「ようこそいらっしゃいました」
おや、初めてのかた。いらっしゃいませ。
どのようなご用件でしょうか。はて、用などないと仰る。
そもそもここは、なんの店なのかと?いえいえ、看板の通りでございます。
ともかくこちらにいらしたのも何かの縁。ささ、おかけください。昨日張ったばかりの革の座面です。座り心地が良いでしょう。
お飲み物はいかがなさいますか。私が好きなのは玄米茶なのですが、どうにも娘に年寄りくさいと不評でして……いやいや、私の好みなど言うものではありませんでしたね。これは失礼しました。
なに?占い師なのかと?
とんでもございません。なぜそう思われる?ああ、服のせいでしょうか。それを仰るなら、あなたのスーツ姿を見たひとから教師かと言われたら、なぜと思いませんか?ええ、スーツはお医者さまも着ますからね。おや違う?ははあサラリーマンですか、なるほど。
今日は平日ですが休暇を取られているのでしょうね。いいえ休むことは正当な権利です。だいたい皆さん働きすぎではございませんか?
そうですよ、たまの休みには奥さまやお子さまとお出掛けになれば、気分転換にもなりまた仕事に精が……おや、独身でいらっしゃる?それは重ね重ね先走った話をしてしまい申し訳ございません。
ではおやすみの日には、普段なにをしてらっしゃるのでしょう。映画鑑賞でしょうか、はたまた読書。昨今はお一人でするソロキャンプなんてのも流行ってるようですね。
あら当たりですか。こう見えて私もたまにキャンプをしに川へ行くんですよ。山もいいですよねえ。
ほかには?へえ、ドライブ。さぞいい車に乗ってらっしゃるんでしょう。謙遜なさらずともわかりますよ、なんといってもスーツの織りがとても素敵で、良い生地ですからね。身なりは人をあらわしますから。
しかし一人旅も、お気をつけなさいませ。先日のニュースは見ましたか?ほら、30代の女性が行方不明だという話。痴情のもつれという表現は、ふた昔前の週刊誌以来とんと見なくなったと思っていたんですけれどねえ。
なんといいますか、下世話な印象を与えますがこれ以上適した言葉もないのかもしれません。もってまわった言い方は、事実を歪めてしまいますから。
はて、論点はそこではないとお考えですか。原因がはっきりしている事件の憶測を外野が言うものではないですよ。まあいろいろ騒ぎたてたところでお相手の方の身元はわかっているのですから、まさか一生逃げおおせると思ってはいないでしょう。
ところで、これからどちらかに旅行するおつもりでしたか。スーツ姿なのになぜそう思ったかと?先ほどからちらちらと時間を気にしていらっしゃいますから、電車の時間がおありなのかと思いましてね。
ああいや、詮索するつもりはさらさらありませんが、もし迷ってらっしゃるなら電車を遅らせるのも一案かもしれませんよ。いずれ行きつく先は、どの道を通っても同じなのですから。
おや、お茶のおかわりはいりませんか。もう少しゆっくりしていただいても私は構いませんよ。はあ、いまなら行けそうだから、と。そうですねえ、物事には潮時というものがございますから。
ええと、なぜ私がここに店を構えているかって?その話は終わったかと思いましたがまあいいでしょう。あなたがたまたま通りかかってここに入ったのが、この店がある理由と言えば良いですかねえ。
悩み相談?いやいや、人様になにか助言ができるほどたいそうな人間ではございません。ただ、人はなにかこう、誰かに話したい時が必ずあるようなんですよ。
そんな方が、ふらりと立ち寄れるように私は店を構えてこの仕事をしているわけです。
まあまあ細かいことをいってもせんないこと。なによりここに来られる方が抱える胸のうちは、私にはとんとわからないわけですから。
そろそろ暗くなりますね。明るいうちにいったほうが、ようございますよ。ええ、何年か先でも、またきっとお会いできるでしょう。私は人のお話を聞いて心を軽くするお手伝いをするために、この仕事をしているんですから。
もっとも私も元号をいくつかまたいで人生を送っておりますから、あなたが刑務所を出られるとき、私が生きている保証はありませんけれどね。
道は、おわかりですか。そうです、その先。ああ、パン屋さんの角を曲がるとすぐわかりますよ。白バイが止まっていますから。せっかくですからパンでも買っていったらいかがですか。
なに、いらないと。はあ、そうですか。
ではひとまず、お別れの言葉を述べさせていただきましょう。また、いつか。
いってらっしゃい、ごきげんよう。




