第二十三話 みんなで朝ごはん
「『おば』さん、ちゃんと私の真似をしないと、朝ごはん食いっぱぐれるからね!」
生死がかかっている案件だけに、塵ほどの緩みも許されない。
「はい!」
「おば」さんも私の気合いに当てられて、真剣な顔で武者震いをする。
私たちは4部屋先の管理人室に行って扉の前に正座する。
そしておもむろに唱える。
「乙子ちゃん乙子ちゃん、虎が『パンちょうだい』って言ってるよ」
「はい?」
「『はい』じゃない!さっさと『おば』さんも唱える!
食べ物についてはこれっぽっちも冗談禁止だからね!!」
「いえあの、TPOは?」
うっさいわね。だから「お父ちゃん」が「乙子ちゃん」に変換されているでしょ!これを個別案件に対するテンプレートの対応修正と言うのよ。
「黙って唱えなさい!」
「『黙って』『唱える』??」
「おば」さん頭抱えながらなにやら口パクを始める。
あんたは某国のスポーツ応援団かい!
「きっちり声出して!」
「えー!?『黙って』『声出して』???」
「おば」さん半泣きになってるが、これが権力の横暴っていうものさ。無茶振りされるのが嫌なら、84を飲み込んで100になりなさい!(おお、悪役っぽい私。新境地?)
「乙子ちゃん乙子ちゃん、ライオンさんが『パンちょうだい』って言ってるよ・・・」
「おば」さん、しかめ面で頬っぺた膨らませながらもボソボソと言い出す。
「エクセレント!でも、もうちょっと大きな声でね。
そして、繰り返してみよう!」
出来なかったら叱るが、出来たら誉める。そしてステップアップを後押ししていく。すごいぞ私。私の適職は教師だったかも?
いやいや、美少女二人が跪いてお祈りを捧げる姿は一幅の宗教画を彷彿させていることであろう。やはり私の適職は神女かもしれない?
はははは。崇めよ、奉れよ!わらわに従い、全てを神に捧げるのじゃ!
おおっ!えくすたしいっ!!
・・・・・・。
ドッコーーン!
急に轟音を立てて目の前の扉が吹っ飛んできた。
たぶん、大家さんがお部屋の中から扉を蹴っ飛ばしたんだと思う。
今回は巻き込まれではない。ターゲットはモロに私だ。ガヤから急に主人公に登り詰めた感じ。とんだシンデレラだ・・・。
扉の下で押し花にされている私。
そして「パチン」で逃げおおせる「おば」さん。
毎度おなじみ、って奴だ。
「朝っぱらからお前らうっさいわい!!」
ああ、町内会の皆さん、寝不足の上にこんなトドメを刺されたら朝ごはんも喉に通らないだろうな。何人かは会社や学校を病欠するかもしれない。ご近所の養鶏所のにわとりさんも卵を生まないかも知れない。基礎食品の供給不良って他の加工品にも影響するはずだし、全体の物価が上昇したら嫌だなあ・・・。
「お前、なんか為政者みたいな大局の心配をしてるみたいだが、それほど大層なことはしてないからな!
しかも諸悪の元凶は常にお前だからな!!」
大家さんもやっぱり汚い大人の一人なんだ・・・。いたいけな女の子に全部押し付けるつもりなんだ。私って薄幸の少女なんだ・・・。
「おいうずめ!なんか勝手に自分の都合の良い妄想に浸ってないか?」
妄想って・・・。すごい!力業で事実をねじ曲げる気だ!!
そりゃあ、放射能を吐く怪獣さんが町を破壊しても、彼にしてみたら「寝起きで近所をお散歩してちょっと飲みすぎで道端でリバースしちゃいました。てへ」みたいなもんだろうけど・・・。
存在悪・・・。いてるだけで迷惑な存在・・・。
「お前、なにげに人を人外認定してるだろう?」
人外・・・。
そうだ人外といえば異世界の魔王も大家さんみたいな感じかな?
そうなるとちょっと勝ち目が危ういような・・・。
大家さんで訓練する?試し切り・・・?してみる?
そしたら私は異世界でもこっちでも、英雄・・・!ニヤリ。
ぐぼっ。
口に何かを押し込められた。
モグモグ・・・。
「食パン食って落ち着け!お前、目が危ない。
何で腹減ったぐらいでいちいち人格が破壊するんだ?」
モグモグ・・・。
うん、なんか脳みそに栄養が入ってきた感じがする。
ああ、お腹が満たされていくとさっきのギスギスが胸からなくなっていく・・・。人間の仕組みって意外とあっけないね。
「うずめの仕組みっていつもながらあっけないなあ」
大家さんが微妙に違う感想を言ってる・・・。
「あ!『おば』さんは!?あの人もお腹を空かせたらダメなの!!」
「あ?
オバなら扉を吹っ飛ばした時にすぐに奥に入っていったぞ。
もう四谷と一緒に先に食ってるんじゃないか?」
管理人室は入った所が受付とかの事務室で、奥に大家さんのプライベートスペースがある。店子が6畳一間なのに大家さんちは食堂とリビングと寝室と書斎とお風呂がある。さすがオーナールームだ。
私は世界の平和を守るためにあわてて奥の食堂に行く。
「『おば』さん大丈夫ですか?」
「おば」さんは椅子の上でちょこんと正座してお味噌汁を飲んでいた。
大家さんは朝はパン食だけど四谷さんは和食派だ。テーブルには焼き魚やフレンチトーストや納豆やベーコンエッグや筑前煮やシーザーサラダや、なんか四谷さんと大家さんが競い合ったらしい混沌が形成されていた。
量がやたらあるのはたぶん私たちが来るのを想定してくれていたんだと思う。それでも多すぎる・・・。
「うずっち、今日のおすすめは和食ですよ」
さりげなくも圧力を持って四谷さんがお箸とご飯茶碗を私の手前に並べる。なんとなく手に持った食べかけの食パンを背中に隠す。
すると、脇から大家さんが無言でコーヒーのカップを差し出してくれる。どちらかという選択はない。どっちも、が最適の選択だと思う。
いえ、食べますよ。どっちも美味しそうだし。でも出来たらテイクアウト出来ませんか・・・。量が半端ない・・・。
嬉々として片端から食べている「おば」さんの健啖がうらやましい。
って、それよりも!
「『おば』さん、雷は落としてないでしょうね!」
「ふひゃ?ハミハミハホホヘハフナウナ・・・。うっ!!」
「きゃあ!早くこれ飲んで!!」
喉を詰まらせた「おば」さんにコーヒーを渡して背中を叩く。
「ごくごく・・・。えーん、お口の中のご飯とコーヒーのコラボがシュール過ぎるよーー!えーんえーん」
「『おば』さんお行儀悪いよ。口に食べ物を入れ過ぎだよ。誰も盗らないから少しずつ食べなよ・・・」
「盗るもん」
「え?誰が?」
「ネズミとか鼬とか猫とか鳩とか雀とか・・・。この前はせっかく見つけた卵を横槍から蛇に丸飲みされました。蛇、おいしかったけど、卵も食べたかった・・・」
え、蛇食べたの?たくましすぎるよ。私は都会っ子だから無理だわ。でも。
「神社かお寺か教会はなかったんですか?」
「人里離れたところで十日ほどさ迷いました」
遭難かい!
「何でわざわざ田舎に・・・」
「すごい辺鄙な所にも人が住んでいるんですよ。都会だけが全てではありません」
「啓示で範囲限定はなかったんですか?」
「ええ、ただ『日本』と・・・」
まあ、宇宙を作った存在と言うなら何十光年や何百億年がデフォルトだろうから、よく絞り込んでくれた方かもね。いや、それよりも、よくぞたった一個の惑星世界に気を留められたもんだね。それとも、生命のいる天体って、それほど稀少なものなのかも?
「そうか。おい茹で卵食え。いっぱい食え」
「わあい、ありがとう!」
って「おば」さん、一遍に5個も頬張ったらダメだよ。なんか怪奇蛇女だよ・・・。
大家さんも甘やかし過ぎだよ。甘やかされている私が言うのも何だけど・・・。
「それはともかく!」
「ほゆひぇ?」
「これこれ、お口にいれたまましゃべらない!」
「ふわあぃ・・・。モグ」
あ、しゃべる方でなく、食べる方を選んだね・・・。
「『おば』さん、お腹を空かせたら雷を起こしちゃうんだよね」
「あ?そうだったな・・・。
じゃあ、先週の季節外れの爆弾低気圧はまさか・・・」
大家さんも事態に気付いて真っ青になる。
「あえはほへえやへひゃ」
「『おば』さん!お口ごっくん!」
「ごっくん」
幼児かい・・・!
「ここに雷は落ちないよ」
「そうか、良かった・・・」
「私は異世界の女神だから、こちらの世界とはリンクしてないの。だから、雷が落ちるのは向こうの世界」
「・・・」
「おい!それならそれで向こうの世界がヤバいだろう!?」
「でもほら、今は向こうの世界はほとんど魔王が支配してるから、ダメージがあった方がお得だと・・・」
いえいえダメでしょう?暮らしている人や動物さんが困っているでしょう?世界を救うっていうのは、生き物込みでしょう?
100年「おば」さんがこっちでサバイバルしてるなかで、どのくらい向こうは被害を受けているんだろう?
「おば」さんって・・・。非人道大規模破壊兵器・・・、だね・?
「なるほど。荒魂と和魂ですね」
「アラミタマとニギミタマ?」
「要するに、神様の行いは人間の思惑の埒外だということですよ。
だから単に頼ったり受け入れたりするのは無理なので、お願いしたり誘導したり宥めすかしたり対応したり対策したりして、お祀りするんですよ」
「悪神と善神の闘いという2項対立構図みたいな簡単な話ではないんだ。右手と左手みたいなもんだ。どちらかだけだと不便だろう?両手があった方がいろんなことが出来る」
「『枷』かもしれないね」
「枷?」
「手じゃなくて、手についている枷なんじゃないかな?
外したらもっと自由に手が使えるよ。」
「なるほど・・・。
おいオバ!お前、こっちの世界では能力が使えないんだよな?ニヤリ」
「そうだね。一方を先に潰すのもありかも?
実績を誇示出来たら残りのひとつは話し合いで押さえ込めるかもしれないしね?」
「うずめ、ナイス!」
「ちょちょっ!
大家さんもうずめも落ち着いて!
四谷さん、お二人ともご飯が足りていないみたいだから、何かお出ししてあげて!
でないと、なんか、私が食べられちゃいそう!!
えーん、えーん」




