113話(神サイド) Gottmord
アルドノイズとの戦いからの帰り道を、凪と黒夜はともにしていた。
「本当にいいのか?お前の演技ならまだギリギリ入れるだろ、アスファス親衛隊」
「そうですがね。アトミックに気付かれているならアスファスにも既に情報が渡っているということを恐れた方が身の為です。宏人様はしばらく大丈夫でしょう」
その後、凪と黒夜は無言で夜道を歩く。
本来ならまだまだ情報交換をしなければいけないたちばにある二人だが、黒夜も本部に帰ることになったため今でなくともいいのだ。
それからもしばらく無言が続いた後、黒夜の口が開いた。
「やはり、何度考えてみても不効率過ぎます。なぜ凪は──アルドノイズと契約してしまったのですか」
*
「コット・スフォッファムを、救い出してほしいのだッ!」
アルドノイズは「頼む!」と付け足しながらそう言った。
アルドノイズが人間に頭を下げる、凪はそんな光景を見て感心する。
──今までとは違う『道』を辿っている。
なら、あとは道のりに進むだけ。
「いいだろう」
「……凪?本気で言っているの?」
「ああ。ただしこちらからも一つ条件がある」
凪はアルドノイズにピシッ!と指さしながら言う。
「『バースホーシャ』を解放しろ」
「……なんだと?」
凪がそう言うと、アルドノイズの声音が変わる。
怒りのような、訝しみのような、分からないが少なくとも嫌悪はしていることは分かる。
だが凪は遠慮しない。
もう『回数』がないのだ。
なんならここで今アルドノイズに『目的』を話すことも辞さない覚悟で言う。
「お前、絶対宏人に『バースホーシャ』を使わせないよう抵抗してるだろ。確かに宏人は『器』としての機能が強すぎて『カミノミワザ』を扱い難いことはお前を見てて理解したが──少なくとも数回は使えるはずだ。現にお前は使っていた」
「はっ!笑えるな。この人間は『フレア』や『エンブレム』すら扱えないではないか。それこそ現に今まで扱ったことがない──いや、扱えない。今更『バースホーシャ』を解禁したところで何も変わるまい」
凪の言葉を嘲るようにアルドノイズは言った。
確かに宏人は今の今までアルドノイズの権能を一度も使ったことがない──使えない。
だが凪は止まらない。
凪は『前回』決めたのだ。
使えるものは何でも使う、可能性のある者はとことん開花させる──それが向井宏人だ。
「お前の能力はおそらく『バースホーシャ』が源だ。試す価値はある。それが条件だ」
「……」
そう聞いて、アルドノイズは黙る。
黒夜はアルドノイズが考え事をし始めた瞬間、凪に詰め寄った。
「何勝手に決めているのですか!私や部下たちに何も言わずにコット・スフォッファムの捜索だなんて!最優先事項は川合凌──」
「大丈夫、コットの件は俺と宏人で片付ける。問題ない」
「ッ──!……はぁ」
凪の自分勝手な行動に辟易したのか、黒夜はもうそれ以上口を開くことをやめた。
アルドノイズはただ凪を見つめる。
そして凪は──アルドノイズをぶん殴った。
「な……に!?」
「だーから。今は宏人に譲ってやってな」
そして、アルドノイズの意識が途切れた。
*
「はっはぁッ──!はぁ、はぁ……ッ!」
深夜のコロシアム。
昼間とは違い、閑散としたその施設の中では、一人の少年の弱々しい呼吸音だけが響いていた。
その少年──カミルド・ミグナス。
カミルドの右半身は焼け焦げ、幸いにも指先の感覚はあるがとても動かせるような状態ではない。
その時──ガラッと、何かが動くような音が聞こえた。
「つぅ──ッ!まじですか……」
視界の隅である男が立ち上がるのを見て、カミルドも体に鞭打って無理やり立ち上がる。
その男──フィヨルド・ナイト・オーパッツ。
フィヨルドは、苦しそうにしながらも、カミルドを殺気立った目で睨んだ。
「ふぅ……危ないところでした。まさかそちらに幽体への攻撃手段があったとは」
「……なら危ないですね。今すぐ立ち去った方が身の為では?」
カミルドがそう言うと、フィヨルドははっはと低い声で笑い──
「それは──黒夜という少年がいたらの話に決まっているではありませんか」
次の瞬間、フィヨルドの背後に『ニカイキ』が出現する。
フィヨルドの異能──『ネクロマンサー』。
蘇らせるはかつての英雄。
しかし──
「やはり、もちませんでしたか」
『ニカイキ』は、一瞬で霧散してしまった。
やはり死霊術者でも、その霊体が万全でないと操ることは不可能。
これにより──ニカイキは成仏したのだ。
「……ッ!」
そして、カミルドは動き出す。
先程フィヨルドに苦戦した原因である『ニカイキ』の『重力』という攻撃が無くなったのである。
──勝機は、十分にある。
「ククッ……今、あなたは私が『重力』を使う事はないと思いましたね。──残念」
フィヨルドは、懐から何かを取り出す──それは。
先程、向井宏人の体から取り出した──ッ!
「『重力』結晶です。──ゴクンッ」
「なッ……!?」
──瞬間、カミルドは地面に押しつけられる。
そう、これは──『重力』。
かつて向井宏人がニカイキから略奪した異能。
それが今、フィヨルドにある。
「これが、『死』です──」
「──ふざけんじゃねえ。返せ」
フィヨルドの目線の先、突如出現したのは──宏人。
向井宏人。
先程までアルドノイズの『器』とされていた少年。
「さあ、本気の私と戦いましょう」
「やってやんよクソ野郎。『変化』──解除」
宏人は『変化』するのではなく──『変化』を解除する。
顕現するはツノ、深紅の瞳、漆黒の四肢。
あらゆる存在から嫌悪、恐怖──迫害されそうな、邪悪な姿。
それは──まるで宏人の身体にアルドノイズを混ぜたかのよう。
「その姿──ッ!やはりあなたは危険だ。早急に始末させてもらう」
宏人の姿を見て、フィヨルドは焦るように戦闘態勢をとる。
そして宏人は、手を掲げる。
まるで神から力を承るかのように──まるで神から力を奪うように。
手を下ろす。
そして──叫ぶ。
「燃え尽きろ。『フレア』」
地獄の業火を、宏人は操る。
*
「やあ二人ともお帰り。無事で何よりだ」
「……この姿を見た上で言ってます?」
宏人とカミルドは本部に帰ると、アスファスは開口一番にそう言った。
それに対しカミルドは信じられないというかのような目をアスファスに向け、宏人はあははと苦笑いする。
和やかな空気。
宏人はそう感じていたが、それをアスファスは壊す。
「さて。二人とも、早急に会議室へ出向け」
「……何かありました?」
アスファスの苛立つような様子にカミルドは警戒しながら聞く。
そしてアスファスは笑顔で近くにあった椅子を明後日の方に蹴飛ばしながら言う。
「ソウマトウが生きていやがった……ッ!」
*
かくして、宏人ら『アスファス親衛隊』は動き出した。
現在、この『世界』に君臨している神々の一柱──『幻神』ソウマトウを捜索、殺すために。
かくして、凪ら『Gottmord』は動き出す。
コット・スフォッファムの捜索、川合凌駕の蘇生を目標にしながら。
人間を蘇生させるには──『蘇生』の能力が必要である。
凪たちは無事『蘇生』の能力者を仲間に出来たが、蘇生は叶わなかった。
なぜか──凌駕が死んだから時間が経過し過ぎたのだ。
では蘇生出来ない──という事ではない。
『蘇生』の能力者を、『蘇生者』──『超能力者』にすればいいのだ。
しかし、『者』の枠は埋まっている。
世界で16人。
そのため、『枠』を作らなくてはならない。
神ノーズが補充を焦らなくてはならないほど、枠を作らなくてはならない──『超能力者』を、殺し尽くさなければならない。
だがその『枠』に『蘇生』の能力者が入るとは限らない。
そう──神ノーズを、探し出さなくてはならない。
やるべき事はたくさんある。
目下、凪がやるべきことは──
「ではフィヨルド。すべて吐いてもらう」
「……やってみたまえ。若造」
──捕獲したフィヨルドから、情報を引き出す。
宏人が倒したフィヨルドを、凪が『Gottmord』へ連れ込んだのだ。
幽体のフィヨルドをどうやって──決まっている。
『蘇生』だ。
「ぐはぁっ……!」
凪はフィヨルドの腹に拳をいくつも叩き込む。
フィヨルドの腹が紫に染まり、目が充血する。
フィヨルドは久々に感じる人としての痛みに感動するとともに、人間とは痛みから逃れることの出来ない哀れな生物だと思う。
死ねば、強く、美しくなれるのに──
「では最初の質問だ。今、『幻神』はどこに──」
「──ここだよ」
──瞬間、凪の目の前に現れる。
人間を超越する存在──神が。
『幻神』ソウマトウが──ッ!
凪は大きくバックステップし距離を取る。
凪は多くの神々の『カミノミワザ』を『模倣』したが、『器神』アルベストと──『幻神』ソウマトウの『カミノミワザ』を知らないのだ。
そして──ソウマトウは唱える。
『幻神』の、『カミノミワザ』を──!
「『幻想と夢幻の世界』」
凪のコートの裏側の紋章が揺れる。
そこにはもちろん、こう書かれてある──『Gottmord』。
第6章『アスファス親衛隊』編──完