回復魔法の秘密
賢者レイフと呼ばれた青年は目を閉じているが、テルマの方に顔を向けて目を合わせているように振る舞う。そして、テルマからキザであると言われたことを不服のように少し口を尖らせる。
「このような口説き文句は剣聖テルマ様にしか言いませんよ? いい加減に僕の愛を受け入れてもらえないですか?」
「いいかいよく聞きな。私は40才であんたは24才……親子程の年が離れているのだぞ。レイフはもっと年相応のお嬢様に気を回した方がいい。 あと、いつも言っている事だが……レイフは賢者なのだから私と立場は同じだから敬称はいらない。テルマでいいよ」
テルマは呆れるように首を横に振りながら答えたが、レイフは首を傾げながらテルマに応える。
「僕は4年前にテルマに出会った時に、貴女の美しさに魅入られました。この愛に歳の差は関係ありません」
「レイフは目が見えていないんだろ? そもそも美しさなんてわからないだろうに……」
レイフは人差し指を立てて、軽く横に振りながらテルマの言葉を否定する。続いて、その腕を柔らかく振るとテルマの鎧の返り血が全て消えていった。
「僕の心は正しく人を見ていますよ。テルマの美しさに返り血は似合わないので洗浄魔法で綺麗にしておきました。不敬かもしれませんが……あなたと出会えているという点で、大怪我を負った剣聖アレクには感謝しかありません」
「洗浄魔法を掛けてくれたことは礼を言うが、アレクの坊やは関係ないのじゃないのかい? レイフは私が引退してから私の家に一か月に一回は必ず花を届けに来てただろう?」
テルマは花を捧げに来るレイフのキザな姿を思い出し、本気になってはいけないと火照りそうになる頬を抑える。強さの象徴である剣聖とはいえ、テルマも女性なのでレディとして扱って貰えれば嬉しい。だが、年が離れているレイフからの愛の表現は憧れのようなものなのだとテルマは考えていた。
「好きになった人に会いたくなるのは自然な事だと思いますよ。そして傷ついているテルマをみるのは僕には耐えられません」
テルマはレイフの言葉で自分の体の傷が治っている事に気付く。レイフは洗浄魔法をかけると同時に治癒魔法もかけていたのだろう。テルマは深くため息をついた。
「私は軟な体をしていないから平気だ。それよりも傷付いた兵士を癒してやってもらえないかい?」
「それは僕の弟子であるルイーザの仕事です。そもそも僕は貴女の為以外に魔法は使いたくないのです」
ルイーザは金髪に金色の目を持つ美しい女性であり、レイフと同じく藍色のローブをまとっている。兵士を治癒している姿は慈愛に満ちており、テルマはルイーザがレイフにお似合いだと思っていた。
「たしか、ルイーザは聖女候補だったかい? 年も近いし、レイフにお似合いじゃないかい?」
その瞬間レイフの顔から表情が失われた。その豹変ぶりにテルマも若干引き気味になる。
「冗談でもそのような事を言わないでください。私はあのような魂のレベルが低い者には興味がありません」
「そ、そうか……すまなかったよ……」
いや……ルイーザはレイフの弟子だし……魂レベルが低いって、聖女候補じゃないのか?
テルマは何故レイフに怒られないといけないのか分からずに困惑した。そこに戦場の後処理が終わったゲミルが馬に乗ってやってきたので、テルマはレイフの機嫌の悪さから逃げる為にゲミルに話しかける事にした。
◇
その夜、剣聖テルマ、賢者レイフ、聖女候補ルイーザ、将軍ゲミルは焚火を囲みながら話し合っていた。
「賢者レイフ殿の援護には助かった。俺の部下はお嬢ちゃんのお陰ですっかり元気だ。これで、ここの戦場は持ちこたえられる」
「歴戦の将軍に褒められるのは嬉しいですが敬称呼びは不要です。レイフと呼んでください。そして彼女は弟子のルイーザです」
「そうか……では、俺の事もゲミルと呼んでもらって構わない。ルイーザのお嬢ちゃんも本当に助かったよ」
ゲミルはルイーザに向かって頭を下げるが、ルイーザはゲミルを見たまま何も答えない。ゲミルは困ってしまい、話を変えようとレイフの方に向かって話しかけた。
「しかし、相変わらず回復魔法というのは凄いな。だが、これだけの人数を癒すことができるなら、剣聖アレクも直ぐに治癒できるのではないのか?」
「そう簡単にはいきません……アレクは傷が深かったですし、なにより剣聖なので器が大きいですからね……」
テルマとゲミルは聞きなれない器という言葉に首を傾げたが、黙っていたルイーザが口を開いた。
「ハゲは根本的に回復魔法を誤解している。回復魔法は周辺の生命力を寿命が減らないギリギリで回収して再配布している。だから、剣聖アレクは人が多い王都で治療してる」
「ルイーザ、真理を説明すると心配する人がいるから止めなさいと言っていますよね。あと『お嬢ちゃん』呼びが気に入らないかもしれませんが将軍に向かって『ハゲ』は失礼ですよ」
ゲミルは毛のない頭をポンと叩き笑っていたが、テルマは顎に手を当てながら考え、レイフに向かって口を開いた。
「つまり、人によって回復に必要な魔力の量が違うということか?」
「そうですね。魂の器というものがあります……人の到達した領域によっては回復に相当量の生命力を必要としますね。例えば、アレクを一瞬に癒そうとすると一般人なら数万人の犠牲が必要になります。その為、魔法陣で王都中の生命力を少しずつ集めて注ぎ込んでいます」
ゲミルは驚いて目を開いた。その理屈ならニ千という兵を癒やすには大量の生命力が必要になる。
「という事は、ここの兵士たちはどうやって回復したのだ?」
「僕達には大量の魔力があるので、魔力を生命力に変換して回復に使っています。しかし、魔力は無限ではないので、周りの木々などの生命力も使っています。このようなことができるから、僕達は賢者や聖女と呼ばれる存在なのです。ただ、将軍は普通の人よりも多く回復が必要なので、あまり怪我をしないでくださいね」
「そうだぞハゲ、お前の回復は大変だ」
テルマは先ほどレイフが言った魂の器という言葉が気になった。剣聖アレクの怪我を回復するのに王都の民から少しずつ集めて生命力を回復しているという事は、剣聖の存在は回復に必要な魔力量が多く必要ということになる。
「なあ、レイフ……剣聖である私が怪我をした場合はどうなる? アレクと同じように回復に時間がかかるのか?」
「……」
「その沈黙は是と受け取って良いのか? だが、レイフは私の傷をいつも回復しているよな?」
「……もしアレクが負った傷をテルマが負ったら、聖女でも瞬時に治そうとすれば魔力を使い果たして昏睡してしまうでしょう。もし、聖女候補のルイーザが同じ事をしたら生命力まで奪われて死ぬと思います」
4年前にテルマがレイフに出会った時から2年間、レイフは出会う度にいつもテルマの体中の傷を治すということを繰り返していた。つまり、レイフは自身の魔力を使ってテルマの傷を治し続けた事になる。
「私たち剣士職も魔力を剣技の力として使っている。それが枯渇した時の苦しさは分かっているつもりだ。まさかレイフは私の為に生命力まで使っていないよな?」
「大丈夫ですよ。僕も戦場ではわきまえています。でも、僕はテルマの為なら全てを捧げてもいいですけどね?」
全てを捧げる……レイフはこういう恥ずかしい事を普通に言う……こんな年増の何がいいのか……
瞼を閉じているものの真面目な顔で言うレイフの顔をみて、テルマは嬉しくも恥ずかしくなっていた。