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『前の人』はクソだったらしい

ヒーローが全然活躍しにこないんですが、そのうちちゃんと動きますので。すみません。



 顔を洗ってから、化粧水と乳液。軽くお粉をふり、眉を描き、コーラルピンクのルージュをひく。前世の自分の名前などはまったく思い出せないが、化粧の仕方などは、ちゃんと憶えているものだ。右手を骨折している為に、侍女に注文通りに動いてもらう。やはり、メイクなんてほとんど必要ないほどの美女だった。一目惚れ続出なんじゃない? 私って罪な女ね。


「本当に、それだけで良いのですか?」


 後ろで髪を結っていた昨夜の侍女、レスリーは少し驚いたような顔をしていた。風呂で身体中を磨き上げてもらいながら聞いた話では、『前の人』は、夜会ほどではないにしても、普段から白塗りメイクをキメていたらしいのだ。家族も何か言ってやればよかったのに。


「白塗りなんて無理。それに、お出かけするなら、もう少しきちんと化粧をするけど、今日は家でゴロゴロする予定だもの」


 卒業式の翌日だ。更に、前世還りの翌日でもある。昨晩の夫妻の言動を考えると、ゴロゴロしていても怒られる事はないだろう。


「旦那様方も、久しぶりにご覧になる素顔に、きっと驚かれると思いますよ。絶対お喜びになると思います。朝食の時間が楽しみですね」

「こんなに大歓迎されて大丈夫なのかしら。弟君が、『前の人』に懐いていたとか、ない? 泣かれたら大変」

「あ、それは無いと思います。お坊ちゃまは、お嬢様の事を嫌っておりましたので。あの、まず、人に好かれる方ではございませんでしたし」

「…………少しは、歯に衣を着せようか」




「おはようございます」


 ダイニングルームに足を踏み入れる。そんなに小さな声ではなかった筈なのだが、既にテーブルについている侯爵夫妻も、おそらく弟であろう思春期真っ盛りっぽい少年も、ぽかんと口を開けたまま私を見詰めていた。給仕をする為に壁に控えている使用人達も、目を丸くしている。前世でよく読んだ小説に出てくるスーパー使用人達は、どの小説でも、皆、基本は無表情だよ? そんなにビックリした顔しちゃって大丈夫?

 一人冷静なレスリーが、私を席に案内してくれた。私が席につくと、周りの使用人達も自分の仕事を思い出したのか、静かに、それでいてテキパキと動き出す。


「あの……そこは、姉の席で……貴女は……その……?」


 少年が声をかけてくる。あら、可愛い顔をしている事。侯爵似なのだろうか、侯爵と同じミルクティ色の髪に、キャラメルみたいな色の瞳だ。食欲が増すなぁ。そして、色白で、顎が細い。今時。今時の若者。仕方ない、お姉ちゃんが可愛がってやるかな。はっとした顔をして説明をしようと口を開いた侯爵を手で制し、弟に向けてニコリと笑ってやる。


「いいの、合ってるのよ。初めまして弟君。中身が新しくなった姉です」

「えッ?」

「貴方のお姉さんがピンチだからってトンズラしたもんだから、強制的にリリーフする事になったの。前の名前は忘れてしまったので、そのままフォルテって呼んでね」

「…………前世還り……?」

「はい、そうです。昨日までと見かけが違うかもしれないけど、白塗りクソメイクをやめただけです」

「クソメイク」


「素晴らしいわ!」


 ガタリと大きな音を立てて、侯爵夫人が立ち上がった。頬を染めて鼻息荒く、だいぶ興奮している。瞳の色は翡翠色。私は母親似というわけだ。髪色もどことなく似ている。落ち着いた翡翠のような色の夫人に対して、私はオリーブ色だけれど。ちょっとくすんでるのね。


「え、侯爵夫人……何が……」

「侯爵夫人!? お母様と呼んでちょうだいフォルテ! 貴女は私の娘! 中身が変わっても、私の娘に変わりは無いし、なんなら今の方が好ましいのよ!」


 なんならって言った。侯爵夫人がなんならって。昨晩は穏やかに微笑んでらしたのに、今はもう、前世で好きなものを目の前にしてはっちゃけてるアラフォーみたいになっている。


「えーと、ではお母様。何が素晴らしいので?」

「王太子妃になんて絶対になれないから、ちゃんとお化粧して、いいお相手を見つけなさいって言い聞かせていたのだけど、どうしても諦められないらしくてね。他の方に目をつけられたら大変だからって、いつも白塗りメイクをして、似合わないドレスを着ていたのに、中身が変わったらどこへ出しても恥ずかしくない貴族令嬢になっていたので、嬉しくて」

「いや、ハードル低くなりすぎてますよ! 今どこかへ出されたら、恥ずかしい目にしか合いませんから!」

「嬉しいわぁ。今日はゆっくり体を休めてもらって結構だけど、明日はお買い物に行きましょうね。欲しいもの何でも買ってあげる」

「そうしなさいそうしなさい。お金なら気にせず幾らでも使っていいからね」

「お母様、興奮しすぎですよ。あと、侯爵も私を幼女なみに甘やかさないでください」

「侯爵ではない! 私の事も、お父様と呼んでくれ!!」


 二人とも、昨日の落ち着いた雰囲気はどこへ行ったんだ。ニコニコ笑っては私を見て、二人で何か囁き合い、いちゃいちゃ朝食を食べている。そういえば話の途中だったなと弟君を見れば、何故かうっとりと私を見ていた。だめよだめだめ、私達姉弟なのよ。


「…………ずっと……綺麗なお姉さんが欲しかったんです。優しければ、なお良い」

「ああ~、不憫な子だねぇ。あ、弟君、名前なんていうの?」

「クレシェンドです。あの、以前の姉は、敵を作るような性格だし、実際、多くの敵がいました。急に彼女の人生を負わされた貴女には大変酷な事もあると思うのですが……僕は、弟として、貴女をお守り致します」

「ありがと。よかったよ~、『前の人』を返せ~とか言われたら、どうしようかと思っていたんだ。これからよろしくね、クレシェンド」

「返せなんて言うわけがない! アレが、どれだけクソだったか御存知ないからそんな事を……ッ!」

「え、え、え」

「クソです! クソクソクソ! クソ女だったんです! あいつのせいで、僕がどれだけ嫌な目にあってきたか! 侯爵家にかかった呪いのように、酷い姉でした!」

「……そ、そうなんだ。あの、落ち着いて……」


 さっきまでの可愛らしい少年は、もういなかった。憎悪。嫌悪。すべての悪感情が溢れ出すほどに、『前の人』は酷い女性だったらしい。まあね、昨日から何度もしみじみと思うけど、どうしようもない人っているんだよね。自分が悪い事をしていると思っていない人。そういう人ほど、自分に正義があるって思い込んでいるんだよなあ。周りから見たら、迷惑なだけの人だったりするんだけどね。指摘すると逆恨みされそうだし、誰も強く言えなかったんだろうな。魂を消滅させるほどのショックを受けた事自体が奇跡だったわけか。王太子、罪作りな奴。もう顔も覚えてないけども。


「明日のお買いものは、僕も一緒についていっていいですか? 何かあったら大変ですし」

「あ、いいよ~。カフェとかあったら、お茶して帰ろうね」

「はい!」


 可愛い可愛い。若い子の顔を覚えるの苦手だけど、頑張って覚えよう。幸せそうに微笑む弟を見ながら、レスリーがフォークで食べられるように小さく切り分けてくれた朝食を頬張る。離れた席で、自分も一緒に行きたいのにと駄々を捏ねる父を母が宥めていた。




面白かった~と思っていただけたら、ぜひ、下のほうの★を色づけてください。よろしくです。

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