弄られるより弄りたい
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「だって、私と結婚した後で殺すつもりだったって言ってたじゃない!」
「そんな直接的な表現してないぞ!」
あれから、目を合わせる度に『人殺し』と罵っていたら、とうとう王宮に呼び出されてしまった。権限を持っている親にチクるの最低。一緒に呼ばれた両親と弟は、口げんかをする私達の隣で苦笑いをしている。
「フォルテ嬢」
低くてよく通る声。しっかりとした体躯、どことなく色っぽい容貌の陛下が姿を現した。隣には、王太子殿下に似ている美しい王妃殿下。美形家族だわ。我が家と一緒!
「国王陛下には、ご機嫌麗しく……」
「よいよい、頭をあげよ。皆もだ。本日は、呼び出しに応じてくれてありがとう」
陛下は私達のすぐそばまで来ると、握手を求めてきた。大きな、温かい、大人の手だ。王太子殿下も、今にこんな手になるのだろうか。ちらりと横目で見ると、なんだと呟きながら口を尖らせた。可愛らしい。腹立つ。
呼び出しの内容は、やはり私と王太子殿下の婚約の話だった。殿下が言っていた通り、近々に婚約式が執り行われ、一年後に婚姻式。私は今の内から王宮に居を移し、王太子妃教育を施される。
いや、無理じゃない? 普通、そういう王太子妃教育って、幼い時から婚約者として決まっていて、長い年月をかけてするものでしょう?
疑問が顔に出ていたのか、王妃殿下が詳しく説明してくれた。幼い時に婚約者は決まって、王太子妃教育も施してきたが、結局、次々に決まった三人もの婚約者が全員亡くなってしまった。それで、もういいんじゃないかと。もう、大人になって、婚約者をしっかり決めて、それから教育したっていいじゃない、と。だって、また死んじゃうかもしれないし、と。かなり投げやりだ。王室、そんなんでいいのかと心配になってしまう。
「その点、フォルテちゃんなら、自分の身は守れるし、なんなら、レオンの身も守ってもらえるぐらい強いし、これで王太子妃も安定だと思ったの。そう思わない?」
王妃殿下が、嬉しそうに母に声をかけた。二人は、再従姉妹らしい。見たところ、関係は良好。反応も割とかぶっている。『なんなら』って、王妃殿下が口にするとは思わなかった。
「思いますわ! このネオ・フォルテは、どこへ出しても恥ずかしくない娘に生まれ変わりましたのよ!」
「ネオって」
「本当に! アレ還りした途端、こんなに美しい令嬢になって。レオンにこんな素敵な婚約者ができるとは!」
「……白塗りをやめただけですけど」
「新しい魔法を作る天才です! 自分の娘をこんなに褒めるのは良くない事かもしれませんけど、もう、見事としか言いようがないの!」
「いや…………」
「わかるわ! 私だって、この子が私の義理の娘ですって、はやく世界中にしらせたいもの!」
「だから…………」
盛り上がる美人さん達に困惑しながら否定しようと口を出すタイミングをはかっていると、ふいに手首を掴まれ、誰かに抱き寄せられた。耳元に息がかかる。こんな事をするのは、一人しかいない。相変わらず距離が近い男だ。
「諦めろ。この国一の、姦しいコンビだ」
「…………女が二人でも、姦しいって言うんですね」
顔を近付けてコソコソ喋っていると、その姦しコンビが叫び声をあげた。淑女教育どうなってんの? ちょっとこの国、自由すぎないか?
「まあまあまあまあ、もうすっかり仲良しさんなのね!」
「レオンが、あんなに顔を近付けて! もう、キスできちゃうんじゃない? キース! キース! やっちゃえやっちゃえ!」
自分は相手を弄るのが好きなのに、弄られると途端に萎える女、ネオ・フォルテ十八歳です。暴走する母達を、王太子殿下と一緒に死んだ魚のような目で見つめている、ネオ・フォルテ十八歳です。
ちなみに、かつては王太子殿下に塩対応だった我が母ですが、あのカフェでお茶をしてからの殿下の態度が、いい感じにいい感じになったので、安心して娘を任せられると判断したらしい。語彙力。
まあ、どんなに愚かな娘でも、王太子殿下と結婚した後に暗殺されるのがわかっていたら、たとえ同意のもとだとしてもいい気持ちではなかっただろう。
ということは、だ。
「私を殺す話は、無くなったとみて大丈夫なんですか?」
「殺すわけがない」
「だって、あの時、そう仰ってたじゃない? 私を殺した後は、クソくらえ?侯爵の娘と婚姻を結んでとか何とか……んん!」
「お前は…………何度言ったら……」
唇をぎゅうと挟まれた。アヒルみたいな顔になってるんじゃない? 国王陛下の前で、不敬にならない?
「えッ、クソくら……」
「父上! この者の言葉を気にしたら駄目です!」
困ったような顔をした陛下に、王太子殿下が声をかけた。それよりもこの手を離してくれないかしら。地味に痛い。この人、手の平だけじゃなくて、指先も硬くなってるのよね。
「私、殺されない? 本当に?」
「少なくとも、王室ではお前の暗殺計画は消えた」
「……引っ掛かる言い方ね」
「アレ還りをする前は、私に言い寄る令嬢に嫌がらせをしたり、私と結婚したくて暴れたりしているだけだったが、お前になってからは別方面からの恨みを買っているだろ?」
「…………は? 私が?」
「無自覚か……」
だって、イカレポンチ男爵は、貴族社会にそれほど力を持たない。ピンク女だって、どこか不気味ではあったけれど、投獄された。クソ喰らわすぞ侯爵は、一族郎党、国外追放となる予定。調べると、悪事がわんさか出てきて、もう誰も彼等を助けようとする者などいない筈だ。それに、王太子殿下と裏で婚約が決まっていた令嬢だって……
「そういえば、クラワスゾ侯爵の娘というのは、どうなったんですか? 一度も姿を見ていませんが」
王太子殿下は、私を見詰めながら、懐に手を入れた。さっと取り出されたのは、灰色の封筒。黒枠になっていて、不気味だ。灰色の封筒から、殿下が便箋を取り出した。それもまた灰色。読みにくいんじゃないかしら。何色の文字なの? 覗き込むと、少し離れたところから、『あら』というハートマークでもついていそうな声があがった。そちらを見ると、姦しコンビが口に手をあてて、ニヤニヤしている。いや、今、そういう場面じゃないから。
便箋には、新聞の文字が切り貼りされていた。前世の刑事ドラマでよく見たやつ。いや、そうでもなかったかな。もうよくわからない。とにかく、輪をかけて不気味だ。
「クラワッソ侯爵令嬢からの、手紙だ。内容は、お前の殺害予告だ」
もう少しで完結します~




