『前の人』がすごい
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「つまり、『あの』フォルテは、消滅してしまった、という事なのだな?」
王宮の馬車に送られて屋敷へ帰ると、既に連絡を受けていた両親が、エントランスで待っていた。二人とも、困惑した顔をしている。実の娘を追い出すようにその器に入り込んだ私への憎悪は、感じられなかった。
「そのようですね。私には、『前世還り』がよくわかりませんが、そのような説明を受けました」
「……いや、それはそうだな。貴女も混乱しているだろうに、愚問を申し訳なかった」
「いえいえいえ、頭をあげて下さい。娘さんの魂が消えてしまい、御父君もショックでしょう」
「いやいやいや、そんな事は……」
「いえいえいえいえ……」
なんかこう……前世で、取引先の担当者と、こんなやり取りしたなぁと思い出に耽っていると、侯爵の隣に腰掛けていた母らしき女性が、コホンと軽く咳払いをした。
「とにかく、私達、エイトビート家は、貴女の前世還りを歓迎するわ」
「…………は?」
「もう、どうにもならない所まで来てしまっていたの。フォルテの我儘には家族全員うんざり。淑女教育をしても、まったく身につかないし、いつまでたっても王太子殿下の事を諦められない。他家のご令嬢達ご令息達にもすっかり嫌われて、このままでは、今はやりの恋愛小説の中の悪役令嬢のように断罪されてしまうのではないかと……」
「あ、この世界にも悪役令嬢って言葉があるんだ」
「教育放棄していたわけじゃないのよ? でもね、他人の言葉をきかない人種って、いるの。それが実の娘だから、大変だったんだけど」
「あ、わかります」
なるほど。『前の人』は、悪役令嬢の中でも、アホの部類に入る女だったようだ。他人の言葉を聞かない女。あのイカレピンク女といい勝負だったんじゃないか。目の前のご両親は、侯爵家の夫妻だというのに、だいぶやつれていた。ちょっと可哀想。これ、早くリリーフした方がよかったんじゃない? これからは、親孝行させていただきます。
「家族は、もう一人、君の弟がいる。侯爵を継いでもらう息子だ。仲良くするようよろしく頼む」
「はい」
「ようこそ、エイトビート侯爵家へ」
「今後ともよろしくお願い致します」
手を差し出されたので、がっちり握手をした。ビジネスライク……と考えていたら、手の甲にキスをしようとしたらしい。目が点になってしまった侯爵と、噴き出すのを堪える私。それを微笑で眺める侯爵夫人。よく笑わずにいられるな。尊敬する。
明日の朝、弟君には紹介してくれるらしい。十八歳の私の弟は、まだ十五歳。私と入れ替わりで、王立学園に入学するとのことだ。
指を骨折してもしてなくても、お風呂などは、侍女に手伝ってもらうのが普通なのだそうだ。たしかに、前世で読みまくった異世界の話の貴族令嬢達も、皆、侍女達にぴかぴかに磨かれていた。
お風呂の前に、メイクを落としましょうと言われて、鏡台の前に座らせられた時に、事件は起きた。
「ぎゃああああああ!」
「お嬢様ッ! どうされました!? どこか怪我でも?」
「いひいいいッひっひひい! ぶふぅ! うわはははは! ひぃ……ぶ、くッ! きゃはははは! なにこれ、なんのメイクしてんの私!?」
もうね、顔、真っ白。真っ白なくせに、頬紅だけ真っ赤で、真ん丸なのね。しかも、これ、ほっぺの真ん中! 唇まで真っ白なのに、なんでほっぺただけ真ん丸に赤いのよ。なんのセンス? 眉毛も白く塗りつぶしちゃってさ。え、私、これで歩いてたの? これで、ゲストルームみたいなとこで、いきっちゃってたの? 両親との面談も? はあああ、言ってよ! 誰か教えてよ! こんなメイクで、真面目な顔作っちゃったじゃないよ! それ想像するだけで息止まるぐらい笑えるわ。ほらこれ、涙すごい。号泣じゃない? お腹痛いし。今日何度目の発作よ?
「お嬢様は、いつも夜会の時などはこのメイクで……」
「ぷわああーーーーーッ!! やめてえええ! これ以上笑わせないでええ! お腹痛いいいい!」
また、この侍女の無表情っぷりが笑いを増幅させるというか。なんでこの人こんなに落ち着いてるの? 逆に怖いわ。笑いすぎてじたばたと暴れる私を難なく捕まえ、侍女はメイクを落としてくれた。あんなに動きまくっていたのに、すごい技術だ。するするとメイクが落ちていくと、中から、可愛らしい顔が現れた。綺麗に整えられた眉。大きな目。翡翠のような瞳。すっととおった鼻筋と、ぷっくりとした唇。あんなに白粉を塗りたくらなくても充分白い肌。美少女。メイクなんて必要ない。
「お嬢様は、王太子殿下以外の男性に目をつけられると大変だと言って、頑なに先程のような化粧をされておりました」
「へえぇ。肝心な王太子殿下に、この美しさが伝わってなかったから、いつまでたっても好きになってもらえなかったんじゃないの?」
「いえ……美少女だという事が知れても、おそらく性格で好きにはなってもらえなかったのではないかと……」
「お、言うね」
「申し訳ありません」
「いやいや、私は関係ないからね」
この侍女さん好きかもしれないな。仲良くしてもらいたい。お風呂で磨いてもらいながら、『前の人』の情報を色々教えてもらったのだった。
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