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転生の旅  作者: mattsu
32/38

第30話 ギルメルの失敗


 4ヶ月ほど、健介はシーリアの屋敷の近くで、あれやこれやと情報収集&分析をしていた。

定期的にリリスから報告を受け、シーリアとギルメルとの間で文通がされいる事と、その内容の一部も知っていた。

リリスはいつもシーリアと一緒にいるから、リリスも手紙を目にする機会があるのだ。

ほんの一部しか判らないが、それだけで十分だった。

リアの性格は知っているから、大体予想がついている。

シーリアもギルメルを悪く思っていないようだった。


 ヴァージル領の周囲の状況は、ある意味、膠着状態だった。

ギルメルとの見合いの話で、周囲の貴族は策謀を止めていた。

そして、見合いが延期と言う意味不明な状態になり、その後、シーリアとギルメルとの間が恋仲と言う噂が流れた。

ギルメルとシーリアが否定しなかった事で、周囲の貴族達は困惑していた。


 ギルメルはパグルガント公爵の次男であり、その恋仲の女性がヴァージル領の領主である。

そのヴァージル領を下手に攻撃する事は、パグルガント公爵家に喧嘩を売る事につながる可能性がある。

そして、パグルガント公爵は3大門閥貴族の1つの筆頭貴族である。

パグルガント公爵家を敵に回す賭けに乗るバカ貴族は居なかった。


 さらに、周囲の貴族達の困惑は、恋仲と言うところにある。

見合いと言うだけなら、破棄されればそれまでである。

だが、恋仲と言う事になれば、別れても「はいそれまで」とは言い切れない。

互いに情が移ってしまうから関係が終わっても、それで全て終わりになるかどうか判らないのだ。

つまり、例えシーリアとギルメルの関係が終わっても、ヴァージル領を攻撃した際にパグルガント公爵家が介入してくる恐れがあるのだ。

過去の貴族間のゴタゴタにそう言う事例もあり、迂闊に手が出せない。

ギルメルは次男だから可能性は薄いが、当主や次期党首、つまりギルメルの父と兄が黙っている保証は何処にも無い。


 その様な状況の為、ヴァージル領は平和な繁栄が続いている。

ギルメルの方は貴族の義務に目覚めたらしく、商売の傍らその利益を使って孤児院を作ったりしていた。

先のショミルとの戦で、少ないが孤児が出ていたし、それ以前からいた孤児もいる。

周囲に居る全ての孤児を収容しているらしい。



 他に多少気になった情報は、王都での宗教事情だ。

話題になっている宗教組織テルバは、以前は他の宗教と大して代わり映えしない有象無象の宗教の1つだった。

ショミルとの戦時中と戦後に、人々の不安に付け入って上手く勢力を伸ばしたのだ。


 これまではペステンとその周辺国には国教と言うものは無く、宗教自体それほど真剣に考えるものもいな状態だった。

そう言う状況の中で、小さな宗教団体が幾つもあり、細々と活動している状態だった。


 テルバの教義も、他の宗教団体とそれほど変わっては居ない。

似たり寄ったりだ。

信者を集めようと思えば、人々に理解できない様な事をしても集まらない。

魔法の存在するこの世界では、変な迷信や脅迫まがいの説法など説得力が無いので使えない。

人々も才能さえあれば魔法が使えるから「神」や「聖人」の様な「特別な存在」と言うものを想像しにくいのだろう。


 そんな中でテルバは急速に勢力を拡大した。

手法は良く判っては居ない。

9割方無宗教状態だったが、7割方無宗教状態にまでなったという。

つまり2割以上がテルバの信者と言う事だ。

これは侮れない。

特に王都では情報が流れやすい為に不安に思う人々も多かったので、信者になった者も少なくないという。


 既に戦後4年以上になっているが、未だに勢力を伸ばしているらしい。


「宗教か・・・面倒な事にならなければいいが。」


 健介は無宗教で理系の頭だから、宗教とは「根拠の無い他人の説法に踊らされる事」と捉えていた。

だから、俄かに勢力を伸ばしている宗教組織があると訊くと、元の世界でのカルト集団を思い出してしまう。


 とりあえず、宗教に関しては王都での展開が中心らしいく、緊急性は低いし関心が無かった為、ギルメルの様子を見る事にした。

ギルメルのいるパグルガント領へと向かった。



 孤児院と言うのは、設立したら放っておいて良いものではない。

職員もしっかり管理し、子供の教育をしなければならない。

それを怠れば、孤児院は子供にとってただの監獄か、それより酷い場所に変ってしまう恐れがある。

特にペステンは法治国家と呼ぶには、まだまだお粗末な国家であり、その中にあっては自制の出来ない者が野放しになる可能性が高い。

元の世界でも虐待などの事件は起きているのだから、こっちの世界ならより注意が必要なはずだ。


(あの甘ちゃんは心配なんだよな。)


 ギルメルの人の良さは得難いものだが、人の心の闇を知らずに育ったように感じられた。

人の上に立つ者としてのギルメルは非常に危なっかしい。



 パグルガント領に入ってすぐ宿を取り、町の様子を見て回る。

以前に来た時とそう変わったところは無いようだった。


 孤児院へ足を向け、外から中の様子を伺った。

敷地内で遊ぶ子供達は良いとして、その施設は余り良い物とは言えなかった。

鉄格子の嵌った窓。

尖った鉄柵の付いた塀。

如何にも何かありそうな感じの作りと雰囲気だ。


(おいおい、まさか虐待なんかしてないだろうな?)


 健介は子供達の様子を改めて観察する。

元気よく走り回っている子供や、地面を掘り返して土で遊んでいる子供などを見る。

遠目では異常は無さそうだ。


(日が暮れたら潜入してみるか。)


 健介はその場を離れた。

昼間に孤児院の周りをうろちょろして居たら変質者と間違われてしまう。


 宿に戻って部屋の仲を改めて見ると、1つ変わった所を見つけた。

暖炉が石炭仕様になっていたのだ。

以前来た時は普通の薪だった。

宿屋だけで石炭の買い付けなど、輸送費が掛かる為出来ない。

どうやらパグルガント領自体でヴァージル領の石炭を買い付けるようにしたらしい。


「ふむ、商売上も良い関係になっているようだな。」




 日が暮れると宿を出て健介は孤児院へ向った。

街灯など無いので、日が沈めば大通り以外はほぼ暗闇に沈んでいる。

大通りは店の窓の明かりや、店が気を利かせてランプを店の外にぶら下げている為、多少は明るい。

健介は大通りを避け、闇に紛れて孤児院へ入る。

孤児院には衛兵などいないので、見つかる危険は少ない。


 孤児院の施設は窓に鉄格子、ドアは鍵が掛かっていて建物内への進入は難しい。

建物の裏に回って、1つ1つの窓を覗き耳を済ませる。


(これが元の世界だったら、完全に変態扱いされるな・・・)


 自分の姿を想像して、思わず脱力する。

暗闇の中で落ち込んでいても仕方ない。

すぐに気を取り直して作業を続行する。


 窓から見た部屋はどれも殺風景で物が少ない。

探査魔法で子供達のいる場所を探し、近くの窓へと向かう。

特に問題は無いように感じられたが、全員が寝静まるまで様子を監視する事にした。


 不正は夜、寝静まった頃に行われる事が多い。

そして、その判断は正しかった。

真夜中前、職員らしき者が地下から出てきたらしい。

探査魔法を地上付近だけに向けていたので地下がある事に気付けなかった。

その職員は建物から出てきた。

片手にランタンを持ち、大きな包みを肩に担いでいる。


 健介はその職員の後を尾行する事にした。

職員が向かった先は、町外れの川。

その川に担いでいた包みを投げ捨てた。

職員は川に流れていく包みを見送って、孤児院に戻っていく。


 健介は闇に潜んでその様子を見ていた。

職員を放っておいて、川に流された包みを追って走った。

ドラゴンの目は暗闇でも見えるし、薄っすらと星明かりもあるから周囲が良く見える。

全力で走るとすぐに包みを見つけた。

そのまま包みの横まで走り、川に飛び込んだ。


 川から引き上げた包みは、シーツで包まれていた。

血の匂いがする。

シーツの包みの下の方は、赤く染まっていた。

包みを開くと、中から子供の死体が出てきた。


 その子供は12歳くらい。

顔には殴られた後、顎の形がおかしいし、歯も欠けている。

全身に打撲傷。

腕と足も骨が折れていた。

身体の彼方此方に火傷のような跡や、浅いが切り傷もあった。

明らかな虐待の痕、いや、これは拷問の後か・・・


「・・・」


 健介は言葉も無く子供の死体の状態を手で触って調査した。

不用意な言葉は、この子への冒涜のように感じたのだ。


 調査を終えると、深く深呼吸して気持ちを落ち着けた。

そして、再びシーツに包んだ。

それを抱上げて、町に戻る。


 今すぐあの施設へ乗り込んで職員を嬲殺しにしてやりたかったが、ここは我慢してギルメルにやらせるべきだった。

あの施設はギルメルが管理している場所なのだ。

町の暗闇の道を走り、ギルメルの屋敷へと向かう。


 ギルメルの屋敷の門前に着くと、衛兵に緊急事態と言ってギルメルを呼びに行かせた。

シーツに包まれた塊を衛兵は疑わしそうに見ていた。


「ああ、あなたでしたか。

 緊急事態とは何ですか?」


 ギルメルが緊張感の無い声で言う。


「その前に門を開けろ。」


 健介が指示する。


「必要ですか?」


 ギルメルが戸惑う。


「緊急事態だと言ったろう。

 まだ自覚が無いのか?」


 健介がイライラして睨む。

ギルメルは怯んで衛兵に門を開けさせた。

健介は敷地に入り、ギルメルの前に包みをそっと置いた。


「中身を見ろ。」


 健介は数歩下がって、ギルメルに命じる。

ギルメルは濡れたシーツの包みを開いた。


「これは!

 ぐっ」


 ギルメルは子供の遺体を見て驚愕し、ついで敷地の芝生の方へ行って嘔吐した。


「目を背けるな!」


「どうして・・・そんな事に?」


 ギルメルは青い顔をして怯え、子供を見る。

恐らく死体すら見たことが無いのだろう。


「全身に打撲傷がある。

 顔の腫れが酷い。

 腕と足の骨も折れている。

 他にも火傷の痕や切り傷も多数ある。

 死因は頭部の傷だ。

 頭を何かで殴られて殺されたんだ。」


 健介は淡々と子供の状態を教える。

ギルメルは怯えた表情で呆然としている。


「この子が何処から来たのか、判らないのか?

 俺がわざわざここに運んできた理由が判らないか?」


 健介が問う。


「・・・まさか孤児院で?!」


 ギルメルはショックを受けたように震え始めた。


「お前が管理をしっかりしていないから、あの孤児院は虐待の温床となっているんだ。

 あの孤児院に入った子供と、今いる子供の人数を把握していないだろう?」


「それは・・・」


「まあいい、とにかくこれで何が起きているのか判っただろう?

 どうするんだ?」


「どうって・・・」


 ギルメルは放心したように呆けていた。

健介は平手で殴り倒す。


「目が覚めたか?

 覚めたのならさっさと行動しろ。

 今も殺されかけている子供がいるかもしれないんだぞ!」


 ギルメルは健介の言葉にビクッと反応し、立ち上がって兵士に命令し始めた。


「軍の詰め所に連絡、至急、兵を孤児院へ派遣し、孤児院を封鎖するように要請しろ。

 あと、治療班も派遣するように。

 この子供の遺体を丁重に保管しておいてくれ。

 私も出る、最低限の兵を置いて、残りはついて来い。」


 ギルメルは健介を見てから、走り出した。

健介はその後姿を見送って、その場を去った。




 翌日から孤児院で起きた事で町は騒ぎになっていた。

地下室には数人の子供が隔離されて虐待を受けていたようだ。

怪我はしていたが、命に別状は無かった。


 虐待をしていた職員は全員捕縛され、その職員から子供の人身売買をしていた事実が判った。

御丁寧に帳簿をつけていた様で、買い手の情報が判った。

その買い手の殆どは貴族であった。


 あろう事か、ギルメルは真っ正直にそれを公表し、各々の貴族に子供の返還を求めた。

これを切欠に一時は貴族の間に混乱が吹き荒れた。

貴族の中にはそれなりの大貴族もおり、一触即発の事態に陥ったのだ。

批判の対象に挙げられ名誉を傷付けられた貴族達は、苦し紛れに力で押さえ込もうとした。

このまま下手に突くと内乱になりかねない状況だった。


 そこに王が割って入って来た。


「子供を虐待し、売買するなど人道に反するものである。

 直ちに売買された子供達を返還し、これを保護する事。」


 という様な布告を出した。

これによって大貴族も大義名分の標的にされ、多数から狙われる立場になった。

危機的状況に追い詰められた大貴族が子供を返還すると、他の貴族も返還した。

そして、その貴族達は爵位を剥奪された。

王の命に背いて反逆者として処刑されるよりは、爵位の剥奪の方がマシだと思ったのだろう。


 しかし、当然と言うには厳しい現実だが、売られた子供と帰ってきた子供の数は合っていない。

様々な言い訳をされているが、虐待によって殺されていると考えられた。

それでも爵位の剥奪だけで済まされてしまうのは、納得のできるものではないが、これがペステンの貴族社会と言うものだった。

反逆などの大罪でもない限り、貴族に課せられる最大の罰は爵位の剥奪や国外追放だった。



 これらの事態は事件の発覚から十数日で起こった事だった。

平民も貴族も冷や冷やしたものだ。

危うく内紛勃発と言う危機であったのだ。


 だが、ギルメルにとってはまだ終わっていない。

孤児院の子供達は怖がって、孤児院を出たがっていた。

ギルメルは子供達を閉じ込める訳にもいかず、3割程度の子供は出て行ってしまった。

行く当てなど無いだろうに・・・


「全てお前の責任だぞ。」


 健介がギルメルの後ろから声を掛ける。

ギルメルは驚いたように振り返った。


「お前は現実の厳しさを判っていない。

 人の醜さを判っていない。

 その甘さが、今回の事態を招いたのだ。」


 健介が追い討ちを掛ける。

ギルメルは子供達の前でうな垂れている。


「お前の目には何が見えているのだ?

 この孤児院が子供がいるに相応しい場所に見えるのか?

 この監獄みたいな場所に閉じ込めて、どうしようと言うのだ?」


 更に追い討ちを掛ける。

ギルメルは健介に言われて初めて気付いたようだ。

驚いたように窓の鉄格子を見ていた。

現場を見ずに、部下にまかせっきりにしていたのだろう。


「ギルメル、こんな事でシーリアに相応しい人間と言えるのか?

 お前はシーリアを支えてやれるのか?」


 ギルメルは何も言えずに涙を流した。

それを見かねたのか、子供の1人が健介に近寄ってきた。


「お兄ちゃん、ギルメル様を苛めないで上げて。

 ギルメル様は悪くないの。」


 健介は子供に微笑んで頭を撫でてやる。


「ギルメル、お前は子供達の信頼を裏切ったんだ。

 管理を怠るという事でな。

 まだ後悔できる心があるのなら、これからどうしたら良いのか良く考えろ。」


 そう言い残して健介は孤児院から立ち去った。

後ろから嗚咽が聞こえていた。



 健介はギルメルを育てる役目を担うようになっていた。

少し助言でもしてやろうと思ったのが切欠だった。

無論、優しくなどしてやらないが。

甘ったれの貴族を甘やかしても、どうにも成らないだろうから。


 健介はヴァージル領へと戻る事にした。

ギルメルの懊悩に付き合うつもりは無い。

立ち直ったならそれで良し、潰れたなら始末するまでだ。

健介はこの3年ほどで貴族の裏と表を知ったから、役に立たない者に情けを掛けるつもりは無いのだ。




 ヴァージル領へと戻った健介は、夜にリリスからの報告を受けた。

ギルメルがらみの事もあり、シーリアも色々気苦労をしているようだ。

だが、別の方面から1つ吉報とでも言えるものが入った。

エンドーラが懐妊したと言う。


「あのエンドーラがお母さんか。」


 健介は思わず笑ってしまう。


「教育ママになりそうだなあ。」


 クツクツと笑いながら、ベッドに横になった。



 リアはギルメルの孤児院で起きた不祥事を聞いたとき、唖然とした。

まさかそんな事をさせてしまう様な環境だったのかと思ったのだ。

すぐにハモに調査を命じ、事件が収束しつつある所で真相を知った。


「落ち込んでいるでしょうね。」


 リアは手紙のやり取りで、ギルメルの温厚で律儀な性格を見て取った。

同時に、世間知らずと言うか、人の汚さを知らない人だと言う事も察していた。

孤児院を作ると手紙をもらった時に、忠告してあげれば良かったかのだが、さすがにそこまでは気が回らなかった。


 報告書にある孤児院の絵は、監獄か隔離施設かと思わせるものだ。

今回の事件はリアの目から見ても、ギルメルの管理不行き届きであるように見える。


(家が家だから、そこまで大事にはされないだろうけど。

 人身売買に関係した貴族を粛清した手前、ギルメルの立場は厳しくなるわね。)


 リアは今後の予想を立てた。


「とりあえず、励ましの手紙だけでも出しておきましょう。」


 リアは執務室の机に座った。


 リアはギルメルの事は悪く思っていない。

どちらかと言えば、良く思っている。

下手な貴族と結婚するよりは、ギルメルと結婚する方が良い。

その程度には思っていた。

だが、愛しているかと問われれば、正直、否だった。

無論、そう言う質問ははぐらかして答えていないが。


 リアにとってギルメルは「貴族間結婚における妥協点」であった。

お人好しのギルメルなら、まあ許そうという訳だ。

家柄も申し分ないが、それはリアにとってはおまけでしかない。

ギルメルが自分に好意をもってくれているのも、悪い気はしていない。

結婚したら、ギルメルを愛せるようになれるかも知れない。

そんな風に考えていた。

だから、リアはギルメルとの関係を切るつもりはなかった。




 翌日、使者に手紙を託して政務をこなす。


「あ、エンドーラにお祝い贈らないと。

 直接行った方が良いわよね。

 お祝いは何が良いかしら。」


 リアはあれこれと考えて、スケジュールを調整する。


 お祝いは母ミレーヌの助言を聞いて、当たり障りの無い宝飾品にする事にした。


「聞いてくれて良かったわ。

 あなたが自分で選んだら、剣とか槍とか物騒なものになりそうだもの。」


 ミレーヌに笑われた。

リアはヴァージル領に戻っても、女性らしい暮らしをしている訳ではない。

ミレーヌはまだリアの贈り物の感覚に気付いていないらしい。

敢えて説明する事もないが。


 リアは服装こそドレスなど着ているが、下には細い鎖を使用した簡易鎧を身に付け、常に剣を携帯している。

襲撃の対象になる事もしばしばである為、油断は出来ないのだ。

しかし、最近はリア自身が出張る事は殆ど無くなっていた。

リアが育てた配下の魔術戦士達が実力を発揮しつつあったのだ。



 先に使者をエンドーラに送って、到着予定日を知らせてから、ハモに後を任せて出発した。

護衛はリリスと魔術戦士2名だけとし、他の魔術戦士は屋敷に残した。

リリスがいれば余程の相手か、相当の人数で無い限り対処出来るから、屋敷と母ミレーヌの警護に人員を割り振った。



 道中、何事も無くエンドーラの住むジオレの屋敷に到着した。

出迎えはエンドーラとジオレがしてくれた。


「久しぶりね、エンドーラ。

 幸せそうで何よりだわ。」


 リアは懐かしさに笑みがこぼれる。


「ええ、幸せですわよ。

 あなたはどうなんですの?

 噂の彼とは?」


 エンドーラも微笑んで抱き合いながら、ギルメルの事を聞く。


「こらこら、こんな所で下世話な話は止めなさい。

 シーリア殿、ようこそ我が屋敷へ。

 どうぞお入り下さい。」


 ジオレがエンドーラを窘めて、案内を始める。


 リアはジオレを見てオルセイとはまるで違うのを不思議に思ってそう言ってみた。

エンドーラとジオレが顔を見合わせて笑う。


「それはエンドーラにも言われたよ。

 全くあいつには手を焼かされた。」


 ジオレが苦笑して首を振る。


「そう言えば、オルセイはあれからどうしてるの?」


「軍を退役してからは、傭兵になって最近ではいくらかマシになっているよ。

 余り顔を見せないから詳しい事は知らないけどね。」


 ジオレが説明してくれる。

貴族の子息が傭兵になると言う話は余り聞かないが、オルセイは性格的に軍には居られない人間だ。

他人を見下しさえしなければ、腕の立つ傭兵としてやっていけるだろう。


 リアは広々とした茶室に通された。


「これお祝い。」


 リアが贈り物をエンドーラに手渡す。


「ありがとう、嬉しいですわ。

 ところで、このお祝いはリアが選んだの?」


 エンドーラが微笑んで意味ありげに訊ねる。


「心配しないで。

 お母様に選んでもらったわよ。」


 リアはちょっと恥ずかしそうに言う。

それを聞いてエンドーラはちょっと残念そうな顔をした。

リアが選んだ贈り物で、リアを弄ろうと思っていたに違いない。


「それで、噂の彼とはどうなってますの?」


 エンドーラは贈り物もそっちのけで訊いて来る。

リアとジオレは苦笑する。


「別にどうもなってないわ。

 今は手紙のやり取りをしているだけよ。」


「確かパグルガント公爵の次男ギルメルでしたね。

 孤児院の虐待騒ぎのあった。」


 とジオレ。


「ええ、大変な騒ぎでしたわね。」


 とリア。


「その彼はその後、どうしましたの?」


 とエンドーラ。


「さあ、判らないわ。

 励ましの手紙は送ったけど、その後すぐここに来てしまったし。」


 とリア。


「直接行ってあげたらいかが?」


 とエンドーラ。


「駄目よ。

 私は領主なのよ?

 ただの貴族の娘じゃないんだから。

 私が出向いたりしたら、大事になってしまうわ。」


 とリア。

お忍びと言う手もあるが、それはそれでばれると変な疑いをもたれる恐れがある。

立場があると、気軽に行動が出来ない場合もあるのだ。


「そうでしたわね。

 失念してましたわ。」


 とエンドーラ。


 話題が統治の話に移って少しした頃、廊下が騒がしくなって幾つかの足音が近付いて来た。

妙に物々しい気配がしていた。


「何事だ?」


 ジオレが確かめようと立ち上がる。

すると、ドアが開いた。


「オルセイ」


 ジオレはドアを開いた者の名を呼ぶ。

リアも見覚えのある顔だった。

あの問題児、オルセイ。


「兄さん。義姉さん。

 そして、ようこそシーリア殿。」


 オルセイはニヤリと笑う。

リアはオルセイの目を見て、そして彼の気配から危険を察した。

エンドーラも察したのだろう、ジオレの前に立ちはだかる。

懐妊したと言ってもジオレよりは遥かに強いのだから、当然の立ち位置だ。


「リーリース!」


 リアは良く通る大声で呼ぶ。

突然のリアの大声に、皆が驚く。

リリスは人では無いから、シーリアの声が聞こえているはずだ。


「リリス?

 なんだ?

 まあいい、あんたらはここで死んでもらうよ。

 シーリア殿が錯乱して、兄さんと義姉さんを殺し、俺がシーリア殿を討ち取った。

 そう言う筋書きさ。」


 オルセイが仲間の傭兵を部屋に入れた。

20畳以上ある広い茶室に、6人の傭兵が入ってきた。

その動きから、魔術戦士が3人いる事が判る。

オルセイを入れれば4人。


(リリスを呼んで正解だわ。

 リリスは使用人の部屋にいるはずだから、ここまで1分掛からないはず。)


 リアはリリスが来るまで時間を稼ぐ事にする。


「その筋書き、あんたが考えた訳じゃないでしょう?」


 リアが問う。

オルセイはそう言う謀略に向くタイプでは無い。

気が短すぎるのだ。

どちらにしても、強引なやり口だが。


「ほう、良く判ったな。

 褒めてやるが、教えはしねえよ。」


 オルセイが嫌味に笑いながら言う。

リア達にとってはそれだけで十分だ。

オルセイと接触した人間を調べれば、たどり着ける可能性はある。

エンドーラかジオレなら心当たりがあるかもしれない。


「教えてくれる必要は無いわ。

 でも、他の事で1つ教えてくれない?」


 リアが時間稼ぎのため探りを入れる。


「なんだ?」


 リアの時間稼ぎに乗ってしまっているオルセイ。

オルセイにはこの会話が時間稼ぎだと言う事に気が付かない。


「私やエンドーラならまだ判るけど、ジオレまで殺すのはどうして?」


 リアがオルセイにとっては一番話したがる様な事を聞く。

実の兄を殺すのだ。

その理由を話したいはずだ。

特に、その兄が目の前にいるのだから、殺す前に言っておきたいはず。


「邪魔なんだよ。

 いつもいつも説教ばかりして、比べられて。

 俺は他の貴族の奴らとそう変わらねえ。

 なのに、俺ばかり非難される。

 今じゃ傭兵だぞ?」


 オルセイはヒステリックに笑った。

そこでドアが開き、リリスが入って来た。

傭兵達が身構える前に、すり抜けてリアの隣に辿り着く。


「リリス、お仕事よ。

 私と後ろの2人以外は叩きのめしなさい。」


 リアが命じた。

エンドーラとジオレは突然入ってきた可愛らしい女性のリリスを見て驚いている。

リリスは命令を受けると、何の躊躇いも無く即座に動き出した。


「ジオレとエンドーラはそこ動かないで。」


 リアは周囲を警戒しながら言う。

エンドーラは頷いて、同じように周囲を警戒する。


 リリスは傭兵達を1撃で倒していた。

それを見た傭兵は一斉にリリスに襲いかかろうとしたが、リアが割り込む。

リリスもリアも素手だが、1対1なら負けるような相手ではない。

2対1でも何とかやれる。


 リアはティースプーンを投げて、傭兵の動きを牽制して注意を逸らし、その腹部を蹴り上げる。

鎧がひしゃげて吹き飛び、壁に激突した。

時速60キロ以上で走れる「脚」での蹴りは半端ではない。


 突き出された剣の平面を手で弾いてかわし、カウンターで肘を顔面に叩き込む。

エンドーラがリアの後ろからティースプーンを投げて牽制してくれている。

ティースプーンとは言え、リアやエンドーラが投げるとかなりの威力がある。


 戦闘は1分と掛からずに終わった。

オルセイもリリスに殴られて、床に伸びていた。


「終わったわ。」


 リアがジオレに言う。


「あ、ああ」


 ジオレは我に返ったように言い、部屋を出て屋敷の兵士を呼んだ。

ジオレはこういう戦闘を間近で見た事が無いのだろう。

とりあえず死者は出ていないが、ちょっとした戦闘だった。


 傭兵達とオルセイは特殊な縄で縛り上げられた。

魔術付加された縄は、魔術戦士でも簡単には切れない。

兵士に連れられて、傭兵達が部屋を出て行き、ジオレは尋問する為に部屋を出て行った。


「ご苦労様、リリス。

 助かったわ。」


 リアが礼を言う。


「いえ、シーリア様を守るのが私の役目ですから。」


 リリスは微笑む。

リアは少し寂しそうな顔をした。

リアはミコトが寄越したリリスに親しみを感じており、もうちょっと態度を崩して欲しいと思っていた。


「リア、その子は誰ですの?

 かなり強いみたいですけど。」


 エンドーラがリリスに興味を持ったようだ。


「彼女はリリス、私の専属護衛よ。」


 リアはリリスを紹介する。

エンドーラはドラゴンのランとフィレイの中身が入れ替わっているのを知らないし、ランの中身はミコトと言う人物がいる事も知らない。

だから、ランがいなくなった後に、リリスを寄越したのがミコトだという説明は出来ない。

当たり障りの無い説明で済ませる事にした。


「へえ、こんな可愛らしいのに。

 まあシーリアもちょっと前までは可愛らしかったけど。」


「あら?

 エンドーラ、あなただって昔は可愛かったわよ?」


 2人して笑った。


 その日はジオレの屋敷に泊まって、翌日帰路に着いた。

ゆっくりエンドーラと談笑して過したかったが、領主と言う立場ではそうもいかない。

それにギルメルの方も気掛かりだった。



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