。
何故か祐雅はニーラグラの言う事をちゃんと聞く。
「よぉ宏人」
するとそんな二人を無視してカナメが宏人に言う。
「何かあったら言えよ。連絡手段あるんだろ?」
「ああ、ありがとな。カナメ」
「おう、行ってこい!宏人。ついでにアスファスぶん殴ってこい!」
そして、宏人と凪は出発した。
凪とは少しだけ道中を共にする事になっている。
「宏人」
「ん?」
そこで凪はすぅーっと息を吸い──
「俺とお前は相棒ではない!上司と部下だ!」
「……は?」
「だから命令だ!……必ず無事でいろ」
そこで宏人はふっと笑って、答えた。
「色々と訂正したいところはあるが……ああ。絶対に、帰ってくるよ。そして一緒に──凌駕を生き返らせよう」
「……」
「?」
凪は答えなかった。
宏人は不思議に思い、凪の顔を見ると──優しい顔だった。
今まで見た事ないほど、優しい表情をしていた。
「行ってこい。向井宏人」
「……おうよ!新野凪!待ってろ、カナメに言われた通り、アスファスが隙を見せたらぶっ飛ばして来るぜ!」
そして宏人は、走り出した。
間章 Missing story 完