剣聖という強さ
「ところでテルマ様は剣聖なので強いのは当たり前なのですが、昔から強かったのですか?」
不意に聖女候補のルイーザがテルマに質問をしてきた。テルマがどう答えるか悩んでいたら、将軍のゲミルが口を挟んでくる。
「テルマは18才の時に軍隊に入ったんだ。正確には連れてこられたという感じだったかな? ビックリしたぜ……正しい剣の持ち方すら分からない村人の女が、一緒に訓練することになったんだからな。しかも初日の模擬戦で、新人軍人の全員が負けてしまった。まあ、俺も含むんだが……」
「ハゲには聞いていなかった……でも情報ありがとう」
ルイーザの辛辣な言葉をもろともせず、ゲミルは「がはは」と笑いながら話を続ける。
「そして、当時の剣聖クリストフェル様がテルマをお認めになって弟子にしたんだ。剣舞の才の持ち主というのは凄いぞ、あっという間にクリストフェル様以外は誰もテルマに勝てなくなった」
「ゲミルは軍略の才の持ち主だろ……一人で戦うには限界がある。同じ戦いでも才能の質が違うので比較は難しいが、今の状況は私達がいたとしても如何せん味方の兵数が少なすぎる。今日はレイフが間に合わなかったら街が危なかった……」
ゲミルは笑いを止めて困まり顔でテルマをみた。レイフは焚火にくべる枝を持ちながら、話を止めてしまったゲミルに質問をした。
「クリストフェル様とは20年前に魔王マモンの軍勢を文字通り命を懸けて退けた伝説の剣聖ですよね?」
「ああ……魔王マモンの自爆に巻き込まれたと聞いている。クリストフェル様の遺体は見つかっていない。それから19年間は魔王マモンの名を聞くことがなかったのだが、1年前に魔王マモンを名乗る者が現れて各地が戦場になった。半年前にアレクが同じように大怪我を負いながらも魔王マモンを退けたのだが、残念ながら今度は戦火が収まる気配がない……」
テルマの後を継いだ剣聖アレクが魔王マモンを退けたまでは良かったが、各地での魔王軍の進軍が止まらないため国民に不安が広がっていた。その不安を解消するために王国が新たな剣聖を擁立しようとしたのだが、適任がおらず結局テルマが剣聖に返り咲く結果となっていた。
「おそらく、魔王マモンは前ほど大きなダメージは受けていない……当時のクリストフェル様とアレクの坊やでは練度が違いすぎる……」
テルマがそう言うとゲミルの顔が増々厳しくなった。それをみたルイーザが場の雰囲気を変えようとテルマに話しかけた。
「と……ところで、テルマ様は18才までは何をされていたのですか?」
「ああ、ゲミル将軍が言った通り普通の村人さ。あの時までは普通の村人の生活をするものだと思っていた。結婚式も控えていたからね……」
テルマがそう答えた瞬間、レイフの手から火にくべる為の枝が零れ落ちた。テルマが気になってレイフをみると、レイフは絶望の表情で震えていた。
いや……普通18才になったら親が決めた相手とでも結婚するだろ……こいつは私をなんだと思ってるのか……
テルマはレイフを無視してルイーザに向かって語りだした。
◇
「貴女は女の子なんだから、そんなことは気にしないで普通の人生を送りなさい」
テルマが剣舞の才の天啓を受けた事を両親に相談した8才の時に母親から言われた言葉がそれだった。剣舞の才を受けるものは多かった事もあり、農村では天啓を受けても余程のことがない限り王都への報告はしていなかった。
テルマも剣舞の才は自分には関係ない事として過ごしたが、テルマが16才の時に手伝いをしていた村の酒場で喧嘩を始めた若者二人を止めようとして、剣舞の才を発揮し打ち負かしてしまった。
テルマに打ち負かされた一人が村長の二男坊であり、剣舞の才を持つテルマをひどく気に入りテルマに求婚した。その事に両親も非常に喜んだので、テルマは村長の次男坊と結婚するんだなと、当たり前のように考えて婚約をした。だが、2年の月日が経ち、その平凡な日々も終わりを告げる事態が発生した。
「この村から逃げましょう! 貴方も一緒に逃げて!」
これがテルマが結婚式を控えた一週間前に両親と婚約者に言った言葉だった。その時は村長の二男坊もテルマの両親もテルマがマリッジブルーになったのではないかと感じた。テルマの周りの人々は変に怯えるテルマをなんとか励まし、そのまま結婚前日を迎えることになった。
だが、その夜に大量の魔族達がテルマの村を襲った。村では火の手が上がり、村中に悲鳴が響き渡った。テルマの婚約者であった村長の次男坊はテルマを助けようと家に駆けつけて、オークに頭を叩き割られて死んだ。両親はテルマを逃がそうと盾になり、ゴブリンに殺された。
テルマは泣いた。自分の為にモノ言わぬ肉の塊となった両親の屍の横で泣いた。そこに多量のゴブリンがテルマを蹂躪しようと襲いかかった。だが、普通なら起こる惨劇は別の方向で展開した。
一つまた一つと頭を砕かれた魔族の死体が村の通りに増えていった。その中心には農具であっただろう鉄の棒を持ったテルマの姿があった。異常な状況を察知したゴブリンやオーク、他の魔族達はテルマに向かって一斉に襲いかかった。
村に朝日が登った時、ようやく王国の軍隊が村に駆けつけた。村は壊滅していたが、軍隊が見た光景はいつもの魔族に蹂躪されている村の様子とは違っていた。村には魔族の死体が大量に転がっており、村の中央には魔族から奪ったであろう剣を持った女性が一人立っていたのだ。
「そこの娘。この村で何があった?」
駆けつけた王国軍の軍隊長が、魔族の返り血で体中が赤く染まっていたテルマに訪ねた。
「村の人が全員……魔族に襲われて死にました」
それだけを言うとテルマはその場に両膝を落とし大声で泣き崩れた。
一人生き残ったテルマは、軍隊長から強くなりたいなら王都に来るかと言われ、黙って頷き王都に向かった。そして、新人の訓練所に連れて行かれたが、その場にいた新人隊員全員を一瞬にして倒してしまった。だが、訓練の違いで強さが違うと確信したテルマは、訓練に真面目に打ち込むようになった。
その一年後、軍にはテルマに勝てるものはいなくなっていた。その時に、テルマは剣聖クリストフェルと出会った。努力の剣聖と呼ばれていたクリストフェルは、真面目に訓練をするテルマを気に入り、全ての剣技をテルマに惜しみなく教えた。
テルマがクリストフェルの教えを受けている時、数多の剣舞の才を持つ猛者達が剣聖の名をかけてクリストフェルに挑もうとしたが、その前にテルマが立ち塞がって挑戦者全員を倒していった。一時期、王国ではテルマがクリストフェルを超えているのではないかという噂がたったが、魔王マモン討伐にクリストフェルが向かい、魔王マモンと相打ちしたことでその噂はされる事はなくなった。
◇
「ということで、20年前に偉大なる師匠が魔王マモンを倒したのだが、今回もマモンの強さレベルの魔王がいるのは確かだと思う」
テルマは淡々と話を続けていたが、聖女候補のルイーザは半ば呆れ顔でテルマに質問をした。
「同じ剣聖であるテルマ様とアレク様はどちらが強いのですか? なんか、剣聖としてのアレク様の技量が足りず、魔王マモンに大怪我を負わされたように聞こえるのですが……」
「違うな。私もいい加減なことで剣聖の名前は譲らないよ。アレクは練度は足りてないかもしれないけど剣聖の技量を持っていることは確かさ。私の今日の戦いの関心事が、自分の怪我じゃなくて魔族軍に戦線を抜かれるかどうかだったと言えば理解できるかい?」
ルイーザはテルマの言葉の意味を理解して戦慄した。戦いにおいて普通は自分の怪我の心配をするのだが、圧倒的な存在の剣聖は自分が傷つくことはない事を前提にするくらい戦闘レベル差がある事を示している。
「つまり、アレク様が怪我したということは……」
「魔王マモンの復活、もしくはそのレベルの力を持った存在が出てきたという事……そして戦火が治まらないのは、相手が倒れてないということ……」
ルイーザは絶対強者である剣聖でも倒せない魔王マモンの復活に焦り、急いで師匠であるレイフを見たが「テルマに婚約者……」と独り言をブツブツ言っている師匠を見て残念な気持ちになり力が抜けた。
「師匠がこの調子ですし、私もう寝ますね」
そう言ってルイーザが焚き火を離れたので、テルマもゲミルも頷き、未だブツブツ呟いているレイフを残して焚き火から離れることにした。