このセリフを実際に言える日がくるなんて
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「あああああーーーーーーッ!」
アクイーヌが絶望的な声で叫んだ。
こちらに向かってきた火の玉は、私の目の前でUターンした。急激にその姿を変え、三十倍の大きさになって、アクイーヌに向かっていった。まさか魔法が返ってくるとは思わなかったのか、目を真ん丸にして身動きもせず、彼女はそのまま受けてしまった。足しか捕まえてないので、避ける気には避けられるのよ。体を曲げたりしてね。さすがに国王陛下の御前で人を殺すのもアレかと思って、ぎりぎり頭のてっぺんが燃えるぐらいの高さで調節してやった。火事になったら大変なので、アクイーヌの頭上で消えるように調整する心配りも忘れない。
「さっき適当に思いついたコーティング魔法だったけど、いい仕事したわね」
「完成された魔法を使えよ!」
「そんな悠長な事言ってたら、私の可愛い顔が火傷してたわよ?」
「……いや、火傷ですまなかっただろうな。見ろ、あれ」
王太子殿下が、アクイーヌを指差す。
「嫌ッ! 嫌あ! 私の髪が! いやああ!」
私の予想では、頭のてっぺんがアフロみたいにチリチリになる筈だった。だが、アクイーヌの髪に触れた炎は、消えずにそのまま毛根に向かって侵食していき、まるで昔から髪など生えていなかったかのように地肌を晒していた。鏡を見る前からその状態がわかっているという事は、元々、そういう魔法だったのだろう。私の顔にあたっていたら、眉毛も睫毛も、顔の産毛でさえも、綺麗につるつるに……
「あら。もしかしたらレーザー脱毛よりもお得だったんじゃない?」
「何を言っているのかはわからんが、馬鹿な事を口にしているのはわかる」
王太子殿下が、私の頭を後ろから鷲掴みしながら、馬鹿にしてくる。女心がわかっていないわ。顎髭とか鼻の下とか、そして、顔中のふわっとした産毛、処理が大変なんだから。今世の私は、レスリーという侍女のおかげで、自分で処理する事もなくなったけれど。
「解析が済んだぞ。あの女の放った魔法は、身に触れたら、毛穴に向かって侵食していき、そのまま細胞を殺すものだ。あの頭のてっぺんには、もう二度と髪は生えてこないだろうな」
「あら、恐ろしい魔法ね。触らなくて本当によかった」
結局自分にかかってしまったようだけど、そんな魔法を初対面の私にかけようとするなんて、悪意の塊だわね。名は体を表すというけれど。本当に、悪意ーヌ。
「酷いわ! なんて酷い事をするの!?」
「え、でもそれ、そもそも貴女が……」
「髪は女の命なのよ! それが……それがもう、生えてこないなんて……」
アクイーヌは床に膝をついて、さめざめと泣いている。私が悪者になりそうで、嫌な気分。
「うーん、自業自得とは言え、かける言葉も見当たらないわね……あ、いや待って、あるわ、ある!」
そうよ、御臨終の頭髪。死亡した頭のてっぺんの毛根。髪は女の命。かける言葉があるとしたら、これしかないわ。
「なによ!」
「お前はもう、死んでいる」
「悪魔か!」
「痛い!」
王太子殿下が、私のこめかみをぐりぐりと両側から押してくる。痛いったらない。私に害をなそうとする相手から除外してあるので、この痛みは甘んじて受けなければならない。嫌だけど。
「皆さま、今のご覧になりましたか? こうやって私は、昔からフォルテ様に苛められてきたんです!」
「はい? 初対面ですよね」
「とぼけるんですの!?」
キンキンした声で叫び出した。不快に思って眉間に皺を寄せると、ほらやっぱりそんな顔をして私をまた苛めるつもりなんでしょうと叫ばれる。そんな顔って、どんな顔だ。失礼な女だな。
「前のお前は、クラワッソ侯爵令嬢を虐めぬいていたんだ」
真後ろに立つ王太子殿下が、耳打ちしてくる。なるほど、同じ侯爵家という身分の為に、いつ追い抜かされるか不安で必要以上に苛めていたのだろう。前の人がこの女を虐めれば虐めるほど、この女に同情票が集まる。それを殊更大げさに騒いで見せて、更に前の人の評価はさがっただろうな。
既に護衛騎士達に抑え込まれて床にひれ伏しているアクイーヌを見下ろす。顔だけこちらに向けて醜悪な表情を晒す令嬢に、微笑んで見せる。
「何笑ってるのよ!」
「あら、微笑んだんですよ。慈愛の微笑みですわ」
「あれだけ私を苛めておいて、よくそんな事が言えますね!」
「それなんですけど、私、アレ還りなんですよね。だから、前の人のした事について、何の責任も持てないんです」
「まさか、前世の…………! い、いえ、だからと言って、私が受けた苦しみは……」
「記憶にごーざーいーまーせええん」
アクイーヌが言い終わる前に、遮るように大声を出してやった。彼女の瞳に、絶望が浮かぶ。前世還りは、前の人が行った事にたいして、なんの罰も受けずにすむのだ。リリーフした時点で、先発の失点は無効になる。素敵な反則ね。相手はたまったもんじゃないでしょうけれど。
「私は……王太子妃になるんです。レオン様の妃となって、ゆくゆくはこの国の王妃に…………」
ブツブツと呟き出したアクイーヌは、異常に見えた。かつては前の人を排除し、自分が王太子妃になる計画もあったのだ。それが、今では罪人だなんて、心が受け付けないのだろう。
「あの……違和感を覚えたのですが……」
挙手して発言をしたのは、我が弟、クレシェンドだった。
もう少しで完結いたします~(いつも言ってる気がする)




