第08話 2回目のダンジョン1
3人は以前にも増して、剣と魔術の訓練に時間を掛けた。
探査魔法も可能な限り錬度を上げている。
より遠くの魔物などの位置を可能な限り正確に把握しておく必要がある。
ダンジョンでは壁と言う障害物が多いので遠くの探査が困難だが、探査出来ない事は無いのだ。
3年の前期の中盤、健介はシーリアの父と母に紙を出した。
今度の長期休暇は帰らずにダンジョンに潜ると。
フィとクリンも手紙を出しているはずだ。
剣と魔術の訓練は順調に進んでいる。
クリンも殆ど毎日、フィとリアの自主訓練に付き合っているので、ダイアモンドクラスの中でも実力が1ランク上になっている。
フィとリアに実力が引き上げられているのだ。
そして、3年に入ってから様々な魔法が解禁され、これまで以上に魔術の訓練に時間を使っていた。
「クリン、あなた悪趣味な魔法を・・・」
とフィ。
「ええ?!
悪趣味だなんてそんな!
酷いです。」
とクリンが傷ついたような顔で言う。
クリンが練習している魔法は、ゴーレム生成魔法である。
今は学園の敷地の土でゴーレムを作って操作をする練習をしている。
そのゴーレムの大きさは30センチくらい。
当然、大きければ大きいほど魔力を消費する。
クリンの魔力であれば、2メートル近い大きさでも余裕で作れるが、今は操作の練習をしていた。
「まあ、気持ちの良いものでは無いわね。」
と健介もフィに同意する。
土人形が一人で歩いて、運動している姿は確かに気味が悪い。
「今に見てなさい。
私のゴーレムに感謝する時が必ず来るです!」
クリンの機嫌を損ねてしまったようだ。
フィと健介は顔を見合わせて苦笑する。
2人は共に2つの魔法を練習している。
1つは増幅魔法で、これは地味で余り人気が無いものだが、健介はこれが決め手になる気がした。
この増幅魔法は使用する魔法を強化する。
つまり、炎の魔法に使えばその温度が上がって威力が増す。
殆どの魔法に使用できる、優れた補助魔法だ。
もう1つは粒子魔法だ。
この粒子魔法、名前もそうだが内容を読んでもかなり難しい。
生徒がこの魔法を勉強する事は稀である。
だが、健介には内容を大体把握出来た。
要するに原子や分子を扱う魔法だ。
こっちの世界では科学の発達は殆ど無いので、原子や分子といった概念は無くて理解されないのだ。
だから、粒子魔法は全くと言って良いほど無視されているのだが、それ故にこの様な魔道書がある事が健介には不自然に感じていた。
増幅魔法は比較的簡単だが、増幅率を上げるのが難しい。
増幅魔法は一度使用した後、別の魔法を使うと言う段取りを踏む為、手間が掛かる。
その手間に見合った威力の強化を実現する為に、訓練に勤しんだ。
粒子魔法は初っ端から難しかった。
目に見えない粒子を扱う魔法であるし、そもそも未完成の魔術であった。
粒子魔法で出来る事は、基本2つである。
分解と結合。
まずは結合の弱い物、木片を分解する訓練をしていた。
「この魔法本当に使い物になるの?」
とフィが疑わしげに訊く。
2人は木片を分解して粉々にするのに苦労していた。
「ええ、私を信じて。
これしかないって位の魔法だから。」
と健介。
木片を分解するのにも手間取っているが、これはまだ序の口の未完成の魔法である。
健介は粒子魔法の本来の性能を引き出すべく、その魔術構成を解析して再構築しようとしている。
元の魔道書は未完成であると、その本を書いた魔術師の私信が書かれていた。
健介は粒子魔法の魔術構成の問題点を把握しており、それの改良に取り組んでいる。
こんな事が出来るのは、原子や分子といった概念を理解している健介にしか出来ないだろう。
3年前期の定期試験が終わる頃、健介が改良した粒子魔法が完成して、それを健介とフィが使えるようになっていた。
フィもその威力に満足したようだ。
あの魔道書をよくよく分析して見ると、どうやら何かを参考にしていたらしい事が判った。
あの魔道書を書いた魔術師は原始などの概念を理解しておらず、他の魔道書を参考にしていたらしい記述部分があった。
それが何なのか調べてみたが、手掛りも無かったので断念した。
「それにしても、良くこんな事が出来たわね。
まだ正体を言う気にはならないの?」
とフィ。
「世のかなには、知らない事が幸せって事もあるのよ。」
と健介と微笑む。
今は2人で学校の訓練場に来ていた。
もう直クリンも来るはずだ。
ダンジョンに降りる前の、最終調整をするつもりだ。
「2人ともあのへぼ魔法は会得できまして?」
とクリンが来るなり訊いてくる。
木片を分解するのに苦労しているのを見ていたので、侮っているのだろう。
だが、それは既に過去の話。
「随分な言われようね?」
とフィは余裕だ。
「まったくね。
クリンと手合わせしてあげたら?」
と健介。
「良いですわよ。
私のゴーレムの真価を見せてあげます。」
とクリンは片手を地面につけてゴーレムを作り出した。
2メートルの巨体。
クリンもゴーレム操作の腕をかなり上げていた。
「やる気満々ね。
いいわ、お仕置きしてあげる。」
とフィも剣を抜いて向かった。
どちらともなく、模擬戦が開始された。
クリンはゴーレムを操作しながら自らも剣を振り、フィに肉薄する。
クリンとゴーレムのコンビネーションであるが、微妙にずれている。
まだまだ訓練が足りないようだ。
だが、普通クラスの生徒なら3・4人は圧倒できるだろう。
フィはクリンとゴーレムの攻撃をかわしながら、様子を見ていた。
ゴーレムに何度か切り付けたが、大した効果が無いみたいだ。
さすがはゴーレムと言った所だろう。
フィは例の魔法を使ってみる事にした。
クリンに当てないように気をつけなければならない。
とても危険な魔法だ。
フィは魔力を操作しながら魔術を構成していく。
クリンはフィに魔法を使わせまいと必死に攻撃しているが、ゴーレムとの連携が崩れてしまって逆効果だった。
「これでお終いよ。」
とフィが言って、ゴーレムに魔法を放つ。
それはフィの指から光がゴーレムの腹部に突き刺さり、指の動きにあわせて下から上へ光が駆け抜けた。
光はゴーレムを貫通して、そのままゴーレムを2つに割った。
それだけならゴーレムはそのまま再生しただろうが、それだけではなかった。
光が当った部分から分解が始まり、ゴーレムの上半身と腰まで完全に塵と化した。
足しか残っていないゴーレムはもう役に立たない。
「そんな・・・」
クリンは自慢のゴーレムが1撃で倒されてヘナヘナと座り込んだ。
「なかなかだったわよ、クリンのゴーレム。
もう少し連携を上手くしたら、私も苦戦したんだけどね。
あと、焦っちゃ駄目よ?
途中から連携出来なかったでしょ?」
とフィが落ち込んでるクリンにアドバイスをしていた。
「あうう」
クリンは泣きそうだった。
「あーあ、泣かした。」
と健介。
「ええ?!
わ、私?」
とフィ。
「あなたしか居ないでしょう。」
と健介。
「リアもです!」
とクリン。
「な?!
私も?」
と健介。
結局2人でクリンを慰める事になった。
訓練の成果は上々だった。
魔力操作も安定して早くなっている分、身体強化の性能も上がり、魔法の発動も早くなり威力も上がっている。
クリンもしっかり実力を上げており、戦力が充実してきているのを実感していた。
長期休暇初日、ダンジョン前に3人が集まった。
「同じ事を考えている人もいるわけね。」
とフィ。
「まあ、当然でしょうね。」
と健介。
「学校を休んでダンジョンに入るのは、余程自信のある人だけですからね。」
とクリン。
ダンジョン前にはフィ達3人の他に、15人くらいの生徒達が集まっていた。
待ち合わせをしているのだろうから、更に増えるだろう。
皆、この長期休暇中にダンジョンにも潜ろうと言う考えなのだ。
大半の生徒は普通クラスの生徒で、初ダンジョンらしい人も沢山居るようだ。
「どうする?」
とフィ。
「まあ、私達は私達。
しっかり荷物をチェックして出発よ。」
と健介。
クリンも頷く。
3人は荷物の内容をチェックし合い、不足が無いかを調べた。
前回よりも荷物の量は増えている。
大半は食料品である。
1ヶ月もの間、ダンジョンの中で生活するとなれば、当然食料はそれだけ必要となる。
ダンジョン内でも食料は調達出来るようだが、その情報を鵜呑みにする訳にはいかない。
1ヶ月いる為、女の子用品やポーション等も入れている。
前回は使わなかったが、魔法を封じた札も前回以上に用意した。
「問題ないわね?」
と健介。
フィとクリンが頷いた。
「よし、出発。」
健介の号令で荷物を背負ってダンジョンへと降りて行った。
3人は足早に地下10階へと降りていた。
他の生徒と一緒になると足手纏いだからだ。
他の生徒は他の生徒で勝手にやれば良い。
地下11階への階段の近くで、休憩を取る。
降りれば強敵ハルカントとの戦いである。
まだ居ればの話だが。
「それじゃ、降りてハルカントを殺すわよ。」
と健介。
フィとクリンが頷く。
階段を下りて、以前味わった空気の重さを感じる。
まだ居るようだ。
気配を殺してゆっくりと進み、以前と同じ場所にいるハルカントを見つけた。
周囲には生徒らしい遺体が転がって居る。
バラバラになっているから、引き千切られたのだろう。
行方不明者の中の誰かに違いない。
荷物を置いて、戦闘準備をする。
クリンは生徒の遺体を見て少し震えていた。
「クリン、臆しては駄目よ?
気迫で負けたら、実力で勝ってても負けるのだから。」
クリンに小声で言う。
クリンは頷いて、剣を握り締めた。
準備が終わると、3人で顔を見合わせて、一気にハルカントへと走り寄った。
ハルカントは巨体に似合わず敏感で素早かった。
振り返り様の拳を3人は難なくかわしたが、奇襲はほぼ失敗だった。
だが。
ハルカントの足元から爆炎が上がる。
クリンが爆炎の木の札を投げつけて置いたのだ。
こういう事には気が回る子だ。
ハルカントは直に炎の中から退避したが、3人の魔法が追い討ちを掛ける。
ハルカントは比較的炎に弱い。
よって、炎の魔法を打ち込んでいく。
しかし、ハルカントはそれを魔法のシールドで防いでいた。
「さすがね。」
とフィ。
「手応えあるわね。」
と健介。
3人はハルカントへと走り出す。
魔法のシールドで防がれては、接近戦しかない。
だが、そのまま接近戦を行う訳ではない。
「閃光!」
と健介が合図して、閃光札を投げる。
3人は目を手で被って庇う。
次の瞬間、ハルカントと3人の間で強烈な光が炸裂する。
害は無いが、薄暗いダンジョンの中に居る魔物には数分は目くらましになる。
3人はハルカントの足に剣を突き立て、切り裂く。
身体は狙わない。
まず足を止める。
それが3人の作戦だ。
予定通りの傷を負わせて、直に離脱する。
ハルカントは足の筋肉と腱を切られて倒れた。
まだ目が見えないのか、倒れたまま闇雲に暴れていた。
健介は火炎壁の札を出して、ハルカントへと投げた。
ハルカントは吹き上がる炎の中に身動きとれずに飲み込まれた。
フィとクリンが追い討ちで、炎の魔法を打ち込む。
数十秒程は足掻いていたが、動かなくなった。
ハルカントと言えど、機動力を奪ってしまえば大した事は無い。
「ふう、終わったね。」
とクリン。
ハルカントを倒し終えた3人は、その場に転がって居る生徒の遺体を調べた。
4人分の遺体があり、それぞれの学年と名前を確認する。
戻ったら死亡報告してあげないと・・・
一応、それぞれに形見になりそうなものを選んで袋に入れておく。
「そう言えば、クリン。」
と健介。
「ん? 何?」
とクリンが首をかしげる。
「ゴーレムはどうしたの?」
と健介。
しばしの沈黙が流れた。
「忘れてた。」
とクリンはてへっと笑う。
健介とフィはクリンの頭をペチペチと手の平で叩いた。
「あ〜ん、ごめんなさい〜」
クリンは頭を抱える。
だが、考えてみればダンジョン内にはゴーレムの材料となるものがなかった。
魔物の死骸も可能ではあるが、焼け爛れたハルカントの死体をゴーレム化するのは、かなり気が引ける。
と言うか気持ち悪すぎる。
「どうしましょう?」
とクリン。
「材料となるものが見つかるまでお預けだね。」
とフィ。
ゴーレムは保留にして、ハルカントの殲滅証明部位の角を取り袋に入れた。
その後、11階を探索して地下12階への階段を見つけた。
「この階はハルカントだけだったね。」
とクリン。
「そうね。
次ぎ行きましょう。」
と健介。