103話(神サイド) 逢瀬
「宏人、この子がお前の担当する後輩だ。なんと宏人よりも2年も若いのに幹部に上がった強者だぞ」
宏人が幹部入りしてから数日で、宏人はアスファスにとある後輩を任せられた。
黒髪黒目、長髪にぱっちりとした長いまつ毛。
可愛らしい女の子だ。
「俺は宏人、きみは?」
「僕は黒夜。くろやって呼んでね」
宏人が自己紹介すると、黒夜も続けてした。
宏人はタメ口に少々イラッとしたが、スルーした。
「いや、何でだ?」
「女は舐められるから」
「まあ分かった。よろしくな、黒夜」
宏人は名前だけ男っぽくしても外見は完全に女やんと突っ込みそうになったが、やめた。
冷めているようだが、冷めようと努めているだけなのだ。
誰ともあまり深く干渉しない、それが宏人がアスファス親衛隊に入隊するに当たって自分で決めたルールだ。
「これからは基本的に二人で一つの任務をこなしてもらう。頼んだぞ」
アスファスはそう言ってニコリと微笑んだ。
これが、宏人と黒夜の初対面だった。
*
「宏人兄さん、今日はー?」
「ああ、今日は何もない。久しぶりの休日だ。楽しんでこい」
黒夜からの質問に、俺はそう答えた。
アスファス親衛隊は基本的にブラック企業であり、死地から帰還した翌日にはまた新たな死地へ向かうという地獄の組織だ。
だが、それが神の命令ならばと従う者が大きからこそ組織は成り立っている、歪なものだ。
「じゃあ一緒に街に出よう!私一人の時は虫を殺す事くらいしか出来ないから!」
「……」
宏人はため息を吐いた。
そう、こんな奴が、アスファス親衛隊にはたくさんいるのだ。
「分かったよ。部下に優しくするのも上司の務めだからな」
「えー私部下じゃないよ。いわゆる同士!」
こんな流れで、宏人は黒夜と共に街へ行く事になった。
「|私たちの初デートですね、宏人先輩♡」
「え、お前って男じゃなかったっけー」
*
宏人は久しぶりの「平和」を見て、はあとため息を吐いた。
街を行き交う人々は、世界の裏で行われている戦争を何も知らず、神々が本当に存在している事も知らないのだ。
宏人のため息は感嘆のではなく、落胆のだ。
「あ!見てよ宏人兄さん、あそこアトミックが海野維祐雅と戦ったところだよ!」
黒夜はそう言いながらそこへ走った。
そこは赤テープで囲ってあり、警備隊に見張られている。
まあ最上位の能力者同士が戦った場所だ、調べる価値は十分にあるのだろう。
宏人は黙って黒夜について行く。
「あ!見て見て宏人兄さん!アトミックと祐雅が指名手配されてる!」
「ねえ見て宏人兄さん!この手袋めっちゃカッコよくない?」
「宏人兄さん!一緒に路地裏入ってみようよ!」
黒夜は楽しそうに宏人を引っ張って街を走る。
世紀末的な日本の中でもまだ活気がある場所、旧京都の街、守龍街だ。
ここ近辺の上空でしばらく『龍』が飛んでいたのが名前の由来らしい。
なんでも、龍がここを守っていたと解釈されたようだ。
黒夜は大した反応を示さない宏人を楽しそうに引っ張る。
宏人は別に好かれるような事をした覚えはないが、黒夜は宏人の事をすごく好いているのが見て取れる。
「見て、宏人兄さん。アスファス様像がある」
路地裏で絡んでくる人間を蹴散らして表に出た途端、黒夜は止まったかと思うと目の前を指差した。
そこには、黒夜の言う通りアスファスの像が立っていた。
元のアスファスとは似ても似つかない、まあ当たり前だ、あれはアスファスの昔の『器』だった人間の像なのだから。
アスファスは死ぬ事を何よりも恐れている。
だから『器』を変える周期はアルドノイズよりも圧倒的に早く、人を選ぶ。
「ねえ宏人兄さん、私はどうしたら強くなれるかな?」
突然、黒夜はそう聞いてきた。
そんな黒夜の目先はアスファス像にある。
宏人はそれに対して端的に答える。
「十分強いじゃないか。世紀末で暴れる悪漢を一撃でぶっ飛ばすくらいだ」
「そんなただの人間ぶっ飛ばすくらいなら宏人兄さんは目を瞑ってでも出来るでしょ。私が聞いているのはそんなちっぽけな事じゃない」
「……」
珍しく真剣な表情をしている黒夜を見て、宏人はしばらく黙る。
視線はアスファス像に向けられているものの、焦点は合っていない。
虚な目。
だが、光は失っていない、不思議な目。
しばらくして、宏人は口を開いた。
「俺も……いや、昔の俺はお前より弱かった」
「……宏人兄さんが?」
「ああ。というかその昔って言うのはつい一年前の事で。なんだかんだあってめっちゃ強くなった」
「……そのなんだかんだを聞きたいんだけど」
「秘密だ。まあその、俺が何を言いたいのかって言うと、とにかく経験だ」
宏人がそう言うと、黒夜はつまらなそうに唇を尖らせる。
まあ無理もない。
宏人がここまで言ってきた事は、薄っぺらい言葉たちばかりだからだ。
だが、いやだからか、宏人は続けた。
「……俺が今言った経験って言うのは、言い換えれば過程だ」
「……?」
「過程の中で、何かを拾ったり、何かが取り付いてきたり、取り込んだり。その内なんかあるもんなんだ。その何かを得るには行動しなきゃだ。だから、経験しとけ。努力は身を結ぶ可能性を含んでいるのとともに、幸運が降り注ぐ確率が上がる賭けでもあるんだ。だから──これも、経験としてはいいだろう」
宏人はそう言って、『式神』を展開した。
「──え?」
もちろん、宏人の話に聞き入っていた黒夜も宏人の『式神』に巻き込まれる。
「式神展開『変化自在』」
「な、宏人兄さん!?」
宏人の突然の行動に黒夜は慌てる。
そりゃあそうだ、『式神展開』とは、対象を殺すための結界。
まず、仲間を巻き込むものじゃない。
やがて『世界』が完成した。
そこは方向感覚が麻痺する異次元。
上も下も右も左も混乱してわからなくなる、無重力空間。
「何やってるの?宏人兄さん」
さっきまでの慌てぶりは何処へやら、黒夜はそう宏人に聞いた。
そんな黒夜に対して、宏人は静かに言う。
「──お前は誰だ?」
*
「──え?セカンドくん『式神』使ってる」
「は?マジ?」
とある組織の基地にて、神々の一柱が呟くと、その隣にいた元『勇者』が驚きの声を上げた。
そう、元『勇者』とは、現『魔王』である海野維祐雅だ。
祐雅は神の一柱が見ていたものを見る。
すると、我らが実質の首魁であるセカンドが現在『式神』を使っているのが確認された。
セカンドはただ今敵組織の潜入捜査中だ。
なにか予定外の事態に巻き込まれたのだろうかと祐雅は思い、急いで外に出る支度を始めた。
「え!?祐雅くんセカンドくんの所に行くつもりなの?」
神の一柱は驚きながらそう聞いた。
それに対し祐雅は軽く頷くと現地へ向かおうとしたが……突然立ち止まった。
知らぬまに凪が入り口の扉に体を預けながらこちらを見ていたからである。
「凪!今ニーラがセカンドが式神を展開したことを確認した。だから邪魔、どけ」
「いや、セカンドなら大丈夫だ。そのままにしとけ」
「あ?」
顔色一つ変えない凪に祐雅が凄むが、凪は流して手元にある地図を突き付けた。
それはアーマルマティという都市の地図だ。
アーマルマティ。
そこは強力な能力者同士が争うコロシアムが設置されている、強者か巣食う街。
「ここに『破壊者』がいる事が分かった。お前にはそこに向かってもらう」
凪はそう言った後、息を少し吸い……言った。
「アスファス戦の前哨戦だ!セカンドとも争う覚悟で行ってこい」
「チッ……」
「あいあいさー!」
それに対し祐雅と神の一柱はそれぞれの反応を示した。
そして、作戦会議が始まった。
『アーマルマティでの『破壊』能力獲得戦』
メンバー 海野維祐雅
録七要
池井瑠衣
以上。




