魔王との決着
「全軍、整列! 賢者レイフ殿が創って下さった軍勢の後ろに位置し、街には絶対に相手を通すな!」
ゲミルの声が戦場に響き渡り、万を超える軍勢が対峙する。魔族の移動速度が加速し地鳴りが響く。両軍が激突し、砂ぼこりが舞う。
「おのれ……賢者め! せっかく剣聖を退けたというのに、このような軍勢を準備しているとは……」
魔族の進撃が凄まじかったが、軍略の才を持つゲミルの軍は統制が取れており、戦場は拮抗していた。その中で中央の戦場だけは状況が違っていた。一人の女性……テルマの周りだけが空間が空いていた。テルマは襲い掛かってくる魔族を一刀両断にすると、剣の腹で左右に吹き飛ばす。テルマと魔王マモンへの道が自然と開かれていた。
「貴様はいったい何者だ?」
マモンは乗っていた神輿を降りると、4つの手でそれぞれ武器を持ってテルマに向かって歩いてゆく。テルマの表情は冷たかったが、その赤い瞳は炎のように光っていた。
「余の問いに答えよ!」
マモンは4本の腕の2本に持たれていた斧をテルマに振り下ろしたが、その斧がテルマに届くことがなかった。テルマは剣を持った両手を広げて飛び上がり、そのまま伸身でくるりと後ろに回り着地した。マモンの斧をもった2本の手が地面に落ちる。
「素人が武器を安易に向けるから体のバランスが崩れる。邪魔そうな手は斬っておいたよ」
テルマがよけた場所にはマモンの残りの2つの腕が剣で突きを放っていた。生気のない元剣聖クリストフェルの首の目だけが鋭く光る。
「多少腕に自信があるようだが我には勝てぬ。我はお前たちが剣聖と呼んでいた者を取り込んでいる」
マモンの剣から鋭い8本の斬撃が繰り出される。だが、テルマは両手の剣で全ての剣筋を捌ききり、逆に胴体に向けて剣を振るう。その剣先はマモンの体を掠めた。
「知ってるよ。剣筋も全て覚えている」
テルマは剣をさらに繰り出すとマモンの体から血が次々に噴き出す。堪らずマモンは後ろに飛び退き剣を構え直した。
「剣聖の弟子か……これをすると魔力を消費しすぎるので使いたくなかったのだが……」
マモンの首からゴキッという音が鳴ると、クリストフェルの首が座る。クリストフェルの目に生気が戻り、その表情は醜く歪んだ笑みを浮かべていた。
「貴様……その顔で笑うな……」
テルマは剣を繰り出すが剣先は全て弾かれ、マモンの剣がかすりテルマの四肢から血が弾ける。マモンは追い打ちを掛けたが、逆にテルマが剣を受け流して反撃に出る。テルマとマモンは剣を打合い、互いに一歩も引かなかった。
テルマとマモンの剣の打ち合いは壮絶なものとなり、テルマは血だらけになっていた。テルマは肩で息をし、歯を食いしばって打ち合いを続けていたが、その剣技についに乱れが出た。
「お前の負けだ!」
マモンはテルマの剣の乱れを逃がさなかった。テルマの片腕に剣先が食い込むと、テルマの腕が弾け飛ぶ。だが、テルマも体制を崩しながら剣を振るいマモンの片腕を斬り落とした。だが……
「がはぁ……」
突然、テルマは口から血を吐き出す。テルマの腹をマモンの剣が水平に貫いていた。血を吐いたテルマを見たマモンはクリストフェルの顔で勝ち誇った歪んだ笑顔を浮かべた。
「残念だったなぁ。腕を斬ってくるのは予想していたよ。おかげで腹が隙だらけだった」
テルマは歯を食いしばると、そのまま微笑みを浮かべる。マモンはテルマが笑っている事に首を傾げた。
「マモン……私が時間を掛けて戦っていたのがわからなかったようだね。クリストフェル様に入れ替わったから夢中になって気付かなかったのかい? 周りを見てみな……」
マモンが周りを見ると魔族軍の屍が戦場に広がっていた。その状況に気付いて対応すべく剣を抜こうとしたが、剣はテルマの体から抜けなかった。
「本当に私の剣が乱れたと思っているのかい? あんたは誘われたんだよ」
マモンは残った片腕で必死に剣を抜こうとしたが、テルマの腹筋で固められた剣はびくともしなかった。そして、テルマはそのまま最大限に上半身を捻った。
レイフ……ごめん……約束を守れそうにはないよ……
テルマは捻った上半身の力を使って遠心力で水平に剣を振るうと、その剣先はマモンとクリストフェルの首を捉えた。だが、その遠心力の動きによって、テルマの腹に刺さっていた剣がテルマの体を引き裂き、テルマの上半身は下半身を残して地面に落ちた。戦場の誰もが壮絶な相打ちに驚いたが、テルマの表情は微笑んでいた……
◇
「テルマ……テルマよ……」
テルマが目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。テルマは自身の腹を確認したが、鎧がないことに気が付いた。声が聞こえる方向をみるとクリストフェルが立っている。
「クリストフェル様! マモンは?」
テルマは自身が寝ている事に気付き、急いで立ち上がった。テルマは周りを見渡したが、クリストフェル以外は誰もいなかった。
「見事だった。マモンは討たれた」
テルマはクリストフェルに向き合うと頭を下げた。クリストフェルがテルマの肩に手を掛けるとテルマは顔を上げた。
「ここは死の世界ですか?」
テルマが笑顔でクリストフェルに向かって質問をした。クリストフェルは悩みながらテルマに答えた。
「そうでもあるし、そうでもない。だが、テルマ……死の国に向かうのは私だけだ。私を開放してくれて、ありがとう」
テルマは驚いて目を見開いた。記憶が正しいのであれば、テルマの体は二つに裂けたはずであり、テルマは生き返る事はないと考えていた。
「まだ、君にはやる事があるようだよ?」
クリストフェルが微笑むと、その体はかすれて消えていった。同時にテルマは目を覚ました。
次回、最終回です。