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転生の旅  作者: mattsu
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第29話 ギルメル



 健介はクリンと共にヴァージル領へと戻ってきた。

クリンが休暇を取り、リアの説得をしてくれる事になったのだ。


 ヴァージル領に入ったところでクリンと別れた。

一足先に町に入り、宿に戻るとリリスが居ない事に気付いた。

その宿は引き払って、別の宿を取る。

こうなった時に決めていた行動だ。


 リリスが居ない理由は予想が出来た。

今はリアの屋敷に居るのだろうと。


(リアが襲われたと言う事だな。

 周囲の状況はそんなに悪化しているのか。)


 健介は頭を悩ませる。

健介も一応、町の商人などから噂話を聞いた入りして、周囲の領地の貴族の話を聞いていた。

こんなに早く実力行使をして来るとは、健介も思っていなかった。


(戦争が終わったばかりだというのに、貴族と言う奴は・・・)




 健介が目立たないように屋敷を見張っていると、クリンが屋敷に入るのが判った。

リアが出迎えており、その少し後ろにリリスが居た。

リリスは健介に気付いて、健介を見た。

健介は少し頷いて合図し、リリスも頷いた。

その後、3人は屋敷に入った。


 健介はひとまず宿に戻って、夜になるのを待った。




 リアは茶室にクリンを通し、メイドにお茶を用意させた。


「久しぶりね。クリン。

 元気そうで良かったわ。」


 リアが微笑む。


「ええ、リアも思ったより元気そうね。

 ところで、その女性は?」


 クリンも微笑んでリリスを見る。

リリスはリアの席の後ろで立っている。

メイドとは衣装が違うし、雰囲気も異なる。

武器を持っている訳ではないが、只者でない事は判る。


「彼女はリリスというの。

 ミコトが私の護衛として残したみたい。」


 リアが寂しそうに答えた。


「ミコトが?」


 クリンは驚いた顔をする。


(そんな話聞いてないわ。

 全くミコトの奴は。)


 クリンは胸中で愚痴った。


「身勝手よね。

 私達を置いていくなんて。

 リリスが代わりになると思っているのかしら。」


 リアは半泣きになっている。


 クリンは少し驚いて戸惑った。

リアのこんな弱々しい姿は初めて見た。

昔の、凛々しい感じでリーダー的存在だった彼女からは想像も付かない。


「リア、結婚しなさい。

 子供でも産んだら、悩んでいる暇はなくなるわ。」


 クリンは早速健介から託された任務を遂行する。


「結婚なんて、私は・・・」


「あの人はもう居ないのよ。

 それに、あなたは領主なの。

 領民の為にも、あなたはしっかりしなくちゃ駄目なのよ。

 聞いたわ。

 あなた襲撃されたのよね?

 今のあなたを見たら、あの人はがっかりすると思うわよ。」


 クリンはリアに言い訳をさせないように言う。

ミコトが居ないと嘘をつくのは、リアを見ると心が痛んだが、ミコトの言う事も尤もだった。


「結婚しなさい。

 そして、その人とヴァージル領を守るの。

 それがあなたの役目よ。

 私もね、もう少ししたら軍を退役して結婚しようと思ってるわ。

 私にもトモセーヤ領を守る義務があるもの。」


「そうね。

 クリンの言う通りだわ。

 私にも領地を守る義務があるわね。」


 リアは諦めたように言った。



 クリンは数日リアの屋敷で過して、ついでに自分の実家へと向かった。





 健介はリリスとクリンから、リアが襲撃にあった事、リアの説得に一応成功したと事を聞いた。

リリスとは夜、人目が無くなってからリリスの夜の見回りの時に報告を聞くようにしている。


「こんな説得はこれっきりにしてよね。」


 クリンが健介を睨みつける。


「判ってるって。

 俺も仲間を騙すのは好きじゃない。

 リアが結婚するまでは、俺の事は秘密にしておいてくれよ?」


 と健介。


「判ってるわ。

 それじゃ行くわね。」


 クリンは立ち去った。



 クリンが説得してくれた後、しばらくしてリアの見合い話が決まったと、リリスが報告してきた。

偶々、相手の方から話を持ちかけられたようだ。


 相手はパグルガント公爵家。

見合いの相手は次男ギルメル。

彼は26歳で商人をしているらしい。

リアは確か24歳くらいだったはずだから、まあお似合いだろう。

問題は、そのギルメルと言う男がどんな奴かだ。


 リアの元にはハモが居るから、ハモが調べるだろう。

しかし、この事に関しては健介自身も調べに行く事にした。



 パグルガント公爵、王族に連なる血筋の貴族だけあって王都に近い領地に住んでいた。

3つある門閥貴族の1つであり、その筆頭貴族であるパグルガント公爵家。


 先の戦争では取り立てて功績を残していないが、その後の治世や街道整備などのインフラで功績を挙げている。

パグルガント派は武力よりも、こういった政治や経済の力で1派閥を作っている。

かなり渋い門閥であった。

無論、その中には高い戦力を要する番犬的貴族も居る。

出なければ、他の派閥に力ずくで捻じ伏せられてしまう。



 健介はパグルガント公爵領の酒場で、そう言った情報を仕入れていた。

この領地は王都に近いだけあって、健介の居る町も都市に近い。

健介の見たところ治安も良く、統治が行き届いているように見えた。

領主に対する評判も悪くない。


「噂では次男のギルメル様が見合いなさると言う話だが知っているか?」


 酔っ払いの男に聞いてみる。


「おお、知っているとも。

 確か、ヴァージル伯の現当主らしいな。

 女伊達らに戦場を戦い抜いて、ヴァージル領も繁栄させている傑物らしい。」


 酔っ払い。


「そんな傑物とギルメル様は上手く行くのかね?」


 軽い調子で聞いてみる。


「さあどうだかね。

 ギルメル様は商人で温厚な人という話だから、尻に敷かれそうだがな。」


 酔っ払いが笑う。


 町の人間の評判は、大体その酔っ払いと似たり寄ったりだった。

総じて温厚な気質で、商才に長けていると言う事。

リアの相手としては、悪くない。

健介は会って確かめてみる事にした。


 ギルメルは町の商館に頻繁に出入りするらしいので、その辺りで張り込む。

一応の人相風体は聞いていたが、護衛を連れて歩いている男を見つけるのは容易かった。


「ほう、なかなか良い男だな。」


 健介は呟く。

人型の健介も良い男だが、どこか冷たい感じのする顔の健介に対し、ギルメルは柔和な印象を与える顔立ちをしていた。


 ギルメルが商館に入ったのを確認した後、近くの店で皮紙を12巻購入して両手に持った。

建物の陰に隠れて、ギルメルが出てくるのを待つ。

商館の奥からギルメルの姿が見えたところで、道に出てギルメルが通る場所でわざと転んで、手に持った皮紙をぶちまけた。


 健介は慌てた様子を装って、道に転がった皮紙を拾い集める。

健介はギルメルの方へは目を向けずに、様子を伺った。



 ギルメルは目の前で皮紙を無様にぶちまけた男を見て、小さく笑ってから自分に近い皮紙を拾って男に渡してやる。


「ああ、ありがとうございます。」


 健介が礼を言う。


「そんなに買うなら、紐で縛るとか、袋に入れるとかしないと駄目だよ。」


 ギルメルが忠告する。


「そうですね。

 今度からそうします。」


 健介が頷いて微笑む。


 ギルメルは軽く手を振って立ち去った。

健介もその場を立ち去り、宿へ戻る。



「ふう、なかなか良い奴の様だが。

 さて、裏の顔があるのか無いのか。」


 ベッドに座って考える。

 ギルメルは貴族特有の優越意識と言うか、平民は下僕とでもいう態度ではなかった。


(商人として平民に混ざって商売をしているせいなのか?

 いや、それは軍人でも同じ事だな。

 ギルメルの人柄か。

 裏の顔が無ければ、問題ないか?)


 ギルメルの態度を色々分析しつつ、夜になるのを待った。

ギルメルの屋敷に忍び込んで、様子を見ようと思っていた。

場合によっては、その場で直接ギルメルと話す事も考えて。



 ギルメルの屋敷は、ヴァージルの屋敷に比べると警備は厳重だった。

だが、隙が無い訳ではない。

町での調査をしていた2日の間に、ギルメルの屋敷の調査もしていたが、魔術戦士が数人と一般兵が10人程度と推測できた。

商館への送り迎えをしている護衛も魔術戦士だ。


 夜の屋敷に忍び込むには、まず一般兵の目を欺く必要がある。

それ自体は簡単だ。

夜闇に紛れて、素早く張り込めば良い。

問題はその後だが、魔術戦士は眠ってもらうに限る。


 一般兵達の隙を突いて屋敷に走り寄って、警備の為に一般兵が出入りするドアから素早く入り込む。

すると、奥に入ったところで、魔術戦士が待ち構えていた。


「なにもご!」


 その魔術戦士が言い終える前に、健介が殴りつけて気絶させた。


(魔術戦士としては並以下だな。

 魔術学校卒業したてか?)


 近くの部屋に入れて、ベッドに横たえる。


「悪いね。」


 健介は言い残して、奥へと向かう。


 他の魔術戦士の気配は動かない。

侵入者を倒したと思い込んでいるようだ。

探査魔法で様子を伺っているだけだと、そう言う誤解を招く。

ここの魔術戦士は、その点で素人だ。


(これは好都合。

 ギルメルの部屋に行けば、報告しに行ったと思うだろう。)


 健介はギルメルの部屋へと向かう。

外から見た屋敷の構造や、酒場での話で大体見当がついていた。

探査魔法でもその部屋に1人の人間が居るのが判る。


 部屋の前に行くと、ノックをする。

しばらくして、ドアが開いた。


「こんな時間に、何だい?」


 ギルメルが部屋から覗く。

予想通りだ。


「こんばんわ、ギルメル様。

 夜分申し訳ございません。」


 健介が頭を下げる。


「・・・君は、昼間会っているね?」


 ギルメルは健介の顔を見て思い出す。


「はい。

 少々お話をさせて頂きたいのですが。

 無論、あなたに危害を加える者ではありません。」


 健介は笑みを浮かべながらギルメルを見詰める。


「ふむ、まあいいだろう。

 入りたまえ。」


 ギルメルが部屋に健介を通した。


 ギルメルの部屋は落ち着いた雰囲気だった。

調度品は高級そうだが、ぱっと見平民の部屋かと思うほど落ち着いている。

物も少ない。


 ギルメルがテーブルの席を勧めてきたので、健介も座る。


「それで、どんな話かな?」


 ギルメルが健介を値踏みするように見て言う。


「お訊ねしたいのは、今度の見合いの事です。」


 健介は早速本題に入る。


「見合い?

 ヴァージル伯とのか?」


 ギルメルが眉をひそめる。

健介は頷く。


「その見合いについて、ギルメル様の思うところをお教え頂きたい。」


 健介はギルメルを真っ直ぐに見て問う。


「何故君にそんな事を話さなければならない?」


 ギルメルは意外な質問に戸惑いながら問い返す。

尤もな問いだ。


「私はヴァージル伯には借りがあるので。

 悪い虫は追い払わなければならないのですよ。」


 健介は自嘲気味に小さく笑う。


「なるほど。

 だが、君に話す理由にはならないな。」


 ギルメルは首を横に振る。


「そうですか。

 ですが、後で後悔するよりはマシでは無いですか?」


「どういう意味かな?」


「今、ここで正直に話をして頂ければ、これからどうするかを決める事が出来るでしょう。

 私が認め、シーリア様が認めれば、あなたは何の問題も無く結婚できます。

 シーリア様と結ばれれば、私があなたもお守りします。

 しかし、もし、ここで話さず、結婚してしまった後、あなたが相応しい人間で無いと判った時は・・・」


「その時は?」


「あなたを排除させて頂きます」


 健介はギルメルを睨んで、殺気を放ち脅しを掛ける。


「・・・それだけの力があると言う事かな?」


 ギルメルは不安そうに問う。


「私がここに居る事をお忘れなく。

 あなたの魔術戦士は始末させて頂きました。」


 健介は嘘を言った。

どういう反応をするのか見る為だ。

ギルメルと言う男の人間性を出来るだけ見ておきたいのだ。


「なっ!」


 ギルメルは立ち上がる。

動揺して顔が青い。


「あの程度の魔術戦士など、護衛に付けても意味はありませんよ。」


 健介は追い討ちを掛けるように言う。


「お、おまえ、殺したのか?!」


 ギルメルが先ほどとは打って変わって怒り出す。


「貴族とあろう者が、駒を失って己を見失うとは、ただの愚か者ですか?」


 健介が冷たく言う。


「俺は貴族に生まれたかった訳じゃない。

 私の護衛は私の家族の様な者だったのだぞ!」


 ギルメルが健介を睨みつける。


「甘ったれないで頂きたい。

 平民なら、平民に生まれたかった訳じゃないと言っても良い。

 だが、貴族には、その言い訳は許されない。

 平民が飢えて死んでいるときでも、あなたは裕福な暮らしが出来たはずです。

 平民の大部分は読書きもまともに学べないのに、あなたはそれ以上のものを学んでいるはずです。

 それはあなたが貴族だから。

 そのあなたが、貴族に生まれたくなかったなどと、そんな事を言うのは許されません。

 貴族は平民の犠牲の上に成り立っている事を理解しておいでか?」


 健介はギルメルを睨み返す。

しばらく睨み合いが続いたが、ギルメルが目を逸らした。


「あなたはシーリア様の夫には相応しくない様だ。

 こんな甘ったれの愚か者だったとは。

 見合いは断って頂こう。」


 健介はそういい残して、屋敷を立ち去った。

ギルメルは黙って健介を見送った。


 一旦、町の外へと出て夜を明かし、朝になってから宿に戻った。

念の為、追跡の可能性を考えた行動だ。


「惜しい奴だったな。

 悪い人間では無さそうだが、貴族と言うものを判っていないのは頂けない。

 あれでもう少し胆力のある奴ならな・・・」


 健介はしばらくその町に滞在し、ギルメルの動向を見守った。




 ギルメルは自室でベッドに座り、頭を抱えていた。

あの日あの後、護衛の兵士を確認したら、1人だけ気絶していた。

どうやらあの男に試されたらしい。


 他の者はギルメルが言うまで侵入者に気付きもしなかった。

あの男の言う通り、この護衛達では一流の魔術戦士には、余り役に立たないのかもしれない。

腕の立つ護衛は、兄の方へと割り当てられていたから、仕方ない。

長男であり次期当主が優先されるのは当然である。


 だが、頭を抱えている原因は他にあった。


「甘ったれの愚か者だったのか・・・」


 あの男の言葉。

その言葉が深く心に突き刺さり、責め苛んでいた。


 貴族としての義務は、兄が継ぐのだと思っていた。

だが違った。

自分も貴族なのだ。

その義務を放棄する事は許されない。


(何故こんな簡単な事に気付かなかった。)


 ギルメルは悔し涙にくれた。

自分の愚かさが悔しかった。

例え爵位を告げなくとも、貴族の一員であることに代わりは無い。

自分が如何思おうと、貴族として育てられ、貴族として見られているのだ。


 数日後、ヴァージル伯へと使者を出した。

見合い中止ではなく、延期の申し出だった。

そして、その情報を町にそれとなく流すように指示した。



 その後、ギルメルは夜、門のところであの男を待っていた。

さほど待たずにその男はやって来た。


「お待ちかねかな?」


 健介が門の鉄柵を挟んだ反対から問いかける。

今日は気軽な口調で話している。


「ああ、待っていた。」


 ギルメルが兵士を遠ざけて言う。


「なら、一応理由を聞いておこうか。」


 理由とは、見合いを破棄するのではなく、延期するとした事だ。


「あの夜、お前が俺に言った事は正しい。

 私にも貴族としての義務があった事を思い出した。

 そして、お前がそこまで守ろうとしているシーリア殿に会いたくなった。」


 ギルメルが夜空を見上げる。


「会ってどうする?」


「判らない。

 ただ、私とは違う生き方をしてきたシーリア殿と話をして見たい。」


 ギルメルは再び健介を見る。


「そうか。

 まあ、会うだけなら構わないが、口説くなよ?」


 健介はそれだけ言って、立ち去った。

健介としては悪い奴では無いと判ったので、ここは見守る事にした。

ちょっと甘やかされて育った感じは否めないが、健介のように擦れていれば良いという訳では無い。

リアがギルメルと会ってどういう反応をするのかも確かめてみたかった。


 ギルメルは早速、ヴァージル伯へと使者を送った。

あの男の許可が出たのなら、あって話をするくらいなら問題は無いはずと。

見合いとは関係なく、お茶でもしながら話がしたいと申し込んだ。




 数日後、ヴァージル伯から使者が戻ってきた。

返答は、喜んでお待ちします、と言う事だ。

丁寧に、都合の良い日程を幾つか知らせてくれていた。



 早速、また使者を出して、その日程にあわせて4日後に行く事を伝えた。


 ギルメルは年甲斐も無く、ドキドキしていた。

以前なら女性と会うと言っても何も考えずに話す事が出来たのに、今回は会う前から緊張してしまっている。

あの男のせいでヴァージル伯シーリアと言う女性に、今までに無い期待感をもっていた。

馬車に揺られて4日の間、何を話そうかとあれこれ考えていた。


 ヴァージル泊邸に着いて出迎えてくれた3人の女性。

年齢から1人はヴァージル伯の母上である事がわかる。

そして、顔立ちの似ている若い女性がヴァージル伯シーリア殿。

さらに、少し小柄な可愛らしい女性。

この女性は身なりからして、護衛か?

シーリアの父ヘインツは、シーリアの親友のミュール領の統治を手伝いに出かけていた。


 一通りの挨拶を済ませて、歩きながら話をする。


「わざわざお越し下さいまして、お疲れでしょう?」


 ミレーヌは微笑みながら労う。

歳の割りに若く見えるが、落ち着いた物腰が年輪を感じさせる。


「いえ、私から言い出した事ですし、私には統治する領地はありませんので。」


 ギルメルも笑顔で返すが少し緊張気味で堅い笑顔だった。



 日の当る庭で、シーリアとギルメルはお茶を飲んでいた。

改めて見るとギルメルが思っていたよりも、シーリアは格段に美しかった。

軍で戦功を上げ、将軍にまで成った凄腕の魔術戦士と聞いていたので、もっと厳つい感じの女性だと思っていたのだ。


 確かに真っ直ぐに見詰めてくるその表情は凛々しい感じがするが、微笑むと急に柔らかな印象になり、吸い込まれそうになる。

さらに、出るところはしっかり出て自己主張しているし、鍛えられた身体で程よく細いウェストは絶妙な括れを演出している。

要するに、ギルメルにとっては外見上は完璧と言って良かった。


 そして、ギルメルは少年の様にシーリアをまともに見る事が出来なくなった。

見てしまうと、今度は視線を外せなくなってしまう。

自分でも挙動不審だと思うが、自分を落ち着かせる事が出来なかった。


「い、良い庭ですね。」


 ギルメルが苦し紛れに言う。


「ありがとうございます。

 母が草木の世話をしているのです。

 草木の世話をしているのが一番落ち着くと言って。」


 リアが微笑む。

その笑みを見てギルメルがぎこちなくお茶を飲んだ。


「1つお訊ねしても宜しいですか?」


「あ、ええ、もちろん。」


 ギルメルがアタフタする。


(どっちが乙女だか判らないわね。)


 ギルメルの様子を見てリアが小さく笑う。


「お見合いを延期して、この様にお茶会をしに来られるのは何故ですか?」


 リアは軽い雰囲気で訊く。

当然の疑問であるが、問い詰めるような訊き方をしては失礼だ。


 お見合いは結婚を前提とし、相手を確認する場でしかない。

お見合いを受ければ、基本的には結婚することを受け入れると言う事だ。

延期とは言え、お見合いを破棄した訳では無いので、ギルメルがお見合い相手だから、お茶会の誘いを受けたのだ。


 以前、エンドーラの屋敷にジオレが先回りして待っていたのも、一般的には反則である。

許婚や婚約者なら問題は無いのだが、未婚の男女が2人出会うのは要らぬ誤解を招く事になる。


 父ヘインツはリアに対し「おまえなら貞操を守る術を、100は持ってそうだからな。」と言ったそうな。

まあ、さすがに100は持ってないだろうが、エンドーラ同様、ガードは要塞並に固い。


「そ、そうですね。

 それは説明しないといけなかった。

 失礼しました。」


 ギルメルが頭を下げる。


「ある男に言われたのです。

 お前はシーリア殿に相応しく無い。

 甘ったれの愚か者だと。」


 ギルメルは苦笑した。


「まあ」


 リアは少し大げさに驚いた。

ある男と言うからには、家族や友人や使用人では無い事が伺える。

恐らくは初対面か、顔見知り程度の関係の者と推測した。


「私も自分でそう思いました。

 次男である私は、兄が家督と共に貴族の責務を全て引き継ぐものだと誤解していたのです。

 貴族と言うものを、私は見誤っていました。」


「それで、どうしてお茶会になったのですか?」


 リアが少し面白そうに聞く。


「その男はシーリア殿を守っていると言っていました。

 その男が守るシーリア殿と話をして見たいと、そう思ったのです。」


 ギルメルが少し熱っぽい視線をリアに送る。


 だが、シーリアはギルメルの話の後半を殆ど聞いていなかった。


(私を守る男?

 まさか・・・でも、ならどうして?)


 リアはギュッと手を握って考え込んでいた。

ハモやハモの手下がそんな言い方をする事は無いので、思い当たる人物は1人しかいない。


「シーリア殿?」


「す、すいません。

 ちょっと考え事をしてしまって。」


 リアは慌てて取り繕う。


(その男がミコトとは限らないわ。)


 と思いつつ、ギルメルに質問をぶつける。


「ところで、その男の人はどんな人なのですか?」


「それがですね。

 お恥ずかしい話、判らないのです。」


 ギルメルが申し訳無さそうに頭をかく。


「判らない?」


「ええ、何分、私の屋敷に侵入してきた男だったので。

 私と屋敷の警護の者が、手玉に取られてしまいました。」


 ギルメルが苦笑する。


「では、人相などは?」


 リアがさらに問う。


(まさか・・・本当に?)


「ええっと、癖の無い長い金髪に、切れ長の青い目で結構良い男でしたよ。

 ああ、そう言えば、腰に短めの剣を2本ぶら下げていた。

 珍しいですよね、双剣なんて。

 あ、シーリア殿も双剣でしたっけ?」


 ギルメルが思い出しながら説明する。


 リアは混乱していた。


(金髪?

 でも双剣って・・・)


 リアの知っている健介の人型は、銀髪だった。


(駄目、落ち着いて。

 そもそも、ミコトは瞳が銀色よ。

 髪は染められるけど、瞳の色を変えるなど出来ない。

 ミコトじゃないわ。

 そうよ、双剣を使う別人よ。)


 リアはそう結論付けて、ようやく落ち着く事が出来た。


「シーリア殿?」


「あ、すいません。

 お茶を入れ替えてまいりますわ。」


 リアはお茶のポットを持って、逃げるように屋敷に入った。


「駄目ね、私。

 これではギルメル様に失礼だわ。

 しっかりとしないと。」


 リアはポットを持って、キッチンへと向かった。


 その後1時間ほどお茶を飲みながら、会話を楽しんだ。


「シーリア殿、今日はとても楽しかった。

 その、良ければまた誘っても良いだろうか?」


 ギルメルが少し赤面する。


「はい、お誘い、お待ちしています。」


 リアが微笑んで答えた。



 ギルメルは馬車で帰路に着いた。

この2時間強の会話の為に、片道4日という遠路をやってきたのだ。

そして、後悔は無かった。

シーリアは予想以上の女性だった。

彼女に惚れてしまっていた。


 次はもっと時間をとってゆっくり会いに来たい。

そう考えていた。


 帰路1日目、町に着けず野宿する事になった。

街道から少し外れた場所で焚き火をする。

余り街道から外れると、逆に危ない。


 ギルメルが他の者達と一緒に焚き火を囲んでいると、街道を歩いてくる人影が見えた。

ギルメルの護衛が立ち上がって、警戒する。

その人影は真っ直ぐギルメルの方へと歩いてきた。

ギルメルは途中でそれが誰か判って、護衛と使用人を下がらせた。


「こんばんわ。ギルメル様。」


 健介がからかうように言う。


「こんな所で何をしている?」


 ギルメルが嫌そうに言う。


「惚れるのは構わないが、見合いはシーリアに見合う男になってからにするんだな。」


 健介がニヤリと笑った。

ギルメルは顔を真っ赤にしてうろたえた。


「それが言いたかっただけだ。

 じゃあな。」


 健介は来た道を引き返して行った。



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