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転生の旅  作者: mattsu
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第32話 レクサス伯と黒幕



 健介がリアの母ミレーヌが襲われた事を知ったのは、その10日後だった。

そしてリアが軍事行動を開始した事を知った。

全てリリスからの報告だ。


 ミレーヌが襲われた事に関しては健介としても内心穏やかではいられない。

健介もまた、リアとしてミレーヌを母と呼んでいたのだから。

しかし、命がけの争い事では冷静で無ければならない。


 リアのヴァージル軍がレクサス領へと進軍し始めるのにはまだ時間が掛かる。

兵士を動かすには、兵糧の準備と輸送の手配が必要である。

また、隣の領とは言え軍事拠点としての駐屯地を臨時に設ける必要があり、その場所の選定をして場所を確保しなければならない。

健介の予想では更に10日は掛かる。


 大っぴらに軍の準備を進めているため、レクサス領にもその情報は流れているはずだ。

奇襲は無理だろう。

この状態で健介1人に出来ることは少ない。

ドラゴンの姿にでもなれば話は別だが、それは出来ない。


 この戦に参加しようとしている傭兵団を探した。

その傭兵団に入って、戦に参加しようと考えたのだ。

直接個人で参加しようとすれば、ハモか誰かがラン(健介)の顔を知っている者に合うかもしれない。

傭兵団に参加していれば、その手続きは団長が行うはずだ。


 見つけ出した傭兵団は3つあり、最大多数の傭兵団に決めた。

その方が目立たないからだ。

木を隠すなら森の中である。


 その傭兵団はムルヴァン傭兵団で、80人余りの傭兵を擁している。

入団は容易だった。

健介は腕の立つ魔術戦士であるから、傭兵団としてはぜひ欲しい手駒なのだ。

腕の立つ仲間が居れば、それだけ生還する可能性が高くなる。

団長ムルヴァンは気さくなおやじだった。


 健介は簡単な鎧と、フルフェイスのヘルメットを買った。

戦場でリアと顔を合わせる可能性もあるため、顔と体形を隠すものが必要だ。


 そんな事をして6日も過ぎると、ヴァージル領にギルメル率いる兵団が入って来て大騒ぎになった。

どうやら、リアがレクサス領へ戦を仕掛けると言う事を手紙で知らされ、自らの手勢と傭兵を雇って加勢しに来たらしい。

リアの方は大慌てであった様で、リリスの報告を聞いて笑ってしまった。




 領地の管理を父ヘインツに任せ、シーリアは戦の準備に忙しかった。

兵糧の量と輸送経路のチェックと輸送部隊の編成、戦に参加する兵の選定と部隊の編成。

命令系統の構築と作戦の立案などなど。


 そんな折、領地の端にある村から使者が慌てた様子でやって来た。

何処かの軍隊がやって来たと。

リアはレクサス軍かと一瞬考えたが、やってくる方向が違う。


 リアは直属の部下20人余りを連れて、直接その村へと向かい、その軍を確認した。


「ギルメル」


 進軍してくる先頭付近にギルメルの姿を見てリアが呟く。

リアはギルメルの軍の前に出て停止させた。

すると、ギルメルがリアの前に出てきた。


「ギルメル様、一体これはどう言う事ですか?」


 リアが問質す。


「ああ、シーリア殿、そう怒らないで頂きたい。」


 ギルメルが少し顔を引きつらせる。

リアと会えた喜びと、リアを不快にさせた悲しさが内混ぜになっている。


「私はシーリア殿の援軍に来たのだ。

 パグルガント公爵家で援軍を出せないのは残念だが、私だけでもと思ったのだ。」


 ギルメルが説明する。

それはシーリアの予想通りだった。

ギルメルを見た瞬間からそれは判っていた。

そして、ギルメル自身の口から語られて頭を抱える。


「ギルメル様、戦場はギルメル様が考えるほど甘い所ではありません。

 どうぞ、お帰り下さい。」


「駄目だ。

 帰るつもりは無い、シーリア殿。

 今回の件は私も看過できない。」


 ギルメルが以外にも強い意志を露にする。

リアはギルメルを見て目を瞠る。


「・・・判りました。

 では私の指示通りに行動してください。

 命令違反を犯せば、ギルメル様でも容赦は致しません。

 宜しいですね?」


 リアは警告する。


「うむ、承知した。」


 ギルメルが嬉しそうに頷いた。


(本当に判ってるのかしら?)


 リアは溜息をついた。





 ギルメルが連れてきた兵団は、傭兵を入れて100人余り。

ギルメルの兵団自体を傭兵団と同列に扱うとして、現在雇っている最大のムルヴァン傭兵団と行動を共にしてもらう事にした。

両方合わせて200人弱、十分な兵力として敵に当てる事が出来る。


 ギルメルはリアの側に居たがったが。


「これは遊びではありません。

 御自分の軍をしっかり管理していて下さい。」


 リアが言うとギルメルは素直に従って、自ら率いて来た軍を管理(指揮)するようになった。

孤児院の件を思い出したのだろう。



 リアは補給輸送の準備も万端整えて出撃した。

ギルメル軍約200が左翼、ハモ率いる右翼部隊が約300、主力のシーリア部隊が約500である。


 リアは軍事行動を開始すると速かった。

最初の進軍は強行軍によって2日でレクサス領へと進入した。

この電撃作戦で、レクサス側の防衛部隊は迎撃準備が間に合わずに撤退していた。

戦わずして、軍事拠点となる地域を制圧したのだ。


 その場所に駐屯地を作るべく、野戦築城を開始した。

交代で2日掛けて野戦築城を終えた後、レクサス軍が攻めて来た。


 レクサス軍はあのまま追い込まれると思って逆撃体制をとって待ち受けていたのだ。

しかし、斥候はヴァージル軍が野戦築城を行っている事を知らせてきて、慌てて反撃に出たのだった。


 レクサス軍の反撃は遅すぎた。

野戦築城はほぼ終了しており、複数の堀と堀の中の罠、多数の石弓の一斉掃射の前にバタバタと兵が倒れていく。

これでは魔術戦士でも堪ったものではない。


 レクサス側の指揮官が撤退命令を出した瞬間、それとほぼ同時にリアが追撃命令を出した。

ここでは絶妙なタイミングだった。

既にレクサス側は動ける兵が魔術戦士しか残って居らず、すぐさま撤退を開始した。

その後ろへ即座に噛み付いた体勢になったのだ。

しかし、深追いはせず3・4回の攻撃の後、敵を見送りった。


 ヴァージル軍の損害は軽微。

レクサス軍は一般兵は全滅、魔術戦士も4割は削っていた。

残りも負傷者が多数居るはずだ。

だが、あれはレクサスの本陣ではない。


 翌朝早く、少数の警備兵を残してリアは進軍を再開した。

主力のシーリア部隊は真っ直ぐに、左翼と右翼は大きく迂回させる。


 リアの主力部隊の自信の顕れだった。

調査によるとリアの主力部隊よりレクサス軍の方がまだ数が多い。

しかし、右翼と左翼が包囲を完成させるまで余裕で耐えられる実力がある。

魔術戦士の数と質は、レクサス軍のそれを上回っている。

士気も負傷者を抱えるレクサス軍より遥かに高い。

何より、リアが指揮する部隊である。


 このまま包囲を完成させるか、主力が反撃を受け止めて包囲を完成させるか、どちらでも耐えられる戦力だった。


 ただし、右翼後方から予想外の敵軍が現れなければの話である。

周囲に放っておいた哨戒部隊の報告で、敵兵200程度が後方から迫っていることが判った。

シーリアは直に伝令を右翼部隊に出して、反転迎撃するように命じた。

さらにリアの本体からも50の兵を出して、新たな敵兵の側面を攻撃するように命じる。

たった50でも、敵兵は200程度だから十分な戦力だ。


 これで左翼と主力だけになったが、まだ半包囲は出来る。

翌日、レクサス軍と再度見えた。

今度はレクサス軍の本陣もいた。


 レクサス軍は野戦築城をしておらず、布陣してそのまま待っていた。

野戦築城している暇を与えないように追って来たのだが、その気も無かったようだ。

それならばと、距離を置いて停止して布陣し、少し時間を稼ぐ。


 左翼のギルメルの部隊も現れたところで、同時に攻撃を開始した。

半包囲されて攻撃を受けたレクサス軍は、当然劣勢に追い込まれ兵を倒されていく。


 レクサスの指揮官は戦の仕方を判っていないようだった。


(稚拙な指揮ね・・・

 でも容赦はしない。)


 リアは情け容赦なく、包囲陣を完成させていく。


 味方の兵士達は良く戦っており、敵勢力をジワジワと侵食していった。

その中で、一際目立つ魔術戦士がいた。

簡素な鎧とフルフェイスのヘルメットを被ったその者は、苛烈な双剣捌きで敵兵を薙ぎ払っていた。

どこか見覚えのある双剣の剣筋だったが、指揮をしなくてはならず、その者に気を取られている暇は無かった。


 戦闘開始から1時間経過したときには、レクサス軍は約7割が行動不能に陥っており、ほぼ壊滅状態だった。

包囲も既に終わっており、逃げ場は無い。


 右翼後方からの敵軍も、ハモ率いる部隊との交戦で打撃を受け、レクサス軍本体の劣勢を知って撤退を始めていた。

そして、レクサス軍は援軍を得ることが出来ずに降伏した。




 この事件でレクサス領の半分はヴァージル領に併合され、残りの半分は王宮管理となった。

領地の半分は王への賄賂のようなものだ。

レクサス伯は国外追放となっている。


 ハモが占領したレクサス領での情報を収集し、その報告をしていた。


「レクサス伯以外にもこの件に関っている貴族が居る事は判ってますが、巧妙に隠匿されています。

 今後もお気を付けください。」


 ハモが報告を締めくくった。


 今回の戦はリアの電撃作戦のお陰で、他の貴族の介入をほぼ阻止する事が出来た。

だが、水面下で蠢いていた貴族が居た事は判っており、戦が長引けば袋叩きになっていた可能性もある。

しかし、それもここまで。

今回の戦でヴァージル伯シーリアの力を示した事になる。

ギルメルの参戦の話も広がっている。

少しでも頭の良い貴族ならシーリアの側につくか、下手な介入は避けるだろう。


 元々、ヴァージル領の領主シーリアは女だから甞められていたのだ。

ショミルとの戦いでの戦功があっても、それは他国に向けられた牙。

その牙が自分達に向けられると判っていなければ、図に乗るのが戦を知らない大半の貴族であった。


「判っている。

 しかし、以前よりは状況は良くなる。

 積極的に関ろうと思う貴族は減るはず。

 それどころか、私に媚を売ってくる貴族が居てもおかしくは無いな。」


 リアが答える。


「はい。

 既にマノル候を筆頭に4人の貴族がシーリア様に謝罪と和解を申し入れて来ています。」


「マノル候ね。

 悪い人では無さそうだけど。」


 レクサス伯に踊らされて巻き込まれた気の毒な人。

リアはそんな認識を持っていた。





 その後は猫の手も借りたいくらいの忙しさだった。

戦後処理、一言で言えばそれで終わりだが、味方の兵士も死んでいるし、併合した領地の管理も考えなければならない。

それも時間を掛けていい問題ではない。

少なくともリアはそう思っていた。


 とりあえず、ハモの部下に併合した領地の管理を任せる事にした。

税率を引き下げ、余計な税を撤廃して領民の暮らしを安定させる事を指示しておく。


 リア自身はまず、戦死者の葬儀を共同で盛大に催し、感謝と兵士達の勇気を称えた。

そうする事が、遺族に兵士達の死が無駄ではなかった事を教える事になる。

そう思えれば、少しはマシになるはずだから。

そして、遺族には手厚く資金援助をする。

リアも偽善と判っているが、偽善でもやらないよりは遥かにマシなはずだ。


 傭兵団には金を渡すだけだったが。

1つ気になる事があって、ムルヴァン傭兵団の団長に尋ねた。


「戦場で凄腕の双剣の男を見たけど、何者?」


 リアは何気なく聞く。


「ああ、あいつか!

 あいつは飛び入りの団員でね。

 引き止めたんだがもう退団しちまったよ。

 勿体ねえよな。」


 ムルヴァンが笑う。

腕の立つ団員が居れば、傭兵団の名声も上がり、団員の生存率も上がる。


 リアはその男の特徴を聞くと、予想通り、金髪碧眼の男だそうだ。


(気になるわね。

 ハモに探させましょう)


 リアはムルヴァンに礼を言った。



 身寄りの無くなった子供達を孤児院に入れ、里親の斡旋も行う。

リアが、と言うよりヴァージル領で管理する孤児院は郊外にある丘の上に建てられていた。

木造2階建ての長い屋敷のような建物が4つあった。

それぞれの建物に年代順に入れており、それぞれの管理者(保母や保父)もそこに寝泊りしている。


 この孤児院専門の警備兵が8名居り、内2人が魔術戦士となっている。

この様な郊外にある孤児院は、盗賊に襲われて子供が攫われる事が良くあるのだ。

それ故のこの布陣である。

孤児院と町の間に、町を警備する兵の駐屯地もあり、有事の際のサポート体制も万全である。



 リアはハモに例の金髪碧眼の双剣使いの捜索を命じた。


「畏まりました。

 それと新しい領地に関して提案があるのですが。」


 とハモ。


「うむ。」


「領地を持たない男爵の者を、領主代理として統治を任せたらどうかと。」


 とハモ。


 ハモの提案は、何らかの功績を挙げて男爵になりはしたが、領地を持たない貴族に領地を貸し与えると言う事だった。

他の領地でも同じ事は行われており、珍しい事ではない。


「いや、止めておこう。

 そのやり方では、新たな領地の統治がどうなるのか監視も出来ない。

 また重税やら何やらで、領民に負担をかけることになるかもしれないからな。」


 リアは少し考えてから却下した。


 男爵の貴族に領地を貸し与えればその貴族から税金を得られるが、その反面統治の内容に関しては事実上口出しは出来ない。

良い貴族なら問題は無いが、そうでない場合には関係が拗れる事になって、厄介な問題になる。


 リアは自らの信頼出来る人間にこそ、新たな領地の統治に参加してもらいたいと考えていた。

必要なら人材を発掘して育てても良い。


 リアの父ヘインツが良いのだが、ヘインツは度々ミュール領に出向いて、フィレイの代わりに統治を手助けしている関係上、それは無理である。

とりあえず、ハモに人選をさせる事にした。





 ヴァージル領の発展と繁栄は見る者が見れば、十分妬みの対象であり、そこから得られる富は非常に魅力的に映る。

それ故の一連の事件と戦争だったのだが、力ずくに近いやり方では不可能という結果が出た。


 影の首謀者はショミルとの戦争時に、いつの間にか勢力を増した宗教組織テルバの主教であった。


 レクサス伯はテルバの熱心な信者であり、テルバへの寄進を熱心に行っていた。

領主であるレクサス伯が熱心・・・と言うより殆ど依存していた事は、誰も知らない。

リアも首謀者は他の貴族だと思っているが、実の所は違ったのだ。


 ヴァージル領は色々な点で魅力があったのだ。

採掘される石炭が主にそうだ。

ヴァージル領の隣領ビンゼンは鉄の産地であり、それが非常に都合が良い。

その販売ルートは確立され、需要も伸びているので売上はうなぎ登りである。

この状況はまだ20年くらいは続くと予想されているのだ。

しかも、前ヴァージル伯領主ヘインツが推し進めていた農作物の品種改良も成果を挙げ始め、生産量を増やしつつある。


 そして、ある意味これが一番重要なのだが、ヴァージル領は田舎の領地で王都からは遠い。

有力な貴族の目の届かない場所で、事態を進める事が出来るはずだった。

テルバの勢力圏外ではあるが、レクサス伯と言う駒があった。


 しかし、ヴァージル伯シーリアに見合いの話が上がり、その相手が有力貴族の息子であった事で計画が狂ってしまった。

レクサス伯が怖気づいてしまったのだ。

見合いの話は延期と言う形になったが、手紙のやり取りをしているという事で、手を付けかねていた。

そこへ、いきなりのレクサス領への攻勢である。


 後で判った事だが、焦ったレクサス伯が勝手に暗殺者を雇って、ヴァージル伯の母ミレーヌを殺害しようとしたらしい。

主教は愚かなレクサス伯を殺してやりたい衝動に駆られたが、自分で動く事は主義に反する。

今回は人形(レクサス伯)の教育が行き届いていなかったのだと、自分を諌める事にした。


 とは言うものの、レクサス伯という駒が無くなった事で、それまでの様々な段取りが全て無駄になってしまった。


「さて、どうしたものか・・・」


 テルバの主教はまだ諦めていない。

ヴァージル領は諦めるには美味し過ぎる領地である。

まだギルメルとの結婚が決まった訳でもないし、チャンスはある。


 新たな策を練り始めた。





 健介は今、ツガノへ向けて旅をしていた。

観光ではないし、只管走っているのだ。

レクサス伯、いや、今は只のリムトだ。

国外追放された彼を追って、旅に出たのだ。


 リアを暗殺しようとした事やミレーヌを負傷させた事に対する報復をしようなどとは、少ししか思っていない。

目的は検証である。


 今回の一連の事件に、健介はまだ納得出来ない一面があるような気がしてならなかった。

何がという事は具体的には言えない。

だから、それを確かめるべく、リムトを追っているのだ。


 予定ではツガノの領内に入る前に追いつくはずだった。

リムトは馬車で移動しているが、こちらは人型のドラゴンがほぼ全力で走っている。

すぐに追いつくはずだ。


 走り続けて1日、リムトの馬車らしき物を遠くに見つけた。

そして、その手前に3人の武装した人が馬車を目掛けて走っていくのが見える。

その動きと速度からして魔術戦士だ。


 嫌な予感がして、健介は走る速度を上げる。

健介が現場に到着するまでにあと数十秒程掛かる。


 健介が走りながら見ていると、その3人の魔術戦士は馬車を強引に止め、御者を殺した。

遠目に血しぶきが見えた。

そして、馬車の中からリムトらしき人を引き摺り出し、剣を突き立てた。


 3人の内1人が健介に気付き、仲間に知らせた。

リーダーらしき男は一瞬迷って逃走を選択した。

その逃走ルートは健介が走るルートより適度に離れた場所を通ってペステンへ引き返すルートだった。


 もし、健介がリムトの関係者なら、真っ先にリムトの元へ向かう事になり、襲撃者3人を追う為には逆方向の馬車から追う事になる。

その間に襲撃者は遠く引き離し、悠々と逃げているという狙いがあるのだろう。


 しかし、健介はリムトの関係者では無いし、リムトが死んだであろう事は遠目にも判った。

死体は逃げないから、襲撃者を尋問する方が先である。


 健介が走る方向を変えると、襲撃者のリーダーは舌打ちしたようだ。

リーダーの指示に従って、襲撃者達は健介に向かって走ってくる。


 走りながら魔法を使うのは至難の業だが、健介はドラゴンで簡単な魔法なら自動で発動できる。

3人が間合いに近付いた瞬間に、真ん中のリーダーとの間に爆炎を放つ。

3人は咄嗟に方向転換してかわしたが、健介は1人方向を異にした男に向かって走り、男の剣を弾いて腹を引き裂いた。


 深々と切られた腹から、血と内臓が飛び出してくる。

健介はそれを見ずに残った2人に向かって走る。


 2人も既に健介に走って来て、剣で突いてくる。

2人の連携はなかなかのものであった。

健介は双剣で受け流していたが、隙を突いてリーダーでは無い方の腕を切り落とした。

それを見て一瞬動きの止まったリーダーの腹を蹴り飛ばし、腕を失った男に止めを刺す。


 振り返ると、リーダーの男は地べたに這いつくばって、立とうとしていた。


「聞きたい事があるんだが?」


 健介がその男に話しかけた。

感情を交えない至って平坦な声で。


 男は腹を押えて荒い息をして健介を見上げた。


「誰に雇われた?」


 健介は男と一定の距離を保っている。

隙を突いて魔法を使われたり、逃げ出そうとするかもしれない。

どちらでも対処できるような距離だ。


「言わないなら、ここで死んでもらうよ。」


 健介は双剣を軽く構える。

健介に拷問をするつもりは無い。

答えないなら殺す。

いつものやり方だ。


「俺が助かる保証は?」


 男が少し怯え気味に言う。


「答えればここから自由にしてやる。

 後はお前次第だ。」


 健介は真っ直ぐ男を見据えて言う。

男は少し考えてから答えた。

ナイフを投げる事で。


 健介は身体を半身になるだけでかわし、男が突き出した剣を双剣の片方で流し、もう片方を脇腹から胸に向かって斜めに突き刺した。

男がゴボゴボ言いながら倒れて動かなくなった。


 健介は馬車の方へと走った。

馬車の脇に倒れている男をリムトであると確認し荷物を漁った。

変わったものは無い様に見えたが、リムトの身に付けている物に不自然なものを見つけた。

貴族が持つには安いアクセサリー、貝のネックレスだ。

しかも、大事に下着の下に入れてあった。


 安物の貝のネックレスなど、見せたくないなら付けないだろう。

だが、隠して身に付けている。

その貝のネックレスには何か意味があるに違いない。


(あの男達はどうだ?)


 ふと健介はさっきの襲撃者の事を思い出す。

襲撃する者とされる者。

時には密接な関わりがあるものだ。


 襲撃者の死体のところへ走っていき、首元を探ると思ったとおりだった。

貝のネックレスが現れた。


「何かあるな。

 何となく宗教の匂いがする・・・」


 大の男が貝のネックレスを後生大事に付けているなど、妖しい薔薇色の会でもない限り、宗教と考えるのが妥当だ。

少なくとも、こっちの世界では。

健介には他に思い浮かばない。

何かの秘密結社のようなものなら、同じ貝にしても銀のメダルに貝を浮き彫りにするとか、そう言う物にするだろう。


 健介はネックレスを持ってヴァージル領へと戻った。




 ヴァージル領内に入ると、最初に見つけた町で使者を雇った。

即席の封筒に手紙とアクセサリーを入れて、使者に託す。

後は、その使者を追っていつもの宿へと戻るだけだったのだが。

途中から視線を感じ、尾行されているのが判った。


(なんだろう?)


 特に殺気や害意の類の気配は感じない。

ただ監視されているような感じだ。

しかし、尾行されるのは気持ち悪い。


 健介は脇の小道に入ると、素早く壁を伝って屋根に上がって反対側に降り、道行く人にギョッとされながら何食わぬ顔をして歩き去った。

人の多い場所での尾行は、見失うと探査魔法では追えない。

探査魔法では余程の精度が無いと他人と見分けが付かないのだ。


 尾行を振り切った健介は、何とかいつもの宿へと戻る事が出来た。


 深夜、いつもの様にリリスに情報を貰って苦笑した。

リアが健介を探させているのだ。

「金髪碧眼で双剣を持つ男を捜せ。」という命令らしい。

だから尾行がついていたのだ。


 使者はちゃんと使命を全うしたようで、手紙とアクセサリーはリアの元へ届けられた。

そして、アクセサリーについてハモが思い当たる宗教組織があると言ったらしい。

宗教組織テルバ。

今、王都では結構有名で、信者になると貝のネックレスを渡されるらしい。


(そういえばそんな宗教団体があったな。)


 健介もちょっと前にその情報を持っていた。

余り気にしていなかったが・・・


 とりあえず、健介の感は当った。

リアとミレーヌ暗殺未遂に関る事件に、何かあると言う感。

レクサス伯がヴァージル領乗っ取りに失敗した、その罰、いや、口封じとして始末された。

そう考えるのが一番判り易い。

そして、封じた者、封じられた者、どちらもテルバの信者。

これは偶然か?

そんな訳は無いだろう。

何らかの形で関係してくると思うのが筋だ。


 そう考えていると、


「この町を早く出た方が良いです。」


 リリスが若干の焦りを浮かべた顔で言う。


「なぜだ?」


「シーリア様がこの町で、金髪碧眼の男を包囲する為、町を封鎖するよう指示しました。」


 リリスがちょっと苦笑して言う。

健介は思わず頭を抱えた。


(なんてこった。

 頭を抱えている場合じゃない。)


 健介はリリスに手を振ってその場を去った。

リアが本気で捜索を開始したのなら、本気で逃げないとやばい。


(さすがリア、捜索対象が町に入ったと確認したら、早速封鎖か・・・なんちゅう行動の早さだ。)


 逃げるだけならドラゴンに戻って飛んで逃げれば良いのだが、そんな事したら即ばれる。

宿の前まで来て、慌ててわき道に入った。


「うわ、もう宿がばれてる。」


 宿の前にはハモの部下の兵士と思われる2人が、宿の主人と話している。


 今は深夜、探査魔法で探されたらアウトだ。

昼間の様に人込みに紛れると言う芸は出来ない。


 こうなれば手は1つしか残されていない。

リアの居る方向とは逆から、一気に強行突破することだ。


 早速、探査魔法でリアらしい動きをしている者を探す。

リアの方が精度の高い探査魔法を使うから注意が必要だ。

すると、1つの反応が急速に近付いてくる。


「やべ!」


 健介はその反応の反対側へと全力で走り出した。


(網を張ってたか!)


 その時には既に後方50メートル程の距離まで近付いていた。

あの影はリアに間違いない。



 健介の全力疾走にリアは徐々に引き離されていく。

この場合、深夜が健介の方に味方をしていた。

ドラゴンの視力で暗闇でも目が見える健介と、ちょっと夜目が利く程度のリア。

時速60キロを超える速度での走るのに、この差は大きい。

それでも、徐々にしか引き離せないのだから、リアは恐ろしい。


 ほんの少しでも立ち止まったり、曲がったりしたら追いつかれてしまう。

そんな追走劇を演じている。

フード付のマントがバタバタとはためいて鬱陶しいが、取る訳にはいかない。

健介が影だけでリアと判別したように、マントを取れば後姿だけで健介とばれてしまう。

街道へ出たかったが、下手に曲がれないので、屋根にジャンプして屋根伝いに真っ直ぐ走っている。


 近くの森に入ってしまった。

森の中の方が暗いので、丁度良いかもしれない。

闇に紛れて木の間を縫うように走る。

遅れてリアの足音が聞こえて来る。


(ぬう、リア、敵に回すと厄介だな・・・)


 健介はちょっと焦っていた。

森の中では木を避けるのがリアの方が上手いらしく、徐々に差を縮められて居る。

しかし、運良く森を抜けて広々とした草原に出た。


 さらに、行く手にはどうやらお仕事中らしい盗賊の方々。

ここはリアに任せて、逃げの一手だ。

健介は盗賊の側を通り、近い男に裏拳を叩き込んで走り去った。

裏拳を貰った男はそのまま引っくり返って失神した。


 案の定、リアはお仕事中の盗賊のところに立ち止まった。

健介は探査魔法の反応だけでそれを確認して振り返りもせずに逃げ去った。



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