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転生の旅  作者: mattsu
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第31話 ミレーヌ暗殺未遂



 孤児院問題でパグルガント公爵シュレート、ギルメルの父からギルメルは謹慎を命じられていた。

ギルメルは部下に孤児院の改装を命じ、子供達の世話を任せて謹慎している。


 ギルメルの尻拭いは父のシュレートと兄のファーネルがやっていた。

幸いな事にパグルガント公爵派の門閥貴族は、他の派閥よりも孤児院から孤児を買った貴族が少なく、大して力のある貴族でもなかった。

一応、それらの貴族と繋がりのある貴族に根回しをしている状況だった。

無論、王宮の方でも根回しは行われている。



 ギルメルは眠る事が出来なくなっていた。

眠ると、あの子供が夢に出てくる。

濡れたシーツに包まれ、無残に殺された子供の死体。


 自己嫌悪と悪夢に苛まれ、やつれていた。

唯一の救いは、シーリアからの手紙。

シーリアの励ましの手紙が無ければ、自殺していたかもしれなかった。


 貴族の命令、その管理がどれほど重いのもなのか。

それに人の命が関ってくる事に初めて気付いたこの事件。

自分の甘さを再認識させられ、噂に聞くほかの貴族の横暴にも理解が芽生えてきた。


 他の貴族の話など、ギルメルにとってはどうでも良い事で、意識した事など無かった。

趣味の様に始めた商売に夢中になっていたのだ。


 しかし今、自分が大失敗した事で、他の貴族達の横暴、悪事に敏感になったのだ。

酷い話だが、他人の欠点を探して自分を慰めようとしているのだ。


(なんて無様なんだ。)


 自分の思考に気付いて、さらに自己嫌悪する。


 数日して、兄のファーネルが屋敷にやって来た。


「久しいな、ギルメル。

 元気そう、とはいかないようだが」


 ファーネルがギルメルを見て苦笑する。


「何しに来たんだい?

 僕を笑いに来たの?」


 ギルメルは棘のある言い方をする。


「そう邪険にするな。

 兄として、弟を励ましに来たのだから。」


「兄さんには判らないよ。

 僕は何も知らなかった。

 自分が何も知らされずに育てられた温室育ちの人間だって事がようやく判ったんだから。

 この悔しさが兄さんに判る訳が無い。」


 ファーネルは次期当主として、父から厳しく教育されていた。

次男のギルメルは特別甘やかされたという訳では無いが、世間の厳しさ、汚さを知らずに生きてきたのは事実である。


「確かに、俺には判らない。

 お前がそうなってしまったのは、俺や父上の責任でもある。

 だから、こうしてやってきたのだ。」


「今更何を言うんだい?」


「さあな。

 お前はもう人の世の汚さを知った。

 今更俺が説明するまでも無い。

 俺に教えてやれるのは、人の管理の仕方くらいだ。

 お前も人の上に立つ者になるのなら、人を管理しなければならない。」


「判ってるよ。

 嫌と言うほどにね。」


「ならば、学べ。

 人の管理の仕方を。」



 ファーネルは10日ほど滞在して、人の管理と統治について基本的なことをギルメルに話して聞かせた。


 褒め、叱り、褒賞を与え、罰を与え、あらゆる手段を用いて、人を統率する。

それが基本である。

平民でも貴族でも同じ、主導権がどちらにあるかの違いだけだ。

法という規則は、器に過ぎない。

器に収まっているからと言って、それが良いものとは限らない。

逆に、器からはみ出しているからと言って、悪いものとは限らない。

器はあくまで器、中身が重要であり器は目安として、対処する事が肝要である。


 原則として上に立つものは規則を守らせる為にいるのであり、例外は最小限に止めなければならない。

例外が多数出るような場合は、規則自体に問題がある。

例外を作るにしても、それも規則に盛り込んで、例外自体を限定しなければならない。


 また、法の枠組みの中で、更に規則を作る事も必要だ。

屋敷の中での、孤児院の中での、商館の中での、それぞれの規則が必要だ。

そして、人が関り、犯罪に繋がりそうな事なら、それを監視する手段がいる。


 この様な事を、ファーネルは例を挙げて判りやすく話して聞かせた。

さすがに戦力ではなく、統治能力と経済力で1門閥を作り上げたパグルガント公爵の次期当主である。

話している言葉の中に、貴族的な傲慢さを感じる言葉は少ない。

貴族と言う立場を、役割分担の1つと割り切っているような態度である。


 一通りの説明を終えたファーネルは帰る事になった。


「ギルメル、最後に1つ。

 自分1人だけで考えるな。

 部下の言葉にも耳を傾けろ。」


 ファーネルは言い残して帰って行った。



 ギルメルは部下と、意見を聞く為に商館の婦人方数人を集めて会議を開いた。

孤児院を管理運営して行く為に、これから何をしなければ成らないのかを相談する為だ。


「あの、あの孤児院の建物は、鉄格子を外したくらいでは駄目だと思います。

 建て直すか、他の建物に移動するかした方が良いです。」


 と婦人方からの意見が出た。

以前は囚人を一時的に収容する施設だった物らしい。

当然の意見である。


「職員は女性を中心にすべきでしょう。

 男性職員も必要でしょうが、子供にとってはやはり母親代わりになる女性が必要だと思います。」


 とこちらはギルメルの部下達の意見だ。


 ギルメルは幾つかの意見を書き留め、検討した。

母親代わりの女性など、思い付きもしなかった事だった。


 早速、代わりの大型の建物を探し、見つける事が出来た。

今回の孤児院の事件で、爵位を剥奪された貴族が所有していた屋敷が売りに出されていたのだ。

皮肉なものである。

現在の孤児院よりは小さいが、建物の質は遥かに良い。

その屋敷を購入し、内装を多数の子供を収容出来るように変えた。


 新しい孤児院へ子供を移して、古い孤児院は取り壊す事にした。

そして、職員は町の住人の女性から雇い、女性中心にした。


 孤児院で預かる子供のリストをつくり、その入院と退院の履歴を取るように指示する。

特に退院時は、ギルメルに知らせるように指示した。

定期的に子供の健康診断をして、病気や虐待の早期発見を目指す。

教育も受けさせるように手配した。

子供達の将来の為に、読書きくらいは出来るようにさせようと考えたのだ。


 ギルメルも定期的に孤児院へ顔を出すようにした。

子供達の元気な顔を見ないと落ち着かなかったのだ。

あの子の様にしてはならない。

あの苦い経験が、ギルメルの足を孤児院へと向けていた。


 2ヵ月半程の時間を掛けて、ようやく一通りの手配が終わり、順調に運営が出来るようになったのを確認できた。

そこでようやく、ギルメルはシーリアへと手紙を書く事が出来るようになった。

孤児院の件がギルメルの中で一段落するまでは、自分が情けなさ過ぎて、シーリアに話せることが無かったのだ。




 リアはヴァージル領に戻ってから、定期的にギルメル周辺の様子の報告を受けていた。

ギルメルからの手紙が来ないのを心配して、ハモに調査を命じたのだ。


 故に、ギルメルからの手紙が来た時には、大体の事は知っていた。

手紙にはギルメルの後悔やら決意やら孤児院の改革やらの内容が書き記してあった。


「辛かったのね。

 こんなに頑張って。」


 リアは成長した子供を見る思いだった。

リアは早速手紙の返事を書いた。



 この2ヵ月半の間に、ジオレの屋敷で起きた事件の報告が2回届いていた。

1回目はジオレの弟オルセイに接触していた者は、正体不明であること。

相手は用心深い者だと言う事は判った。

2回目は証拠は無いが、暗殺の本命がシーリアだった事。

オルセイはそれに利用され、ジオレ達が巻き添えになりそうだった事が判った。

それと、マノル候の配下らしい者が、オルセイの周囲に居たらしい。


 以前、シーリアを暗殺しに来た者達にも、マノル候の気配があった。

今回も証拠は無いがマノル候の気配がある。

だが、どちらにしても、ヴァージル領を狙う貴族達の謀略である事は間違いないだろう。

シーリアが居なくなれば、ギルメルとの接点は無くなる。

ギルメルとの結婚前にシーリアを暗殺出来れば、ヴァージル領への攻撃をしてもパグルガント公爵家の介入を抑える工作は出来る。

工作をしなくても、しばらく時間を空ければ、シーリア暗殺がヴァージル領攻撃の為だと気付かれないだろう。

いや、気付かれても証拠さえなければ問題は無いのかもしれない。


 マノル候が主犯とは限らない。

他の貴族がマノル候を嵌めようとしているのかもしれないし、ただの共犯なのかもしれない。

ハモの調査でも、まだはっきりした事は判っていなかった。


 ハッキリした事が判らない限り、リアから行動を起こす事は出来ない。


(相手の見えない戦いは厄介だわね。)





 健介は今、マノル領に来ていた。

リアがエンドーラに会いに行って襲われた後、その調査をしていたらマノル候の配下らしい者を見つけ、尾行して来たのだ。


 マノル領に入って、件の者達が領主の居る館へと入っていく。

健介はそれを影から見ていた。


 領主の館は小高い丘の上にぽつんと立っており、その下に町があった。

健介はその町で宿を取り、領主の情報を集めた。

酒場に通って知り合いを作り、最近のマノル領と領主の動向を探る。


 ギルメルの時のように、いきなり押し入って問質すのも良いが、今回は即殺し合いに成る可能性がある。

慎重にやる必要があった。


 酒場や町中では、大した情報は得られなかった。

ここの領主、マノル侯爵は領民との接触を避けているらしい。

時折、館から使用人が町にやってくる以外は、領主の館に出入りする人間は居ないらしい。


 これではハモの調査員も情報を集められないのは仕方ない。

健介は打つ手が無くなった。


(さて、どうしたのものか。)


 訊ねて行っても、素性の知れない平民を招き入れる可能性は低い。


(マノル侯爵の立場になって考えてみよう。)


 もしマノル候が主犯か共犯であるなら、どうか?

もしそうなら、逆に暗殺されるのを恐れて周囲に強固な警備を敷くだろう。

だが、その様な警備は無い。


 無関係でマノル候が犯人と疑われていると知っているなら、可能な限り他の者と接触を経つ可能性は高い。

下手に動けば、それ自体を利用されかねない。


(そう考えると、マノル候は無関係の様に見える。

 ならば、俺が追跡して来た者達は、諜報員か?)


 マノル侯爵が自分の疑いを晴らすため、諜報員を派遣して誰の仕業かを調べている可能性がある。

その結果、健介がここまで来たという事態になったのかもしれない。


 健介はマノル侯爵の館に、真正面から乗り込む事にした。

それで相手の反応を見るつもりだ。

余り時間も掛けられない。


 昼過ぎ、マノル侯爵の館へ歩いて行く。

服装は平民と同じ、髪型は顔が少し隠れるようにした。


 門番にマノル侯爵に取り次ぐように言う。

約束の無い平民と言う事で、なかなか取り次ごうとしなかったが、押し通した。


「ヴァージル領の件で話がしたいと言え。」


 門番の兵にそう言って、取り次がせる。


 しばらくすると、門番が戻ってきて健介を館に案内した。

健介は館の応接室に通された。


「君は何者かね?

 ヴァージル領の件とはどう言う事かね?」


 初老の男。

応接室に入るなりの質問に、健介は少し面食らった。


「あなたがマノル侯爵ですか?」


 健介が確認する。


「ああ、そうだ。

 君は?」


 マノル侯爵が健介を値踏みするように見詰める。


「ペレスと呼んでください。」


 健介は偽名を使う。


「偽名か、まあいい。

 それでヴァージル領の件とはどう言う事かね?」


 マノル侯爵は先ほどの質問を繰り返す。

マノル侯爵の様子は、どこか焦りを感じているようだ。


「マノル侯爵、あなたは疑われていますよ。

 町には幾つかの貴族の諜報員がいるし、マノル領へ侵攻しようと準備をし始めた貴族も居ます。」


 健介はかまを掛ける。

返答次第で、加害者か被害者かがわかるかもしれない。


「な、何故そんな事に?

 戦の準備をしている貴族とは何処だ?

 私は関係ないんだ!」


 マノル候が慌てて言う。


(マノル侯爵は被害者の方か?

 だが、もうちょっと。)


「関係ないって、清廉潔白と言う訳でもないでしょう。

 ヴァージル伯爵の女傑がそれを知ったら、どうなる事か。」


「そんな、私はただレクサス伯に・・・

 おまえ、私にかまをかけたのか?」


 マノル候が気付いて言う。


「少しは頭が回るようだ。

 レクサス伯爵ですか、なるほど。

 1つ、忠告しておきましょう。

 今後、ヴァージル伯と何処かの貴族が戦を始めても、手出ししない方が良いですよ。

 もししたら、あなたとこの領地がどうなるかわかりません。」


 健介がにっこり笑って脅す。


「それは、ど、どう言う事だ?」


「ご自分で考えて下さい。

 欲しい情報は手に入れました。

 これで失礼します。」


 健介は返答を待たずに館を出た。

十分な情報は得たから、もう用は無い。


 町に戻ると、尾行され始めた事を察知した。

そのまま町を突っ切って、森に入って尾行をまいた。

森の中で方向を変えて、レクサス領へと入った。




 次の目的地であるレクサス伯爵の館のある町に着く。

ヴァージル領の隣の領だが、現在のヴァージル領の繁栄と比べると寂しい感じのする場所だ。

町の市は賑わっているが小規模で、露天の数も少ない。

よく見れば浮浪者の様な者が彼方此方に見える。


 健介は数日を費やして、情報収集をした。

レクサスの民は重い税に苦しんでいた。

6割の税である。

その上、領主の横暴な政策によって、実質7割以上の税になっている。


 店を出す為の出店税、酒を売買する為の酒税とここまでは解らないでも無い。

しかし、町中を歩く為の通行税や町の井戸水を使うための井戸税。

6割も税を取っておきながら、他にこれだけの税を取られては、生活もままなら無いだろう。


 レクサス領の税は高いと聞いていたが、その実態までは知らなかった。

レクサス領は以前のヴァージル領と同じように、特別な産業は無い。

他の領と同様、一般的な農産物と少々の果物程度である。

だが、節制をしていれば、こんな状況にはならないはずだ。

少なくともヴァージル領はならなかった。


(ヴァージル領の富が欲しいレクサス領と言う、動機は有る訳だな。)


 健介は一応の目安は取れたが、これで確定したわけでは無い事は判っている。

だが、レクサス領の領主の館周辺は警備が厳重であった。

周囲の住民と話して何気なく聞いてみたところ、警戒が厳重に成ったのは最近の事らしい。

ますます怪しいレクサス領主である。


 ここで健介は行き詰った。

あれだけ警戒が厳重だと忍び込む事はまず不可能だ。

ああも警戒しているという事は、マノル候の様に会うような事はまずしないだろう。

追い返した後、追跡して暗殺、という手を打たれる可能性もある。


 さすがに健介でも多数の暗殺者を相手にするのは厳しい。

最初は相手も油断するだろうが、その後からは多数で襲撃を食う可能性がある。

正体不明のまま行動できれば良いのだが、健介の隠密行動の技術は我流であるし。


 現在、リアに生きている事がばれていないのは、髪と目の色が変わったお陰である。

それがなければ、とっくにばれている筈だ。

リアの情報網はそれ程甘く無い。


(これはリアに知らせて、リアの方でアクションを起させた方が良いな。)


 健介は1人では荷が重いので、リアに手紙を送る事にした。

無論、匿名の手紙である。

レクサス領内では手紙を検疫される恐れがあるので、ヴァージル領に入ってから手紙を使者に託した。




 屋敷の庭でお茶を飲んで休憩していたリアは、雇われ使者の来訪を受け、手紙を受取った。

その匿名の手紙の内容は、マノル候とレクサス伯の暗躍についてと、レクサス領の状態について言及する物だった。

リアは早速、ハモに命じてその内容の裏付けを取らせる事にした。


「またしても金髪碧眼で双剣の男か」


 リアは呟く。

雇われ使者の雇い主は、金髪碧眼で双剣を持つ男と言う事だった。

名前は名乗っていなかったと言う事で判らない。


(ギルメルが言っていた男性と同一人物?)


 この国では金髪碧眼の人間はそう珍しくは無い。

しかし、双剣を持っている人間の数は少ない。

その条件を満たす人物が、どちらも直接・間接に関係して来るというのは偶然だろうか?


「何者なのかしらね?」


 側に控えるリリスに訊く。


「判りかねます。

 情報が少なすぎます。」


 リリスは首をかしげて簡潔に答える。

リアはリリスを少し見ていたが、溜息をつく。


(私は何を期待しているの?)


 リアは自嘲気味に苦笑すると政務に戻った。



 相変わらず、ギルメルとの文通は続いている。

商売も孤児院の運営も順調のようで、手紙の文面からも立ち直りつつあるのが判る。

ギルメルは商売人の癖に判り易い。

ギルメルの商才を部下が活用しているのだろう。


 見合いや結婚の話はまだ出てこない。

このままなし崩しになくなるのか?

とも思っているが、リアの方から結論を催促するつもりはなかった。



 20日ほどしてハモがレクサス伯について報告しに来た。

報告の内容は、例の手紙の内容が事実である事。

さらに、レクサス伯の屋敷の使用人から話を聞くことに成功し、ヴァージル領に対する戦の準備を密かにしていたらしい事が判った。

その戦の準備は、ここ最近停滞しているらしい。


「なるほど。

 レクサス伯が黒幕と見て間違い無さそうね。」


 シーリアが眼光鋭く微笑んだ。


「はい、他の貴族領も不穏ではありますが、戦の準備と言うほどではありません。

 レクサス伯は本気でこのヴァージル領を手に入れるつもりだったのでしょう。」


 とハモ。


「それにしても、おかしなものですね。

 同じ王国の貴族同士が戦をして、領地を奪うなんて。

 国が混乱するだけではないのですか?」


 リリスが全く判らないという顔で言う。

シーリアとハモが顔を見合わせる。


「確かにそうね。

 私もそう思うわ。

 でも、それが慣習なのよ。」


 シーリアは苦笑して答える。

子供が悪戯を咎められた様な気分だった。


「領地は1つ1つが小さな国の様なものです。

 それを纏め上げているのが王族で、全体を王国と言う事になっています。

 王族が特に干渉する事柄が無い限り、領地同士での争いは起こるのです。

 王族が干渉するのは、貴族の誇りを傷付けるような、醜い行為を行っている場合ですね。

 正当な理由があれば干渉はしませんし、歴史的に理由がなくても干渉しない場合が殆どです。」


 ハモが補足する。

リリスはいまいち納得がいっていないようだった。


「それで良く国が崩壊しませんね。」


 リリスには理解不能だった。

シーリアにもおかしい事は判っているが、王族でも大貴族でも無いのでどうする事も出来ない。

この制度で長い間やってきたのだ。

シーリアとハモは苦笑するしかなかった。


「それはともかく、今はギルメルとの縁があるから、そう容易く侵攻される事は無いでしょう。

 それに、我が領は日に日に力を付けているから、レクサス伯もそう簡単には手は出せないわ。

 恐らく、他にも協力している貴族がいるのでしょう。

 或はその貴族が黒幕なのかもしれないけど。」


 とシーリア。

深い陰謀は余り追っても意味が無い。

更なる罠に嵌るだけだ。

目的が一応ハッキリしているから、それに対する対処だけしておけば良い。


「では、こちらからは仕掛けないのですか?」


 とリリス。


「まだね。

 確固とした証拠が無いし、やるとしたら相手と同じ暗殺という事になるわね。

 でも、向うも警備を厳重にしているらしいから、そう簡単にはいかないわ。

 下手に手を出すと足元を掬われかねないから、今はまだ傍観するしかないわね。」


 シーリアは自分に言い聞かせるようにして言う。


 それでもヴァージル領の軍の増強はしている。

シーリア自ら魔術戦士の訓練指導をしているし、魔術学校の生徒を卒業前に引っこ抜いたりしている。

卒業間近の生徒は競争が激しいので、避けている。

育てるのはヴァージル領に来てからでも出来るし、魔術学校を卒業出来なくてもシーリアの元に来る生徒は意外に多い。

シーリア、フィレイ、クリンの3人は魔術学校では伝説になっているので、その為だろう。


 ヴァージル領の現在の財力を活かして、魔術戦士を増やしているわけだ。

魔術戦士の数だけで言えば、100近く居る全貴族の20位以内には入るだろう。

実戦戦力で言えば、更に上になるはずだ。

ショミル戦で活躍した勇将シーリアの存在、参謀のハモの存在が軍としての実力を上げる。

シーリアの戦功を正当に評価するものなら、安易にヴァージル領へと攻め込んだりはしない。




 時に、欲に溺れた人間は余計な真似をするものである。

それはどこの世界の人間にも言える事だ。


 シーリアの母ミレーヌが町の集会へ出席した帰り道、暗殺者に襲われた。

ミレーヌ付きの護衛の魔術戦士の1人が救援を要請しに屋敷に来た。


「ハモ!

 町を封鎖しろ!

 リリス行くぞ」


 リアはそれだけ言って双剣を引っつかんで屋敷を飛び出した。

そのすぐ後ろをリリスとミレーヌ付きの魔術戦士が続く。


「は、速い」


 ミレーヌ付きの魔術戦士はリアとリリスの走る速度についていけず、どんどん距離を開けられる。


 現場に着いた時、護衛と暗殺者が戦いを繰り広げており、護衛と暗殺者が路地に数人倒れていた。

暗殺者集団の方が数が多く、劣勢になっている。

ミレーヌも肩から血を流していた。


 リアは暗殺者集団の後方に電撃魔法を放つ。

その場に居た数人の暗殺者が痺れて動きが鈍くなる。

そこへ切り込んで瞬時に切り捨てた。

その間にリアへ向かって来そうだった者達は、リリスが仕留めていた。


 リアとリリスの登場で一気に形成が逆転した。


「生かして捕らえよ!」


 リアが叫ぶ。


「は!」


 護衛達が返答を返す。

残った2人の暗殺者を生きたまま捕らえる事が出来た。


「手の空いているものは負傷者の手当てを。」


 リアは指示を出し、自らは母ミレーヌの治療をする。


「お母様、すぐに癒します。」


「ええ、ありがとう。」


 ミレーヌのドレスは血で染まり、顔は血の気が無かった。


 ミレーヌの治療をしている所へ、ハモが15人の魔術戦士を引き連れてやって来た。


「良かった。

 ミレーヌ様、御無事でしたか。」


 ハモが安心したように言う。


「ええ、皆さんのお陰で命拾いしました。」


 ミレーヌが微笑む。


「ハモ、そこの2人から背後関係を聞き出せ。

 何をしても構わん。」


 リアが2人の暗殺者を顎で指して指示する。

ハモは黙って頷く。

リアが何をしても構わないと言う事は、今まで無かった。


 リアはミレーヌの治療を終えると、抱上げた。

ミレーヌの馬車は壊れてしまっている。


「降ろしなさい。

 歩けますよ」


 ミレーヌが少し赤面している。


「駄目です。」


 シーリアは即答する。

周囲にミレーヌの護衛に囲まれて屋敷へと戻った。


 ミレーヌ付きの護衛もリアが鍛え上げた魔術戦士達だった。

それなりの実力を持ち、リアとの模擬戦で経験値は高い。

暗殺者に倒された者も、命を落とす事は無かった。


 同数で戦っていれば、確実に暗殺者を撃退していただろう。

奇襲の上に2倍近い人数で襲われたのだ。

リアの救援が間に合うまで持ち堪える事が出来るほどの実力だったと言う事だ。


 リアは屋敷に戻ると、母ミレーヌを使用人に任せて風呂に入れて寝かせるように指示した。

傷は癒えても体力は戻らない。

休ませる必要がある。


 ミレーヌ付きの護衛たちに労いと礼を述べ、褒章を約束して休むように指示した。

ハモは捕らえた暗殺者を領地の軍の駐屯地へ連れて行き、尋問をしていた。



 翌日の昼前、ハモが屋敷へ戻って報告をした。


「あの暗殺者達は、レクサス伯の魔術戦士です。

 傭兵も混ざっていたようですが、残った2人はレクサス伯の魔術戦士でした。」


「そう。

 ようやく尻尾を掴んだわね。」


「シーリア様を殺せないと踏んで、ミレーヌ様を標的に選んだのでしょうが。

 愚かな事です。」


 ハモは頭を振る。

ミレーヌなら簡単に暗殺できると思ったのだろう。


「ハモ、戦の準備を始めて。

 レクサス領を落とします。」


「は」



 シーリアは事の次第を手紙に書いて、ギルメルへと送った。

しばらく手紙は書けないと。



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