114話(神サイド) 5.5章①
葬式会場にて。
凪が河合良子と話し終えた後、宏人は呟いた。
「凪……俺は、何からすればいい?」
「……」
凌駕の遺影、母親の涙。
この葬式で起こる何もかもに、宏人は心を抉られる。
別に凌駕と関係が深かったわけじゃない、だが、何かが宏人の心を深く傷付ける。
『NoS』時代も、今の『YES』でも凌駕とはほとんど話していない。
なのに……ッ!
「──世界線」
すると突然、凪がそう呟いた。
世界線。
宏人は凪が言った言葉を頭の中で反芻するが、意味が分からない。
「……物理用語的な?」
「そんなんじゃない。……いやそれもあるが今はいい。ようするにパラレルワールド、時間軸が異なる世界ということだ」
「……時間軸が異なる」
宏人は考える。
なにせ──時間軸という単語が出てきたのだから。
『時間』、それは吐夢狂弥を彷彿とさせる。
狂弥の神能力、『時空支配』。
彼の能力は、名前通り時間を操る──時空すら操れる。
未来と過去に、自分を送ることが可能な、あらゆるものを超越した力。
それはつまり、時間軸すらも──
「吐夢狂弥は──お前と凌駕は、何度もこの世界をやり直していたりするのか?」
宏人は、いつの間にかそんな事を口走っていた。
凌駕の迅速過ぎる行動力、凪の全てを見透かしたような瞳──狂弥の不自然さ。
──この前、資料で読んだことがある。
タイトルは「『超能力者』を上回る存在」
人類の『能力者』たちの頂点、『超能力者』を超える存在。
宏人は半信半疑で読んだが、その本の中である名前が出てき──それは確信に変わった。
ダクネス。
本の中で、そんな単語が書かれていたからだ。
それは『神能力』を使える者の欄に書かれてあり、その者らを──『神人』と呼ぶ。
一人 ライザー・エルバック
二人 ダクネス・シェス
三人 七録菜緒
世界に3人いる、異次元の強さを持つ人間。
──その中に吐夢狂弥はなかった。
それは狂弥があまり表に出てこなかったからか、それともこの作者の調査不足か。
宏人は後者と結論付け、あの時はそのまま本を閉じた。
なにせその本の作者は──コット・スフォッファム。
宏人の知らない名前だったからだ。
「よくわかったな」
そして凪は口を開いた。
「お前の言う通り俺らは世界を繰り返している。アスファスたちから人類を、俺たちを守るためにな。これからもするつもり──だった。だが──」
まさかの思いがけない話で宏人は混乱する。
──アスファスが人類の敵?
宏人は到底信じられない──が。
新野凪は、信頼出来る。
「神ノーズから、世界線の移動は次が最後だと連絡があった」
「……ということは、今回の世界線が最後の『練習』ってわけか?」
「そういうことになるな」
「じゃあ尚更だ。──俺は何をすればいい?」
凪はちょっと目を見開いた。
こないだまでの何かを諦めたかのような様子とは違う、決意に満ちた宏人の顔。
そして、別の世界線で見た昔の宏人を思い出す──
『俺が絶対凪を守ってやるッ!』
「ははっ」
「な……ッ!?今凪笑ったのか?あの鋼鉄の仮面を被った凪が!?」
「うるさいだまれ。せっかくの真面目な話だろ」
「……まあ、そうだな。そんで?」
凪はため息を吐きながら、言おうとして──やめた。
宏人の顔を見て、やめた。
これは自分がなすべきこと。
そして宏人がやるべきことは──河合凌駕。
「川合凌駕を復活させるッ!」
凪は、はっきりとそう言った。
宏人を突き動かすように──自分を突き動かすように。
自分が──世界線を移動するたびに戦うことになる災厄の神女──『幻神』ソウマトウを殺すために。
その後、宏人と凪は勢力を拡大していった。
宏人は川合凌駕を復活させるために、凪は『幻神』ソウマトウを殺すために。
まずは二人で『YES』メンバーを集めた。
メンバーと言っても、もう『YES』は長野華と池井瑠衣しかいない。
そんな中で、凪はこれからの事を話す。
華と瑠衣は既に凌駕と凪、狂弥の目的については知っていたらしい。
「池井、協力してくれるな?」
「当たり前よ。宏人には『神格会議』に連れて行ってくれた恩義もあるしね。まあ、戦力外だけど」
「否定はしないが、それでもやることはたくさんある。覚悟しとけ」
快く協力を許可してくれた瑠衣に対し……華の顔に、生気はない。
当たり前だ、リーダー的立場だった凌駕が死んだに加え、永井美琴も死んだのだ。
美琴と仲が良かった華は目を赤くし、唇は真っ青に染まっている。
「長野、お前は──」
「やるよ。だってやらないと──美琴に顔向け出来ないから」
「……そうか」
そんな華に、凪は押し黙った。
内気な性格は霧散し、丁寧口調をやめている。
相当、覚悟したのだろう。
なにせ、死んでしまった凌駕と美琴に加え、羽島雫と永井快も、生死不明で行方不明なのだから──
「では宏人。今度はお前の番だ」
「……『NoS』か」
「ああ、行ってこい」
凪にそう言われ、宏人は駆け出していった──。
そこで、凪はハッと気付いた。
「──クルシュはどこだ?」
そして、宏人は元『NoS』の面々が集まる部屋へ来た。
現在の元『NoS』隊員は、北岡飛鳥、クンネル、クリストフ・ナイン、チャン・ナンの4人。
その4人に、宏人は凪と同じ様に協力を申し出た。
「みんな、協力してくれるな?」
「「「却下」」」
「……」
……宏人が言った瞬間、3人が断った。
だが、その中で唯一、了承してくれる者がいた。
「『俺は協力させてもらおう』」
──チャン・ナンだ。
チャンは日本語は分かるが話せない、そのため何を言ってるか分からなかったが、宏人はそのような事を言っているような気がした。
「ありがとうな、ナンチャン」
「『しかし、俺の場合もう『能力』ないけどな。すまん』」
「……」
長らく共に戦ってきた存在であるためか、何となく言っている事が分かる現象に、少なからず驚いた。
すると、突然、飛鳥が手を挙げた。
「あのさ宏人。質問なんだけどさ……」
「なんだ?」
「……私も、ナンチャンみたいに『能力』を使わずに協力させてもらう事は出来ない?私死にたくないの」
「構わないが……それこそ俺らに関わらないべきじゃないのか?これでも今から神々と戦うことになりそうなんだが」
「ええ、分かっているわ。だからこそよ。『NoS』なんてロクでもない組織に親にぶち込まれた以上、絶対アスファスはまた私たちに接触してくる。あんたらと繋がっていた方がまだマシよ」
飛鳥は淡々とそう言った。
宏人からしたらぜひ戦ってほしいところだが……裏方も大事な存在だ。
ここで渋って話がなかった事になる方がいけない。
「そうか。ならまたよろしく頼むよ」
「ええ。よろしく」
飛鳥が仲間に加わると、今度はクンネルも協力を申し出てくれた。
クンネルの場合は、戦闘も構わないとの事だ。
……そして、最後の一人は。
「先に言っとくが、俺は無理。そこら辺でテキトーに働いて暮らしてく。さっき飛鳥が言っていたようにアスファスに勘づかれると面倒だ。俺はもうここを出て行く。他の誰にもお前らについて話さない事も約束する。だからもう俺に関わるな。いいな」
クリストフはそのまま近くにあったパンの袋をいくつかバッグに詰め、出て行ってしまった。
……まあ、こういう事もあっていいだろう。
何せ、『NoS』もライン・カーゴイスと河合凌駕の2人を失っている。
1番恐ろしいのは「やっぱ自分も辞める」という者が出てくる事だが……幸いにもいなかった。
「じゃあ、早速これからについて話し合おう」
これで、やっと動き出せる。
これでやっと──河合凌駕を生き返らせる道に、一歩を踏み出せる。
そしてそのためには──アイツを仲間にする必要がある。
そのアイツとは──セバス・ブレスレット。
アルドノイズの、忠実なる僕にして──『死神』の片割れ。