110話(神サイド) 崩壊
「さあ、そろそろよ」
「……」
「元気ないわね」
宏人は池井瑠衣とともに、巨大な扉の前にいた。
目の前の扉は壮大で黄金であり、隙間からは眩しすぎる光が漏れている──アスファスに会うための道。
そこで、宏人は鬱陶しく話しかけてくる瑠衣をギロリと睨んだ。
「怖いわね」
宏人は自分でも感じ悪いと思いながらも、感情の整理が上手く出来ない。
なにせ、昨日は──
「あら、目つきが変わったわね」
「……さっきからうるさいぞ。失敗は許されないからな──いや、俺が許さない、殺す」
宏人がそう言うと、瑠衣はニコッと笑った。
小さく「元気じゃない」と言ってる瑠衣に宏人はため息を吐く。
こういうところが、宏人が瑠衣を鬱陶しく思ってしまう要因だ。
「はいはい、分かったわよ。──じゃあ、行くわよ?」
「ああ」
宏人がゴクンッと息を呑むとともに、瑠衣は『扉』を開いた。
その先は──
*
「宏人くん!」
カミルドは突然の事態にしばらく唖然としてしまったが、ハッと我に帰りオルグトールに死者の腕を斬らせた。
死者は糸が切られた操り人形のように、ドサッも膝から崩れ落ちた。
しかし腕はまだ宏人の背に入ったままだ。
「宏人くん!大丈夫ですか!?」
カミルドは黙りこくった宏人を心配しながらそう聞く。
だが、宏人から返事はない。
貫通していないため即死することはないだろうが、気絶するほど宏人は柔ではないはずだ。
だから今優先すべきは──
「フィヨルドおおおおお!」
「来なさい!挑戦者よ!向かい撃て!我が盟友、ニカイキよ!」
カミルドが『破矢』を撃つとともに、オルグトールも『八戒群』で剣を構築しフィヨルドに斬りかかる。
ただでさえ何物でも壊す事の叶わない『八戒群』による攻撃。
それがフィヨルドに当たる直前──
「──ッ!?」
カミルドを中心とする空間の重量が、何十倍にも膨れ上がった!
「ッ!これは『重力』!?」
カミルドは地面に吸い寄せられるように叩きつけられ、オルグトールの『八戒剣』も地面に叩きつけられ粉々になり霧散した。
オルグトールの攻撃は空振りで終わる。
しかし──『破矢』は止まらない。
「重力が威張れるのは、この『世界』のモノにだけです!」
カミルドの神速の『破矢』は、見事フィヨルドの腹を突き破った。
フィヨルドはそのままぶっ飛び、コロシアムの端っこに衝突。
当然無事では済まない。
……はずだが。
「……宏人くんの『重力』が効かなかった理由がすごく分かりました」
「はい、なんと私も死者です。『呪い』は素晴らしい、死して強く、美しく輝く。『能力』では実現しえない、自分で死者となった私を操る力。──素晴らしいッ!」
フィヨルドはそう言いながら、何ともなかったかのように歩いてきた。
かつての英雄、そして──仲間であったニカイキとともに。
──カミルドは、何もできない。
『破矢』なら多少有効だと分かったはいいものの、まず撃てない。
オルグトールは幽体のため『重力』は効いていないが、これも幽体のため攻撃手段がない。
『八戒群』は、『重力』の効果の対象だ。
式神は……もう出来そうにない。
出来たとしても状況は悪化する一方だろう。
なにせ、同じ『重力』の能力を扱う宏人に、手も足も出なかったのだから。
「僕は……無力だ」
「ほんとそれね!」
──瞬間、この世物質ではない何かが、フィヨルドに向けて放たれた。
フィヨルドは死体。
どんな攻撃がこようと、瞬時に自己再生が可能だ。
しかし──
「これは──!?」
フィヨルドとオルグトールは、その何かに一瞬で消滅させられた。
カミルドは、思わず唖然としてしまう。
これが、僅か半年で幹部にまで上り詰め、史上最年少の──
「あなた、そんなに強かったんですね──黒夜くん」
カミルドの目の前には、ふふんッと鼻を鳴らす黒夜がいた。
そう、今の攻撃は、黒夜の『魔弾』。
その名の通り、わけのわからない物質の塊を投げる能力である。
「僕に言わせてみるとこのジジイはクソ雑魚だね。そしてそんなジジイに苦戦するきみはそれ以下だね!」
「あはは……ぶっ殺してやりましょうか?」
「え!?やる?やっちゃう?」
カミルドがふざけて言うと、黒夜は待ってました!と言わんばかりに上機嫌に答えた。
カミルドはあはは……と誤魔化した後、宏人の元に駆け寄った。
黒夜も遅れて追いつく。
宏人は──直立不動で突っ立っていた。
それもさっきまでの位置と何一つ変わらない。
「宏人くん……?」
カミルドは不審に思い、宏人の肩に手を置こうと──
「ッ!?」
──したが、殺気を感じ一瞬で戻す。
だが、一白遅かったか腕から血飛沫が飛んだ。
「くぅッ……!」
カミルドは痛みを堪えながらも一瞬で戦闘態勢を取る。
──だが、今の攻撃はどこからきたのか理解が出来ない。
そう、どこにも敵が見つからないのだ。
カミルドの視界には、黒夜と宏人しか──
「宏人兄さん……?」
そこで、黒夜がそう呟きながら宏人の顔を見た。
釣られてカミルドも宏人を見る。
そこで、やっと、カミルドは理解した。
血が滴る自分の腕。
これは誰がやったのか。
宏人の眼が、紅く光る。
「ガッ……!」
宏人の頭から、2本の禍々しいツノが生える。
「ガァ……!」
宏人の背中から、2本の翼が生える。
「ガァァァァァァァアアアアアアアア!」
宏人の身体が、紅と黒に染まる──!
否、戻る!
「これが、『変化』が解けた宏人くんの姿ッ……!」
呆然とする黒夜を横目に、カミルドはそう呟いた。
しかし、その声に悲嘆はこもっていない。
なにせ──カミルドは、今、笑っているのだから。
「あっはははははは!まさかまさか!宏人くんと協力を開始した初日に、しかも数時間後に達成されるとは!」
そう、カミルドの目標──それは、アルドノイズを復活させ、殺す。
「ありがとうございます宏人くん。これで、やっと復讐が出来ます」
カミルドは『眷属』で以ってオルグトールを顕現させ、戦闘態勢を取る。
宏人は、精神界でアルドノイズと意識の取り合いをしているのか、うめき声を上げながらしゃがみ込む。
カミルドは好機と思い、オルグトールとともに宏人に向かって走り出すと──
「何のつもりです?──黒夜さん」
「きみに宏人兄さんは触らせない。──絶対に」
黒夜はかつてないほど真面目な顔で、そう言った。
*
「久しぶりだな。──アルドノイズ」
「……」
どこか、にて、宏人とアルドノイズは対峙していた。
分かっている、ここは魂の場。
本来なら入れない空間。
だが二つの魂がせめぎ合っている今となっては、ここは話し合いの場だ。
「一年。黙り過ぎて声の出し方分からなくなったか?」
「調子に乗るのもいい加減にしておくことだな小僧。一年前に宣言したことすらまともに叶えられていない豆分際で」
「……ひじょーに耳がいたいな」
アルドノイズに言われ、宏人は苦笑いで頭を掻いた。
そう、宏人とアルドノイズがここに来るのは、今回で二度目だ。
その時、宏人は誓ったのだ。
『必ず、コット・スフォッファムを──』
そこまで思い出して、宏人は頭を振った。
「だが、まだ期限じゃなあ。だろ?」
「……それこそあと1ヶ月強だろうに。ここまで何も成し遂げられていない。それで俺は十分だ」
「なにが?」
「貴様の実力を推し量るのに、だ」
「……」
そして、両者とも沈黙した。
宏人は言い返す言葉がない、アルドノイズはそんな宏人をただ見つめるだけ。
すると、突然この『世界』にヒビが入った。
あちらこちらに、大きな亀裂が走る。
「まあ、貴様も頑張った方だろう。なにせ1年弱俺をここに封じ込めたのだからな。そして今から──俺がお前を一生この空間に閉じ込めてみせよう」
「──1年弱?頑張った方?お前こそ、調子に乗るのもいい加減にしたほうがいいんじゃねえか?」
そこで、さっきまで俯いていた宏人が顔を上げた。
「頑張った方がいいのは、お前の方だよ。アルドノイズ!」
──瞬間、現実世界で、ある男が舞い降りた。
少し長い流麗な蒼色の髪を靡かせる──
「『模倣者』発動。『バースホーシャ』」