第八話 酔って管巻くかりんとう
「さて、お腹もくちくなったろう。
そろそろお話し会といこうか?」
大家さんが司会をしてくれるっぽい。
ちなみに大家さんはぬる燗の日本酒を飲んではる。肴は炙ったエイのヒレだ。
一升瓶で茶碗酒な方が似合うのに変に豆な方だ。
温度計とにらめっこしている姿は笑える。
誰かと飲む機会にはお肴ももっと凝らはる。
私は「誰か」ではない。飲酒禁止の人だから・・・。
私はお酒は強い方なのだが、少々、泣き上戸と絡み上戸と怒り上戸のところがあるらしく「ミシュランの三ツ星女」と呼ばれている。
大家さんに殴りかかって半殺しになったこともある。
なんか、急に力がみなぎってきて、実力を試してみたくなったのだ。うっかり手加減したのが敗因だと思う。
実際は裏拳一発で沈んだのだが、いろんな尾ひれが付いて大家さんの栄えある鬼畜伝説のひとつになっている。それまでは女性には手を出さないと安心されていたが、それ以降は老若男女問わずに避けられるようになってしまわれた。
どんまい。
会社の飲み会では良い機会だったので新しい子にいろいろ業務のコツをこんこんと伝授したのだが、社長が私の横に張り付いて「違うし」とか、「そんな訳ねーだろー」とか、「あの件はお前が原因か!」とか、なんやうっとうしかった。典型的なかまってちゃんや。
組織のトップがそんな軟弱ではいかんと思い、新人へのコーチングはとりあえずほっぽって、社長に経営哲学とは何ぞやという説明をしてあげた。
途中から自分の言ってることが分からんくなってきたので、「家から参考書を持ってきます」と言って出掛けたのだが、戻って来たらお店には誰もいてなかった。
お店の人に尋ねても口止めをされいるみたいで行き先は教えてもらえなかった。
なぜかそれ以来、うちの会社の宴会はお食事のみなった。二次会や三次会では飲み屋さんに行くらしいが、噂しか知らず、本当にあるのかすら私は知らない・・・。
一人で行った屋上ビアガーデンでは、周りの人たちの賑やかな話し声を聞いているうちに、ふと空が飛びたくなった。
フェンスをよじ登ってビルの縁に立って下を見たら存外に車や人が小さく見えた。風もけっこう強くって体をきりきり揺らす。するとなんか足が震えてきて涙まで出てきた。
そのうちこのビル目掛けていっぱいパトカーや消防車が集まってきた。フェンスの中から私に何か叫んでいるのにも気付いたが、風が強くて言っても聞こえない・・・。
すると。
急に後ろから抱きつかれた!
ビックリしてキャアキャア叫んだらフェンスを切り裂いた隙間からお巡りさんがいっぱい駆け付けてきてくれた。
グッジョブ!
それからパトカーに乗せていただいて警察署に行った。
なんかいろいろお話しをされたが、さすがの酒豪の私でも騒ぎのせいでちょっと酔っちゃったみたいでなんも耳に入らんかった。
そしたら、園長先生と社長と大家さんが迎えに来てくれた。
三人ともお巡りさんにペコペコお辞儀していた。やましいことでもあるのだろうか?
なんか「保護」された時はいつもは誰か一人だけが来るんけど、なんで今日は三人の揃い踏みなんだろう?
もしかしたらさっきの痴漢の人は三人の親戚か知り合いかなんかだろうか?
もしそうなら三人の顔を立てて示談にしてあげよう。もちろん、再犯を防ぐためにもキツくお説教はしてもらわないといけないけど。
「あのね」
声をかけて振り返った三人の目付きは各々「犯人はお前だ」と高らかに宣言していた。
私はおののいて二の句を告げなかった・・・。
今までの経験上、こんな時は大抵は私がささいな了見違いからとんでもないことをやらかしたはずである。何も言われない以上はこちらから藪をつついてはいけない。
この件は泣き寝入りすることを決意し、事件の全容と真相は闇の中になった・・・。
長いものに巻かれるのはお得な処世術だ。
とにかくはそんな訳で、その時の三人さんは私に何も話さなかった。
ただ大家さんが
「生涯に絶対禁酒!!そんで、洗ってやるから帰ったら風呂屋行くぞ」って言った。
男の人に触られたからバイ菌が入って身体中が冷えっきてチクチクしていた。こんなことをちゃんと分かってくれる時、大家さんも女性なんだなと思う。