第五話 「おば」さんとの対話(一人上手・・・)
「おば」さんも大家さんの声に驚いたのか、息を殺したままにヒクヒク泣いている。一瞬にして危険を察知して対応できるとは敵ながら見事である。
私なんか3回くらいぶっ飛ばされて意識を無くして初めて言うことを聞かないとヤバいって分かったくらいだ。たぶん4回目があったとしたら会ったことのないご先祖様とお会いしていたと思う。
ともかくは「おば」さんに話しかけてみる。
「あのう」
「・・・。はい・・・」
うーむ。大泣きされるのは困るが、か細いハイブリッド声も心臓に悪い。思えば私って苦手なものがやたらある。
犬は吠えるのが怖いし、猫は引っ掻くのが怖い。牧場に行った時、牛さんがモォウッー!て言ったら10メートルの距離で足が震えて動けなくなった。しかも柵の外からだ。
水族館の回遊水槽では魚さんのスクランブル交差点みたいな混雑ぶりにおののいて過呼吸になった。
そう、交差点を渡ろうとした時に途中で音楽が終わってしまいパニックになったことがあったのだ。気が付いたら車がブンブン走り出していて意識を無くしていた。どうやって渡りきったのか定かでない。
学校の遠足でお化け屋敷があった。もちろん生きて出られる気がしない。
有料だったのがありがたかった。無料だったらクラスの子に引き摺られていったと思う。私の入場料まで払おうと思い付く調子者がいなかったのが幸いであった。
でも、無料の公園迷路に入ったときはみんなが10分くらいで出たところ、私は3時間さ迷い続けて探しに来た担任の先生に保護された。しかし。
生徒が行方不明で3時間気が付かなかったのはどうなんでしょうか?
ともかく、今はこのお化け屋敷の入り口と化したわたしんちの玄関をどうにかしないといけない。
私は再びネゴシエイションを再開する。
「ここには何をしに来たのですか?」
「チャイムを鳴らしに来ました」
・・・。
自慢気に言われても困る。この段階ですでに目的が明後日に吹っ飛んでいる・・・。
深呼吸をして気持ちを落ち着けてから私は続ける。
「鳴らしてどうするつもりですか?」
「はい、逃げます」
・・・。
「逃げたらあかんやろー!!!」
私は大家さんの存在すら忘れてお腹の底から絶叫する。
昔、吃音を治そうと発声練習をしていたので私の本気の声はよく通る。しかも一旦我慢したあとだったので一層の力強さに増幅された。
しまったと思った。怖がらせてしまったかもしれない。
いやいや、怖がってるんはこっちのほうやったんけど。
「大丈夫ですよ。ほとぼりが冷めたらまた来ますから」
意外と図太いみたいで良かったけど、ドヤッって感じに言われても納得できない。
必殺ミラクルボイスが無効だったのもちょっと悲しい。
昔、合唱の練習で「バランスが悪くなるから君はもうちょっと小さく歌って」と指導された。そのうち、最後はクチパクになったのだけれど。
もしかして音量のせいでは無かったのかも?
誤字報告ありがとうございました。
わたんしんち→わたしんち
ひらかなって、意外と分かりにくいですよね。
「私んち」って、字面が悪い気がしてひらかなに変更したのですが、その時の確認不足ですね。