どうやらピンチです
更新遅くてすみません。
もうじき終わります~
「あら。怒ったの?」
麗しのお顔(私には、他の方とあまり区別がついていないが)は、見た事もないほど怒りに歪んでいた。それでも恐ろしく整って美しさを醸し出しているので、生まれついての王子様というのは凄いわねと思う。初めて会った時からぷんすか怒っている顔ばかり見てきたが、今の顔は、その比ではない。本気の怒り、ごちそうさまです。
「お前は黙ってろ」
「はぁい」
「侯爵、申してみよ。発言を許すぞ」
「……や……その……」
「その振り上げた手は、何のつもりだ? まさか王太子である私がエスコートしている令嬢を殴りつけようなどと、思ってはおるまいな?」
「…………」
「先ほどの騒ぎを聞いていなかったのか? この女性は、私と婚約の話も出ている令嬢だぞ。もう一度だけ聞く。言わせておけば……何だ? 侯爵は、王太子妃になるかもしれない相手に、何をしようとした? 答えようによっては、国家反逆の意思ありと受け取るが? ああ、先程男爵たちを捕らえていた護衛が戻ってきた。さあ侯爵、申してみるがよい。貴様は、私の、婚約者候補の、このご令嬢に、何を、しようと、した?」
「…………くッ……」
怒っている人が、言葉をゆっくりと切りながら話すのって、迫力あるわあ。伝え方って大事ね。落ち着いていた会場が、またざわつきだした。何か大きな事件が起きそうな予感。
侯爵は、握り締めた拳を震わせながら、ひくついた笑顔を見せた。この寒い時期に、汗を垂らしている。恐ろしいのね。王太子とはいえ、こんな若造のこれしきの怒りで、弱虫だこと。
「まあまあ、良いではありませんの。結局何も無かったのですし。それよりも、不愉快な者と長い間関わってしまったので、喉が渇いたわ。レスリー新しいお茶をちょうだい。ミルクたっぷりね」
「おい、黙ってろと言っただろうが」
「だって退屈なんだもの。クソクラワスゾ侯爵だったかしら。目障りだわ。とっとと消えて」
「なんだとこの女……!」
「クラワッソ!!」
耳がビリビリする。まるで獣の咆哮だ。侯爵を見ると、真っ青な顔をしてカタカタ震えていた。周囲でこちらに意識を向けていた貴族達も、青褪めた顔をしている。
「もう良い。私の前から消えろ」
「…………は、はい」
トボトボと退場する侯爵の後姿を眺めながら、溜息をつく。こちらに意識を向けていた貴族も、ようやく決着がついたと安心したのか、ふたたび茶会を楽しみだした様子だ。
「彼は、何故あんなにも態度が大きいのかしら?」
「…………年頃の娘がいる」
「あら」
「亡くなってしまった三人の公爵令嬢や侯爵令嬢、そしてお前。順番で行ったら、その次が、あいつの娘が私の婚約者候補なのだ」
「……はぁ」
「昔から権利欲が酷く透けて見える家で、死んだ三人の家よりも、お前の家よりも、ずっとずっと熱心に、娘を私に売り込んできていた」
「ほうほう」
「それだけに、私は、三人の婚約者を殺害したのは、あの侯爵だと主張したのだが、誰にも受け入れてもらえなかった」
「何故?」
王太子殿下は、紅茶を一口飲んで唇を湿らすと、私を横目で見ながら溜息をついた。何か言いにくそうな雰囲気を出している。
「執拗に声をかけてくるのは、私にだけだった。私以外の前では、実に見事に王家への忠誠を誓い、寧ろ、陛下の前では、自分の娘が王太子妃になるなど恐れ多いと言っていた。侯爵のそれは演技なのだと主張しても、女嫌いの私が、婚姻を嫌がって嘘をついているのだろうと窘められるほどだ。それに、娘の方は、世間一般では品行方正でとおっているのだ。学業も社交も、申し分ない令嬢だと、王家からも高評価だった」
「うん?」
「だから、フォルテと私が婚姻を結んで、更に謎の死をとげた後は、あいつの娘と婚姻を結ぶ、と、暗に取り決められていた」
「ほほ~」
「しかし、誰の事もエスコートしないと公言していた私が、今日、お前をエスコートし、更に公の場で、婚約候補だと宣言した。だから」
「いてもたってもいられなくなって、しゃしゃり出てきて、取り決めを無視するような事をしている王太子殿下を諌めようとした。そういう事ですね?」
「…………そうだ。でも私は……」
「あ、ちょっと待って。お手洗い行ってきてもいいですか?」
「なんだいきなり! 私は真面目な話をしていたんだぞ!」
「だって自然が呼んでいるんです! さっきから我慢してたけど限界」
「淑女がそういう事を言うなというのに!」
生理現象にまで文句を言われたくないなと思いつつ、席を立つ。すぐに戻ってきますと駆けだしたら、後ろから淑女が走るなと叱る声が聞こえてきた。レスリーは、新しい茶葉を取りに行っているのか、姿が見えない。一人になるなと口酸っぱく言われていたが、こればかりは仕方ない。
用を足して手を洗い、扉を開けると、壁に誰かが寄り掛かっていた。こちらをじっと見つめている紺色の髪、整った顔かたち。王太子殿下だ。
「…………」
彼は無言で私に近付いてきて、手の平を上に向けた。そっと指先を乗せる。お小言を覚悟していたが、何も言わずに歩き出した。怒っているのかどうかもよくわからない。この人、王太子殿下なのよね? まだ、認識に自信が無い。でも、髪が紺色だし。服装も同じ。いえ、でも、今日は男性は皆同じような服装だったわね。
もやもやしながら歩いていると、王太子殿下もどきは、ひとつの扉の前で立ち止まった。そのまま、ドアノブに手を伸ばし、部屋の中に入る。入った途端に、突き飛ばされた。驚いている間に、カチャリと鍵のかかる音がする。
部屋の中は薄暗く、前世で読んだところの、夜会中に男女がみだらな行為にふけるところっぽい。今は夜会の途中ではないし、お茶会の途中で、そういう雰囲気ではないけれども。
「あんたに恨みは無いが、これも仕事だ。悪いが、死んでもらう」
紺色の髪の男から発せられた声は、あきらかに王太子殿下のものとは違っていた。どうやら私は、騙されたのだ。
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あと、アルファであやかしの話を書いています。読んでもらえたら嬉しいです~




