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14/16

「バス」

梅雨なので。

帰宅ラッシュの路線バスは、すし詰め状態だ。

最寄り駅で、たまたま着いたばかりの1台に乗れた。

小柄な体を生かして狭い通路をすりぬけ、後方の座席、窓際に腰を下ろす。

これで今日は、終点までの長い時間、ゆっくりと過ごせそうだと安堵した。


窓の外は雨。

梅雨特有の蒸し暑さが、車内にも充満している。

ごく自然に、窓へ手のひらを滑らせた。

無造作に曇りが取れたガラスの向こうには、次のバスを待つ人々の列が見える。


不意に、ランドセルを背負った子供と目があった。

バスを利用するなら、私立に通っているのか。

大変だな、と思いながら視線をずらす直前、子供と目が合った気がした。

改めて見ると、子供がこちらに手を振っている。

背丈からして、一年生。どう見積もっても低学年だろう。


勿論、こちらは知らない相手だが、出発までの間の気まぐれで、手を振りかえしてみた。

すると意外なことに、子供は驚いた顔をする。


そっちから手を振ったのに。

そう思ったが、また子供は笑顔になり、今度はもっと大きく手を振ってくる。


 出発します。


バスのアナウンスが車内外に響いたところで、お互いに手を振るのをやめた。

車内は満員、熱気はさらにひどくなり、ガラスのくもりを再び手のひらで拭う。

透明になった窓の向こうに子供の笑顔がはっきり見えたとき、バスが出発した。子供がゆっくりと手を振るしぐさは、先ほどまで自分がしていたもの。


そうか、なるほど。

目の前の窓には、てのひらを左右に動かして出来た跡。

子供はそれを真似ていたのだ。


首を動かして遠ざかるバス停を見ると、子供は傘をさし、歩きだしたところだった。

バイバイ、気をつけてね。

見知らぬ子供に心の中で手を振って、多少の気恥ずかしさと、可笑しさを圧し殺しながら目を閉じる。


終点に着くころには、乗客もまばらになっていた。

人差し指で、窓をなぞる。

濡れた路面と、雲の隙間に月が見えた時、車内アナウンスが流れバスが止まり、最後に下車した。

見上げたバスの窓に、無造作な手と指のあとを見て思わず笑みがこぼれる。


私は、ゆっくりと帰路についた。




了

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― 新着の感想 ―
[良い点] 情感と風情が、いつもながら綺麗だなと感じました。 水気すら、どこか爽やかな風味になっているなと。
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