剣聖と賢者
盾を持って防御する騎士軍二千の兵に対して、槍を構えたスケルトン軍四千の兵が突撃の構えをみせる。この世界において異形種族と人類との戦いは各地で行われているが、ここの戦闘は少し様子が違っていた。合計六千の兵が睨み合う間に、たった一人の女性が大剣を持った鎧姿で立っている。
その女性はスケルトン軍四千の兵が進軍を開始しても、怯える事もなく大剣を両手で上段に構えて気合を込める。
「剣技、マキシマム……ソニックウェーブ……」
彼女が呪文のように唱えると構えている大剣の輝きが増す。そして、彼女の赤い長い髪が重力に反するように浮遊し、彼女の全身にオーラが立ち込める。
「シュートォォォォ!!」
叫び声と共に、彼女は上段に構えていた大剣を振り下ろしながら体の回転を加え、遠心力を使って大剣をぶん回す。その瞬間、大剣から衝撃波が発生し横なぎに閃光が走り、スケルトン軍四千兵の大半が砕け散った。スケルトン軍が衝撃により進軍が止まったことを確認し、女性は大声で号令を出した。
「剣聖テルマの名において命じる……全軍突撃!」
テルマが白銀の鎧から擦れる金属音を立たせながら指を突き出し突撃命令を出すと、盾で防御していた騎士達は剣を抜いて雄たけびを上げながら走り出す。テルマの横を大勢の兵が駆け抜け、スケルトンの残兵を撃破していく。
テルマが大剣を背中に戻しながら戦況を眺めていると、馬に乗った黒い鎧を装備した大男が側に寄ってきた。
「すまんな。こんな戦場に呼び出してしまって……どこも人手が足りないのだ……」
「旧知の仲であるゲミル将軍の頼みだから仕方がないが、もう私は何十箇所も戦場を巡回しているぞ。引退した女をこき使うな」
テルマは首を動かすことなく戦場を直視しながら、冷静な表情を変えずにゲミルに対して語りかけた。
「そう言わんでくれ、お前の後を引き継いだ剣聖アレクが6ヶ月前に魔王マモンを名乗る魔族との戦いで負傷しているのだ」
「ふん、あいつは脇が甘いところがあるから、どうせ虚を突かれたんだろう。力を過信するなと言ったのに、まったく……」
テルマは無表情に常に目を戦場に向けながらゲミルに愚痴をこぼした。
「2年前に一度引退しても、直ぐに剣聖に返り咲いている実力のお前から見たら、アレクに愚痴を言いたいのはわかるが、あいつはよく戦っていたぞ。それにあまり可愛くない事ばかり言っていると婿の貰い手がなくなるぞ?」
「喧嘩売ってんのか、このハゲ。お前は可愛い嫁を貰ってウハウハなのかもしれんが、私は38才まで軍にこき使われたせいで2年経った今でも浮いた話も出てこない……」
戦場が落ち着きだしたとみたゲミルは兜を脱いで坊主頭を晒すと、ニヤついた顔をしながらテルマに問いかけた。
「浮いた話がないと言うが、お前にご執着のあの男はどうなんだ? 見た目もいいじゃないか?」
テルマは表情を変えず戦場に向けていた顔をそのまま回して、赤い瞳をジト目に変えてゲミルを睨みつけながら質問に答えようとした。
「親子ほど年が離れている相手に私が浮かれるとでも思って……む?」
言いかけていた言葉を止め、テルマは正面を向き直し目を細めた。戦場の雰囲気が変わったことを察知したゲミルも兜をかぶり直し同じ方向をみる。
これは不味いな……まだ敵に余力があったか……しかも数が多い……
テルマがどうすればよいかと考えを巡らせていると、ミゲルが馬を走らせ騎士団に命令を伝える。
「全軍! 一度陣形を整え直す! 魔王軍の攻撃の第二波がくるぞ!」
ミゲルの命令を受けた騎士団は陣形を整え直し、前の戦いと同じように盾を構えた。盾を構えた先に現れた魔王軍勢は推定九千兵であり、スケルトンに加えてゴブリンやオークが編成されている。
「敵は広く陣形を展開している! 絶対に街に敵を向かわせるな! 初撃は私が与える!」
テルマは騎士団の前に出ながら叫ぶと大剣を横向きに構えて体を捻る。
「剣技、スプラッシュメテオ!!」
テルマから放射状に広がった衝撃波の塊が敵軍勢に突き刺さる。しかし半数程度の敵は無傷で残り、相手は突撃を開始した。二回目の大技を繰り出す余裕がないことを悟ったテルマは大剣を捨て、両手に長剣を構えて敵軍勢に単騎で飛び込んだ。
テルマは衝撃波を加えた剣を絶えず繰り出してはいたが、一度に相手ができる数は数百程度のため、テルマの横を多くの敵兵が抜けて進んでしまう。
やはり……数が多すぎる……これでは抜けてしまう……
戦場を渡り歩いてきたテルマにはわかっていた。自身に一騎当千の力があったとしても数の暴力に抗うのは難しい。魔王軍五千の残兵に一対一で騎士団二千兵で食い止め、テルマが千の兵を相手しても二千の魔王軍兵は突破する。二千兵の魔王軍が街に雪崩込めば簡単に街は蹂躙される。騎士団がいる戦場は勝てるかもしれないが街は助けられない。
だが……あきらめるな!
テルマは必死に長剣を振り回し相手をなぎ倒す。白銀の鎧は返り血を浴び鈍い赤色に染まる。赤い髪に紅い瞳を持つテルマは炎のように戦場を駆け回る。しかし、無情にもテルマの紅い瞳には騎士団の壁を抜けて街に向かう魔王軍兵達の姿が映った。
テルマが数の暴力に無力さを感じた瞬間、雷鳴が轟くと黄色い閃光が空から降り注ぎ、街に向かっていた魔王軍兵は黒焦げになり地面に倒れた。続いてテルマの横を風が通り抜けると、テルマの周りの魔王軍兵の首は全て落ちていった。戦況が逆転したことを確認したテルマは振るっていた剣を止めた。
「剣聖テルマ様、遅くなって申し訳ありません。」
いつの間にかテルマの横には藍色のローブをまとった栗色の髪の男が立っていた。両目を閉じている整った顔つきの男は、優しい笑顔を向けながらテルマに語りかけた。
「愛しの君に会いたくて急いで来て良かったです」
テルマは表情を変えずに眉だけ困ったという形にしながら、戦場の状況を逆転勝利に導いた男に返事をした。
「その歯の浮いたキザな台詞は、どこぞのお嬢様にでも使ったらどうだといつも言っているだろ……賢者レイフ……」