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転生の旅  作者: mattsu
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最終話 1万年 -- その発端と軌跡 --



 ソナックは近くのテーブルについて、リアと健介にも席に着くように促した。

リアと健介はそれに従い、テーブルについた。


 給仕らしい者が、ソナックと健介とリアの前に飲み物を置いていった。

香ばしい香りが漂ってくる。


「今からほぼ1万年前の事だ。」


 ソナックは目を閉じて話し始めた。


 当時、人間と魔族は地上で一緒に暮らしていた。

その当時はまだ魔族という呼び名も無く、普通に人として暮らしていたのだ。

魔族とは人がより強靭な肉体と、より高い魔力と、より高い知性を求めた実験の結果だったから。


 数世代か経つと実験の結果は理想に近い形へと変化していた。

病気に強く強靭な身体。

高い魔力とそれを制御できる素質。

それらを支える高い知性。


 しかし、その理想的な肉体を持つ魔族が増え始めると、社会に歪みが生じた。


「まあ、要するに妬みだ。」


 それ以前までは魔族は自らの身体を改造する、単なる物好きの集団と思われていただけだった。

しかし、それが成功すると周りの人間達はそれを妬み始めた。

魔族側も長い年月と多大な犠牲を払って手に入れた身体。

そう易々とその秘密を明かす事は無かった。


 そして、1つの事件がきっかけになって、そこからは坂道を転がり落ちるように事態は悪化の一途を辿った。

その事件はとある町の、平凡な日常の中で起きた。

市場に買い物に来ていた魔族の夫婦が、途中で強盗に襲われた。

その強盗は普通の人間で、夫婦はそれを撃退した。


 それが人間同士、或は、魔族同士の事件なら、それで終わった事だろう。

しかし、強盗に及んだ人間は、自分こそが被害者だとして周りの人間を巻き込んで夫婦を責めた。

そして、彼らは人間では無いと、大声で主張したのだ。


「私はその場にいた訳ではないが、その当時の事を考えると頷ける事態だった。」


 周囲の人間達も魔族を妬みを持っていた。

確かに、魔族は高い身体性能と知性のお陰で、上層階級の者達ばかりであったから。

魔族の中には、普通の人を見下す者もいた。

そう言う魔族が1人いるだけで、魔族そのものに対する反感が膨れ上がっていた。


 夫婦は人間を見下すような事をする人物ではなかったが、その場の周囲の人間にそれが判る訳も無い。

その場も悪かった。

そこには魔族に反感を持つ別の犯罪組織の者達が居て、周りに居る人達を扇動して夫婦に攻撃し始めた。

そして、そこに集まっていた人達は、暴徒と化した。


「その夫婦は殺されてしまったよ。」


 その夫婦だけでなく、周囲にいた魔族も巻き込まれた。


 その事態を重く受け止めた魔族達の管理機関ヴォルスは、事態が沈静化するまで魔族を隔離する事にした。

魔族が抜けた人間社会は優秀な人材が抜けて麻痺し始めた。

重要な位置に魔族が多数いたのだから当然の結果であり、予想できたことだった。

それでも、ヴォルスは夫婦の事件以降、魔族に対する傷害事件が多発し始めた事を理由に、魔族の隔離を強行していたのだ。

それも当然と言えば当然だろう。

ヴォルスとしては魔族の人々の安全を確保する義務があるのだ。


「しかしながら、結果から言うと魔族を完全に隔離しようとしたのは軽率だったのだ。」


 普通の人々の世論も様々な意見が交錯していた。

魔族を妬むものしかいない訳ではないのだ。

彼らは次の世代の人類の形であるはずではなかったのか? と。

妬む者達は、自分達だけが置いていかれる事に納得できなかった。

様々な思惑が絡み合った。

しかし、そんな混沌の中で、社会の上層部に冷静な「大人」が少なくなっていたのだ。

魔族を退避して隔離した為、その穴を埋める人材が必要だったが、全体的に上層部は人材不足だった為、不適合者が相対的に増えたのだ。

民衆に煽られて、子供のように感情的な判断を下す上層部の者達。


「結局は魔族は危険だとこじつけられてな・・・戦争が始まったのだ。」


 戦争の切欠になった事件、人間側のヒステリックな軍事行動。

人間の軍が魔族の隔離地域の1つを急襲したのだ。

結果、そこに住んでいた魔族、約1万5千の内、約7千人が虐殺された。


 何故そこまで魔族が憎まれたのか、今もって不明だった。

1つ言える事は、影に魔族への反感を煽る組織的な集団がいる事は間違いなかった。


「我々は魔族の隔離を行う少し前から、地下都市の建設を始めていたのだ。

 それが各地にあるダンジョンだ。」


「ダンジョンが地下都市・・・」


 リアが唖然とした表情で、しかし納得したように頷いた。

健介はただ頷いた。


 魔族を人間から守る為の隔離都市として建設したが、それはシェルターとして使われるようになった。

各地の地上の施設から、安全の為に地下へと移住する事になった。


 戦争初期の頃は、人間達の熱が冷めるまで待つ事にしていたのだが、それも限界に達した。


「この頃には既に我々は魔族と呼ばれるようになっていた。

 魔族と言う呼び名を聞けば、我々への見方が判るだろう。

 少し前までは普通に一緒に暮らしていたはずなのに、1つの事件が発端で破滅へと突き進み始めた。」


 魔族は地下都市を更に地下へと掘り進み、今のダンジョンの場所とは別の場所に、更に地下都市を築き始めた。

それが今でも魔族が住んでいる地下都市だ。

それと同時に生物兵器として魔物を製造し、地上へと解き放った。


 当時の魔族と人間の人口比率は1対1000くらいだった。

いくら魔族でも普通に戦争してはただ虐殺されるだけ。

魔物の製造行為は当然の戦略だった。

逆に人間達には魔物製造の魔術の知識が無く、魔物の製造は出来なかった。


 地上は魔物の群れで混乱した。

しかし、初期の魔物は知性が低く、所謂雑魚であり、所詮時間稼ぎに過ぎなかった。

それでも、魔物の物量に押されて人間の軍は一時後退した。


 耐久力を追求したメタトロンや、戦闘力を追求したハルカントなど、様々な魔物を送り出した。

しかし、所詮は魔物、人間の軍のような統率された動きは出来ず、各地で劣勢を強いられるようになった。

そして、最終的に製作されたのがドラゴンだ。


「ドラゴンには様々な兵器を仕込んであった。

 そのお陰で、しばらくの間は魔族側に時間を稼ぐ事が出来た。」


 ドラゴンはその圧倒的な火力で、地上の人間とその町を焼き払った。

ドラゴンも無事だった訳ではない。

圧倒的な火力を使ったドラゴンは魔力を使い果たし、一時的に戦闘力を低下させる。

そこを狙った攻撃を受けて、次々と倒されていった。


「ドラゴンも所詮は魔物。

 連携し統率された動きが出来なければ、人間の軍には勝てなかった。」


 それでも魔族は時間を稼ぐ事に成功し、ダンジョンの更に奥の地下都市の建設を完成させた。

そして、地上でも転機がやって来た。

膠着した戦況に人間達が業を煮やし、禁忌の魔法を使い始めたのだ。


 その魔法は魔族の陣地である地域を焼き払っていった。


「いや、焼き払うというより、消滅と言う方が良いだろう。

 都市もそこにある大地ごと蒸発したのだから。」


 魔族はダンジョン内の住人を地下都市へと避難させ、順次ダンジョンに魔物を放って防備を完成させていく。

そして、魔族も報復として人間の町や都市を、禁忌の魔法で消滅させていった。

ダンジョン自体はその地上部分と上空に強力な防御シールドを何十にも展開させてあった為、出入り口付近だけは無事だった。


「ダンジョン自体は崩壊しても、なんら問題は無かったがね。」



 最初のあの夫婦の事件から10年が経った頃、地上には国と呼べるような場所は無くなった。

地上のかつて都市や町があった場所のほぼ全てに、直径2〜6キロ程度のクレーターが多数出現していた。

その周囲十数キロに渡って、草木も焼き尽くされていた。

無傷で残されたのは、僻地にある小さな村々だけだった。

魔族は完全に地下へと撤退し、地上へと姿を見せる事は無かった。


「我々魔族は、人間達から離れた場所で暮らす事に決めた。

 ダンジョンには魔物を配置し、ダンジョンの入り口付近にも魔物を送り出して人間を拒絶した。」


 結果として、その魔物が地上の人々を襲い、衰退した文明が復活する妨げとなった。


 魔族も戦争の傷を癒すのに時間が掛かった。

それでも地上の人間よりは遥かに早く回復した。


「しかし、遺憾な事にここで魔族同士の戦争が起きたのだ。」


 戦争の傷を癒し、繁栄を果たした魔族の地下都市では、各々で思惑が育っていった。

1つは地上へ戻り、人間に代わって地上を支配しようと言うもの。

1つは地上の一部だけ確保して、宇宙へと出ようと言うもの。

最後に、地下にそのまま住み着こうと言うもの。


 この微妙な三つ巴の状態が十数年続いた。

とにかく地上へ出ると言う強硬派が、2つの派閥を統一して行動に出た。

しかし、それを阻止しようとした地下定住派が割り込み、そこで争いが始まった。


 地下定住派は実の所、人間を避けたいとか守りたいとか思っていた訳ではない。

人間に対する思いは、寧ろ他の2つの派閥よりも過激であった。

しかし、地上へ出る事は憚られたのだ。

何故なら、地下定住派は魔族の支配階層が中心だったからである。


 地下と言う閉ざされた世界なら、支配もより良く行き届く。

しかし、地上や宇宙に出れば、その広い世界で支配力は希釈されてしまうのだ。


 そして、地下都市世界で戦争が勃発。

地上の人間の預かり知らぬ所で、殺し合いが始まったのだ。

最初の頃こそ、地下である為に手加減をしていたが、どちらも決定打を持ちえず、次第にエスカレートしていった。


 結局、その戦争で地下世界のいくつかが崩壊して滅び、その後も戦争の影響でさらにいくつかが滅んだ。

ソナックはその詳細は伏せていた。


「その戦争のせいで、今の魔族達も文明レベルは人間よりも1歩先な程度だ。

 ここにいる我々は、その戦争で負けた魔族の生き残りだ。」


 彼らは戦争に負けた直後、逃げるように地上へとやって来た。

地上には人間はいたが、人口も激減しており、文明も衰退して脅威ではなくなっていた。

そこで人里に近い場所に拠点を構え、ある事をしていた。


「何をしていたのですか?」


 リアが興味深そうに訊ねる。


「人間に魔族の遺伝子を組み込む実験だよ。

 魔族は数百年の実験の結果生まれたものだが、その成果を人間に移す事は不可能では無い。

 その為の実験をしていたのだ。」


 彼らは魔族の最大の目標、つまり、次代の人類を作り出す事を諦めていなかった。


「そんな・・・」


 リアは絶句する。


「このシーリアもその遺伝子を持っていますね?」


 健介は話を聞いてピンと来た。

いくら天才とは言え、シーリアの力は人間の範疇を超えている気がしていたのだ。

恐らく、フィ、クリン、エンドーラも魔族の因子を持つ者達だろう。


「その通り、今では世界に居る人間の半数は、魔族の因子を持っている。」


 彼らは実験を約1000年に渡って行っていた。

そして、実験が成功すると、現在まで約9000年に渡って人類に少しずつ因子を植え付け、因子も改良していった。

徐々に徐々に、人間の中に魔族の因子が広まっていった。

彼ら魔族の研究者も、人間の身体に乗り換えて、研究を続けていた。

最近は人口も増えて人の支配領域が急速に広がっている為、人里に近い場所には研究所を作っていない。

逆に幾つかの研究所は町中にあると言う。


 実験に長い時間が掛かっているのは、知識不足と人手不足に悩まされたからだ。

最初に魔族から人間へ転生した際、知識が失われた。

魔族の知性を人間の身体が受け止め切れなかったのだ。

寿命を迎えようとしていた魔族の身体が、人間への転生を余儀なくしていた。

だがそれでも、ゆっくりと研究を続け、失われた知識を取り戻して、収容できる人間の身体を作り出した。

しかし、人手不足は変らず、人間と因子に多少の相性問題もあり、因子を人間達にばら撒く作業はなかなか進まなかった。


「それでも地下からの魔族の侵攻を、ほぼ人間だけで阻止するに至った。」


 新たな人類とも言える、魔族の因子を持つ新人類。

その者達が魔族の侵攻の際に力を発揮したのだ。

シーリア達がダンジョンで魔族と戦った時のように。


「我々の目的は達成されようとしている。

 既に新人類は浸透しつつあり、旧人類は淘汰されつつある。

 誰にも知られずにな。」


 1万年前の教訓。

人の妬み。そこから生まれる様々な負の感情。

このどうやっても避けられない人の心の闇を掻い潜る方法が、これだった。

新人類と旧人類の判別が出来ない方法で、入れ替える。

魔族と人間は一目でそれが判ってしまうから、過激な拒否反応が出て、悲惨な戦争へと駆り立てたのだ。

だから、それを無くせば良い。

誰が因子を持っているのか判らなければ、自分さえも因子を持っているかもしれないとなれば、あの様な悲惨な戦争は起こらない。

世界各地で満遍なく因子をばら撒いて、自然に浸透させたのだ。


「後数百年もすれば、加速度的に旧人類は淘汰されていなくなるだろう。

 そうなれば、魔族も恐れる対象ではなくなり、魔族との戦争もいずれ終わる。」


 遠大な計画。

新人類の創生と魔族との戦争の完全な終結。

この2つを睨んだ計画は、歴史の影で連綿と続いていたのだ。


「もしかして、あなた方が伝説の魔女?」


 リアが思い当たったように訊いた。

ソナックが笑った。


「懐かしい響きだな。

 確かに、魔女と呼ばれた事もあった。

 その時は女の身体だったからな。」


 ソナックは語った。

人間と魔族の戦争。

人間同士の戦争。

そのどちらでも、因子の浸透に不利に働きそうな時は介入していたのだ。

小型だが強力な兵器を用いて。


 戦争は優秀な人材を大量に浪費する行為だ。

つまり、ソナック達が苦労して育て上げた因子を持つ者がその殆どを占める。

つまらない戦争で殺されては適わぬと言う事だ。


「だが、それももう終わりだ。

 もう介入しなくても、問題は無いだろう。」


 ソナックはそう言って満足そうに笑った。

今の人間間の戦争程度では大した影響は無い。

地下の魔族も大人しくしている。


「1つ訊いて良いか?

 あんたらが地上に出た時には、地上の人類を抹殺する事は容易だったはずだ。

 そして、地上に新人類たる魔族の世界を築けたはず。

 何故そうしなかった?」


 健介が不審に思っていた事を訊いた。

何故わざわざ人類に魔族の因子を植え付ける必要があるのか?


「答えは簡単だ。

 魔族はあまりに不完全だからだ。」


 魔族は数百年の実験の成果ではあるが、その間に失敗した不利な因子も蓄積していたのだ。

そういった不利な因子を排除し、有利な因子を選択的に残したものを、人類に植え付けたのだ。

だからこそ、人類は人の姿を保っている。


 生命力、魔力、知性を上昇させるだけなら、姿形が変る必要は無いのだ。

それに魔族は知性は上がるが凶暴性が増す傾向があり、それが折角の知性を抑える結果になった。

人類に比べれば平均して知性は高いが、十分な成果が得られていない。

しかし、人類に植え付けた因子は、凶暴性を抑える因子が追加されているのだ。


 さらに、これは魔族の体では為し得ない事だった。

実の所、魔族の身体は理想的とは程遠い。

魔族の身体は数百年に渡る実験の為、既に複雑に因子が絡み合い、下手に弄れない状態だった。

故に、人類の身体を使用するしかなかったのだ。


「つまり、今の人類の姿こそ、我々が目指した新人類の姿なのだ。

 いずれ遠くない未来、魔族の因子が完全に解放される時が来るだろう。

 そうなれば、新人類による新たな時代が始まり、宇宙へと生存圏を広げるに違いない。」


 ソナックは魔族の因子を持った人類の潜在能力は魔族を遥かに上回るという。


 健介達はソナックと長い間話をして、その日はそこに泊まる事になった。



 翌日、ソナックに施設を見学させてもらいながら、色々と話した。

長い間使われていた施設は、何度も再建されたらしく、今でも現役で稼動してるようだ。

健介が地下で見た、魔族の研究所の遺跡ような雰囲気があり、透明なカプセルに人間が浮かんでいる物もある。


「あれは?」


 リアが不快気に問う。

攫われた人が入れられていると思ったのだろう。


「あれは近くの人間から貰った細胞から作った人間だ。」


 ソナックが説明する。

時々、人里に下りては針で人を引掻いて、細胞を少し貰うらしい。

その細胞を培養して、所謂クローン人間を作ると。


「細胞?」


 リアが話についていけずに訊く。


「我々生物の身体は魔物も人間も、細胞と言う小さな生き物で構成されているんだ。」


 健介がリアに補足してやる。


「ほう、物知りだな。」


 ソナックが健介をマジマジと見る。

健介はニヤリと笑う。


「俺はこの世界の人間じゃないからな。

 多分、1万年前のこの世界と同レベルの文明を持った世界から来た人間だ。

 と言っても、俺の世界は魔法文明ではなく、技術文明だったが。」


 健介が言うと、ソナックは驚いて目と口を開いた。


「そうか、しかしどうやってこの世界に来たのだ?」


「どっかのバカが、こっちの世界で転生魔法を失敗してね。

 運悪く俺は精神と魂だけ、こっちの世界に引っ張り込まれた。」


「なるほど、転生魔法か。

 あれは空間に干渉する魔法だからな。」


 ソナックはしきりに頷いている。


「それにしても、技術文明か。

 どうして魔法を捨てたのだね?」


 ソナックが興味深そうに訊ねる。


「さあ、俺は自分の世界で魔法など見た事無いし、そもそも魔法は御伽噺の産物と認識されていたからな。」


 健介は自分の世界を思い出しながら、どこか懐かしげに言った。


「ふむ、お前の世界の人間は魔法を使える因子を殆ど持っていなかったのだな。

 だから、技術文明が発展したのだろう。

 しかし、技術文明で宇宙にまで行けるのか?」


「もちろんだ。

 既に人工衛星を飛ばしたり、軌道上に実験施設を建設したりしているよ。」


「ほほう、それは凄いな。」


 健介とソナックが話している隣で、リアは取り残されて口を尖らせている。

それを見て健介は苦笑し、話題を変える。


「あの人間の複製は何をする為のものだ?」


「君なら判ると思うが、因子を植えつけるには適性が必要だ。」


 人間の複製を作り、適性を持った人間同士を交配させ適性を上げる。

つまり、魔族の因子と相性の良い人間を作り上げる。

そうやって最も適した人間となったら因子を植えつけ、更に交配を重ねて先天的に最も適性が高く、かつ、因子を持った人間が生まれてくる。

リア以上の天才と呼べる身体を持つ人間だ。


「因子をばら撒くとは、この様な者を里子に出し、その子孫を増やす事で為すのだ。」


 と言う事は、リアの祖先は行き着くと、この様な人工培養された子供なのかもしれない。

いつの時代にも孤児は少なからずいるから、調べるだけ無駄だ。


「ミコトと言ったか?

 その身体、人に戻したくは無いか?」


 ソナックが試すように言って、健介を見る。


「人間の身体を提供すると言う事か?」


 健介は驚く事も無く、ソナックを見返す。


「そうだ。

 見ての通り、我々は人間の身体を生成している。

 そこから生まれる赤子を譲る事くらい如何と言う事は無い。」


 ソナックの言葉に、健介は考える。

人間の身体に戻る為の条件の1つはほぼクリアされる。

赤子なら人格形成前に身体を奪う為、大人よりはマシだろう。

生成された人間達は、生まれてから殆ど目覚めさせる事は無く、人格は形成されないと言う事だ。

人格が出来るのは、ソナック達の倫理観にとっても良くない事のようだ。


 問題は、赤子ではすぐ行動出来ないと言う事か。

少なくとも、数年の間は自力では殆ど何も出来ない。


「赤子になった俺はどうなる?」


「心配するな。

 1人で行動出来るようになるまで、我々が面倒を見る。」


「何故そうまでする?

 何が目的だ?」


「ああ、我々が何か企んでいると思っているのか。

 我々の目的は昨日言ったと思うが。」


 彼らの目的、魔族の因子を人類に浸透させること。


「俺が魔族の因子を持つ人間となって子孫を作れば、それで良いと言う事か。」


「その通り。」


「なら、リア、彼女も一緒に頼むよ。

 リアの身体は追っ手が掛かっているからな。」


 健介の言葉にリアが驚く。


「わ、私も?」


「そうだ、一緒に赤子からやり直す。

 いいじゃないか?」


 健介が笑いながら言う。

リアはまだ納得出来ていないようだ。

まあ、仕方ない。

彼女の人生の大切な時期は、本来の身体を取り戻す為に費やされたのだから。

その身体をあっさりと捨て去るのは、相当の覚悟が必要だろう。


 しかし、彼女も直に気付くだろう。

健介が赤子になれば、歳の差は半端ではなくなる。


「まあ、我々としては構わないがな。」


 彼らは細かい事は気にしないらしい。


 健介もドラゴンの身体を捨てるのは、少し惜しい気がする。

しかし、多少の問題があるにしても、人間の身体を手に入れられるのなら、人間に戻るのも悪くは無い。



 数日後、健介とリアはそれまでの肉体を捨てた。

それぞれ1歳くらいの赤子に転生していた。

転生は魔法陣ではなく、何かの装置の様なカプセルに入って簡単に10分も経たずに終了した。


 健介にとってはどうでも良い事だったが、リアにとっては羞恥プレイの始まりだった。

隣のベビーベッドから、嫌々をするような赤子の泣き声が聞こえて来た。


(御愁傷様)


 健介もオムツを取り替えてもらいながら、内心でリアに手を合わす。



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