112話(神サイド) 敗北
向井宏人とカミルド・ミグナスが戦っている中、黒夜がジュースを買いに(仮)行っていた時。
七録カナメが、黒夜に接触していた。
「ああごめんごめん、俺も随分知られていると自負していたが……過大評価だったみたいだ──俺は七録カナメ。きみの上司の、アトミックと宏人はどこにい──」
「『魔弾』ッ」
「──っぶな!」
カナメが話しかけると、黒夜はノータイムで『魔弾』を撃った。
それをカナメは人差し指でギリギリ『爆破』して回避する。
カナメの頬にたらりと冷や汗が垂れる。
「いやいや冗談きつくね──セカンドさんよ」
「……はぁ。それはカナメさんが馴れ馴れしいからですよ」
黒夜はため息を吐きながら片手を突き出し──『式神展開』する。
『世界』が構築され、新たな世界が出来上がる。
もちろん殺傷能力は出来るだけ控えて。
「おー『魔界』か。久しぶりに見た」
「うるさいです。いつアスファスの幹部から連絡が来るか分かりませんからね。ここなら安全です。……少々コスパが悪いですが」
「いやー大した要件じゃないけどね?」
カナメがそう戯けて言うと、黒夜はギラリと瞳を鋭くする。
まるで、私がここまで手間をかけたんだ大した要件じゃなければ殺す!という目を向けられ、カナメは萎縮した。
その後、カナメは少し微笑む。
そして──黒夜は真面目な表情を作る。
そう、カナメのこの表情は、真面目な話があるということ。
「本当に大した要件じゃないんだが──この前、なんで『式神展開』したんだ?」
「ああ。それね」
「あの時、お前の『パペット・フラット』で宏人んとこにいた偽造をしていたことは分かっている。その時、何があった?」
黒夜は久しぶりに見たカナメの真剣な表情に気圧されながも、はっきりと答える。
「あの時──アトミックと戦っていたわ」
カナメが何か言う前に、黒夜は続けた。
「あの男は、私たちのことに気付いている」
*
「『流水群』」
「『魔弾』」
凪の放った『流水群』を強化させるように、黒夜の『魔弾』が混ざる。
そしてそれはアルドノイズに直撃──
「『エンブレム』ッ!」
──する直前、アルドノイズは放つ。
だが威力不足か消しきれず、少量の『流水群』がアルドノイズに降り注ぐ。
なぜアルドノイズの鬼札である『バースホーシャ』を使わないのか──そう、これが向井宏人の身体だからだ。
今になって、宏人は抵抗している。
「チィィッ!」
凪から『重力操作』が放たれ、アルドノイズの身体の自由が効かなくなる──とともに黒夜の『魔弾』。
『魔弾』は定まった効果がなく、撃たれるたびに特性を変えていくため対処が出来ない。
アルドノイズはモロに食らい地面を這いずる。
しかも約一年の間宏人の精神世界に幽閉されていたためか、戦い方が色々とぎこちない。
それに加え、『神化』してアルファブルームになることすら出来ない。
これも宏人がほぼ完璧な『器』のためか、それとも──宏人の我慢強さか。
定かではないがアルドノイズを邪魔しているのは事実──そのことが余計アルドノイズを苛立たせる。
そして──
「クソッ!『エンブレム』──ッ!」
「『空間圧縮』ッ」
──決着。
アルドノイズの『エンブレム』を、凪は一瞬にして『圧縮』。
それと同時に凪はアルドノイズの──宏人の首元に手を添えた。
つまり──凪は、アルドノイズの生殺与奪の権利を獲得した。
そこから導きだされる一つの解。
それは──アルドノイズの敗北。
『そしてぶっ飛ばされてここに戻ってこい。俺が俺の身体を使うのは、それからでいいぜ』
それと同時に思い起こされる、ある男からの言葉。
アルドノイズの顔が、怒りに染まる──!
「新野凪……ッ!神々に育ててもらった恩義を忘れたか?」
「ああ。幼少期のことなんぞこれっぽっちも覚えてないな。もちろん、カナメもな」
「そうか……なら、向井宏人を殺されたくなければ、今すぐ立ち去れ」
「──なに?」
するとアルドノイズは凪の手をギュッと掴み、自分の首に押し付けた。
そう、これは脅し。
アルドノイズが最も嫌う、卑怯な手口。
だがもう手段を選んでいられない。
アルドノイズには、やるべきことがあるのだ。
「そうすると、お前も死ぬな。『器』は精神を支配する。その『器』が死んだら二人ともポックリだ」
「いいだろう。覚悟は出来ている」
アルドノイズは自らの手も首に近づけ、『エンブレム』を灯す。
宏人の首元が、高温の熱に溶かされていく。
このままだと、宏人の首は溶かし尽くされ、アルドノイズとともに心中することになる。
それかアルドノイズに身体を支配され、精神世界に永遠と取り残されることになる──二つに一つ、凪はそんな選択を迫られる。
だが──向井宏人を最優先事項で捉えている少女が、そんな結末を許すはずがない。
「ふざけんな。死ね」
「──な!?」
突然の黒夜のパンチ。
その拳に『魔弾』でも付与してあるのか、アルドノイズは信じられないほど吹っ飛ぶ。
アルドノイズも負けじと反撃するが、ことごとく凪に潰され──黒夜が手を突き出した。
「今から身体の支配権を宏人様と交代させる『魔弾』を撃ち込みます。私が死なない限り一生表に出ることは出来なくなるでしょうね」
「……ふざけるのもいい加減にしろよ人間ッ!」
「言ってなさい。『魔弾』」
黒夜はそう言うとともに、アルドノイズにパシュッと『魔弾』を放った。
付与するは精神の支配権の交代。
自由過ぎるためふざけていると思われがちだが──『魔弾』とはその名の通り、魔。
何にでもなれ、何にでも出来る──まさに『超能力』の頂点。
その『魔弾』が、アルドノイズを精神世界へ引きずり込む!
「がァァァァァァァ!」
アルドノイズは叫ぶ。
叫ぶ、叫ぶ──叫び続け……ついに、アルドノイズを引きずり込む『魔弾』の効果が切れた。
「……やりますね。まさか『魔』に抗うとは──ではもうい──」
「お前らに!頼みがある!」
アルドノイズは、『魔』に抗いながら必死でそう言う。
やはり、『神化』していない状態で敵う二人ではなかったのだ。
アルドノイズは初期からこうしておけばと自分の愚かさを悔いつつ頼む。
アルドノイズなりの、誠意を込めて。
だが──
「いきなりですね。嫌ですけど。それじゃあ──」
「まあ黒夜。聞くくらいならいいだろ」
「……あなたたち、さっきから私の声を遮り過ぎです不愉快です。まあ凪がそう言うなら聞きますが。聞いてみるだけですが」
凪が言うと、黒夜はため息を吐きながら手を引っ込め、腕を組んで話を促した。
凪もそんな黒夜にため息を吐きつつ、アルドノイズを見る──凪は、大体察しているが。
「──コット・スフォッファムを、救い出してほしいのだッ!」